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「〈佳子さま〉を慰安婦に」暴言韓国人教師と現地で直接対決!

 投稿者:しろネコ  投稿日:2015年 5月28日(木)08時29分57秒
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  「〈佳子さま〉を慰安婦に」暴言韓国人教師と現地で直接対決!

〈もし機会が来れば、我々も日本皇室の佳子姫を慰安婦に送るしかない〉
 五月十五日、韓国のネットメディア「デイリージャーナル」に衝撃的なコラムが掲載された。筆者であるチョン・ジェハク氏(59)は、同ネット紙の編集委員であり、女子中学校に勤務する国語教師だという。

 問題のコラムでは、茨城県の鹿島灘にイルカ百五十六頭が打ち上げられたことが大地震の予兆であり、日本沈没の前触れだと予言。続いてチョン氏は従軍慰安婦問題に言及し、
〈従軍慰安婦という人類史上、未曾有で稀代の非道を犯した日本は、この方たちを「売春婦又は戦争を体験した女性」と表現する〉〈日本は公然とクジラを捕食する人種だ。滑稽にも全世界の人々が反対する捕鯨食を彼らは「海洋研究」と主張している。まるで「従軍慰安婦」を「戦争を体験した不幸な女」と表現する理と同じである〉
 この直後、佳子さまを慰安婦に、と文言が続くのだ。
 日本では、2ちゃんねるに同コラムを揶揄するスレッドが立った。そこに韓国人を装い佳子さまを脅迫する書き込みをした無職の男性(43)が逮捕され、模倣犯まで現れる騒動となった。
 本誌記者はチョン氏に真意を問うべく、韓国南端・全羅南道(チョルラナムド)へ向かった。途中、氏の教え子にどのような人物なのか話を聞いたところ、
「文学で多くの賞を受けた有名な先生です。授業では怒るとドラムスティックで叩きます」(女子中生徒)
 莞島(ワンド)女子中学校の校長室に現れたチョン氏は、痩身でやや気むずかしそうだが、記者の問いには柔和な笑みを浮かべて応対する。取材は約一時間に及んだ。
――どういう意図であのコラムを書いたのですか。
「佳子姫のことを書く際には自分なりに苦悶しました。悪に対し悪で対処することは非常に恥ずかしいと思っているし、日本で大きな反響があるのも知っています。それでも横暴な日本の態度と歴史認識の問題を考えると、あのように書くしかなかったのです」
――日本人にとって皇族は特別な存在。なぜ佳子さまの名前を持ち出したのか。
「従軍慰安婦の強制的な連行は十四~十六歳の幼い女の子に行われました。佳子姫の年齢に近い」
――一人の女性を攻撃しておいて、歴史認識の問題にすり替えているのでは。
「そうではない! あのコラムで論じたのは、“日本人の良心”です。日本の皇室が神聖とされているから日本人は騒いでいるけれども、より重要な人類愛の問題なのです。(日本人は)佳子姫は大切だが、慰安婦は身分が低いというのですか。平等とは人類の普遍的な価値だ。なのに日本政府は慰安婦を侮辱し、嫌韓デモなどのヘイトスピーチを放置しています」
――あなたのコラムこそ、ヘイトスピーチでは。
「そうではない。私も日本の皇室を大切に思っています。日本の皇室を溯れば、百済王家に行き当たる。だからこそ我々は神聖な皇室さえも攻撃できる。このように大きな反響を呼んでいることは、日本の良心が目覚めたということだろう」
――反響の理由は内容が侮辱的に過ぎたからでしょう。
「(苦笑いして)日本でも嫌韓デモをやっているのを見ました。『韓国人はみんな殺す』と言っていたよ」
 結局、最後まで議論は平行線。チョン氏は終始、一方的な言説を述べ続けた。
 拓殖大学国際学部教授の呉善花氏が解説する。
「佳子さまが成人されたことは韓国でも話題なのです。だから慰安婦と結びつけたのでしょう。論客というより、まず教育者として、あまりに卑劣な言論と言わざるを得ませんね」
 今後、佳子さまが反日の材料に使われないことを祈るばかりである。

「週刊文春」2015年6月4日号
 

〈萩原流行〉 まゆ美夫人独白「うつ」「台湾移住」「警察への怒り」

 投稿者:しろネコ  投稿日:2015年 5月28日(木)08時27分19秒
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  〈萩原流行〉 まゆ美夫人独白「うつ」「台湾移住」「警察への怒り」

「私を納得させてください。主人が亡くなってから一カ月が経ちましたが、この間、警察の話はコロコロ変わるばかりで、誠意も思いやりのかけらも感じられません。道理さえ通っていれば騒ぐ必要もないし、私自身も納得できるんです」
 四月二十二日にバイク事故で亡くなった俳優の萩原流行さん(享年62)の妻、まゆ美さん(62)が、最初の月命日となった今月二十二日に会見し、警察への不信感を露わにした。会見後、まゆ美さんは本誌の求めに応じ、現在の胸中、夫婦の歩みを初めて明かした。

「警察の対応については、事故直後から『おかしいな』と思う部分が少なからずありましたが、真相が知りたかったので静観していたのです。
 ところが十四日に事故現場で行われた実況見分の際、主人の転倒の原因となった護送車が所属する高井戸署の捜査員が、まるで世間話をするかのように近づいて来て、『賠償金は公費になるんです。金額が三千万円を超えると、都議会の承認を得なくちゃいけない』と言われました。
 示談する用意があるような言い方だったので驚きましたが、後からそのような会話があったことを否定されるかも知れないと思い、『その話は弁護士にして下さい』とお願いしました」
 一方で、捜査を担当した杉並署の署員には、萩原さんの患っていたうつ病が原因であるかのような発言を繰り返されたという。
「司法解剖の直後から『病歴は?』などと聞かれていましたので、うつ病で投薬を受けていたことと事故を関連付けたいのだろうと思っていました。その後、主人が通っていた精神科にカルテの開示を求めていることもわかりました。弁護士が抗議すると、『押収することも出来る』と言われたそうです。
 私たち夫婦が長年にわたり、うつ病と闘ってきたことは周知の事実です。主人は三十二歳の時に舞台でセリフを忘れたことからうつ病の治療を受けるようになり、投薬を続けていました。私自身はそれより前からうつ病と診断されています」
 晩年の萩原さんの奇行を報じるメディアもあったが、まゆ美さんの目には変化は感じられなかったという。
「常に薬がないと不安な人でしたから、月に一回必ず薬を処方してもらっていましたが、以前は一日三回飲んでいた薬を最近は朝晩の二回に減らし、症状も落ち着いていました」
 幼い頃に実家が夜逃げをし、天涯孤独だった萩原さんにとって、まゆ美さんはたった一人の家族だった。
「同じ劇団に所属していた主人と二十代で結婚。その後、家庭に入りました。主人がうつ病と診断された頃、相談して子供は作らないことに決めました。以来ずっとセックスレスの関係でしたが、仕事を生き甲斐に支えあって来ました。
 数年前に中国のドラマへの出演を巡って所属事務所を辞めた後は、私がマネージャー代わりにもなった。当時、反日ドラマの出演にこだわったなんて書かれましたが、主人は一度受けたオファーを覆すべきじゃないと思っただけ。
 最近は仕事が沢山あったわけでもないので、台湾の高雄への移住を計画していました。静かで親日的な台湾で過ごすのも悪くないと」
 まゆ美さんが会見を行った二十二日、警視庁は護送車を運転していた高井戸署の警部補(55)の後方確認不十分が原因とみて捜査していることを明かした。
「現場近くのコンビニの防犯カメラには制限速度で走る萩原さんが映っていた。警部補の自動車運転処罰法違反(過失致死)の疑いで調べています」(社会部記者)
 真相は明らかになるのか。

「週刊文春」2015年6月4日号
 

総額100万円?〈15歳ドローン犯〉サポーターたちの「個人情報」

 投稿者:しろネコ  投稿日:2015年 5月28日(木)08時22分3秒
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総額100万円?〈15歳ドローン犯〉サポーターたちの「個人情報」

 警察から再三にわたり厳重注意を受けてきた十五歳のドローン少年Aが、五月二十一日、威力業務妨害の疑いで逮捕された。一連の騒動の背景にはAを支持してきた「囲い」と呼ばれるサポーターの存在があった。

動画サイトでの生放送を“生業”とするA。逮捕容疑は、東京・浅草の三社祭でドローンを飛ばすとほのめかし運営を妨害したというもの。捜査関係者が語る。
「十四日に国会付近でドローンを飛ばそうとして注意を受けたAは、帰宅後の配信で『祭り行きますから。撮影禁止なんて書いてない。祭りは無礼講』と発言。翌日、Aは三社祭ではなく、千代田区内の公園で飛行させようとしたが、結果として、祭りの主催者にドローン禁止の張り紙をさせて業務に支障を与えた」
 十九日には東京・有楽町駅でも騒動を起こしている。
「プロペラを外した機体を持って中継し『飛ばないから問題ない』と強弁。反省の色はなく、家出の過去もあるため、逃亡の恐れがあると判断し、二十一日未明に身柄を拘束した」(同前)

 そして、サポーターの実態が明るみに出たのは翌日のことだった。
「支援者を名乗る男が、『パソコンの購入を援助するためにAに二十五万円を振り込んだ』と浅草署に出頭した。男はフジテレビの取材に『少なくとも百万円はAに支援金が渡っている』と答えている。Aには熱狂的な『囲い』、さらに一定の条件を満たした『超越者』と呼ばれるサポーターがいて、Aを支えてきたようだ」(社会部記者)
 Aの配信番組を長く視聴してきた人物が話す。
「『囲い』たちが通信機器などを買い与えたりして増長させてきたのは事実。十二日にはオンライン通販のギフト券が大量に送られてきたことが放送された」
 一体、「囲い」とはどのような人物たちなのか。
「Aを“神の子”と崇める信者が複数いて、そのなかでも最大の支援者がイラストレーターのX。パソコンを購入するAに同行もしている。不適切と判断されて放送が停止された入浴中のAの裸映像を自身のツイッターに掲載するなど、幼児性愛者を疑われている。Aが大阪や京都などを訪れたときに同行していた関西在住の大学生Yの存在も大きい。『Aの面倒を一生見る』と言っていた。ただ、エスカレートする姿を見かねて注意していたと聞く。会社員で中年女性のZは、動画サイト内でギフト券などに交換できるアイテムを大量にプレゼントしている。他の囲いたちもAの行為を肯定してきた」(同前)
 一方、囲いのひとりは、指摘に対してこう反論する。
「Aは真面目で純粋すぎる子。真実をいつも放送しようと心がけていた。Aのことを思うリスナー(視聴者)で過激な方向に導く人はいない」
“有楽町騒動”の直前にAと会っていた知人で、自身も生放送配信をする齋藤光氏が振り返る。
「Aは『まだ(一人で)暮らしていけるだけのお金はない』と言っていました。ドローンはプレゼントされたそうです。この職業で食べていきたいなら警察沙汰はダメ。この日もやめるよう注意したのですが」
 ジャーナリストの渋井哲也氏が解説する。
「過去にも警察とのトラブルをネタに再生回数を稼ぐような愉快犯的配信者はいた。背後にはより過激な映像を求める『囲い』がいて、彼らはプロデューサー感覚で“投げ銭”を与えて面白がっていた。一連のドローン事件も同じことです」
 Aは取り調べに対し、「飛ばすとは言っていない」と容疑を否認。雑談にも応じず、ふて腐れたまま黙秘を続けているという。

「週刊文春」2015年6月4日号
 

浅田真央「復帰するしかなかった」裏事情

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 5月26日(火)19時04分53秒
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  浅田真央「復帰するしかなかった」裏事情

「姉・舞とは歩く道が違う」
「トリプルアクセルだけでは勝てない」


記者会見には200名以上の報道陣が殺到した。本来はアイスショーの会見だったが、質問は真央の去就に集中。それでも約30分間、丁寧に答えた

「真央が引退してプロに転向すれば、連盟は億単位の収入を失い、さらにはスケート連盟自体の公式スポンサー離れにもつながりかねなかった。彼女は現在13社のCMに出演し、ギャラは1本約3000万円ですが、アマチュア選手なので、その何割かがスケート連盟に入る。アイスショーの出演料も同様です。真央がいなかった昨シーズンの国内大会は女子の試合日に空席が目立ちました。連盟幹部は水面下で真央周辺に現役復帰を働きかけていました」(スポーツ紙記者)

 5月18日、浅田真央(24)は吹っ切れた表情で、「現役復帰」を宣言した。東京・六本木で行われた記者会見。真央は国内のハイブランド『FOXEY』の、シンプルなベージュのワンピースで登場した。

「自然と試合が恋しくなり、試合でよい演技ができた時の達成感というのをまた感じたいな、と」

 6月には来季の予算や方針を決定する日本スケート連盟の理事会があり、7月から新シーズンが開幕する。真央はこの5月中に必ず結論を出さねばならなかった。現役復帰の決断に連盟は胸をなでおろしているが、結局、真央自身もスケート以外の目標を見つけられなかった。

「5歳からスケート漬けで、23歳になって1年間の休養。そこでキャンパスライフを満喫し、普通の友達もできた。彼女自身も『大学がめっちゃ楽しい』と言っていました。ところが、クラスメイトたちは就職活動に入り、進路や就職先が話題の中心となっていくなかで、自分だけが引退するかどうかで悩んでいた。『みんな未来の話をしているのに、私だけが年をとっているみたい』と漏らしていましたね。姉・舞さんのようにバラエティ番組でぶっちゃけトークができるわけでもないし、大学で専門的に何かを学んだわけでもない。就職する友人たちを見て、自分にはスケートしかないと思ったんでしょう。真央は3月に大学を卒業したにもかかわらず、学内のリンクに毎日のように通っていました」(連盟関係者)

 5月11日からは新横浜で本格的な練習もスタートさせた。

電撃引退もありうる

 が、その道は平坦ではない。元五輪代表の渡部絵美氏は言う。

「真央ちゃんは若い選手とは異なり、"伸び"という部分が期待できず、円熟した演技で勝負するしかないでしょう。ただ、1年以上ものブランクがあり、その間他の魅力のある世界を覗いてきた彼女が猛練習のモチベーションを保つことができるかが不安です」

 真央自身も会見で、「うまくいけば試合に出られるかもしれないし、出られないかもしれない」と心中を明かしている。

「6~8月の仕上がり次第では復帰を断念することもありうるということです。今年3月の世界選手権で銀メダルを獲得した宮原知子(17)を筆頭に10代の選手が台頭しており、真央は世界選手権の日本代表の3枠に入れるかどうかもわからない。3月の世界選手権でトゥクタミシェワ(18・ロシア)は真央の代名詞である『トリプルアクセル』を決めて優勝。真央よりもジャンプは高く、着氷も完璧だった。最近の若手はアクセルだけではなく、トリプルフリップやトリプルルッツも安定して跳んでおり、レベルは上がっている。日本代表に選ばれるには、得点の高い3回転ー3回転の連続ジャンプをプログラムに入れたいところですが、これを浅田は跳べていないんです。ソチ五輪のレベルにとどまっていては、トップレベルの国際大会で勝つのは正直言って厳しいでしょう」(前出・連盟関係者)

 佐藤信夫コーチは当面12月の全日本選手権を目標に練習すると明かした。この先、待ち受けているのは茨の道だ。
 

安倍政権に民間人で電撃入閣 橋下徹はまた化ける!

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 5月26日(火)19時02分24秒
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  安倍政権に民間人で電撃入閣 橋下徹はまた化ける!

次は私があの男を使う番だ
潔い敗北会見の直後から「辞めるな」の電話が殺到。首相が手を伸ばす


敗北会見を終えた後、橋下氏は維新の会の議員から「辞めないでほしい」と泣いて懇願されたという

「悔いのない政治家としての7年半だった。政治家は、僕の人生では終了している」

 大阪都構想の是非を巡る住民投票でわずか1万票差で惜敗し、大阪市長を12月まで務めた後は政界から引退すると宣言した橋下徹・大阪維新の会代表(45)。会見では潔い態度を貫いたが、本当に政治家を辞めるのか、早くもその撤回を期待する声が出ている。

「私は橋下さんが政界から引退することには反対です。彼ほどのキャラクターと熱意をもった男は、日本の政界を見渡してもほとんどいませんから。参議院議員になるなど選択肢はあるのだから、政治家を続けてほしいと思っています」(政治ジャーナリスト・田原総一朗氏)

 住民投票から一夜明けた18日の大阪市役所にも、午前中から市民の電話が殺到したという。

「『橋下さん、辞めないで』という電話が、100件近くありました。鳴りやまぬ電話の対応に追われ、仕事にならなかった部署もあるようです」(大阪市職員)

 惜敗したとはいえ、70万票近くの賛成票を集めた橋下氏は、改めてその人気を証明したともいえる。政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏は、

「橋下徹という希有な政治家を、政党が放っておくわけがない。間もなく永田町で『橋下争奪戦』が始まる」

 と指摘する。最も熱い視線を送っているのが、安倍晋三首相(60)だ。

 安倍氏は住民投票の翌日に雑誌『正論』のインタビューを受け、「憲法改正を進めるべきだという考え方では一致している。今後も強いリーダーシップを発揮し、国民に訴えかけていく力を生かしていただきたい」と橋下氏に早速エールを送っている。

「情に厚い安倍さんが、橋下氏のことを放っておくわけがない」

 と言うのは、自民党のベテラン議員。

「安倍さんは一度首相を辞任した後の時期に、橋下氏と何度か会っている。憲法改正や政治運営の理念などが一致すると知った橋下氏は、『もう一度首相をやるべきだ』と安倍さんを鼓舞した。安倍さんもこれには感激したといいます。失意に暮れる橋下氏に救いの手を伸ばす可能性は十分にある」

 今後安倍首相や菅義偉官房長官が、憲法改正のために力を貸してほしい、と呼びかけるというのだが、一度引退を明言している以上、橋下氏も簡単にはこのオファーを受けられないだろう。来年夏の参院選への出馬をもちかけても、固辞する可能性が高い。

 そこで「こんなシナリオがある」とこのベテラン議員は解説する。

「年内にもあるとウワサされる内閣改造で、橋下氏を特命大臣として入閣させるのです。それも大阪市長としてではなく、市長を辞めることを前提に、民間人閣僚として登用する。これなら『政治家を引退する』という橋下氏の発言とも矛盾しない」


橋下には貸しがある

 民間人登用といえば、橋下氏の"世話人"の一人である作家の堺屋太一氏が、かつて小渕内閣と森内閣で「経済企画庁長官」に起用された。

「堺屋さんも、橋下氏は引退すべきではないという意見を持っている。官邸は、堺屋さんに説得してもらうことも考えているはず。敗北後の会見で、橋下氏は『弁護士に戻る。維新の党の法律顧問として雇ってほしい』とシャレをかましたが、あれはいいヒント。法改正に関する特命大臣になってもらえばいい」(同前)

 前出・鈴木氏も「官邸から『条件付きでいいから政権に協力してくれ』と打診されれば、橋下氏も断れないのではないか」と指摘する。

「菅官房長官は、今回の住民投票実施までに大変な働きをしました。何度か住民投票が座礁しかけましたが、そのたびに菅氏がウラで動いて、実現にこぎつけた経緯がある。官邸内では『自民党大阪府連と対立してまで、官邸は橋下のために動いた。次は橋下に貸しを返してもらう番だ』という声が上がっています」

 一方の民主党も、バツグンの集票力をもち、議論に強い橋下氏を担げば、もう一度党を復興できると考えている。鈴木氏が解説する。

「民主党は、野党再編のために橋下氏の力を借りたいと考えています。口実は『これまで橋下氏が訴えてきた地方自治改革や道州制推進を一緒にやっていきたい』などいくらでもあります。国民も、自民党に対抗できる力を持った野党が誕生することは歓迎するので、そう大きな批判は受けないはず」

 事実、民主党の松本剛明元外務大臣と長島昭久元防衛副大臣の二人が、住民投票直前の13日に、維新の松野頼久幹事長(現代表)、馬場伸幸国対委員長と会談し、意見交換を行っている。馬場議員は橋下氏の側近中の側近だ。

 自民党と民主党から"求愛"されれば、政界での橋下氏の価値はむしろこれまで以上に高まる可能性さえある。「僕みたいな政治家は、ワンポイントリリーフ、使い捨てでいい」と語った橋下氏は、まだ45歳。再び国民的な待望論が盛り上がれば――今度は国政の舞台で"大化け"するかもしれない。

 

大阪都構想これが舞台裏 そして橋下市長が絶対ゆるさん3悪人

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 5月26日(火)18時57分57秒
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  大阪都構想これが舞台裏 そして橋下市長が絶対ゆるさん3悪人

 まさに、激戦とも言える結果だった。二重行政の解消を訴え、大注目された「大阪都構想」の是非を巡る住民投票(5月17日投開票)は、70万5585票の反対票が、賛成票を1万票以上上回った。これにより、橋下氏が悲願とした大阪都実現の夢は、もろくも“落城”を迎えたのである。

 同日緊急会見に臨んだ橋下氏は、吹っ切れたような笑顔でこう宣言した。
 「市民の皆さんに受け入れられなかったのは、やっぱり僕が間違っていたということなんでしょう」
 「市長の任期満了まではやりますけど、それ以降は政治家はやりません」

 だが、敗北宣言がなされたばかりの地元・大阪では、これとは真逆の噂が飛び出している。橋下氏は確かに市長辞任と政界引退を口にしたが、「このままむざむざと引き下がるはずがない」「政界を去るというのは、橋下氏一流のブラフ」とする声がかまびすしいのだ。
 在阪の政治部記者がこう話す。
 「確かに、橋下氏は『政治家人生は終了です』と会見で発言した通り、12月の市長任期満了をもって政界から引退するでしょう。だが、その一方では再三、今後の身の振り方を問われ、『僕は自分では何も決められない人間なので…』と意味深な受け答えもしている。これが、“ブラフ論”を加速させているのです。だいたい、あの執念深い橋下氏が反対運動を展開し、都構想の息の根を止めた公明党や自民党大阪府連、それに自主投票の体を取りながら、会員が反対運動に奔走していた創価学会に、やられっぱなしで引き下がると思いますか? やられたらやり返すが橋下流。中央政界にも『橋下氏の大逆襲劇が始まる』との噂が走っているのです」

 要は、悲願を潰えさせた公明党や創価学会、自民党府連に対する意趣返しが展開する可能性が急浮上。これが起きた場合には、その攻勢は苛烈を極めるだろうと推測されているのである。
 大阪維新の会の関係者が言う。
 「早ければ、その第一矢は今後橋下氏の任期満了で起きる大阪市長選時に放たれるはずです。大阪維新の会は大阪府議会で44人、市議会で36人を擁し第一党の地位を占めているが、約半数は橋下人気で当選した議員で、これらを見捨てるわけにもいかない。そのため、大阪維新の会から市長候補を擁立。支援に回り、自公候補の撃破を狙うと見られているのです」

 つまり、復讐劇の第一弾は、橋下氏の辞任後に行われる大阪市長選。その際には同氏の因縁の相手が自公の推薦で出馬してくると見られ、すでに住民投票を凌ぐ死闘に発展する可能性も指摘されているのだ。
 「その死闘の相手と見られているのが、'11年の市長選で争った平松邦夫元市長なのです。その選挙時に自民党は民主党と共に平松氏を後押しして敗北したが、橋下氏が政界を離れたことを維新を潰す好機と見た公明党が相乗りしてくる可能性もある。そのため、公明党や自民党府連に対する憎悪著しい橋下氏は、この殲滅に動くことはほぼ間違いないと見られている」(同)

 また、その一方では公明党と創価学会を駆逐する“復讐劇”も予想されていいるという。語るのは、橋下氏の側近議員だ。
 「実は、党内では市長辞任、政界引退のミソギを済ませた後、橋下氏が来年7月の参院選に大阪選挙区から出馬する案が、住民投票の結果が出る前から囁かれていた。都構想実現が潰えたことは大きな打撃だが、逆に橋下氏が国政に打って出る最大のチャンスだからです。また、この戦術は公明党と創価学会を蹴散らし、維新が国政を担う絶好の機会でもあるため、地盤沈下が囁かれる維新内でもその決断が期待されているのです」

 ちなみに、来年の参院選で大阪選挙区には、公明党と自民党、民主党の現職議員らが立候補してくることが確実視されているが、橋下氏が出馬すれば、思いもよらない“地殻変動”が起きると評判なのである。
 「その指針となるのが、'13年の参院選です。この時、維新は初めて国政選挙に打って出たが、同党の東徹候補の獲得票数が100万票を突破。29%の得票率を獲得したのです。同選挙では自民党も得票数を伸ばしたが、公明党は前回選挙と比べて16万票も激減した。つまり、橋下氏が参院選に出馬すれば、東候補以上の票数を獲得するのは必至。公明党とその集票マシンとして機能する創価学会に、煮え湯を飲ませることもできるのです」(同)

 また、この橋下氏の参院選出馬案には、全国的な得票数の大幅アップで比例議席数を伸ばそうとの目論みも含まれているという。
 というのも、前回'13年に日本維新の会(現・維新の党)が参院選に初挑戦した時に、同党は全国で約635万票を集め、比例6議席を獲得した。この票数と議席数は自民党を除くと、公明党の約757万票で7議席、民主党の約713万票で7議席に次ぐものだった。橋下氏が出馬すれば「公明党の議席を超える票数を獲得する可能性もある」(維新関係者)と言われているからだ。
 しかもこの選挙結果が具現化すれば、自公連立政権の枠組みが根幹から揺らぐのはほぼ確実。公明党、創価学会憎しの橋下氏が、それを見透かした手を打つ可能性も否めないのだ。

 政治部記者が言う。
 「自民党は戦争法案と批判される安保法制の成立のためにやむなく公明党と組んでいるが、維新が参院選で圧勝すれば、公明党との連立を解消し、維新と組む確率も高い。安倍政権が悲願とする憲法改正に橋下氏は賛同しており、改憲に必要な衆参の3分の2の議員の賛成を得られる可能性が高まるからです。つまり、魚心あれば水心。参院選出馬の暁には、改憲を進めたい自民党に橋下氏が擦り寄っていくのは確実なのです」

 また、財務省関係者がこう明かす。
 「実は、以前から官邸では財政上の理由で宗教法人に何らかの課税をしていく議論が行われているが、安倍首相と親密な橋下氏はこうした話も耳にしている。参院選に出馬・大勝し、与党入りが実現した時には、大阪都構想を潰した創価学会へ100倍返し…橋下氏がこの法制化に奔走していく可能性は高いでしょう」

 要は、中央政界進出後には「宗教法人への課税」を推進。都構想の反対に関与した学会に、思わぬ代償を支払わせる可能性も少なくないのである。
 もっとも、こうした数々の逆襲策が予測されるのは、メディア界でも有名な橋下氏の執念深さが注目されているから。それが絵空事ではないとの見方が根強いのには、さらなる理由が存在するのだ。

 全国紙の官邸記者が言う。
 「住民投票前日に安倍首相は、以前から決まっていた阪神淡路大震災の復興と高野山、熊野古道視察のために急遽、関西入りした。表面的には橋下との接触はなかったと言われるが、実は夜間に、投票で負けた場合の身の振り方を話し合ったと評判なのです。その会談では、安保法制や改憲までも話し合われたと伝えられ、橋下の今後の動向に注目が集まっているのです」

 橋下徹が“半沢直樹”として動き出す。

週刊実話
 

浅田舞が明かしたフィギュア界の“闇”

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 5月26日(火)18時53分0秒
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  浅田舞が明かしたフィギュア界の“闇”

 推定Eカップ巨乳とぶっちゃけトークで、最近、バラエティー番組でひっぱりだこの浅田舞(26)。先日、発売した初写真集『舞』も好評で、ますますメディアの露出が増えていきそうな気配だ。
 「海外撮影の水着ショットがあり、巨乳を存分に味わえる。同時期に発売されたAKB小嶋陽菜の写真集には負けているが、綾瀬はるかよりは部数が出ている。かなりの人気作品といえるでしょう。今後はDVDも出すでしょうし、徐々に露出度を上げていくことによって、バラエティーに並行してグラビア系の仕事も切れることはないはず」(芸能ライター)
 スケート選手としては妹の浅田真央(24)の陰に隠れた格好だったが、現在はタレント活動をのびのびと楽しんでいるように見える。

 そんな舞が少し前、フィギュアスケート界の闇を暴露したことがあった。
 「高校時代、スケートの練習場から控室に戻ってきたら、舞の荷物や練習道具が全部投げ出されていたというのです。放送はされませんでしたが、現場では同時期のライバル選手の名前が出ていたそうです」(同)

 フィギュア界にはこういった類の話は多く、渡部絵美は現役時代、海外留学し外国人コーチに習ったことが生意気だと、国内大会のために帰国しても練習リンクを貸してもらえなかったという。
 「渡部のケースは選手と連盟との軋轢の一例ですが、そもそもフィギュアは子供時代から練習を重ね、トップ選手になるまで1億円ぐらいかかると言われる特殊な世界。人気コーチになると母親たちによる奪い合いがあり、コーチの食事係、コーヒー係といった一種の序列ができるそうです」(同)

 舞のみならず、お騒がせの安藤美姫(27)もタレント転身後、生き生きしているのも分かる気がするが、そうなると気になるのは、進退を決めていない真央の今後だ。


2015年04月22日 週刊実話
 

畜有害な横浜市に住み着いている北鮮人ボートピープル 朝鮮人モドキ&鵺(ヌエ)爺

 投稿者:しろネコ  投稿日:2015年 5月23日(土)00時51分40秒
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  畜有害な横浜市に住み着いている北鮮人ボートピープル 朝鮮人モドキ&鵺(ヌエ)爺

北鮮で餓死しそうになったのか?強制収容所に放り込まれそうになって逃げ出したのか?
きっかけは知らぬが、ボートピープルとなって地上の楽園からわざわざ日本に密航して来た北鮮人の朝鮮人モドキ&鵺(ヌエ)が、横浜市に40年近く住み着いている。
画像の、マルハンの会長と一緒に逃げてきたのでしょうか?

この男、始末に負えない凶悪鮮人(凶悪エベンキワイ族)そのものなのです。
365日息吐く様に嘘をつき真実など一言も語らないと言う化け物。

生まれ落ちた時から、人間としての教育など受けていない凶悪稲荷狐そのものなのです。

常時、自らの目先の欲望のままに動き発言する。
欲望を満たす為ならば手段を選ばない悪知恵だけが働く凶悪サイコパス。
嘘を吐く巧みさに掛けては、天下一品。
有る事無い事、自分で勝手に物語をその場で瞬時に作り上げ、辻褄の合わない絵巻物をとうとうと語る。稀代のペテン師。
狙いをツケた人間を鮮人(凶悪エベンキワイ族)魔術に嵌める天才なのです。

お人好しで情に厚い普通の日本人など、騙すことなど赤子の手をひねるが如きもの。
罪の意識も恥と言う概念も無い、野獣であり人モドキの鵺(ヌエ)そのものなのです。
その様な生き方をして、在日鮮人(凶悪エベンキワイ族)同胞や同和の力をとことん利用し、ここまで生きて来たと言うだけでも驚異としか言いようが無い化け物です。

そんなホラ吹き人モドキの鵺(ヌエ)爺も、勇気ある大和魂を持つ日本人の青年についに正体を見破られ、悪魔の神通力が一切通用しなくなってしまったのです。

今の時代、世界的なレベルで悪魔的な言動をする人で無しが、自爆自滅消滅をしていく素晴らしい時代になって来ました。

ついに、目出度い事に、北鮮人ボートピープル 朝鮮人モドキ&鵺(ヌエ)爺にその順番が巡って来たようです。

自爆して消えていく前に、どのような一世一代の大嘘をついてくれるのでしょうか?
最期くらいは、真実を語るのでしょうか?
いずれにせよ、行き着く先は無間地獄でしょうね。


大韓民国(地上に舞い降りたフェレンギ) ~金儲けの秘訣~


第一章
1、相手が動揺したら、そこには金の沸く泉がある。
2、過去を反省する奴は金が貯まらない。
3、相手が反論してきたら、大きな声で怒鳴りつけろ。
4、相手国のテレビ局を味方に付けろ。
5、体面を気にする奴は、国際社会で叩けば金を出す。
6、相手に弱みを見せるな。
7、他国の女はその国の男より先に犯せ。
8、生粋にこだわる奴には生粋など居ないと吹き込め、従順になる。
9、近隣国の公害は儲けの種。
10、相手がが正しいことを言い始めたら相手にするな。


第二章
11、都合が悪ければ親でも殺せ。
12、愛国心は法律を超える。
13、金も技術も無いときは甘い声で持てる者に近づけ。
14、他国の同胞はいい道具になる。
15、動く間は機械を修理するな。
16、謝罪するくらいなら相手を訴えろ。
17、強い奴には媚びろ、大きなチャンスが転がってくる。
18、商談の後は女にたっぷり接待させろ。
19、騙せない相手でも、一度試して見ることは有益だ。
20、貸したら倍で取り返せ、借りたら返すな。


第三章
21、相手がうんざりするまで交渉は引き延ばせ。
22、贈り物を拒否して困惑させろ、するともっと良い物を持ってくるだろう。
23、手のひらは反すためにある。
24、交渉相手の前では困って見せろ。
25、共同を約束したら韓国の銀行で借りろ、返せなくても相手国が返済してくれる。


26、日本人と親しくすると親日罪で身を滅ぼす。
27、あらゆる手段で同胞を増やせ。
28、相手になりすまし、情報を操作しろ。
29、世界は大韓民国から始まった。
30、ミスにつけ込んでとにかく謝罪させろ。


第四章
31、アメリカは意外と役に立たない。
32、出来ない事でも儲けがあるなら引き受けろ。
33、親友の居ないユダヤは使い道がある。
34、都合のいいことは、すべて対外外交にあてはめろ。
35、一度謝罪させた者からは、10000回賠償金がとれる。
36、外国のもめ事には便乗の価値がある。
37、売春婦は金塊より大きな価値を生む。
38、50年経てば売春婦はまた金を生む。
39、噂は国を巻き込むくらい大きくしないと利益を生まない。
40、商談を始めるときは論理を飛ばし、打ち切るときは正論で打ち切れ。


第五章
41、高麗人参は万物に効く。
42、外国の左翼を援助しろ。
43、日本の警官に賄賂は通じないが、政治家は献金として受け取る。
44、世界の無人島は誰の物でもない。
45、韓国人が住んでいるならその土地は大韓民国。
46、歴史認識は韓国が決めるもの。
47、相手に余地や猶予は与えるな。
48、情報は相反するモノを必ず二つ流せ。
49、インテリは孤立させると堕落する。孤立していれば必ず堕落している。
50、過去にすがる奴には「昔に戻れる」とささやけ、無料でもよく働く。


明治7年4月に日朝交渉に臨んでいた日本側代表が確認した、300年以上前(江戸時代)に作られた朝鮮人が交易における、日本人懐柔法の手引書
「朝鮮人が日本人をあつかう6ヶ条の秘訣」 (公文別録・朝鮮始末第三巻の91頁に記載)


一、 遜辭 屈己接人辞氣温恭 (腰を低くして接する)
一、 哀乞 勢窮情迫望人見憐 (憐れみを誘う態度を取る)
一、 怨言 失志慷慨激出怒膓 (狂ったように怒る)
一 、恐喝 将加威脅先試嚇動 (威圧し脅す)
一 、閃弄 乗時幸會翻用機関 (あらゆる機会に乗じて翻弄する)
一、 変幻 情態無常眩惑難測 (ころころ態度を変えて惑わす)

オランダ人が見た360年前の朝鮮人
http://digital.mk.co.kr/premium/view.php?no=5979

『朝鮮幽囚記』 Hendrik Hamel

朝鮮人の半分は奴隷で一部両班は奴隷を2000~3000人使っていた。両班の子供たちは昼も夜も勉強ばかりさせられる。しかし奴隷達は自分の子供も世話しない。 仕事をするほどの年齢になれば主人が直ちに
奪っていくためだ。

また、朝鮮人は物をよく盗んで、性質はよく嘘をついて、他人を騙す傾向が強い。彼等をあまり信用してはいけない。他人に損害を与えることは彼等にとって手柄と考えられ、恥辱とは考えられていないからだ。

彼等は病人、特に伝染病患者を非常に嫌う。伝染病がかかればすぐに見捨てて、野原の草幕に隔離させてそのまま死ぬまで放置する。そこには彼らを看病する者の外は誰も訪れないし、誰も彼等と話をしない。その傍を通る者は必ず病人に向かって汚らしいとつばを吐く。心が腐った女のように女々しくて精神が弱くて、清国軍隊が侵略した時などは敵軍に殺害されるのが恐くて林の中で首をくくって死んだ人の数の方が殺害された人よりさらに多かったという。朝鮮人高官は女性を買って性行するのが好きで、寺院を利用してそれで寺院が売春宿や酒場の代わりに性接待に利用されたりもする。大官や貴族は仏像に対し敬意を表するということをまったく知らない。なぜならば彼等自身がそれよりも偉いと考えているからだ。

暁鐘5年(1653年) 8月オランダ、東インド会社の船員が暴風雨にまきこまれて、済州島に流れつき13年朝鮮で住んだヘンドリック・ハメル(1630~1692)が書き残した漂流記の一部だ。 いわゆる'ハメール漂流期'だ。 ハメール漂流期は西洋人が朝鮮での経験に基づいて整理した朝鮮に対する最初の記録だ。


 

佳子さま「一泊二日八ヶ岳合宿」で見せた20歳の素顔

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 5月22日(金)18時31分10秒
編集済
  佳子さま「一泊二日八ヶ岳合宿」で見せた20歳の素顔

パーカー姿、手には3つの指輪でソフトをペロリ


5月16日、山梨・八ヶ岳の南麓に広がる牧場『まきば公園』での佳子さま。小一時間散策し、園内の牛や馬と触れ合っていた

「おいしいねー」

 同級生とソフトクリームをなめながら、秋篠宮(あきしののみや)佳子さま(20)の笑顔がこぼれた。

 5月15~16日の2日間、国際基督教大学(ICU)恒例の『リトリート』という新入生合宿が開催された。汗ばむほどの快晴の下、佳子さまと同級生たちがバスに乗って向かったのは、『八ヶ岳ロイヤルホテル』だ。

「リトリートは、約600名の新入生が全員参加するICUの伝統行事。日常から離れ、新入生同士が交流することが主な目的です。佳子さまも普段20名ほどのクラスに所属していますが、バスではあえて違うクラスの生徒同士を隣り合わせの席にするんです」(ICU関係者)

友達もみんな美人

 この日の佳子さまは、黒のキャミソールにエスニック柄のタンクトップを重ね、スリムジーンズに黒のスニーカーというファッション。腕にはブレスレット、手には3つの指輪、爪にはブルーのネイルを施していた。車内でもう仲良くなったのか、途中の談合坂(だんごうざか)SAでは女生徒数人と並んで一緒にソフトクリームをペロリ。昼過ぎにホテルに着くと、後はずっと缶詰状態だ。

「教授による講義や、各メジャー(専攻)の説明などが行われます。4~5人のグループに分かれて、英語でのディスカッションもあります。泊まるのは3~4人での相部屋ですが、ここでも違うクラスの生徒と一緒になります。毎年多くの生徒が"オール(徹夜)"するので、佳子さまも夜遅くまで同級生たちと話し込んだのではないでしょうか」(同前)

 翌16日の午前中はレクリエーションで、佳子さまは「ハイキング」「天文台見学」などの中から、牧場『まきば公園』での散策を選択した。

 ここでも数人の同級生たちと楽しそうに話しながら、園内の動物と触れ合う佳子さま。水色のチェックの長袖シャツに、少し胸元の開いた白いレースのトップスという服装だった。前日とはうって変わって雨模様で、少し肌寒かったためか、グレーのパーカーのフードを頭に被ることも。佳子さまはこの日も、『まきばの牛乳ソフトクリーム』を買い、カップに入ったソフトクリームをみんなで美味しそうに食べていた。

 その後はホテルに戻り、昼食と閉会式を済ませ、再びバスで大学へ。一泊二日のリトリートは幕を閉じた。宮内庁関係者が話す。

「佳子さまの友人はすでに入学前のオリエンテーションからメンバーが固まっているんです。ブランドのバッグを持ったり、ピアスをつけたりとみんなオシャレで美人ぞろい。ただ、母親の紀子さまは、佳子さまの友人が固まってしまっていることを気にされていました。今回の合宿でお友だちも増え、紀子さまも安心されているのではないでしょうか」

 所属しているダンスサークルの練習も本格的に始まるという。キャンパスライフはこれからが本番だ。


ジーンズのポケットにさりげなくスマホが

 

佳子さまと紀子さま「うるさい!」事件 〈髪形、服装、門限が原因?〉

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 5月22日(金)17時52分24秒
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  佳子さまと紀子さま「うるさい!」事件 〈髪形、服装、門限が原因?〉

「驚きました。皇族のタンクトップ姿を見たのは初めてかもしれません。まだ五月だというのに、肩から背中が大きく開いたブルーのマッチョタンクの下に、黒のインナー。スキニージーンズにバンズのスニーカーを合わせ、指輪やミサンガを身に着けていらした。巻き髪にアイラインもバッチリ。そのお姿はヒップホップダンサーを彷彿とさせました」(皇室担当記者)
 ICU恒例の「リトリート」で、秋篠宮家の次女・佳子さま(20)がお見せになった“ありのままの姿”が大きな波紋を呼んでいる。ICUに入学されて間もなく二カ月。“奔放すぎるプリンセス”のベールがはがされつつあるようだ。

「リトリート」とは新一年生が参加する一泊二日の合宿のこと。会場となった八ヶ岳ロイヤルホテル(山梨県北杜市)に、佳子さまも宿泊された。冒頭の大胆なタンクトップ姿が目撃されたのは、初日の五月十五日のことだった。
「ホテル到着後は、『信頼される地球市民とは』というテーマでのグループディスカッションや、教授たちによる持ち込み企画が行われました。リトリートが楽しくなるのは、プログラムが全て終わった二十二時から。大体セクション(クラス)ごとに大部屋に集まって、夜通しワイワイ騒ぎます。といっても、酒とタバコは禁止です」(ICUの同級生)
 佳子さまも部屋着に着替え、同級生たちと熱い夜を過ごしたという。
「音楽を流しながら、カラオケで盛り上がっているグループの中に、佳子さまの姿がありました。何人かの女の子と一緒に、AKBの曲に合わせノリノリで踊っていましたよ。オール(徹夜)する学生も多いですが、佳子さまは早めに自室に戻ったようです」(同前)
 翌十六日は、あいにくの雨模様だったが、朝から元気に「まきば公園」へ出かけられた佳子さま。
「この日はコテで巻く時間がなかったのか、ストレートヘアでお化粧も薄めでした。小雨の中、フードをかぶって立ったままソフトクリームを召し上がっていたのですが、パーカーの下の黒いインナーの胸元が大きく開いていて、屈み込んだ時はヒヤヒヤしましたよ」(前出・皇室担当記者)
 実は、普段のキャンパスでのファッションも肌の露出が大きく、記者の間でも話題となっている。
「シャツは第三ボタンまで開けているのが普通で、胸元がガバッと開いていたりする。吉祥寺に行きつけのカフェがあって、友達とお買い物がてら通われているのですが、授業でお疲れなのか、どこかアンニュイな表情をなさっていて、セクシーなんです。『お姉さんとは正反対だ』と言われています」(同前)
 ゴールデンウイーク前の四月二十四日には、佳子さまの入部が目されているICUの体育会系ダンス部「Smooth Steppers」の春公演が三鷹市内で行われた。この日は、グレーのVネックニットに太ももを大きく見せたホットパンツという出で立ちだった。
「開演から五分経ってから、目立たないよう後ろから二列目の席に座られました。女性のお友達二人と一緒です。退席されるときも、会場が暗いうちに、こっそりと通用口から外に出てこられた。大きなマスクをつけて、お忍びで来た芸能人のように見えましたよ」(別の皇室担当記者)

眞子さまは「馬鹿馬鹿しい」

 宮内庁担当記者たちは、公務とプライベートとのギャップに衝撃を受けている。
「公務や会見に臨まれる真摯な姿勢や、可憐なローブデコルテ姿などを国民は見守ってきました。四月二十三日、タイのシリントン王女を迎えたご夕餐でも、佳子さまは清楚なイメージのスーツ姿だった。
 ところがプライベートでは派手な格好の佳子さまが続々と伝えられている。正直、オンとオフを切り替え、公務のときだけ皇族らしい振る舞いをなさればいいのか、という声もあります」
 公私にわたり注目を集める次女に、目を光らせているのが紀子さま(48)だ。
「紀子さまは、佳子さまの写真が流出することに非常にピリピリされている。一般人にスマホで撮影された場合は消去を求めるよう警備関係者には厳重に指示されているそうです」(同前)
 紀子さまは佳子さまに頻繁にお小言をおっしゃるという。私生活の振る舞いを巡って、お二人が激しい口喧嘩をなさることもしばしばだとか。
「髪形や服装、門限などについて、紀子さまは本当に細かいことまで、厳しくおっしゃることがあります。それに対し、佳子さまは『うるさい!』と返されるのです」(秋篠宮家関係者)
 こうした母娘の“対決”は、かつては姉の眞子さま(23)との間でも見られた。
「華美な格好をなさらない眞子さまに対しても、紀子さまは色々とおっしゃるので、眞子さまは時折、『馬鹿馬鹿しい』と洩らされていた。大学二年の頃、男子学生とのツーショット写真がネットに流出した時も、紀子さまは『自覚が足りない』と強くお叱りになりました」(同前)
 それで自重されたのか、以来、眞子さまの“問題写真”が出回ったことはない。元来、読書好きの真面目なご性格というのもあるのだろう。ICUの三、四年時に経験された英エディンバラ大での留学生活について眞子さまは大学のアンケートでこう綴られている。
〈毎晩のようにクラブに出かけて部屋や共有スペースでパーティーをしているような人が多かった。私は盛り上がって楽しむのも好きだが、基本的にはゆっくりお茶を飲みながらおしゃべりする方が好きだったのでそこからして合わなかった。(中略)合わないと思った人と無理をして会話するのをやめた〉
 この姉は現在、英レスター大大学院に留学中で日本を離れている。紀子さまのご懸念は、佳子さまに一極集中しているのだ。
「長女の眞子さまに比べて、佳子さまはのびのびと育てられたところがあるのです。眞子さまは初等科の頃、他の保護者の前でも、『ごきげんよう、でしょう!』と注意されていました。佳子さまは、走り回っても花壇の縁を歩いても、叱られることはほとんどありませんでした」(学習院関係者)
 躾けの問題か、ご性格か、佳子さまは窮屈なのが大嫌いでいらっしゃるという。
「学習院大に通われていた時、どこへ行っても『皇族の生活ってどうなの』と聞かれてうんざりしていました。ご本人は“普通の学生生活”がしたかったのでしょう」(学習院の同級生)
 今はICUで夢の“普通の学生生活”を送られている佳子さま。キャンパスではICU高校からの内部進学組、通称“ハイ上がり”と仲良しだという。
「彼らは皇族だからといって身構えたりしないのです。同じセクションのコからは『ギャグセンス高いよね』『カコちゃん、ホントいい子だよ』とか言われていますよ」(ICUの学生)
 紀子さまのご心配はまだまだ続きそうだ。

「週刊文春」2015年5月28日号
 

「橋下徹引退」女7人の吉凶 会見に駆けつけた同級生妻、コスプレ愛人、上西小百合…

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 5月22日(金)17時47分13秒
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  「橋下徹引退」女7人の吉凶 会見に駆けつけた同級生妻、コスプレ愛人、上西小百合…

三十八歳で府知事に就任してから七年余。評論家との論争やメディアとの確執、大物からの寵愛に分党騒ぎなど数々の話題を提供し続けた「橋下劇場」が幕を閉じた。妻、元愛人、論敵、同志……。彼を取り巻く女たちは何を見たのか。そして気になる彼の今後は――。

「家族への負担はむちゃくちゃ大きかったですね。妻もそうですけど、子供がよく耐えてくれたなと思います。いろいろ言われたこともあるでしょうけど、うちの子供の学校や友達がうまくやってくれた。家族に対して相当負担をかけてきましたから、任期が終わる十二月から、この八年分をなんとか取り戻していきたいなと思っています」
 五月十七日深夜、住民投票で「大阪都構想」が否決されたことを受けての記者会見は、日付が変わっても続いていた。記者の質問が尽きるまで何時間でも付き合うのが橋下徹大阪市長(45)のスタイルだ。会見後半、小誌が「家族に苦労をかけたのでは」と問うと、橋下氏は家族に対して、こう感謝の言葉を述べたのだった。
 その時、会見場の出口付近では、マイクから伝わる橋下氏の声に耳を澄まし、時折、涙ぐむ女性の姿があった。化粧っ気はなく、薄いブルーの半袖シャツに白いスカートを身に付けた清楚な出で立ちで、他の維新スタッフとは明らかに雰囲気が違う。よく見れば、他でもない典子夫人である。
 小誌記者が声をかけると「今は何も話せません。すみません」とだけ言い残し、息子と思しき青年と足早に立ち去っていった――。
 二〇〇八年二月の大阪府知事就任以来、その実現の為に奔走してきた夢が潰えた舞台裏を、維新関係者が明かす。
「この日は投票締め切り後の二十時過ぎから、橋下市長、松井一郎大阪府知事、維新の党の江田憲司代表、松野頼久幹事長(ともに当時)が集まり、ホテルの中華料理店で感想を語り合っていました。マスコミ各社の出口調査は、すべて賛成が若干上回っていたため、どうにか僅差で勝てるというムードが漂っていた。ただ橋下氏だけは『NHKの数字が厳しい。負けているかもしれない』と疑心暗鬼になっていたそうです」
 果たして橋下氏の予感は的中。賛成が六十九万四千八百四十四票、反対が七十万五千五百八十五票。その差は一万七百四十一票だった。「最高の政治家人生を歩ませてもらった。何も悔いはない」とさばさばとした表情で、橋下氏は政界引退を表明した。

OLなどのコスプレ

 府知事就任から七年余。都構想をぶち上げ、市長に転じ、国会に議員を送り込むなど、突っ走り続けた橋下氏を陰で支え続けたのは典子夫人に他ならない。
 橋下氏と夫人は、大阪の名門・北野高校の同級生だった。
「典子さんは大手総合商社の元幹部を父に持つ良家のお嬢様です。アメリカ育ちで英語もペラペラ。神戸女学院大学時代に橋下と交際を始め、橋下が司法試験に通ったばかりの頃、親の反対を押し切って結婚しました。以来、『家事も育児もしない』と公言する橋下を支えつつ、七人の子育てを一手に引き受けてきました」(橋下氏の知人)
 そんな糟糠の妻と橋下氏の間に亀裂が入ったのは、一二年七月のことだった。
〈独占告白 橋下徹大阪市長はスチュワーデス姿の私を抱いた!〉
 小誌がこう題して報じたのは、「ラブホテルで、スチュワーデスやOLなどのコスプレをさせられ、肉体関係を結んだ」という元愛人の詳細な告白だった。
 これにはかねてから小誌を「バカ文春」と罵っていた橋下氏も「今回、バカは付けられないですね」と白旗を挙げ、「妻に謝り続けるしかない。家でものすごいペナルティーが待っている」と意気消沈した。
 ただ、幸い父娘関係が断絶することはなかったようで、昨年十一月の街頭演説では、橋下氏はこう語っている。
「うちの長女に彼氏ができましてね。その彼がラグビー部で、ムキムキのいい男。彼氏の身体と比べられているのかと思うと腹が立ったので、今年からジムに通うようになったんです」

ちょっと苦しそうだな

 過激な物言いで敵も多く作った橋下氏。自宅マンションは警察や警備会社によって警護されてきたが、そんな生活から逃れられるのが、家族は嬉しいのかもしれない。
「最近、典子夫人は『子供たちが大きくなるまで、国政には出ないで欲しい』と伝えているそうです」(前出・維新関係者)
 実は今春から橋下家では、別のプランも浮上していた。
「東京移住計画です。橋下氏がタレント活動をしていた頃は、平日は東京で単身で過ごし、週末だけ帰阪する生活だったのですが、今度は家族みんなで過ごせるよう移住することを視野に入れているようなんです。典子夫人の、子供を東京の学校に入れたいという希望もあるそうです」(同前)
 陰ながら橋下氏の政治活動を支えた女性もいる。
 芸能事務所タイタンの社長にして、お笑いコンビ爆笑問題の太田光の妻でもある太田光代氏(50)だ。太田社長は、タレント弁護士として橋下氏を世に送り出した立役者であり、政界進出後は、同社の社員を大阪市に広報担当の顧問として送り込んでいる。
 太田社長が語る。
「橋下さんは弊社の顧問弁護士でもあり、政治家転身後も年に何度か食事やお酒を共にしてきました。弁護士時代、こちらが心配になるほどタレント活動が多くなった時期も『全然大丈夫』と仰っていた。弱みを見せるタイプではないのですが、政治家になってからは、傍で見ていてちょっと苦しそうだなと感じることもありました」
 そんな苦しみから解放されるからか、すっきりした表情で負けを受け入れた橋下氏だが、彼を敗戦に追い込んだ中心にいたのもまた女たちだった。
 辻元清美・民主党衆院議員(55)は、宿敵・自民党の街宣車にも登壇してまで演説し、注目を浴びた。都構想反対派の集会からは引く手数多だったという。
「もちろん自民党には彼女に対してアレルギーがありました。『辻元が来るなら参加しない』とまでいう議員もいた。ただ彼女は動員力もあり、本当に頼りになった。『女版橋下』と呼ばれるほど聴衆に受ける術を心得ており、自民党幹部に対して、『投票直前は、涙を流して訴えなあかんで』などと助言していました」(自民党府連関係者)

残るはガラクタばかり

 打倒橋下に執念を見せたのは、橋下氏の前に府知事を務めていた太田房江・自民党参院議員(63)だ。
「彼女は橋下氏から『太田府知事時代に借金が増えた』と批判されるなどキャリアを全否定されており、今回はここぞとばかりに『橋下、松井府知事時代にも借金は増え続けている』と厳しく批判していました」(府政担当記者)
 辻元氏や太田氏だけではない。今回、大阪都構想に関して男性よりも女性の支持が少なかったのが敗因の一つだが、前述の愛人騒動や、浜矩子(のりこ)・同志社大学大学院教授を「紫頭オバハン」と呼ぶようなデリカシーのなさ、論争相手を「クソ教育委員会」「オナニー新聞」などと罵る姿勢が嫌われた面は否めない。その傾向は「橋下チルドレン」にも共通する。
「橋下氏肝煎りで導入した公募区長や公募校長制度では、採用された民間人が多数の不祥事を起こしています。中身もセクハラ、パワハラや土下座強要などレベルの低いものばかり。橋下氏の友人で大阪府教育長に抜擢された中原徹氏も、今年三月、パワハラ問題で辞任しています。LINEを使って女子中学生を脅す事件を起こした山本景府議も維新府議団から除名されましたね」(大阪社会部記者)
 元部下の女性からは、こんな批判の声があがっている。
「もし維新が勝ったら、大阪は大惨事だった」
 こう語るのは、一一年から四年間、大阪維新の会の市議を務めた村上満由(まゆ)氏(30)。彼女は「維新は政党の体をなしていなかった」と、その内情を暴露する。
「橋下さんは教祖のようにあがめられ、多くの議員は社長と呼んでいました。若手の市議などは、幹部から『社長がこう言っているから』と伝えられるだけで、橋下さんと直接会話することはほとんどない。橋下さんは、多数決が民主主義の原則だと言っていましたが、私たち一議員には何ら発言権がなく、単なる数合わせ要員に過ぎませんでした」
 維新幹部たちも、橋下氏に面従腹背だったという。
「昨年末、維新は議員報酬三〇%削減案を提出しましたが、結局野党の一〇%案が可決された。橋下氏は野党案を批判していましたが、維新議員らは『(それまで既に二〇%削減されていたため)増えてよかった。これで旨いもんが食えるぞ』と軽口を叩いていました」(同前)
 そうした“人材難”の象徴が、「ナニワのエリカ様」こと上西小百合衆院議員(32)だろう。「はしご酒による予算案採決欠席騒動」で、橋下氏と並んで会見し、党から除名されたのは記憶に新しい。この騒動で「住民投票にむけた活動の出鼻がくじかれた」とみる維新関係者は少なくない。
 ところがまったく反省の色の見えない上西氏は、投票前夜、大阪市内で「大問題トークライブ大阪大炎上」なるイベントを開催。
「会場には百五十人近くが集まり満席でしたが、国会議員としての活動を彼女が一方的にアピールするお寒い内容でした」(参加者)
 選挙翌日、上西氏の事務所には「都構想が頓挫したのはお前のせいだ」との電話が殺到したが、本人は「自分のトークに手応えを感じたそうで、テレビのオファーを待ちわびている」(別の維新関係者)という……。
 女を振り回し、女に振り回され、女に幕を閉ざされた橋下劇場。支配人が去り、あとに残るはガラクタ議員ばかりでは、後片付けが大変だ。

「週刊文春」2015年5月28日号


ポストたかじん? 茶髪弁護士? 国政? 橋下の「それから」〈「東京で不動産探し」情報も〉

「(今後テレビ出演は)まったくないですよ。テレビ局は僕のこと大嫌いでしょ」
 十七日の記者会見で今後の身の振り方を問う小誌にこう答えた橋下氏。だが在阪テレビ局幹部はこう話す。
「知事、市長、そして弁護士。これだけのキャリアを持つコメンテーターはかつていません。宮根誠司キャスターら、橋下氏と親しいテレビマンも多いし、すぐに争奪戦が始まりますよ」

 今年十二月の大阪市長任期満了後の橋下氏の去就に注目が集まっている。まず有力視されるのが「ポストたかじん」の座だ。
「やしきたかじん氏が亡くなり、大阪ならではのタブーに切り込むタレントが空席のままです。橋下氏は未だに数字を持っており、政治家引退後の弾けぶりも見もの。各局、どれだけギャラを積んでも出てもらいたい存在でしょう」(前出・テレビ局幹部)
 今も「タレント・橋下徹」と業務提携しているタイタンの太田光代社長に聞くと、
「十二月までは考えちゃいけないことです。テレビ出演はないかもしれないし、あるかもしれない。本人から要望があればお手伝いはしますが、こちらから進んで何かをやろうと思いません。政治家になる前の四年間、弊社のために相当稼いでいただきましたしね」
 実は橋下氏が代表を務める「橋下綜合法律事務所」は、タイタンと顧問弁護士契約を結んでいる。実務は今も同事務所の所属弁護士が担当しており、すでに「橋下弁護士」の仕事は確保されているというわけだ。
 記者会見で、茶髪に色つきメガネの弁護士に戻るのかと問われた橋下氏は「もう似合わない。相当疲れた男になっています。これからは精気を取り戻しますよ(笑)」と答えたが、
「維新の党の顧問弁護士にも“内定”したようです。橋下氏は『記者会見の仕切りには自信がある』と売り込み、江田憲司氏は『どんな分野が強いんだよ。それなら顧問弁護士としてコキ使うよ』と話しています」(維新担当記者)
 橋下氏が駆け出し時代に所属した「樺島法律事務所」の樺島正法所長が語る。
「彼は弁護士経験よりもタレント業が長い。タレント、政治家として鍛えた饒舌さが法廷でも通用するかといえばまったく別物でしょう。裁判は細かい資料を読み込んで立証していく地道な作業ですからね。今後彼が弁護士業務をするというのであれば、地道にやっていただきたいと思います」
 前述の東京移住計画に関連するこんな情報もある。維新関係者の話。
「橋下氏は今年三月ごろから、東京都内で不動産探しをしていたようです。住民投票で負けた場合を見越していたのかもしれません」
 だが一方で、橋下氏が育て上げた維新は、存亡の危機に瀕している。
「江田氏や松野頼久新代表は野党を結集したがっていますが、散々批判してきた労組をバックにした民主党と万が一手を組むとなれば、維新は内部分裂、もう解党するしかないでしょう」(維新幹部)
 そうなれば大阪系の生粋の維新議員らから再び「橋下待望論」が出てくる可能性は十分だ。さらに安倍官邸から秋波が送られることも考えられる。官邸担当記者が解説する。
「安倍首相の悲願である憲法改正には、維新の協力が不可欠。菅義偉官房長官にいたっては、投開票日前日に『勝てそうだね』と維新関係者に喜々として電話するほど応援していました。こうした結果になっても菅氏は『来夏の参院選で政界復帰するんだろ』と見ています。橋下氏なら『憲法改正を推進したい』など、もっともらしい理由をつけての前言撤回もお手のものでしょう」
「僕みたいな政治家が長くやる世の中は危険」と述べた橋下氏だが、「政治家・橋下徹」を必要とする世の中が再び来るのだろうか。

「週刊文春」2015年5月28日号
 

「あのババア…」〈母親と祖母を刺殺〉 横浜15歳高1 元彼女の告白

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 5月21日(木)07時14分31秒
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  「あのババア…」〈母親と祖母を刺殺〉 横浜15歳高1 元彼女の告白

「おばあさんを刺しました。お母さんを刺しました」
 五月十八日午後〇時五十分頃、横浜市戸塚区に住む高校一年生のA(15)は、自宅近くの交番に自首し、バッグから刃渡り約十七センチの包丁を取り出した。

 その五時間程前、Aは自宅で母親(50)と祖母(81)の胸や背中などを複数回刺して殺害した。
「Aは取調べ中に泣くこともなく、落ち着いて淡々と受け答えしているそうです。『母親と祖母から勉強のことで注意された』、『ガミガミ言われてカッとなった』などと供述しています。まず一階で祖母を刺し、その後に二階で母親を刺したようです」(警察関係者)
 三月に卒業した公立中学での成績は真ん中ぐらいだったという。柔道部の主将を務め、毎年リレーの選手にも選出されていた。
 中学校の同級生が語る。
「『勉強だるい』とか『全然できない』って、よくボヤいていました。暇さえあれば話していたのはエッチな話。ネットの無料エロ動画サイトをよく見ていた。“萌え系”のフィギュアを集めたり、ライトノベルを読むのも好きでした」
 祖母の友人はこう語る。
「あの家は、九州生まれで気の強い祖母が実権を握っていた。Aの父親は優秀な人で、祖母はいつも自慢していた。『それに比べてAは出来が良くない』と不満を漏らしていて、最近はAの妹のことばかり『かわいい』と言っていた。お嫁さんのことも『何もやらない』と愚痴っていた」
 この春、Aはかつて母親が通った農業高校に進学した。高校のクラスメイトが語る。
「Aはスマホのゲームにハマっていて、よくその話をしていた。休み時間にはスマホを取り出していつもゲーム。でも、体育祭の種目決めで女子委員が困っていた時、『人気のない種目に回ってあげるよ』と言ったりして、優しい人だと思いました」
 Aと中学一年から二年にかけて交際をしていたという女子生徒が振り返る。
「Aの家は一階にリビングと祖母の部屋があり、二階に両親とA、妹の部屋があった。Aの母親はまさに“理想のお母さん”に見えた。温かいご飯を作ってくれて、洗濯物もたたんでくれて、掃除もしてくれる。私にごはんを準備してくれることもあった。Aとも仲が良かったと思う。たまにケンカしてAが『ダルイなあ』とは言ってましたが。
 逆に、祖母からは『結婚を前提に付き合っているのか?』とか『遊びならやめろ』と問い詰められて怖かった。リビングで勉強をしていると『うるさい』と怒鳴りこんできたり。Aは『あのババア、なんなんだよ』ってボヤいていました」
 事件当日、Aの父親は単身赴任中で不在。週に一度帰宅する生活を送っているというが、「Aは『父親とは波長が合わない』とか『会話をしていると疲れる』と言っていた」(同前)。
 一方、Aの小学校の同級生の母親はこう振り返る。
「Aはもともと凶暴なところがあった。小五ぐらいの時に、うちの息子が怪我をさせられた。最初はじゃれあっていたのがエスカレートしてやられたと。ズボンもズタズタにされていて、血もずいぶん出ていた。Aは怒ると手がつけられないタイプなんです。さすがにやりすぎだと思って親に文句を言いに行きましたが、相手にされなかった」
 前出の交際相手は、別れた原因の一つをこう語る。
「Aは異常に束縛が強かった。ケンカをすると、机をバンバン叩いて怒鳴ったり。でも、決して私には手は上げなかったのに……」
 二人の命を奪った衝動の代償はあまりにも大きい。

「週刊文春」2015年5月28日号
 

身柄引き受け拒否に警察激怒 〈15歳ドローン少年〉 家庭環境と余罪

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 5月21日(木)07時05分32秒
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身柄引き受け拒否に警察激怒
15歳ドローン少年〉 家庭環境と余罪


 横浜市に住む無職の少年A(15)がドローンを飛ばそうとして、警察に厳重注意される騒動を立て続けに起こした。四月には「官邸ドローン事件」があったばかり。警備が強化される中での“お騒がせ”な行為だが、当局の神経を逆撫でしたのはAだけではなかった。

 捜査関係者が憤る。
「Aは五月九日に長野県の善光寺で御開帳が開かれている最中、飛ばしたドローンを落下させ注意を受けた。だが、十四日にも国会・皇居付近で、十五日には千代田区内の清水谷公園でドローンを飛ばそうと計画。未然に防ぐ形で保護したが、ドローンを規制する法律がないため取り締まることができずに手を焼いている」
 動画サイトで生放送を配信する少年として一部で知られた存在だったA。一連のドローン飛行計画もそのコンテンツだった。警察官に取り囲まれ、ドローンを取り上げられて署まで同行を求められた際、「任意ですか? 断ります」「(法律での規制は)今なってないですよね?」と食って掛かる場面も生放送。警察車両内からの放送もしていた。
 さらに警察を激怒させたのが家族の対応だった。
「十四日は両親に連絡したものの、父親が『離婚しているから関係ない』と身柄引き受けを拒否。母親も『忙しい』と言って、夕方まで現れなかった。翌日の清水谷公園では母親が迎えにすら来ず、警察がAを自宅まで送り届けた」(同前)
 一家を知る人物が語る。
「両親が離婚したのは八年ほど前。運転代行の仕事をしていた父親はいまはミキサー車を運転している。母親は介護ヘルパーで、家事は近くに住む母方のおばあちゃんに任せています。父親の違う姉と、中学生の妹がいて、小学生の頃のAは大人しく、妹に言い負かされては泣いていたのですが、いまはもう母親の注意も聞かずにやりたい放題です」
 Aは全国トップクラスの偏差値を誇る有名私立中に通学していたが、ある事件をきっかけに退学している。
 中学の同級生が振り返る。
「出会い系アプリで女のふりをしてオヤジを騙し、音楽配信のプリペイドカードを貢がせていたんです。それがバレて停学処分になった。その後、退学しました。じつは退学の面談の場面もこっそり生中継したので問題になった。自分よりも弱い子をいじめていて、周りが咎めると『なんで俺をいじめるんだ』って言うようなヤツで、一、二年は剣道、三年のときは無線などを扱うクラブに所属していた。好きな芸能人はAKBの小嶋陽菜と言っていました」
 中三の途中で退学し、公立中に転入。高校には進学せず、さらにネット配信にのめり込み、それを“生業”とするように。
「収入は配信の報酬やグッズ販売、一週間五百円からのバナー広告等だが、それよりもネットで繋がっている“信奉者”からの寄付金が大きいと見ている。一機十五万円ほどのドローンを購入できるのはそのためだろう。彼らはAに過激な行動をするよう焚きつけている」(前出・捜査関係者)
 十五日の夜、暗闇の中、自宅の玄関先で座って煙草を吸う母親に話を聞こうとしたが、「全てのことに答えられません。ここへ来たということも書いてほしくないです」と話すのみ。
 一方、Aに十二項目にわたる質問をメールで送ると、《質問の返答に対する料金になります》と、それぞれに一万円から百万円までの値段が記された返信が。総額三百八万円だった。
 今後、Aがドローンを飛ばした場合、当局は威力業務妨害などでの逮捕も視野に入れているという。

「週刊文春」2015年5月28日号
 

「〈翁長知事〉はタガが外れた」沖縄県民も呆れる露骨な“利権”人事

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 5月21日(木)07時03分2秒
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  「〈翁長知事〉はタガが外れた」沖縄県民も呆れる露骨な“利権”人事

「日本の政治の堕落だ」
 五月十七日、沖縄県那覇市の野球場で行われた米軍普天間飛行場の県内移設に反対する集会で、安倍政権の対応について、翁長雄志知事はこう叫んだ。
 しかし、その舞台裏では県民も驚く「堕落」が始まろうとしている――。

「OCVB会長に平良氏」
 五月十四日、沖縄タイムスと琉球新報がそろって一面でこう報じると、地元政財界に激震が走った。地元紙記者が解説する。
「OCVBとは『沖縄観光コンベンションビューロー』のこと。その会長は、数ある県の外郭団体の中でも三本の指に入る要職です。平良朝敬氏(60)は、県内でリゾート事業を手がける『かりゆしグループ』のCEOを務めています」
 OCVBは、国からの一括交付金を中心とする年間五十億円規模の事業費を動かせる観光客誘致の司令塔。会長は観光立県・沖縄の総責任者として、世界各国を飛び回り、国内外の航空会社やホテル、大手旅行代理店の首脳たちと対等に渡り合う立場だ。ただ、観光業関係者の会長就任はこれまで「禁じ手」とされてきた。前出の記者も首を傾げる。
「平良氏は昨年の知事選で翁長氏の選対副本部長を務め、社を挙げて応援した。辺野古基地反対でも歩調を合わせ、『辺野古基金』の共同代表にも就いています。二億円以上の募金を預かる辺野古基金の事務局長は、平良氏の政治顧問を務める人物。翁長氏の身内中の身内ともいえる平良氏の会長内定報道に、県政界の重鎮も『翁長氏はタガが外れた』と驚いていました」
 平良氏は、父の観光ホテルを引き継ぐと事業を拡大。石垣島や恩納村など県内六カ所に系列ホテルを擁し、県内二位の売り上げを誇るグループに成長させた。
 一方で、「沖縄政界のタニマチ」としての顔も持つ。
 九八年、翁長氏が自民党県連幹事長の時代、保守系候補を支援させる目的で六つの県内有力企業に結成を呼びかけた「六社会」に、かりゆしも参加。以降、平良氏は翁長氏と一蓮托生となり、稲嶺、仲井真両県政の誕生に貢献する。
 また、平良氏は安慶田(あげだ)光男副知事の後援会長だった。前那覇市議の安慶田氏は、翁長陣営の事務総長として知事選を仕切った翁長氏最側近だ。現県政では観光政策も担当している。
 今回の“論功行賞”人事に当のOCVBの職員たちからも疑問の声が上がった。労組幹部らは協議し、十五日には社内で集会を開催。「現会長続投」を要望することで一致した。現役職員は、嘆息する。
「現会長続投要望の真意は、平良氏は相応しくないということ。現会長は行政経験と経営手腕を兼ね備え、県や観光業界との連携もスムーズにして、昨年は観光客七百万人の大台を突破できた。経験も能力もある会長を交代させて、選挙でお世話になった後援者に公益性の高い事業を任せて、本当にいいのでしょうか」
 一方、観光業界からも不安の声が上がる。OCVBの事業の多くは県内企業に委託され、会長のさじ加減で発注先が決まる。県内の旅行代理店幹部が語る。
「長らく競合してきた同業者を公平に扱えるのか疑問です。平良氏はJTB協定旅館ホテル連盟の沖縄支部長も務めている。JTB以外の旅行代理店は冷や飯を喰う覚悟をしていますよ」
 実は、OCVBには理事の選任基準として「利益相反取引の防止」を謳い、特に会長は「中立・公正の立場にある者」と厳しく定めている内規がある。
 平良氏は、十八日にあった自社の株主総会でグループ十一社の全役職を辞任したが、依然として筆頭株主であり続ける。内規を作った安里繁信元OCVB会長は電話取材にこう語った。
「私が民間企業出身として初めて会長に就いた際、新たな予算要求に伴う様々な改革を断行しましたが、民間出身者である立場から我田引水とマスコミに批判されました。そうした懸念を二度と招かないように、直接利害関係者が理事に選任されないよう、内規を定めたのです。政治的に精力的に活動する人物では観光業界はまとまらないという関係者もいます。現に、この数日間でも脱退を仄(ほの)めかす賛助会員の旅行業者や、OCVB職員含め、県庁内部からも懸念の声が聞こえてきたのも事実です」
 十五日には、沖縄都市モノレール社長に、かりゆしと並ぶ翁長氏の支援企業である金秀の子会社幹部を充てる県人事が報じられた。
 基地問題で「道理と正義は私たちにある」と唱える翁長氏。だが、沖縄県政に「利権と癒着」がないのかも検証されるべきだろう。

「週刊文春」2015年5月28日号

 

「大阪都戦争」安倍・橋下同志連合はこう動いた!

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 5月20日(水)09時56分12秒
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  「大阪都戦争」安倍・橋下同志連合はこう動いた!
FRIDAY

一度首相を辞めた後、「もう一度必ずチャンスが来る」と安倍首相を励ましたのは橋下市長だったという


「残念なことに、現状では反対派が優勢です。でも、この大阪市のままだったら、10年後、20年後、大阪はどうなっているのか。反対の先には何もない!」

 5月17日、いよいよ大阪都構想の是非を問う住民投票が行われる。橋下徹・大阪市長(45)率いる大阪維新の会は「大阪市を5つの区に再編し、大阪を東京に劣らない大きな都市にする」と訴えてきた。だがこの住民投票には、安倍政権と橋下維新の会の「大連合」の行方を決めるという隠れたテーマがある。

 都構想"最終戦"のさなかに、ある情報が大阪の政界を駆け巡ったと、ジャーナリストの吉富有治氏は明かす。

「5月5日、橋下市長と松井一郎・大阪府知事の2人の予定が、丸一日『休養』となっていた。それまではみっちりと予定が詰まっていただけに、『一日休養なんておかしいんじゃないか』と話題になりました。この日2人は東京に向かい、親密な関係にある菅(義偉)(すがよしひで)官房長官と住民投票対策のために極秘会談したのではないかという噂が流れました」

 安倍晋三首相(60)と橋下氏の蜜月ぶりは有名だ。原発再稼働に対するスタンスを除けば、ほぼすべての政策が一致しており、特に憲法改正を目指すという点では強く結束している。都構想を成立させた橋下市長が来年夏の参議院選挙に出馬。議席を増やした維新の党と自民党が連携して憲法改正を発議するという絵を描いていた。

「そのためにも都構想を実現させることが必要で、首相は今年初めに『都構想には意義がある』と発言するなど、橋下市長を支持する姿勢を見せてきた。1月5日、首相は伊勢神宮を参拝しましたが、そのまま大阪に寄って都構想を後押しする演説を行うのではないか、とまで言われました。実際には行われませんでしたが、それ以降も首相が都構想の動向を気にしているという話はよく聞かれた」(政治ジャーナリスト・鈴木哲夫氏)

 ところが、5月9・10日に新聞・通信各社が行った世論調査では、軒並み「都構想反対」が賛成を上回り、暗雲が立ち込めた。維新の会の幹部が明かす。

「10日夜には維新の会の幹部に世論調査の結果が伝えられましたが、(橋下)代表はヒドい落ち込みようで、表情も暗く、話しかけても元気がなかった。絞るようにして出たのが、『(住民投票まで)あと1週間。やり方を変えないといけない』という言葉だった」


裏でつながっている

 残りの1週間で、街頭演説やタウンミーティングの数をできるだけ増やす、投票を訴える「街宣カー」の数を増やす、女性層に反対派が多いことが分かったため、演説の内容を女性をターゲットにしたものに切り替える、などの戦略転換を余儀なくされたという。

 その一方で、橋下市長が「奥の手」として期待したのが、やはり安倍首相からの支援だった。前出・維新の会幹部が明かす。

「代表は、表裏いろんなルートを使って、首相に最後の支援を呼びかけた。まもなく国会では安全保障関連法案の審議が始まるが、安倍政権は野党からの厳しい追及を受けることが必至です。そこで、代表は側近の一人である維新の党の馬場伸幸・国会対策委員長に『安保関連法案は、長く議論をすればいいというものではない』と発言させ、安倍政権を側面支援した。『維新はここまで政権に協力しているのだから、安倍さんも動いてくださいよ』というメッセージを送ったのです」

 橋下市長からの「SOS」を受けて、安倍首相が住民投票直前の16日に大阪入りする、あるいは新聞・テレビなどメディアのインタビューを受け、再度都構想支持を訴える、という情報がギリギリまで飛び交った。

 橋下市長は、住民投票で都構想が否決されれば、政界から身を引くと公言しているが、もしそうなれば安倍首相の描く「憲法改正までのロードマップ」は大きな修正を余儀なくされる。住民投票は都構想の是非だけを問うのではなく、安倍―橋下「憲法改正連合」の行く末を問うものでもあるのだ。

 

小泉進次郎が「フライデー」に激怒して講談社を土下座させた!? 作家に依頼して圧力も

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 5月18日(月)08時58分15秒
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  小泉進次郎が「フライデー」に激怒して講談社を土下座させた!? 作家に依頼して圧力も

 報道への圧力と言えば安倍首相の専売特許のはずだが、最近、意外な政治家がメディアを恫喝して記事を潰したという情報が流れている。その政治家とは、「将来の総裁候補」として国民的人気を誇る小泉進次郎だ。
 進次郎と言えば、さわやかなイメージが強く、メディアに対して恫喝をかけるというような話は聞いたことがないが、調べてみると、複数から同じような話がもれ伝わってきた。
「進次郎が『フライデー』の記事に激怒して、講談社の上層部に圧力をかけたようですね。しかも、作家を動かすなどかなり姑息な手を使ったらしい」(週刊誌関係者)
 関係者によるとそもそも、問題になったのは「フライデー」(講談社)4月17日号に掲載された記事だったという。確かに同号には「徹底解剖『原発を止める男』 小泉進次郎の“血脈”“決意”“戦略”」と題された4頁の特集記事が掲載されている。しかし、その内容はと言えば進次郎の生い立ちを丹念に追った“進次郎研究”といったものだ。
「政治家・進次郎は、その知名度のわりに人物像が知られていない。進次郎は小学校から大学まで関東学院で過ごした野球少年で、高校時代は神奈川大会ベスト8まで進んだ」
 記事はこのように進次郎の経歴を紹介していく。関東学院大学卒業後はコロンビア大学大学院に留学し、その後は米国のシンクタンク さらに福島県の「ふたば未来学園」は進次郎が構想段階から主導的に関わったことや、今年度からスタートする国家公務員などの優秀な人材を各自治体に副市長として派遣する制度も進次郎の発案だということ、さらには安倍首相も進次郎に一目置き「やりたいようにやらせておけばいい。下手に政局に口出しされたら、世論はぜんぶ進次郎に持っていかれる」ともらしたとのエピソードまで掲載されているのだ。
 そのトーンは進次郎の“ヨイショ記事”といった体裁で、政治資金問題などのスキャンダルや不祥事を取り上げたものではない。では一体何が問題なのか。
 確かにそれらしい記述もあるにはある。それは女性との関係だ。記事では進次郎がプライベートにおいて徹底して秘密主義で、会うのは政界とはかかわりのない文化人ばかりとしてこう続ける。
「そういった会合を通じてハーフの美人ヘアメイクアップアーティストと親しくなり、シティホテルや赤坂の議員宿舎で密会したという情報もある」
 だが「フライデー」は決定的な密会現場をキャッチしたわけではなく、また進次郎の女性関係は、これまでもメディアで度々触れられてきたことだ。この程度の記事でメディアに圧力を掛けるとはちょっと信じがたい。だが講談社の関係者はこう証言する。
「実は『フライデー』の進次郎記事は、今回1回だけのものではなく、今後も連載という形で掲載する予定だったようです。しかも2回目以降は進次郎個人だけではなく“小泉家”全体、父・純一郎やその姉で小泉家の女帝と言われる信子との関係をクローズアップするものだった。また、“血脈”にスポットを当てることは、小泉家のタブーと言われる信子だけでなく、進次郎の実母をもクローズアップされる可能性が高い。進次郎サイドはそのことに敏感になったようです」
 既に掲載された記事ではなく、むしろ次号以降の記事を阻止したということらしい。
「実は進次郎は自分のブランディングにすごくこだわっている人で、メディアの出方もすごく戦略的だし、些細な記事にも神経を尖らせている。ただ、逆に過剰な抗議は好感度を下げるというのもよくわかっていて、あまり表立った動きはしないはずなんですが……」(政界関係者)
 実際、今回も圧力は表立ったものではなかった。この一件は月刊情報誌「選択」(選択出版)5月号でも触れられているのだが、同誌によると、進次郎サイドは講談社への圧力に大物作家を動かしていたらしい。

に勤務したこと。帰国後は父・純一郎の私設秘書を経て28歳に初当選し次世代のリーダー候補と注目を浴びている、などなど。
 しかしいずれも既に知られた情報であり、知られざる過去や、特に問題になるような記述は見当たらない。むしろ進次郎をヨイショする美談やコメントが数多く掲載されている。例えば今年1月に自民党本部で行われた裏方職員だけの新年会に進次郎がフラリと姿をあらわしたことをこう持ち上げる。
「『いつもお世話になっています』と丁寧に挨拶していったのには驚きました。秘書が代理で挨拶に来るケースはありますが、議員が来るのは稀です」
「あそこまでやれる二世議員は見たことがない」

「記事を見た小泉事務所が、知り合いの作家・伊集院静氏を通じて講談社に不快感を申し入れた」(同記事より)
 出版社にとって有名作家はタブー的存在だ。自ら手を汚すことなく作家を通じて圧力をかけるとは、進次郎は意外と姑息だと驚くが、しかし記事がストップした理由はそれだけではなかったという。
 実は、同記事によると、講談社は近く進次郎の単行本を出版する予定だったらしい。進次郎の著書となれば、大きな話題になることは確実で、売れ行きも見込める。そのためか、講談社で進次郎からの抗議は大問題となり、すぐに編集部にこれ以上の取材の中止が伝えられ、記事はストップになったという。
「書籍担当者の渡瀬昌彦取締役や、鈴木章一第一編集局長が泡を食って編集部にストップをかけたようだ」(同)
 一説によると2人が土下座せんばかりに、進次郎サイドに謝罪したという情報も出回っているが、いずれにしても、将来の首相候補と言える政治家に対して全面降伏し、自社の利益となる本の出版を優先したということだろう。
 またしてもメディアの弱腰が露呈した形だが、しかし、やはりがっかりしたのはこの程度の報道に圧力をかけた進次郎に対してだ。所詮は言論の自由を制限することしか考えていない自民党の所属、安倍首相と同じ穴の狢だったということなのだろうか。

LITERA http://lite-ra.com/about.html

 

ソフトバンク孫正義社長が後継指名 アローラ新副社長の信じられない人脈と野望

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 5月15日(金)19時05分40秒
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  ソフトバンク孫正義社長が後継指名 アローラ新副社長の信じられない人脈と野望
FRIDAY

 5月11日、ソフトバンクの決算会見で、孫正義社長(57)はまるで恋人を披露するかのように新副社長を紹介した。事実上の後継指名である。

 孫社長が自身の後継者に選んだのはニケシュ・アローラ(47)というインド出身のスーパービジネスエリート。その素顔をフライデーが詳しく紹介している。

 アローラ氏は、89年にインドの大学を卒業後、アメリカの大学でMBA、金融学の博士号を取得。証券会社等を経て04年にグーグルに入社。グーグルの世界展開の立て役者となった。そのグーグルから昨年7月にソフトバンクに引き抜いたのが孫社長だった。ちなみにグーグルでの年収は約61億円だった。

 ソフトバンクに引き抜かれた昨年7月には10歳下のインド財閥の令嬢と再婚。イタリア南部のリゾートでの結婚式には、グーグル創始者のブリンとラリー・ペイジの両氏、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ、オラクルのラリー・エリソン会長、俳優のアシュトン・カッチャーにブラッド・ピット&アンジー夫妻も出席していたというから、アローラ氏の華麗な人脈がうかがえる。

 孫氏がアローラ氏を後継者にした理由は、フライデーによれば「彼がインド人であることも重要」だったという。フライデーが詳しく報じている彼の素顔、実績、人脈をみると、 ソフトバンクがグーグルを喰うのが、「夢物語」ではない気がしてくる。

「月の半分くらいは会っている」「一緒に出張もする」「毎日、電話でやりとりしている」「朝起きたら真っ先に電話する。寝る前に電話するのも彼」

 5月11日の決算会見で、ソフトバンクの孫正義社長(57)はまるで恋人を紹介するかのように相棒、ニケシュ・アローラ氏(47)と過ごした濃密な9ヵ月間について語った。同社のバイスチェアマンでSBグループUSのCEO、買収したアメリカの通信大手スプリントの取締役などを兼任する彼を、代表取締役副社長に任命するつもりであることも。

 一見、突然に見えた後継指名だったが、ソフトバンクに詳しいエコノミストは「昨年7月にグーグルからアローラ氏を引き抜くと発表した時点で、後継者にするつもりだなと見ていました」と語る。

「当時、アローラ氏はグーグルのCBO(最高事業責任者)のポストにあり、推定年収は5100万ドル(約61億円)。『よく引っ張れたな』と話題になりました。ソフトバンクが用意した報酬は明らかにされていませんが、将来の社長ポストは移籍の条件に入っていたでしょう」

 孫氏は’10年7月から『ソフトバンクアカデミア』を開校。後継者の発掘や育成に努めてきたが、これという人材を見つけ出せずにいた。

 ボーダフォン買収、中国の電子商取引(EC)大手・アリババへの巨額投資、スプリント買収とグローバル企業のトップランナーとして疾走してきた孫氏。後継者に求める条件が相当に高いことは想像に難くない。そんな彼がゾッコンなアローラ氏とは何者なのか。

「父親はインド空軍出身の軍人で、本人もデリーの空軍学校を出ています。’89年にベナレス・ヒンズー大学を卒業した後に単身渡米。マサチューセッツ州にあるノースイースタン大学でMBA、ボストン大学で金融学の修士号を取得しました」(在米ジャーナリスト・伊吹太歩氏)

 証券会社のアナリスト、Tモバイルヨーロッパの役員などを経て、’04年にグーグル入社。

 ちなみに入社の際の面接だが、最初は小さなレンタルオフィス、2次面接はグーグル創始者のセルゲイ・ブリンのアイディアで大英博物館にて行われた。アローラ氏を見初めたブリンは、ロゼッタストーンの前でグーグルが注力する自動翻訳について熱弁をふるったという。

 当時、グーグルの売り上げの7割が、米国内でのものだった。ところが「アローラ氏の加入で一変した」と前出のエコノミストは言う。

「彼が欧州・中東・アフリカ市場の事業開発者に就任するや、米国内の売り上げを他国の売り上げが抜いたのです。グーグルの世界展開における、最大の功労者は間違いなくアローラ氏です」

 昨年7月には、インドの財閥の令嬢で不動産会社のCEOを務めるアイシャ・タパール(37)と結ばれた。

 経済誌『フォーブス』のロバート・ホフ記者によると、イタリア南部の風光明媚な地、ファザーノの高級ホテルで行われたパーティには、錚々(そうそう)たるメンツが集まったという。

「グーグル創始者のブリンとラリー・ペイジの両氏、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ、オラクルのラリー・エリソン会長、俳優のアシュトン・カッチャーにブラッド・ピット&アンジー夫妻も出席していました」

 ちなみに夫婦ともに2回目の結婚で、アローラ氏と前妻の間にはティーンエイジャーの子供がいるという。

 信じられない人脈はこれに尽きない。

「趣味はインド人らしくクリケット観戦。そしてゴルフ。ヤフーの創始者、ジェリー・ヤン氏とも親しく、’12年には米ツアーのひとつ『AT&Tペブルビーチナショナルプロアマ』大会にヤン氏と出場。あのタイガー・ウッズを破ったというエピソードが残っています。イギリスのビジネスサークルの一つ、『ロンドンレクチャー』の会員でベストセラー作家のジェームズ・カーン氏にも知遇を得ている。毎年1月のダボス会議の常連でもあります」(現地紙記者)

1兆円投資が始まっている

 そんな浮世離れしたダイナミックな男と孫氏は5年前に「グーグルの営業&マーケティング&提携戦略の最高責任者」と「ソフトバンクの代表」として出会い、次第に惹かれていったのである。

 神戸大学経済経営研究所リサーチフェローの長田貴仁氏が解説する。

「ソフトバンクにはグーグルのような『未知の新しい事業を創設する』という経営環境で育った人材がいない。今後、世界で戦っていくために、孫さんはグーグルのDNAを欲したのだと思います。世界のソフトバンクを目指すためには、アローラ氏の人脈、英語力、交渉力が必要不可欠だった」

「彼がインド人であることも重要」だと先のエコノミストは見ている。

「アローラ氏は"第二のアリババ"を見つけるのが夢だと語っている。アジアで巨大なプラットフォームビジネスを展開することが彼の野望であり、その重要拠点となるのがインドなのです」

 アローラ氏はアメリカに設立した投資会社ソフトバンク・インターネット・アンド・メディア(SIIM)のCEOとして、すでにアジアの企業を中心に千数百億円にものぼる投資を実行している。

 そしてこのエコノミストは「ソフトバンクはインドに今後10年間で実に1兆円もの大投資を行うと言っている」と続けるのだった。

「なかでも"第二のアリババ"になると期待しているのが、EC大手・スナップディール。インドのインターネット産業で覇権を握るため、アローラ氏の、そして夫人の人脈が生かされるでしょう」

 孫氏とアローラ氏、超強力タッグがグーグルを喰う日が来るかもしれない。
 

63キロが40キロ台に!〈加藤茶〉を激ヤセさせた45歳下嫁の手料理

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 5月15日(金)19時01分57秒
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  63キロが40キロ台に!〈加藤茶〉を激ヤセさせた45歳下嫁の手料理

「たしかに、昨年六月のNHK『鶴瓶の家族に乾杯』の衝撃的な姿と比べれば、見違える程元気になったなと感じました。受け答えもしっかりしていました。
 ただ、歩き方が弱々しく、なにより痩せ細った体が痛々しかったですね」(芸能担当記者)

 四月二十二日深夜にフジテレビで放映された『NONFIX 加藤茶 噂の真相!密着100日!!』。番組では加藤茶(72)と四十五歳年下の妻・綾菜さん(27)に密着。綾菜さんの両親を交えての沖縄・竹富島への旅行の様子や、仲本工事、高木ブーと続けている「こぶ茶バンド」での活動ぶりを伝えた。小誌がスクープ(二月五日号)したように、昨年から今年にかけて入退院を繰り返していた加藤だが、そうした体調不安説を一蹴するかのような内容だったのだ。
 だが、冒頭にもあるように、元気そうとは言え、ガリガリになってしまった加トちゃんを心配する声は引き続き上がっている。
 番組制作の関係者が、声を潜めてこう話す。
「加藤さんは、もともと六十三キロがベスト体重だと言っていました。ところが綾菜さんと再婚してから痩せ始め、昨年は四十五キロを切ってしまった。いまはなんとか四十八、九キロまで戻ったようですが、本人は、『食が細くなっちゃった。なかなかゴハンが食べられないよ』と話していたのが気になります」
 前出の芸能記者が綾菜さんの“手料理”を解説する。
「再婚してからしばらくの間、加トちゃんのブログには、食卓に綾菜さんの手料理と称するステーキやパスタ、エビフライなどの揚げ物が並んでいました。
 ただ、加トちゃんの年齢にそぐわない高カロリーメニューを心配する声も多かったからか、最近のブログでは、野菜のメニューも増え、ようやく和食中心になったようです。買って来た惣菜をきれいに盛りつけたようにしか見えない時もありますが(笑)」
 ドリフ時代から付き合いのある芸能関係者がこう打ち明ける。
「加藤さんは綾菜さんが旅行などで不在の時、知り合いを誘って、昔からの行きつけの店へ外食に行くそうです。そういう時は調子がいいのか、『久々に食べ過ぎちゃったよ』なんて軽口を叩いていたと聞きました。
 加藤さんは誰にでも気を使うタイプですし、もめ事が嫌いなので、何事につけよほどのことがないとノーとは言わない。その分ストレスを溜め込んでしまいます。綾菜さんの食事についても文句は言えないようです」
 たしかに前述の番組を見ても、全てが綾菜さんペースだった。竹富島で加藤が疲れた顔をしていると、「楽しいって言わなきゃダメ!」。ビーチに行くのを渋っていると、「嬉しそうにしてよ!」。挙げ句には、「ノリが悪いなぁ」などと言い放つ始末。二十七歳のハイテンションに、七十二歳が付いて行けるはずも無いだろうに……。
 それでも加藤は、番組の最後で、「皆さんが言ってるほど、やわじゃありません。元気ですよー。おおいに笑ってもらいますからね」と、復活をアピールしていた。
「実際、四月に入ってから、仕事がかなり増えていて、番組ロケなどの出張も多くなるそうです。家にいると綾菜さんが一方的に話して、加藤さんはボーッとしているだけですから、外に出る方が加藤さんのためですよ」(前出・芸能関係者)
 仕事が一番の薬?

「週刊文春」2015年5月7日/14日 ゴールデンウィーク特大号
 

「沖縄メディアは事実を無視している」 〈在沖海兵隊元幹部 エルドリッヂ前政務外交部次長が実名告白〉

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 5月13日(水)19時02分34秒
編集済
  「沖縄メディアは事実を無視している」
〈在沖海兵隊元幹部 エルドリッヂ前政務外交部次長が実名告白〉


「絶対に基地は作らせない」と息巻く沖縄県の翁長知事を強力に支援するのが地元メディアだ。だが、その報道は「事実よりもイデオロギーを優先している」と批判する人物がいる。日米関係史を専門とする研究者でもある在沖米海兵隊元幹部が、積年の思いを語った。

「二十年後の防衛大臣も同じ話をするのではないか」

 五月九日、中谷元防衛大臣との会談の中で沖縄県の翁長雄志知事(64)はそう皮肉った。この日、中谷大臣が県庁を訪ね、先月末の日米首脳会談で名護市辺野古への基地建設の方針が再確認されたことを受け、あらためて「辺野古こそが唯一の解決策」と説明したことに対してのものだ。
 政府の度重なる説得をはねのけ、基地反対を唱え続ける翁長知事を、強力に支援するのが地元メディアだ。
 基地問題をめぐるその報道を厳しく批判する人物がいる。先月二十五日に解任されるまで、在沖縄米国海兵隊で政務外交部次長の要職にあったロバート・D・エルドリッヂ氏(47)だ。
 エルドリッヂ氏解任の経緯は後述するが、政務外交部は日本政府や地元自治体との折衝や地域交流を担当する部署。そのナンバー2が、勤務を通して見た基地報道の実態を語った。
「六年近い私の海兵隊での勤務で重点的に取り組んだものの一つに、二〇一二年に実施された普天間飛行場へのオスプレイ配備についての対処があります。この問題については、実に多くのネガティブな報道が流されました。沖縄の地元メディアだけでなく、NHKや朝日新聞など東京のメディアもこぞってそのような報道に終始しました」
 当時、垂直離着陸機のオスプレイは〈開発中から完成機の調達、配備が始まった後も墜落事故が収まらず、安全性が確保されていない〉(「沖縄タイムス」一二年六月十五日付社説)など、欠陥機であるかのような報道が続いた。
「オスプレイは海兵隊が保有する回転翼機のなかでも重大事故が最も少ない、安全性の高い機体です。また、それまで配備されていたCH46に比べて三倍の搭載能力があり、航続距離も四倍ある。従って、訓練中に頻繁に飛行場に戻る必要がなく、県外での訓練も自力で可能となります。これによって飛行場の運用回数が減少し、騒音などの被害の軽減につながるなど、メリットの方が多い。そうしたことをどれだけ説明しても、危険だと報じられるばかりで、扇動的な報道には残念としか言いようがありませんでした」
 高い能力を持つオスプレイの配備は日米同盟の強化につながることから、日本政府がその利点を国民に説明してくれるはず。海兵隊では当初、そう期待するむきもあったが、一向にその様子も見られない。当時、しびれを切らしたエルドリッヂ氏らは、自ら積極的に広報することにしたという。
「普天間配備後の一三年三月に、私が中心となって沖縄県民向けにオスプレイの見学会を実施したところ、三百人の定員に対し、二日間で倍近い応募があったのです。パイロットらの協力を得て展示した二機のオスプレイの前で写真やビデオを撮影してもらい、どんな質問をしても構わない、という企画でした。一方で、一般の県民とは別に知事や県議会、そして県内全市町村の首長や議長ら百名近くにも招待状を送りましたが、それに応じた人は一人もいませんでした。メディアに批判されるとでも思ったのでしょうか」
 現在、オスプレイ配備から三年目に入っているが、重大事故は一度も起きていない。先日は、ネパール地震の救援活動に普天間から四機が現地に向かうなど、航続距離の長さを活かした活動もしている。
 陸上自衛隊も一八年度までに十七機を導入する計画で、今月五日には米国政府が日本への売却を決定したことが報じられたが、安全性を疑問視する報道は皆無だった。
 ちなみに、昨年十月には、島袋吉和前名護市長の依頼で、島袋氏が辺野古など地元の地区長三人とともにオスプレイに試乗する機会が実現した。
 ではなぜ、当時は危険を煽る報道となったのか。エルドリッヂ氏は、イデオロギーが優先して事実が二の次の報道姿勢を批判する。

「オール沖縄」のウソ

「私は海兵隊で勤務する前は、日米関係史を専門とする研究者で、沖縄の地元紙を大いに参考にしていました。しかし、沖縄での勤務後は内部の情報に基づく事実とのあまりの違いから報道内容の信頼性に強い疑問を持つようになりました。まるで政党の機関紙になっているように見えます」
 軍歴のない文民だったエルドリッヂ氏は、〇九年までは大阪大学大学院の国際公共政策研究科で准教授を務めていた。著書のひとつ、『沖縄問題の起源 戦後日米関係における沖縄1945-1952』は、サントリー学芸賞を受賞した。研究者としての評価も高かった彼は、なぜ海兵隊で勤務することになったのか。
「日米関係史の研究から沖縄問題に強い関心を持ち、政策提言や現地調査を重ねるうちに、批判の多い海兵隊を助けたいと、現場での勤務を志願したのです。
 例えば、米軍とりわけ海兵隊について『犯罪が多い』などの誤った先入観に基づいた報道が横行しています。海兵隊の名誉のためにはっきりと申し上げますが、これは事実ではありません」
 かつて米軍人の犯罪が反基地感情を高める原因になったこともあり、現在の米軍は「良き隣人政策」を採っている。兵士らによる犯罪の抑止に躍起となっており、夜間外出の規制も行った結果、一昨年に県内で米軍関係者が起こした刑事事件の件数は三十二件で、復帰翌年の一九七三年の十分の一近くまで減った。
「海兵隊は人数が多く、空軍や海軍と違って島内の基地で訓練するために目につきやすいので、こうした先入観が出てくるのかも知れません。むしろ、沖縄の犯罪率を下げるには、海兵隊員の数を増やすといいとさえ言えます」
 事実に基づかない報道は他にもあるとして、エルドリッヂ氏はこう続ける。
「普天間飛行場は、よく『世界一危険な基地』と言われます。これは、〇三年に当時のラムズフェルド国防長官が沖縄を訪問した際に、普天間を視察して発言したとされています。国防長官まで危険と認識しているのに放置していると、日米両政府を非難する材料にしばしば使われているのですが、長官の沖縄訪問に同行した米国政府や米軍の関係者に私が直接尋ねても、誰も長官のその発言を聞いていないと言うのです。
 また、周辺人口の多さや離発着回数の多さで比べれば、私がかつて住んでいた大阪の伊丹空港や自衛隊も使用する那覇空港のほうがずっと危険だと言えます。普天間が危険だとは自民党政権も言っていますが、実際にはオスプレイ配備や、さらに昨年実現した、空中給油機KC130の岩国移転など、これまでも米軍は普天間の負担軽減に取り組んできているのです」
 昨年の知事選で、翁長知事は「オール沖縄」を掲げて当選したが、この言葉にも疑問を呈する。
「メディアも『オール沖縄』という言葉を使っています。彼らは基地反対があたかも県民の総意であるかのように言いますが、普天間のフェンスに取りつけられた反対派のビラの清掃活動をする市民グループなど、沖縄には米軍とのパートナーシップを重視する人もいます。こうした人たちの存在を無視して、情報操作をしているとしか言いようがありません。
『サイレント・マジョリティ(もの言わぬ多数派)』という言葉がありますが、沖縄では活動家とそれを支える原理主義的なメディア、その方向に沿ったコメントをする学者、そしてそれを選挙に利用する政治家の四者が一体となって、基地を容認する多くの人たちに、もの言えぬ状況を強いているのです。
 基地は沖縄にとってメリットとなる部分もあるはずですが、そうした議論は全く許されず、とにかくダメの一点張りです。私はこんな状態を『ノキナワ』と言っています。『NO』と『OKINAWA』の略です。なんでも『ノー』と言っている沖縄……。そんな姿が健全なわけがありません。こうした状態では、いかに賢く基地を整理縮小していくかという本質的な議論が全く進まないのです」
 エルドリッヂ氏は、東日本大震災の際の在日米軍による「トモダチ作戦」にも政治顧問として関わり、仙台で自衛隊や地元自治体との調整などを担当した。その後も静岡県や高知県など、太平洋沿岸の各自治体と災害時の支援体制の構築も手がけて来た。こうした自治体との協力を通して信頼関係を醸成することが、最も有意義だったと振り返る。

解任の契機は“不当逮捕誤報”

 そのエルドリッヂ氏が政務外交部次長を解任されたのは、基地建設に反対する沖縄平和運動センターの山城博治議長の“不当逮捕事件”が原因だった。この事件は、今年二月二十二日に山城氏が米軍のキャンプ・シュワブ内に正当な理由もなく立ち入ったとして米軍の警備員に拘束された後に、県警に刑事特別法違反容疑で逮捕されたというものだ。
「地元紙は記者が現場にいながら、『基地に入っておらず不当な拘束だ』との山城氏のコメントを使い、米軍批判の記事を掲載しました。ですが、山城氏は基地反対の演説をしながら米軍の警備員らを挑発するかのように、何度も境界線を越えて基地内に入り込んでいました。
 地元紙の“不当逮捕キャンペーン”に触発されて、名護市など県内の市町村議会が次々と、米軍の警備員による不当な拘束だとする決議まで行いました。事実に基づかない報道に、私は強い義憤を感じました。幸運にも、山城氏が境界線を越えて侵入した様子は、基地内の監視カメラで撮影されていました。
 私は、山城氏を拘束した日本人警備員、さらには海兵隊、そして米国政府の名誉のためにも、監視カメラの映像を公開しなければならないと考えたのです」
 エルドリッヂ氏は、映像を信頼できる人物に渡し、その人物がユーチューブに映像をアップした。すると今度は、地元メディアは自らの誤報を棚に上げて、映像が外部に公開されたことを問題視し始めたのである。
 結局、沖縄との摩擦を避けたい米軍上層部が、映像を公開したエルドリッヂ氏の職を解いたのだった。
「確かに落ち込みはしましたが、映像を公開したことで、法律を犯して行う抗議活動は暴力的で間違ったものだと示すことができ、大きな意味があったと思っています。私が解任されると聞き、多くの日本人が心配してメッセージを送ってくれたことにも励まされました。私の解任の撤回を求めて、四万人以上が署名してくれたとも聞いています。
 優しい人柄や素晴らしい気候、優れた文化など、私は沖縄が大好きですし、今でも沖縄に学ぶべきものが多くあると思っています。今後も沖縄にとどまり、日米関係の深化に貢献できる研究所や国際交流の場をつくることに取り組んでみたいと思っています」

「週刊文春」2015年5月21日号
 

「日経『私の履歴書』は嘘ばかり!」 ニトリ 似鳥昭雄社長に実母が怒りの大反論 〈大塚家具より過激〉

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 5月13日(水)06時04分26秒
編集済
  「日経『私の履歴書』は嘘ばかり!」
ニトリ 似鳥昭雄社長に実母が怒りの大反論 〈大塚家具より過激〉


父娘の骨肉の争いが注目を集めた大塚家具騒動。だが同じ家具業界で、もっと苛烈な母子の確執があったことは知られていない……。先月、日経「私の履歴書」が面白いと評判を呼んだ71歳の息子に、94歳の実母が「もう嘘ばかり吐くのは止めなさい」と直言した!

「日本経済新聞」の終面に毎日掲載される名物連載「私の履歴書」。先月、一カ月にわたり同欄は、ビジネスマンの間でいつも以上に面白いと評判を集めた。
「普段一面から読む人も、終面から読み始めるようになったといわれるほどの人気ぶりでした。商談の場でも『今日のニトリ読んだ?』なんて挨拶がよく交わされていたくらいです」(経済ジャーナリスト)
「お、ねだん以上。」のCMで知られる、家具小売り大手「ニトリホールディングス」の似鳥昭雄社長(71)。今や似鳥氏は、政界にも影響を及ぼす大物経済人として知られている。
「安倍首相とは十年来、ゴルフや食事に行く仲で、安倍首相はもちろん、菅義偉官房長官など多数の政権幹部に献金しています。最近では岸信介元首相の熱海の別荘を会社の保養所として買い取ったことでも話題になりました」(政治部記者)
「私の履歴書」は各界随一の成功者にしか依頼が来ないといわれる「ステータスシンボル」だが、似鳥氏はその栄えある連載で、裸一貫から“一代”で国内外約三百五十店舗、年商約四千億の一大企業を築き上げるまでの半生を語ったのだ。
 四月三十日に計三十回の連載が終了した直後から、「年内にも系列のテレビ東京でドラマ化決定か」との噂まで飛び交っている。というのも、似鳥氏が語る半生があまりに壮絶で破天荒だったからである。
 例えば、極貧だったという子供時代はこんなふうに紹介されている。
〈家では殴られながらこき使われ、学校でも悲惨な目に遭っていた。小学生時代はまさにいじめられっ子。ヤミ米屋だったものだから、『ヤミ屋、ヤミ屋』としょっちゅうののしられた。クラスでも有数の貧乏一家で、着ている衣服はつぎはぎだらけ。体も小さく、トイレに呼びつけられてやはり殴られる〉(第四回)
 高校進学時には、ことごとく受験に落ちたため、“裏口入学”に手を染めたという黒い話も。
〈私は「何か手を打たなくては」と考えた。ヤミ米の販売先の友人が北海道工業高校の校長先生だった。夜中に米1俵を届け、「何としてでも合格したいんです」と訴えた。そのおかげかどうかは分からない。補欠合格となった〉(第五回)
 そのほか、北海学園大学の編入試験をカンニングで乗り切ろうとしたり、大学時代にはヤクザを装って飲み屋のツケの回収業のバイトに手を染めたなど、面白エピソード満載なのだ。

ウチにはテレビもあった

 だが、「あそこに書かれていることは嘘ばかり!」と冷や水を浴びせる人物がいる。似鳥氏の実母・似鳥みつ子さんである。御年九十四。ニトリ創業の地、札幌で一人暮らしを続けるみつ子さんは、小誌記者の前で約二時間にわたって怒りをぶちまけたのだ。
「調子に乗って、あることないこと書いて。あの子は小っちゃい頃から嘘つきなのさ。いつも『母さん、母さん』って擦り寄ってきては、私を騙してきた。今回もワルぶって恥ずかしいことばかり書いて。開いた口がふさがりませんよ」
 実母が言う「嘘」とはどのようなものなのか。みつ子さんの話を基に、「私の履歴書」を振り返っていこう。
「まず言いたいのは、昭雄が私のことさ、鬼母みたいに書いているのが本当に悲しい。私はあの子を命がけで守ってきたんだ。南樺太で、私と父さん(夫の義雄さん・故人)との間に昭雄が産まれたのは四四年。その三カ月後に、父さんは召集でシベリアに行っちゃったの。そのまま終戦を迎え、残された私は小さい昭雄を抱えて、命がけで北海道に戻ってきたのさ。
 最初は南富良野の農家に住み込み奉公。父さんはシベリアから戻ってきてからは札幌の借家に越して大工仕事、私は袋張りの内職でしのぎました」
 似鳥氏は、〈今の時代なら虐待ととられるかもしれない。空腹のあまり『もっと食べたい』なんて言ったら、味噌汁をぶっかけられ、ぶん殴られた。父からも月に一回ぐらい、気絶するまでなぐられた〉(第三回)などと、父母から厳しくあたられたことを強調している。
「父さんも兵隊に行っていたから厳しかったよ。けど、虐待なんてとんでもないさ。父さんが殴り倒したのも、年に数回。月一回なんてオーバーですよ。
 学校でいじめられていたのは事実。家の手伝いもさせて苦労もかけた。そこはかわいそうなことをしたと思っている。けどそういう時代だったの。
 でも今も私は弟や妹たちから『母さんは昭雄ばっかりかわいがって』と責められるくらい、あの子を特別扱いしてきたんだよ(似鳥氏は二男二女の長男)。父さんは昭雄を中卒であがらせて、家業を継がせる気でいた。けど、私がそんな父さんから守って、大学まで行かせたんだから」
 少年時代、極貧だったという話にも首を振る。
「確かに、昭雄が六歳くらいになるまで家は貧しかった。けど、ヤミ米の仕事を始めてからは裕福になったの。私は腰に下げたカバンに札束押し込みながら、集金に回っていたんだから。
あの頃、まだ珍しかった三輪自動車だってウチにはあったんよ。白黒だけどテレビもあったし、東京五輪の時にはカラーテレビに買い替えてるさ。
 あの子は最近も調子づいて『週刊現代』って雑誌(四月二十五日号「ニトリ社長に聞いた『私の履歴書』ホントのところ」)に、銀シャリは食べられなかった、稗(ひえ)や粟、麦を混ぜてたなんて語ってたけど、私は稗や粟なんて見たことない。うちは米屋だったのに米がないわけないでしょう」
 また、高校進学の際、校長先生に米一俵を届けて「裏口入学」したかのような挿話は捏造と断じる。
「絶対にないさ。私の友達のお得意さんが、札幌の学校の恩給を決める人だったの。昭雄が全部の高校に落ちちゃったから、その人に私が相談しに行ったら、『風邪引いて調子悪かったんだろうね、大丈夫だよ』って学校を紹介してくれたの。米なんか持っていかない。ワイロをもらってもいない校長先生には本当に申し訳ないですよ」
 大学進学以降の述懐にも、虚偽があるという。例えば、第七回の「授業料や生活費を自分で払っていた」というくだり。
「入学金、授業料は全部、私が出しました。それどころか、あの子はウチで泥棒やっていたんだから。私はヤミ米を辞めた後、後にニトリ一号店となる場所で駄菓子屋をやっていたんだけど、昭雄はその店に設置してあった赤電話二つからごっそりお金を盗んでたの。かわいそうに、他の従業員の女の子が疑われて。あの子ったら、ずっとしらばっくれて」
 似鳥氏は大学卒業後、父親が五四年に立ち上げたコンクリート会社に就職するものの、働いて間もなく、盲腸を患う。だが、親から病気をおして働き続けるよう強要され、家出をしたと綴っている。
「父さんにしごかれ過ぎて逃げ出したのは本当。けど、自分が働いて貯金した五万円を持って家出したってのはウソです。私の箪笥に隠してあった八万円を黙って持ち出してあの子は消えたの。あの子は本当にだらしなくて、妹から二万円借りて競馬ですってくるわ、好き放題だったんだから」
 みつ子さんが最も強く否定するのが、第十回で書かれたニトリ創業のくだりだ。

ニトリはアンタッチャブル

〈ちょうど似鳥コンクリート工業の所有する40坪の土地・建物があった。(中略)この建物で商売でもやろうと決めた。周辺は引き揚げ者住宅など、割と住宅も多い。衣食住のうち、周辺を探すと家具屋だけがない〉
 似鳥氏は、家具屋は自分が調べぬいた末のアイデアだったと語っているが……。
「家具屋は父さんがやるっていって始めたの。あの頃、昭雄は親戚の水道工事の仕事に行っていて、家にいなかったんだから。父さんが店を家具屋に改装してから『戻ってこい』と昭雄を呼んだの」
 第十三回では、二号店を立ち上げる際、融資を頼みに銀行を駆けまわったエピソードも披露している。
〈父は「お前の若さではお金を借りられないよ。もし借りられたら土地を貸してやる」というので北洋相互銀行(現在の北洋銀行)に向かった。(中略)融資はOKになり、父は驚きながらも約束を果たした〉
 これを読んでみつ子さんはさらに激昂するのだ。
「バカ言うなって! 父さんがお金を借りてきたんだろうが。父さんの信用がなければ銀行は一銭も貸してやくれなかった。あの子は全部、『オレがやった』と吹いて回っているけど、ニトリは父さんや私、家族で力を合わせて作ったの。あの子が一代で作った会社じゃない!」
 実は、似鳥氏とみつ子さんはもう七年以上も一度も会っていない。そればかりか、二年前まで双方は代理人を立て、法廷で争っていた関係なのだ。北海道の財界関係者が語る。
「最近大塚家具の内紛が話題になっていましたが、家具屋の骨肉の争いといえば、ニトリの方が元祖です。似鳥氏は、〇七年にみつ子さんを始め、弟、妹二人、つまり家族全員から、八九年に亡くなった父・義雄さんが残したニトリ株を四人の同意なく、不当な手段で自分だけが相続したとして訴えられているのです。父親の株は、今では二百億円に相当します。この裁判は一一年に『フライデー』が報じたぐらいで、あまり知られていません。というのも、莫大な広告を出すニトリの恥部は、多くのメディアにとってアンタッチャブルなんです」
 裁判の争点となったのは、まさに「ニトリは誰が創業したか」ということだった。似鳥氏は、「父はニトリの経営とは無関係であり、父名義の株も自分が出資したものだから、自分が相続して当然である」と主張した。
 みつ子さんは語る。
「ニトリは創業者の父さんが社長で、昭雄が専務でずっとやってきたの。そして妹や弟、家族みんなで配達や店番を手伝って支えたの。それを忘れて、あの子は全部『オレ、オレ』。今回の記事でもヨイショしているのは嫁さんだけでしょう。若い頃、嫁さんに隠れて悪さばかりしてたから、今も嫁さんだけは怖いんだ」
 家族から訴えられた似鳥氏は、徹底抗戦した上、一審で全面勝訴。家族は控訴審でも争ったが、結局一二年に和解した。

母親の歳まで忘れて……

「和解と言っても、不満の残る内容でした。結局私らが訴えたのが、父さんが亡くなって十八年も経った後だったのがいけなかった。私らは、昭雄にずっと騙され続けてきたんですよ。知らないうちに、『母さんのためだから』と調子のいいことを言われて判子を押されてね。でもカネのためだけで裁判起こしたんじゃないの。あの子がニトリを全部自分でやったと言っているのが許せなかった。だから、和解ではこの文言だけは撤回させました」
 この裁判沙汰については、似鳥氏自身も連載最終回で唐突に触れている。
〈裁判は本当に憂鬱だった。(中略)ストレスで血圧が250まで上がってしまった。医者を呼び、降圧剤の注射を打つ始末。こんな事なら、起業前の頃に戻りたかった〉
 ニトリ関係者はこう語る。
「確かに社長は裁判中はぐったりした様子でした。しかし和解後は、テレ東のドキュメンタリー番組『ソロモン流』に自ら売り込み、カリスマ社長として持ち上げてもらったり、ご機嫌です。二年前には大金をはたいて、川中美幸とのデュエットCDを出すなんてバカ騒ぎもやっている。最近は専ら南の島でのスキューバダイビングにご執心です」
 実母の訴えに似鳥氏はどう答えるか。取材を申し込むと広報を通して次のように回答した。
「母がどう感じていたかは別にして、同級生と比べて貧しく、そのことでイジメを受けたことも、高校入学前に校長先生にヤミ米を届けたのも事実。母は細かいことは知らないのでしょう。父は開業資金を貸してくれただけで、家具屋をやると決めたのは私です。当時、父はコンクリート業を継続しており、知識も経験もない家具業を始める余裕はありませんでした」
 裁判を通して似鳥家が分裂したことについては、
「和解後も母を訪ねましたが、会ってもらえませんでした。母も高齢なので、生きているうちに打ち解けたいと思っていますが、現実はなかなか難しいのです」
 一方、母は「もう昭雄の嘘にはうんざり。死ぬまで会うことはない」と語る。だがやはり親子の情は切れないのか、取材の最後、涙ながらにこう訴えた。
「昭雄に会ったら伝えて頂けますか。この間、『週刊現代』のインタビューで私の年齢を九十六って話していたけど、母さんまだ九十四だって。母親の歳まで忘れて母さんは悲しいって」

「週刊文春」2015年5月21日号
 

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