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ブラック野郎

 投稿者:馬鹿  投稿日:2017年12月14日(木)17時26分53秒
返信・引用
  NT○みたいなクソ企業が、石取に協賛するなや。
穢れるわ。
同和、在日系企業のくせに、するな!!
 
 

根源の問題提起です

 投稿者:原告  投稿日:2017年12月13日(水)17時35分53秒
返信・引用
  石取りファン様のこの問いかけこそ、この4半世紀間、春日神社(桑名宗社)と石取祭を取り巻く諸問題の根本となったテーマです。

「石取祭はイベントか神事か?」で、ずっと論争が湧き、解決されずに今日まで来てしまいました。
このことは、先に紹介したように祭りは神事(宗教行事)であることを、今日のCBC放送で宗教学者の島田先生が述べられています。
そのため、税法上も非課税となっているのです。

文化庁に提出された平成15年版の祭典規約には、保存会という文字はありません。
社頭(神社責任役員)という名称が、石取祭を取り仕切る最高責任者という地位で書かれています。
続けて翌16年版規約が追加発行されて、社頭と言う名称が保存会会長に換えて書かれており、規約そのものは同じでした。
宗教行事100%の色彩を薄めるために文化庁から、そう替えさせられたのだと思います。

その頃から、前宮司が社頭(保存会会長)との間で神社と祭りの根源問題で、もめ始めました。
桑名市の威光をバックにイベント化しようとする保存会と神事を守ろうとする宮司の抗争の体を形作っていきました。

それが一気に表面化したのが平成17年の御木曳き行事と石取祭の宮司による拒絶宣言だったのです。

重要無形民俗文化財調査最終年度の17年から18年は、私達新執行部の説得で桑名宗社のすべての宗教行事を成し遂げることが出来ました。

文化財指定決定後の平成19年こそ、桑名市全体で「石取祭とはなんぞや?」「これでよいのか?石取祭と憲法(信教の自由)」などを考えて話し合うために、あえて石取祭を休祭するのは、大正2年の石取祭催行の逆パターンとして極めて重要なことでした。

宗教行事に公的資金(税金)を投じることの是非は石取ファンさま以外にも大勢の市民・国民の関心があることでしょう。

「石取祭は桑名市の宝」と云うからには、市民間だけでなく議会においても論駁し、より良い方向に進むべき道を、現保存会ー派が断ち切って強行するのは、利権が見え隠れして不順だと思います。

話し合いの時機は、彼ら保存会自らが閉ざし、裁判に進みました。
時あたかも、富岡八幡神社における宮司殺傷心中事件と、貴乃花親方による神事であるべき角界暴行事件の公的機関に訴えた行動などが話題になっています。

石取祭も春日神社もこの神事浄化の流れに抗することは出来ないでしょう。
CBC放送では島田先生が、国税(マルサ)も介入するはずだと述べられていました。
 

宗教行事

 投稿者:石取ファン  投稿日:2017年12月12日(火)06時23分55秒
返信・引用
  宗教行事であれば、公的機関がかかわるのはおかしいと思います。  

過大評価ですよ

 投稿者:原告  投稿日:2017年12月11日(月)17時14分3秒
返信・引用
  文化人なんて、とてもそのレベルには到達していません。
第一、「重文」を書き間違えてます。「重要文化的建造物群保存地区」ではなく、「重要伝統的建造物群保存地区」でした。冊子によっては「重伝建」と略することもあるそうです。

立派な大会のパンフレットにもこの長い正式名称が印刷されているところは極めて少ないのは、
40年も続く大会の参加者には、分かりすぎている名称だからでしょう。

初参加の悲しさで、まだスッとこの言葉が正確に出てこなかったのは、文化人じゃない証拠ですね。

さて、「町並みと山車・まつり」の分科会で話をされた飛騨古川のユネスコ世界遺産である気多若宮神社の祭りに、氏子総代で町並み保存連盟の理事を兼ねられている柳七郎さんこそ「文化人」でした。

祭りの歴史も、故事も待ちの保存などもすべて頭の中でそらんじて、質疑には即答でした。
面白かったのは、戦前から現在も、祭りの警護は警察ではなく消防団が行っていることです。
昔、ケンカが絶えなかった時代に、ペナルティーを科せられた山車が、警察署長以下が綺麗どころをはべらせて酒盛りをしている料亭に突撃したらしいのです。

それ以降、地元の警察は祭りを遠巻きにして眺めているだけだそうです。
替わりに。自主防災組織である消防団がその役割を果たすようになったということでした。

少し違いますが、似たような故事が桑名の石取祭にもあります。
それは、大正天皇崩御の翌昭和2年、日本中の祭りや歌舞宴曲が中止や自粛される中で、桑名の石取祭は催行されました。
それは、当時の青年会幹部の「石取祭は歌舞宴曲(現在でのイベント)ではなく、御神事である」という強い情熱が当時の傑物であった貝塚社頭(後の初代桑名市長)に通じ、あの強大な戦前の国家権力に抗して実施されたのです。

警護を渋る警察に、自主警護組織の青年会幹部は翌年「青年連盟」と名づけられて発足した自主規制組織を立ち上げて見事に困難を克服したと伝えられています。

社頭も偉人なら青年連盟も素晴らしかったのでしょう。この時から石取祭ははっきりと御神事(宗教行事)であると位置づけられたのです。
青年連盟はイベント保存会の下部組織などではありません。宗教法人桑名宗社の責任役員(社頭)に直結する誇りを持った組織なのです。
 

(無題)

 投稿者:応援団  投稿日:2017年12月11日(月)05時25分7秒
返信・引用
  原告さんは文化人と思います  

伝統と文化とは

 投稿者:原告  投稿日:2017年12月10日(日)18時11分16秒
返信・引用
  先月中頃に名古屋市有松を舞台に開催された、第40回町並みゼミに参加したしたことを紹介します。
第40回という回数からお分かりのように、40年前から全国で開催されている「重要文化的建造物群保存地区(略して重伝)」を保持してきた市民団体の報告会です。

石取祭などが重要無形民俗文化財に指定された「祭り」の「町並み」版で、個別の屋敷が重要文化財になっているのではなく、町並みにその文化価値を公的に認めて、その保存に努めることを助ける国の政策が重伝指定なのです。

石取祭も「祭り」そのものが無形文化財なのであって、個々の祭車が重要文化財なのではないのと同じです。

有松では、表通りから少し中に入った蔵などが修復されずに、漆喰がはがれた壁がそのままになっていました。
案内人にその訳を尋ねると、「修復のための補助金割り当ての順番待ちで放置している。」との返事。
現地視察の後の分科会(町並みと山車・まつり)で指定業者による保存対策のおくれを質問しました。つまり建築時の材料と工法で再現修復することがマイナスに働いているのではないかという問いかけです。

すると、パネリストの有識者(大学教授)が、「それは(指定業者に限る)というのは誤解である。現在普通では手に入らない材料や業者指定は、建物が重要文化財の場合であって、重伝では材質と色彩が同じであれば地元の職人を使うのが本筋だ。極端なことを言えば、持ち主自身が直してもよい。」と答えました。
また、「それも制限されるのは外見だけであって、家の中は住みやすいように改造するのはかまわない。」とも付け加えられました。

無形文化財である「祭り」の道具である山車も同じように、外見は保たれても見えないところは創意工夫で改善されていくのは、その祭りが生きている証拠です。
高山祭りの山車も、各町が自由に改造しているとの事でした。

また町は重伝、祭りは重文の飛騨古川町は、祭りの開催は曜日ではなく、毎年同じ月日に開催されるから文化財なのであり、その日は祭り開催町以外の学生児童も休校となっています。
古川町も三重県関町も祭りの舞台は、旧街道筋です。町並みと祭りは一体だというのは常識なのです。
それを聞いていた京都祇園祭からの参加者は「祇園祭はその点でお恥ずかしい限りです。」と恥じ入っていました。

祭車の修繕に「指導」と言う口をだして邪魔をし、一桁高価な指定業者を推薦する「利権」はまともな市民がいる誇り高い町には存在していません。

桑名の石取祭の現状がいかに異常なのかが浮き彫りになる3日間でした。
 

原告、応援しています

 投稿者:通りすがり  投稿日:2017年12月 8日(金)11時54分14秒
返信・引用
  応援しています。  

がんばってください!

 投稿者:通りすがり  投稿日:2017年12月 8日(金)11時53分21秒
返信・引用
  なるほど。。。
がんばって良い祭にしてください。
 

孤高の改革者かドンキホーテか

 投稿者:原告  投稿日:2017年12月 7日(木)20時34分51秒
返信・引用
  突然ここの掲示板に書き込みを始めたので、理解されにくかったのかと思いますが、
10月始めの“はじめまして”から順に読んでいただけたら、お分かりになると思います。
ただ、通りすがり様が、石取祭参加町住民でないと「意味不明」に感じられるかもしれません。

ずばり言えば、不正を糾すために、悪事を暴き告発(告訴)しているのです。
丁度、現在貴乃花親方が、角界浄化のために行っている行動と似ていますね。

加害者(モンゴル互助会)が同情され、被害者(貴乃花、貴乃岩)がバッシングされる狭い集団は、それが、御神事をたてまえとする興行であることも似ています。

幸い、健全な世論が暴力や八百長に批判的なのは、日本人もいい意味の大人になっていると思います。

 

意味不明

 投稿者:通りすがり  投稿日:2017年12月 7日(木)08時41分44秒
返信・引用
  原告さんはいったいどうしたいのかね?  

27日公判の報告

 投稿者:原告  投稿日:2017年11月30日(木)15時15分32秒
返信・引用
  27日の対保存会商標法違反と名誉毀損の公判は、大半が名誉毀損の和解案について費やされ、商標法問題は、具体的な物的証拠(保存会名入りのグッズなど)を提出を求められただけに終わりました。

そこで、被告が出してきた和解案は、被告伊藤守名で最初に各自治会に配布回覧させた、原告を誹謗中傷した文書と、その後に各自治会に裁判費用分担を求めた文書に、私がその誤り(被告はあくまで、伊藤守と保存会自称幹部のみで各自治会の皆さんは被告ではないこと)を糾した文書を「撤回」するというものでした。

繊細な?伊藤守さんは、この訂正文にいたく傷ついたとおっしゃるのです。
私への誹謗中傷文と自治会長宛の事務的訂正文は同列に比較対照されるものではありませんから、私は撤回するのならすべての文書(裁判費用分担通知を含む)をしなければ応じません。

すると、分担要求文書を撤回するのは分担金を返さなければならなくなるので、被告が拒否。
結局、最初の誹謗中傷文書だけを撤回することになりました。
普通ならマスコミでも「謝罪」して「撤回」します、と述べるのですが、この頑迷な被告は「謝罪」の文言を拒否します。

裁判官が助け舟を出して(これって有りかな?)撤回するということは謝罪しているという行間を読んで欲しい、という変てこな裁判の常識?で和解することになりました。
末節の問題より、本題の商標法違反に進みたかったからです。

以後、このような文書を配布回覧することはしないという文書を、原告・被告連名で各自治会宛に最後の配布回覧することで終結しました。
説明と報告は出来るという確認も取っています(被告が求めたものです)。

商標権裁判で、もし皆さんが保存会を名乗って販売などをした物・事を把握されているのなら教えて下さい。
宜しくお願いします。
 

金まみれの、、、。

 投稿者:原告  投稿日:2017年11月26日(日)16時21分3秒
返信・引用
  ここのサイトでは、現保存会を「金まみれの」と表現する方が複数いらっしゃいます。
会長の使い込みだとか、宮司の癒着などとも書かれています。

実際、平成18年に私が春日神社社頭、正保存会会長に就任して、前会長一派から会計帳簿を取り返して分かったのが、極めて不明朗な会計実態でした。
文化財指定調査最終年度という現状を考えて、「逮捕者を出さない」という新会計責任者の温情を鑑み、告訴告発はしませんでしたが、横領罪の疑いが濃いものでした。
この実態を見た近藤翁(副会長)の「我々は一切の飲み食いを身銭でまかなおう!」という毅然とした一声で、集金した祭寄付金の半分近くを余剰して春日神社宮司にその通帳を渡しました。

ところが、この使い込み実態を見て、「これではいかん。」と感じるか「これなら俺も」と感じるかは、その人物の固有の人間性の貴賎でしょう。

現在の保存会を名乗る連中から、皆さんご指摘の通り会計報告はありません。
彼らは、会計報告はしていると言います。見にこないほうが怠慢だ、とも言います。
殆ど隠しているが、見にくれば見せてやるというのはかろうじて情報開示の末にありますが、
今の世の中で情報公開とはアカウンタビリティー(説明責任)のことを指します。
見なくて良いという人にも目の前で説明する義務があります。

しかし、私の町でも歴代自治会長で会計報告を見たものはいません。
当然町民が知ることは出来ません。自治会長が自分だけ見て自治会各位に知らせなかったら、それこそ共犯です。

サミットの10万円は保存会から各祭車に配られましたが、元は桑名市を経由してサミット主催者(外務省)から出たものです。
請求すれば30万円出たものはどうなったのか?
各町に負担を強いただけだったのか、あるいは誰かが懐にいれたのか、報告が無いので不明です。

また、誰かが指摘したように強制集金した災害寄付金が全部被災先に届いたかどうかも分かりません。
なにしろあの赤十字でさえ、手数料ピンハネをする災害寄付利権なるものが存在しているのですから。

まっとうな日本人なら、神に仕える社頭職を仰せつかれば、そんなことは出来ないはずです。
あえて社頭が会長になっていない保存会なら、俗人として「流行ものならチンバもひけ」という差別用語入りの例語にもあるような無節操さがあって当然なのでしょうかね。
 

なばなの里出張

 投稿者:通りすがり  投稿日:2017年11月26日(日)12時08分20秒
返信・引用
  なばなの里への石取祭車出張

他の氏子区域に「石取御神事」の万灯を掲げた祭車を侵入させることの善悪の判断もつかないのが、今のアホ市長とニセ保存会。

祭車を傷めながら運んだものの、実際にジュニアサミットの参加者一行が鉦鼓を叩いたのは、たったの10分程度。
しかも長島の氏神の怒りをあらわすように、一行が到着する直前から雨が降り出す始末。

また、参加者はアルコール禁止のお達しが出ているにも関わらず、片町(第二組?)などは会場の駐車場の裏にテントを張って昼から酒盛り。

鈴木知事などは、よくサミットのレガシーを、残すと発言していましたが、
なばなの里出張については完全に負の遺産になってしまいましたね。

 

直訴

 投稿者:原告応援団  投稿日:2017年11月26日(日)03時21分47秒
返信・引用
  これからもこのようなことが繰り返されると思います。
やはりユネスコに直訴すべきですね
 

悪の連鎖

 投稿者:原告  投稿日:2017年11月25日(土)20時37分13秒
返信・引用
  まず、お知らせを怠っていました。
27日の月曜日3時半から、対保存会相手の商標権公判が四日市であります。

裁判所からの和解案を、証書返還訴訟では桑名市が拒否し、名誉毀損では被告保存会会長がお互いの全文書撤回を拒否。商標権訴訟でも御神事を結局認めないという返答をしてきたので、すべてが別々に争われることになりました。

さて、あの馬鹿馬鹿しい、なばなの里駐車場石取出張などの愚挙は、市長の姿勢と保存会の利害が一致しているので続けられるおそれは多分にあります。

「桑名市民会議室」に貼り付けられている7月6日伊勢新聞の記事では、市長が変えてはいけないはずの石取祭を、何の権限があるのか変えていくと書いてあります。
重要文化財証書のみならず、石取祭の開催権も伊藤徳宇市長が保有していると思ってますね。

私が今回の訴訟に至った直接の原因が現保存会による、なばなの里石取出張だったのです。

あのジュニアサミットの開催前、長島温泉の写真が印刷されたジュニアサミット上り旗が桑名市内に立てられました。

旧市街のある自治会長が、当時南魚町の自治会長だった私に「なんで長島温泉の宣伝を税金でやってるのか、桑名市に聞いて欲しい。」と要請してきました。
丁度その頃、保存会から1祭車につき10万円でなばなの里まで出張演奏を要求してきました。
私は我が町は即座に拒絶しましたが、今度はそれなら各組町で必ず祭車1台を出すように強要され各組1台づつ提供することになったことを主催者の桑名市に抗議にいくのと重なりました。

桑名市の返答では、「宣伝費用はすべて長島温泉から出ているので税金は使っていない。1祭車10万円の手当ては保存会がその値で請け負った。」と言うのです。

つまり長島温泉さま宣伝下請けに使われているということがバレてしまいました。
それなら、実費20万円から30万円掛かる経費を何で各町が10万円で引き受けなければならないのか?という私の問いに、桑名市は「何しろジュニアサミットは外務省からの指示ですから。」と責任転嫁をします。

普通の市民なら、それならしかたがないと思うのかも知れませんが、私はさっそく外務省に問い合わせをしました。
外務省からの返答は、「ジュニアサミットの外国からの参加者に桑名市での余興を求めた。返事がサミット会場のある長島温泉で石取を行う。経費は1祭車10万円は桑名市側からの提示額だ。」ということでした。
私の詳細な質問や提言に答えて外務省担当官は、経費が20万円とか30万円かかるのなら三重県を通じて請求してくれれば出しますと答えました。当然です。

その点まで再度桑名市に問いただすと、桑名市担当部署は「保存会の宮川という人から返答します。」という返事です。
その後、保存会会長ではない宮川某からかかって来た電話は、礼儀をわきまえない恫喝でした。
つべこべ言わず10万円でやれということです。出た足は組町でなんとかしろと。

1台1億円と算定される(保険会社)石取祭車は河口堰の急なバンクのある坂を上下して傷つきながら往復しました。
修繕費があと幾ら掛かったかは知りません。それから正式な抗議文書を桑名市といわゆる保存会会長に送った、かれらからの報復が、「成田を南魚町の自治会長から引きづり下ろせ。さもなくば石取祭への参加を許可しない。」というヤクザまがいのものだったのです。
桑名市長もこのことを黙認しました。

これでは裁判に訴えるしか私には選択肢が無かったというのが、この一連の訴訟騒動なのですよ。
 

石取出張

 投稿者:石取出張  投稿日:2017年11月25日(土)05時27分8秒
返信・引用
  これからもなばなの里で披露することあるのですかね
桑名市の言うアピールちいうものか
 

ご提言ありがとうございます

 投稿者:原告  投稿日:2017年11月23日(木)17時30分8秒
返信・引用
  私は、基本的に性善説を信じていましたので、提訴がこんなに遅れてしまったのです。
しかし、司法の政府行政にへりくだっていることは、最高裁まで争った長良川河口堰裁判(原告代表者として)で分かっていますから期待はしていません。

ユネスコに直訴するのは、敗訴したときの場合です。
ユネスコ自体も「南京大虐殺」を記憶遺産に登録する組織ですから、性悪説が真実なのかもしれませんね。

さて、私がよく例えを戊辰戦争時の日本と賊軍会津桑名に求めるのは、この15日の公判の前に、会津と重要伝統的建造物郡保存地区(重伝)大内宿に旅行し、公判の後にその大内宿で昨年開催された全国町並みゼミの大会が、愛知県有松で開催されたのに参加したからです。

有松大会の報告は次回にします。
なぜなら、この重伝と石取祭をはじめとする重要無形民俗文化財(重文)が似ているどころか重なっているからです。

明治維新は、官軍側からの歴史で語られますが、桑名は賊軍のナンバー2、勝った側からの歴史は嘘が多く、だいいち会津桑名は官軍中の官軍、孝明天皇の近衛軍だったのですから、、、。

それが蛤御門の変で長州から御所に大砲を打ち込まれ、京都の町を焼かれ、挙句の果てに父孝明天皇を暗殺された、幼き明治帝が薩長を恐れたのは理解できます。
やつらの言いなりにならないと首を挿げ替えられるおそれがありました。
現宮司の保存会に対する恐怖もおなじでしょうね。

錦の御旗を偽造してインチキ官軍になった薩長と、偽の「御神事万灯」を掲げて長島温泉なばなの里、しかも駐車場で石取りもどきをやった偽保存会が、私には同一に思えます。
 

(無題)

 投稿者:応援団  投稿日:2017年11月23日(木)11時32分30秒
返信・引用
  ユネスコに直訴すべきと思います。
これでは何も進みません。
 

報告にならないかな

 投稿者:原告  投稿日:2017年11月21日(火)22時07分16秒
返信・引用
  11月15日の公判は、拍子抜けでした。
180度かみ合わない主張を述べ合って結審する予定を、被告の桑名市側が引き伸ばしました。

元々、文化庁が19年3月に決定した重要文化財指定書を、文化財保護法どおり桑名石取祭保存会(会長成田正人)に通知しないで、桑名市担当部署(文化課)に発進したのを、
桑名市長が受け取りに行って不法に所持したことに原因があります。

つまり犯罪行為を行っている桑名市が、「桑名石取祭保存会」の正統保持者が誰かどうかなんて判断する立場に無いことを自覚したのかもしれません。
このまま結審すれば、判決の如何にかかわらず文化庁にも証人としての喚問あるいは共犯の嫌疑がかかる危惧が分かったのでしょうか。

私は、そのことを望んでいませんからユネスコに対する直訴は差し控えましたが、
このまま進めば、全国山鉾、屋台33町にも影響が膨らんで行きます。
その責任を桑名市や自称保存会が負えるだけの器を持っているのでしょうか?
もちろん春日神社も無関係ではいられません。

現保存会から集団で糾弾され、宮司の地位を奪われた前宮司を見ていた、今の宮司(息子さん)
が、近代日本の黎明期、禁門の変で長州から御所に大砲を打ち込まれ、恐怖の余り失神した幼き明治天皇を彷彿させるのは、
その蛤御門を守っていたのが我が桑名藩だったことを合わせて考えさせられる、歴史の皮肉を感じています。
 

公判

 投稿者:原告がんばれ  投稿日:2017年11月17日(金)05時24分28秒
返信・引用
  11月15日の公判どんな具合でしたか  

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