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ICU入学式 〈佳子さま〉大スクリーンにあくびが映っちゃった

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 4月19日(日)10時18分31秒
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  ICU入学式 〈佳子さま〉大スクリーンにあくびが映っちゃった

「新しい学生生活を始められることに感謝しつつ、有意義に過ごしていきたいと思います」
 四月二日のICU入学式当日。秋篠宮家の次女・佳子さま(20)は、紺色のスーツに白いブラウス姿で、早朝から登校され、終始満面の笑みで報道陣の取材に応じられた。学生生活について「楽しみです」と答え、「緑が多くてとてもきれいなキャンパスだと思いました」とも述べられた。

「二年前の学習院大入学の時と打って変わってロングヘアをしっかりカールさせ、大人びた佇まいでした。本来記者からのご質問は暗黙の了解で一問なのですが、今回は粘って三問。できるだけお声を引き出したかった」(宮内庁担当記者)
 式は十時から礼拝堂で行われた。保護者たちは別会場の大スクリーンで、礼拝堂内の生中継映像を観覧したが、新入生のプリンセスに皆の視線が釘付けだった。
「パイプオルガンの前奏に始まり、終始キリスト教の形式に則った厳かな式でした。ABC順で最前列に並んだ佳子さまが『秋篠宮佳子』と呼ばれると『はい』と小さく返事をされましたが、保護者席ではモニターを撮影するフラッシュ音でかき消されてしまいました」(新入生の保護者)
 新入生約六百人全員の名前を読み上げる最中には、
「右手で口元をおさえて、あくびをされる姿がスクリーンに何度か映し出されましたね」(同前)
 学年全員の集合写真を撮影した後、佳子さまのもとにはラグビー部やサッカー部などの勧誘が列をなした。
「佳子さまがストリートダンス部の『Smooth Steppers』に入部されることはほぼ確実。練習を見に来たり、ご自身も都内で練習されていると聞いています。でも他団体の新歓ビラも受け取ってくれました。ICUの校風もあって、周りは『佳子さん』とお呼びしているのですが、それにも気さくに応えて下さいます」(ICUの学生)
 佳子さまはシルバーのiPhoneをお持ちだが、流行のメールアプリ「LINE」を活用して学友とも交流されている。「LINEのIDを聞いたら教えてくれた」という学生もいた。
「ICUでは学年を卒業年で呼ぶのですが、佳子さまの学年は二〇一九年卒業なので『19(イチキュウ)』。学年のLINEグループもあって、AO入試組や指定校推薦組を中心にした『19』と呼ばれるグループに佳子さまも参加されているようですね。ご自分のアイコンにはディズニーの『アナと雪の女王』の雪だるま『オラフ』のぬいぐるみの写真を使われているそうです」(新入生)
 そのLINEでは、思わぬトラブルも。
「ある男子新入生がスタンプを連投したりKYな投稿を繰り返したのです。佳子さまが身近にいらっしゃることもあって、はしゃいでいる男子も多い。もはや大学のアイドルですからね。その雰囲気にドン引きしてグループを退会した人もいました」(別の新入生)
 ただ、ICU生は勉学にも忙しい。三日はELA(英語プログラム)のクラス分けテストが行われ、八日にはその結果とセクション(クラス)が発表される。
「セクション単位で毎日一緒に授業を受けることになります。姉の眞子さまのセクションは本当に仲が良かったので、佳子さまも楽しみにされているのでは」(前出・ICUの学生)
 佳子さまフィーバーはまだまだ続きそうだ。

「週刊文春」2015年4月16日号

 

上重聡アナがしゃぶったABCマート創業者の金満財布

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 4月17日(金)08時45分54秒
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  上重聡アナがしゃぶったABCマート創業者の金満財布

港区の高級タワーマンション最上階ではお隣さん。三浦半島の超豪華別荘も利用…


上重アナは’09年に『DON!』のサブ司会に抜擢されてブレイク。3月末から『スッキリ!!』の総合司会になったばかりだったのだが……

 神奈川・三浦半島。名門マリーナや高級別荘が立ち並ぶこの地に、ひときわ目立つ白亜の豪邸がある。所有しているのは、全国に784店舗を展開するシューズ販売専門店『ABCマート』。だが、事実上の主は、ABCの創業者であり、元会長の三木正浩氏(59)だ。実はこの場所で日本テレビの上重聡(かみしげさとし)アナ(34)の姿が目撃されているのである。

「三木氏はこの別荘に野球選手やサッカー選手など有名人を呼んでは、パーティをしていたようです。元巨人の宮本和知(かずとも)(51)や貴乃花親方(42)の姿は特によく見かけました。上重アナは宮本から紹介を受けたようです。今年に入ってからも、上重アナはインテル・ミラノの長友佑都(28)らと一緒にこの別荘を訪れています」(マリーナ関係者)

 週刊文春(4月9日号)が報じた『上重聡アナ 有力スポンサーから「1億7千万円マンション」利益供与』記事が波紋を広げている。上重アナは、三木氏が代表を務める資産管理会社「イーエム・プランニング」名義で所有する約2000万円の英国製超高級車・ベントレーを乗り回していた。さらに’14年3月に上重アナが港区のタワーマンションを購入する際、三木氏から、1億7000万円を無利息で借りていた。

 仮に年利3%とした場合、利息だけでも年間約510万円になる。年収1000万円を超す高給取りの上重アナでもそう簡単に支払える額ではない。それを肩代わりしてもらっていたのだ。

 ABCマートは、上重アナが総合司会を務める朝の情報番組『スッキリ!!』の有力スポンサーということもあり、「利益供与では」と批判が殺到。上重アナは4月3日の番組の冒頭で、三木氏を「知人」としたうえで、「会社や仕事について特別な便宜を図って頂いたことは、一切ありません」と釈明した。

資産総額4000億!

 上重アナと三木氏の関係は後述するが、1億7000万円ものカネを「DON!」と無利子で貸せる三木氏の資産は、ケタ違いだ。氏は’07年に会長を退いたが、現在もABCマートの株式の約28%を所有する筆頭株主。資産管理会社も含めると、ABCマート全体の株式の約55%を保有しており、その時価総額は、約2970億円。米・フォーブス誌のサイトでは、約4000億円の資産を有すると報じられている、日本有数の資産家だ。

 三木氏が上重アナに"提供"した部屋は、港区の一等地に立つ42階建てのタワーマンションの最上階。だが、ここに住んでいるのは上重アナだけではない。

「実は三木氏も同じマンションの、同じ階に住んでいるんです。例のベントレーも、普段は三木氏が使っています。そもそも、上重アナの部屋の前の持ち主はABCの関連会社の役員で、三木氏のプライベートのトラブルの処理にも携わる側近中の側近。部屋自体、三木氏があっせんしているのです」(ABC関係者)

 さらに、上重アナと交際しているモデルの安座間美優(28)は、’13年と’14年にABCマートのCMに出演している。まさにズブズブの関係だが、三木氏が上重アナに"利益供与"をする理由とはなんなのか。前出・マリーナ関係者が話す。

「三木氏は三浦の辺りで、別荘の土地を購入する際に価格を大幅に下げるように要求してモメたり、船の係留設備を作るときに必要な漁業組合への同意金を支払わなかったりと様々なトラブルを引き起こしています。しかし、地元の人間は、最初は三木氏のことを完全に信用するんです。というのも、三木氏は地元の漁業組合などと食事会を開くとき、そこに貴乃花親方や元巨人の宮本など、有名人を連れてくるんです。『こんな有名人を連れてこられる人なのだから、きちんとした人に違いない』と思ってしまう」

 三木氏にとって有名人とは、「道具」であり「アクセサリー」なのだろう。これまでメディアの取材にほとんど応じず、表に出ることを避け続けてきた三木氏は、有名人を連れ歩くことで"セレブな自分"をアピールしたいという思いもあったのかもしれない。そこに上重アナが食い込んだのか。

「今後、上重アナが三木氏から借りていた1億7000万円が焦点となるでしょう。無利息で借り、返済期限の定めがなかったとしたら、全額が贈与と認定される可能性がある。その場合、上重アナは莫大な税金を支払わなければならなくなる」(国税担当記者)

 PL学園時代に松坂大輔と投げ合い、日テレの看板アナとなった上重アナに「これくらいの役得は当然」という思いはなかったのか。金満資産家の財布をしゃぶったツケは、高くつきそうだ。

 

<訃報>愛称は「キンキン」 愛川欽也さん80歳 

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 4月17日(金)05時53分44秒
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  <訃報>愛称は「キンキン」 愛川欽也さん80歳
毎日新聞 4月17日 2時30分配信


 「出没!アド街ック天国」など人気テレビ・ラジオ番組の司会を長年務めるなど、「キンキン」の愛称でお茶の間に親しまれ幅広いジャンルで活躍した俳優でタレントの愛川欽也(あいかわ・きんや、本名・井川敏明=いがわ・としあき)さんが亡くなっていたことが16日分かった。関係者が明らかにした。80歳。葬儀の日取りは未定。妻はタレントのうつみ宮土理(みどり)さん。

 東京生まれ。俳優座養成所などを経てプロデビュー。30代からは洋画や海外ドラマの声優を始め、特に名優ジャック・レモンの吹き替えで頭角を現した。

 1970年代にはTBSラジオの「それ行け!歌謡曲」など深夜放送のディスクジョッキーとして若い世代の絶大な人気を博した。テレビ番組の司会者としても手腕を発揮し、日本テレビ系「11PM」、フジテレビ系「なるほど!ザ・ワールド」などの人気番組を長く担当した。

 長年の夢だった映画製作に74年に乗り出し、「さよならモロッコ」で監督・主演も務めた。翌75年に親友の菅原文太さん(昨年11月死去)とともに東映に企画を持ち込み、共演した「トラック野郎御意見無用」が大ヒット。菅原さんが演じる「桃次郎」の相棒「やもめのジョナサン」を好演した。その後も「西村京太郎トラベルミステリー」など2時間ドラマにも数多く出演した。

 95年の番組開始から司会を務めたテレビ東京系「出没!アド街ック天国」では昨年9月、「世界最高齢の情報番組司会者」としてギネス世界記録に認定されたが、今年3月の放送1000回を機に司会を降板した。

 また、96年には「テレビについて話す会」を発足させ、硬派な視点で政治問題やテレビのあり方に関して発言を続けた。

 私生活では78年、「ケロンパ」の愛称でお茶の間で親しまれていた、うつみさんとTBS「シャボン玉こんにちは」でコンビを組んだことを機に再婚、芸能界きっての「おしどり夫婦」と呼ばれた。

 映画や舞台への愛情は晩年まで衰えず、劇団「キンキン塾」を創設して後進を指導。2010年には私財を投じ、東京・中目黒に演劇公演や映画上映ができる小劇場「キンケロ・シアター」を建設した。18日から、自ら監督・脚本などを担当した最新主演映画「満洲の紅(あか)い陽」の上映を予定していた。


愛川欽也さん80歳で死去 もう聞けない「おまっとさん!」
スポーツ報知 4月17日 4時7分配信

 「キンキン」の愛称で親しまれ、テレビの司会や映画、ドラマなどで半世紀にわたって芸能界の第一線で活躍してきたタレントで俳優の愛川欽也(あいかわ・きんや、本名=井川敏明)さんが亡くなっていたことが16日、分かった。80歳だった。妻でタレントのうつみ宮土理(71)や家族の意向で17日に都内で密葬が営まれ、その後正式に発表される予定。愛川さんは3月に20年間、司会を務めてきたテレビ東京系「出没!アド街ック天国」を降板。病状を伏せ、治療に専念していた。

 司会、俳優、映画監督など多才な活躍で昭和、平成とお茶の間に愛され続けた愛川さんが、静かに旅立っていた。今年に入って体調を崩し、復帰を目指して治療に専念していたが、再び「おまっとさん!」の声を聞くことは、かなわなかった。

 この日、都内の自宅前には「愛川さんが厳しい状態にある」という情報が広まり、多くのマスコミが集まった。夜に所属事務所スタッフが「明日の午前10時にファクスで連絡します」とだけ説明。近所の住人によると、この日、愛川さんの亡きがらを納めるひつぎが運び込まれていた。この件について、事務所関係者は「分かりません」を繰り返した。うつみや家族の意向で17日に密葬を営み、荼毘(だび)に付した後、正式な発表をするとみられる。

 この1か月半、うつみは付きっきりで夫を看病してきた。病状についての報道にも、周囲を心配させまいと、重病でなく「風邪」と押し通した。しかし、8日に出した夫の病状についてのコメントには「今までのん気に生活させてもらった分、今は思いっきり甘やかせています」と痛切な叫びのような心情が込められていた。心労は激しく、しょうすいし切っているとみられるが、密葬では気力を振り絞って同志でもあった最愛の夫を見送ることになる。

 愛川さんの代表作といえば、75年に第1作が公開された映画「トラック野郎」シリーズが有名だ。昨年亡くなった菅原文太さんとの名コンビで、「やもめのジョナサン」こと松下金造役を好演し、大ヒットを記録した。俳優業と並行して、自在でシャープなアドリブが買われ、司会者としても引っ張りだこ。日テレ系「11PM」で人気を得ると、次々にバラエティー番組に進出。フジ系「なるほど!ザ・ワールド」は81~96年の15年間、テレビ東京系「出没!アド街ック天国」は20年間、メイン司会を務め上げ、14年に「世界最高齢の情報番組司会者」としてギネス記録にも認定された。

 多忙な仕事の傍らで、後進育成にも力を入れた。00年には「劇団キンキン塾」を結成。09年には私財をなげうって劇場「キンケロ・シアター」を東京・中目黒に建てた。こよなく愛したこの劇場で、18日からは監督・主演・脚本を務めた愛川さんの遺作となった新作映画「満洲の紅い陽」が公開される。

 ◆愛川 欽也(あいかわ・きんや)本名・井川敏明。1934年6月25日、東京都生まれ。埼玉県立浦和高出身、俳優座養成所から56年に劇団三期会入り。71年からTBSラジオ「パックインミュージック」のDJとしてキンキンの愛称で親しまれ、74年から日本テレビ系「11PM」の司会。映画「トラック野郎」シリーズ、司会としてフジテレビ系「なるほど!ザ・ワールド」、テレビ東京系「出没!アド街ック天国」など幅広く活躍。78年に離婚し、うつみ宮土理と再婚。


愛川さん 次々国民的番組、娯楽の天才 最愛ケロンパ守った男気も
スポニチアネックス 4月17日 5時31分配信

 ◇愛川欽也さん死去

 愛川欽也さんは36歳の遅咲きだった。71年にTBSの深夜ラジオ「パック・イン・ミュージック」のパーソナリティーに起用されたことで、若者を中心に人気に火が付いた。下ネタをえん曲に表した造語「パパイヤ(胸)」「ポールとタマタマ」などが流行語となった。

 若い頃は口八丁、手八丁。よく人に会って“ダベり”、仕事用のネタを仕入れていた。行事を仕切ることが得意で、古い友人からつけられたあだ名は「班長」。元来の司会者気質だった。「あのう」「そのう」と間を取りながら、独特の早口言葉とユーモラスな口調で、お茶の間に知られるようになった。四十路を前に長髪、ジーパンだったことも受けた。

 アイデアマンで思いついたことはすぐに書き留める習慣があった。番組に企画段階から参加することも多く、ユニークな発想を生かして地下鉄初の駅弁など飲食業にも進出した。過熱するテレビ局の視聴率競争に異を唱え、「良質な娯楽」を追い続けた。「アド街」「11PM」「なるほど!ザ・ワールド」。キンキンが提示した「娯楽」に対し、視聴者は長寿番組という答えを返した。

 楽天家の一面もあった。本人いわく「結婚も家庭も全て成り行き任せ」。それでもなんとかなると自負していたのは、豊富な人生経験があったから。

 生まれは東京・巣鴨。幼い頃に父と死別。小学1年で19歳だった姉が嫁ぎ、母と2人の生活を送った。戦時中、小学4年で学童疎開で長野県上田市へ。母親と離れ離れになり、ひもじさと恋しさのあまり東京に戻ってきた。その後、空襲を避け母と2人で転々と疎開生活。家が焼けて終戦後もしばらくは疎開を続けた。新劇俳優になったが、食っていけずに5年で退団。納豆売り、バンドマン、看板職人、靴用のノリのセールス、碁会所や書店経営、コピーライター、サラリーマン暮らしなど職を転々とした。クヨクヨせずに大ざっぱ。自分の性格を母そっくりといい「(人生で)途方に暮れたことは一度もなかった」と語っていた。

 78年11月、前妻と離婚が成立した翌日にうつみと再婚。きっかけは75年に始まったTBSバラエティー「シャボン玉こんにちは」での共演。司会などで6年間コンビを組んだ。

 スポニチ本紙の結婚スクープ記事では「三英子(うつみの本名)を愛してしまったから」と、ストレートな思いを告白した。プロポーズの言葉は「俺についてこい」。うつみに負担を掛けないため、マスコミ対応を一手に引き受ける“男気”もあった。
 

フィリピン買春 1万2千6百人の変態校長〈64歳〉

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 4月16日(木)16時08分30秒
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  フィリピン買春 1万2千6百人の変態校長〈64歳〉

「倫理のたががはずれた」。中学校の校長まで務めた教育者・高島雄平(64)のもう一つの顔は“性獣”だった。買春というその所業もさることながら、世間を驚愕させた一万二千六百六十人という数字。フィリピン現地取材から浮かび上がる変態校長の素顔とは――。

 フィリピンで少女とのわいせつな写真を撮影したとして、四月八日、横浜市立中学の元校長、高島雄平(64)が児童買春・ポルノ禁止法違反(製造)で神奈川県警に逮捕された。およそ二十七年にわたり自らの教え子と同年代の少女たちに淫らな行為を繰り返していたというニュースは、県教育界を震撼させた。
 県警担当記者が語る。
「一九八八年から三年間、教員としてフィリピンに派遣されていた高島は現地で買春を覚え、その後夏休みや冬休みを利用して同国に六十五回渡航しています。
 県警が昨年二月に自宅を家宅捜索したところ、書斎から約四百冊のアルバムと、延べ一万二千六百六十人の少女や成人女性の裸の写真が見つかったのです。高島は『思い出を記録として残しておくためだった』と容疑を認め、『約一割が未成年の少女だった』と供述しています。発見された十五万枚の写真は女性ごとに番号をふって整理されており、十三、四歳から七十代までの女性が写されている」
 一万二千六百六十人――。高島はどのようにしてこれだけの女性を調達し、歪んだ欲望を満たしていたのか。
「私は、一九九七年頃に売春婦としてタカシマと知り合い、その後数年にわたり彼と関係を持ちました。売春婦の仕事が続けられなくなった二〇〇三年頃にポン引きに転じ、昨年一月までの十数年間で数百人以上の女性を彼に斡旋しました。彼と女性との性行為を撮影した写真の多くは、その場に同席していた私が撮影したものです。『なぜそこまで』と思われるかもしれませんが、そこにはタカシマと私の特殊な関係が存在したのです」
 こう語るのは、世界有数の歓楽街として知られるマニラ市内エルミタ地区で観光客を相手に女性を斡旋するジーン・デルガド(43)だ。六〇年代から七〇年代にかけフィリピンで一世を風靡した女優、マリサ・デルガドの実妹として育ったジーンは何不自由ない生活を保障されていたが、家族間のトラブル、麻薬依存症などの事情から二十代前半で売春婦へと転落。高島と出会った九七年頃にはエルミタ地区の有名クラブでダンサーとして働きながら客を取っていた。

義務のように午後五時まで

「九七年、客として店を訪れたタカシマと数回関係を持ったのが最初です。〇〇年頃にエルミタの路上で再会し、やはり数回彼とベッドを共にしました。そうした関係がしばらく続いていたのですが、売春婦として生計を立てることが難しくなった〇三年頃から客とポン引きという関係に変わっていきました。彼は自分の仕事や私生活について尋ねられるのを極端に嫌ったので、プライベートな話は一切しませんでしたし、教師だということも知りませんでしたが、毎年、春、夏、冬の三回は必ずと言っていいほどマニラを訪れ、私になるべく大勢の女の子を紹介するように頼んだのです。毎日四~六人の女の子を紹介していましたから、私を抱かなくなってからも上客であることに変わりありませんでした」
 女性たちは千ペソ(約三千円)で客を取り、そのうち二百~二百五十ペソ(約七百五十円)がジーンの取り分。十数年に及んだ二人の関係で、高島の要求は常に「なるべく多くの女を連れて来い」だったと彼女は語る。
「異常に性欲が強いのです。一日に十回することなどざらで、滞在中は毎日時間を決めてセックスしていました。私に与えられた役割は午後一時までに彼のホテルに女性を連れて行き、次々に部屋に送り込むことでした。午後三時までに何人かとセックスすると、『ブレイクタイムだ』と一旦休憩を取り、その後また数人とセックスするというパターンで、規則正しく、まるで義務のように午後五時まではセックスを続けるのです。普段はコンドームを着けますが、特に気に入った子が相手だと着けないこともありました。セックスは普通ですが、前戯を決してしない人で、部屋に入った女の子の服を脱がせると、唾かローションをつけていきなり挿入するのです」
 マニラ湾を見下ろす高層ホテルを定宿とし、高島が泊まる一泊二千七百ペソの角部屋に女性の出入りが途絶えることはなかった。ホテルの従業員が話す。
「ミスター・タカシマは常連客で、彼の部屋にはいつも大勢の女性が出入りしていました」
 高島は、ジーンに女性の斡旋だけでなく、彼女を部屋に招き入れ、ベッドルームで繰り広げられる痴態に同席するよう求めた。
「あまりいい気分ではありませんでしたが、斡旋した女性と一緒に部屋に入り、『この角度から撮れ』とか『もっと接写しろ』と命じるタカシマに言われるままに撮影するようになりました。彼は私が女の子からコミッションを取っていることを知っていて、チップをくれることもないような人でしたが、いつの頃からでしょうか、彼のことが好きになっていたので、ついつい要求を受け入れてしまったのです。撮った写真はファイルにして大事そうにしまっていました」(ジーン)
 高島は、午後五時に“スケジュール”を終えると、まれに女性やジーンを連れて人目につかないカラオケボックスで飲むことがあったという。
「気に入った女の子と私と一緒にカラオケに出かけると、決まって『マイ・ウェイ』のタガログ語版を熱唱していました。本当に上手なので私たちが褒めると、『日本で歌手をしていたことがある』と自慢げに話していました。私は彼のことが好きだったので、どこか彼の相手の女性に自分を投影していたのかも知れません。一緒にいてもいつも切ない。ただ、彼はそうした感情に気付く人ではありませんでした」(同前)
 高島に求められるまま、滞在中は午後になると女性を連れてホテルを訪れることを日課としていたジーンだが、高島は他にも複数の人物に女性の紹介を依頼していたと思われる。

四日間毎日ひたすら乱交

「私と他のポン引きが会わないように気を配っている様子でした。彼に未成年の少女を斡旋していたのは、地方に住む少女を専門に扱うポン引きで、ホテルの前に少女たちを連れて待機しているのを見たことがあります。少女を扱うのは危険なので私は一切関わっていませんでしたが、タカシマはそうしたポン引きにも女性の斡旋を依頼していたので、悪徳警官と組んだポン引きに金品を脅し取られたことも一度や二度ではないと本人から聞きました。一昨年には、警官と組んだポン引きに十二万ペソ(約三十六万円)脅し取られたとも言っていました。
 私は午後一時から五時までの“午後の部”を請け負っていたのですが、彼は“午前の部”にも女の子を呼んでいたので、結局、一日中セックスしていたことになります」(同前)
 一三年に、“午前の部”で高島の部屋を訪れたドナ(22)はこう話す。
「呼ばれるのは必ず午前九時から十時の間。タカシマは『自分は六十歳を越えているんだよ』と話していて、ずいぶん若く見えるなぁ、と思いました。『写真を撮るのが好きだ』と話していて、部屋の窓からマニラ湾の風景をパシャパシャ撮影していました。彼が私にしてくる質問は、『名前は?』『年齢はいくつ?』『彼氏はいる?』の三つでした。そして、最初に『怖くないよ。僕はジェントルマンだから』と言っていたのが印象的でした。セックスが終わると、裸のままと、服を着させられた状態で写真を撮られました。『ほら、もっと笑って、僕に微笑みかけて。モデルのようにポーズして』とささやきながら、ものすごいスピードでシャッターを切っていました。彼はずっと笑っていましたね。部屋に入ってから写真を撮って部屋の外に出されるまでにかかる時間は、十五分から二十分ととても短かった。『私は忙しいから』と言って、部屋の中で『グッバイ』と言われて、千ペソを渡されて外に出ました」
 ドナはその後も何度か高島と関係を持った。
「最後に会ったのは一三年の冬。部屋に上がると、『ドナ、君にあげたいものがあるんだ』と言って、一枚の写真を渡してきました。それは、前回、他の女の子と三人並んで撮影した時の写真でした。『ドナ、君の写真だよ。日本でプリントアウトしてきたんだ』と言われて、嬉しかったことを覚えています」(同前)
 高島の最後の訪比となった一三年十二月二十七日から翌年一月五日にかけて高島の相手をしたというのがメーシー(26)だ。
「私は、四日間で四回呼ばれてセックスをしました。そして、その全部が乱交でした。一緒に行ったのは、十七歳と二十三歳の子です。ホテルに入る時はIDを要求されるのですが、イミテーションのIDはどこでも簡単に手に入るので、難なく入ることが出来ます。行為が始まる前に、タカシマは写真を撮っていました。服を着たまま撮影し、次は下着だけで写し、その次はトップレス……と、タカシマは段々服を脱がせていき、その都度写真に収めていくのです。一人ずつ撮影したり、集合写真も撮られました。たとえば、3Pをする時は、タカシマに挿入されていない方が写真を撮る係です。キスしているところ、陰毛を口に含んでいるところ、フェラチオしているところなどを撮影しました。ホテルの部屋のテレビでポルノビデオを観て、タカシマが元気になると、再び乱交を繰り返すのです。女の子が三人いる時は、一人がキスをして、一人が胸を触られて、もう一人がフェラチオをするといったプレイもしました」
 バイブレーターなどの大人のおもちゃを使うこともあったという。
「『ねぇ、どこが気持ちいいの?』と聞かれました。セックスが済むと、撮ったばかりの写真を見せられ、『今度来る時にプリントを持ってきてあげるからね』と言われました」(同前)
 フィリピンでは、“性獣”と化す高島だが、日本では教育者として別の顔を持っていた。七五年に横浜市教育委員会に採用され、八八年には文部省(当時)の在外教育施設派遣試験に合格し、マニラの日本人学校に教員として赴任。三年後に帰国している。帰国後は市内の中学校で教諭、副校長などを歴任し、〇八年には校長に就任した。
 横浜市内のローンのまだ残る一戸建てに住み、家族は妻と長男、長女、次男の子供三人。一一年に校長を定年退職すると、中学校で再任用教諭として再雇用されていた。
 高島の新人教師時代の同僚の男性が語る。
「理科の教員だった彼は、研究熱心で、教科書通りにテストを作る教員が多いなか、ユニークな問題を出していました。いつも職員室でさまざまな理科系の本を読んでいて、真面目な印象でした」
 一方、女性の同僚教師はこう振り返る。
「ニュースの写真で見ると立派な校長先生で、私の知っている姿からは想像がつきません。スーツ、ネクタイなんて見たことないです。いつもジャージ。日焼けしてたのか色黒で、色つきのサングラスをかけていました。黒ではなく黄色いレンズなんですね。当時はバイクで通勤していましたね。こんなスタイルの先生は当時珍しかった」
 高島が校長を務めた中学校の保護者が話す。
「いつもニコニコしている、校長っぽくない校長で、お固くはなく気さくな方でした。子供に対する接し方も問題なかったと思います。車やオートバイが好きだそうで、大型バイクも乗っていると話していました。休みの時には、BMWで学校に来ていましたね」

端緒は米当局の潜入捜査

 元同僚が覚えているのは、頻繁な海外渡航だ。
「公務員は勤務地を離れる場合、特に海外の場合は、年休中でも、渡航日程や目的などを届けなければならない。高島先生は『マングローブを植林するボランティア活動をやっているんだ』と言っていた。夏季休業は五日間あって、年次有給休暇と合わせて行っていました」
 こうした高島の悦楽の日が終わりを告げたのは、昨年二月十三日のこと。神奈川県警が家宅捜索に入ったのだ。県警捜査員が語る。
「捜査のきっかけは、一三年九月、警察庁からの情報提供です。その時点で、住所、名前、児童と思われる写真がありました。そのうち、一四年一月一日に撮った写真十一枚が児童ポルノの製造にあたるということで、刑法の国外犯の規定を適用し、立件にこぎ着けました」
 フィリピンで捜査を担当したNBI人身売買防止課のシーザー・ヌキ課長が経緯を明かす。
「一三年十二月に東京で開催された警察関係者の会合に出席した際、日本の捜査官から『マニラで児童買春を繰り返している男がいるので調べてもらいたい』と非公式に依頼されたのです。帰国した我々はさっそく捜査を開始しました。エルミタ地区のポン引き、ジーンの事情聴取や関係先から入手した写真などから、タカシマがマニラ市内だけでなく、ルソン島中部のパンパンガ州アンへレス市で路上生活する未成年の少女を買っている疑いも浮上しましたが、被害者の特定には至りませんでした。タカシマの行為は、フィリピン国内で有罪判決を受ければ終身刑に値するものです。二度とフィリピンの地を踏ませるつもりはありません」
 警察庁はどこから高島の情報を入手したのか。
「実は、アメリカの捜査当局が、フィリピンで子どもを対象にした犯罪、人身売買や児童買春などの潜入捜査を進めていた。その過程で高島が浮上。米当局は余りに悪質性が高いと日本の外務省に情報提供し、警察庁にもたらされたのです」(警察庁関係者)
 高島が「思い出のため」と供述した“買春ファイル”は自宅の書斎に平積みだったという。高島の逮捕当日、自宅のインタフォンを押すと夫人と思われる女性が出たが、「そういうことは本人に聞いてください」と切られてしまった。
 同居する次男が取材に応じた。
「父とは会ってないですし、(事件について)話してもないです。新聞を見て知ったような状態なので。父と母が不仲というのはありませんね。基本的にはドライな関係なんで。(家宅捜索の後に)『ごめん、そういうことがあったよ』とそれだけですね。あとはこっちもしゃべる気ないですし。聞こうとも思いませんしね」
 高島は逮捕翌日、保釈された。前出・担当記者の話。
「既に写真が多数押収されており、証拠隠滅、逃亡の恐れがないと判断されたようです。今後は任意での在宅捜査となります」
 最後の訪比の際、高島は女性に「もうお金がない」と洩らしていたという。横浜市は、退職金約三千万円の返還を求める予定だ。高島は、罪の報いを受けながら、老後の人生を生きることになる。(敬称略)
「週刊文春」2015年4月23日号

 

「安倍さんに殺される」と口走った〈愛川欽也〉 本当の病状

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 4月16日(木)16時01分8秒
  「安倍さんに殺される」と口走った〈愛川欽也〉 本当の病状

都内の閑静な住宅街にある大豪邸に連日通う、在宅診療専門クリニックの車。
 小誌記者が確認しただけでも四月十日午前十一時、十二日午後八時、そして十三日午後十時半の計三回。三名の医療スタッフが毎回約一時間滞在する。
 大豪邸の主は、三月七日の『出没!アド街ック天国』(テレビ東京系)の千回記念放送を最後に公の場から姿を消した愛川欽也(80)である。

 四月六日には自身が運営するインターネットテレビ局「kinkin.tv」の放送終了も宣言したキンキン。相次ぐ突然の降板に重病説が囁かれている。
「kinkin.tv」の番組『パックインジャーナル』で共演していた経済評論家の荻原博子氏が語る。
「四日、生放送の直前に番組スタッフから『今日は愛川さんはいらっしゃらない』と聞かされました。『咳が止まらないだけなので来週にはなんとか』という説明でしたが、放送後に電話がきて、『急遽「kinkin.tv」を閉鎖します』と言われたんです。前の週も休んでいらしたのですが、二週間様子を見た上で今後の放送を断念されたとのことでした。ご容体が心配です」
 重病説を受け、妻であるうつみ宮土理(71)は八日、FAXで報道各社にコメントを出した。
「風邪をひいて少し咳が出て、今は自宅で休んでおりますが、『早く、ロケに行こう』と、そればかりいっています」
 だが、愛川の知人はこう打ち明ける。
「五月から撮影開始予定だった連続テレビドラマ『港古志郎警視』シリーズも中止になりました。今後の活動の見通しは全くたっていない。元々体を動かすことが嫌いで、二年くらい前から少しの距離も車いすで移動していたが、運動不足のせいか急激に衰えが来たそうです。介護ベッドが自宅に運び込まれたと報道されましたが、寝込んだまま治療を受けている状態です」
 思わしくないのは体調だけではない。
「愛川さんは安倍政権に対して批判的で、『パックインジャーナル』でも集団的自衛権を取り上げるなど、不戦を訴えることに熱心だった。しかし最近、それがエスカレートして『このまま政権批判を続けていると安倍(晋三)さんに殺される』などと、よく理解が出来ないことを口走ったり、話しかけても反応が無いなど、周囲を困惑させることが多くなっていた」(同前)
 愛川が治療を受けている在宅診療クリニックのホームページを見ると、
「重症度の高い方々の療養を手伝ってきた」
 とあり、診療が多い疾患として脳血管障害、認知症、悪性腫瘍、呼吸不全や心不全などが挙げられている。
 クリニック関係者は小誌の取材に、「病症についてはお答えできない」と言うものの、「在宅医療が必要な状態なのは間違いない」と認めた。
 愛川自らが社長を務める所属事務所に容体を尋ねた。
「たしかに体調は崩しているのですが、詳しいことはわからないんです。本人に確認を取るわけにもいかず、私たちも心配しているのが正直なところです」
「おまっとさんでした」と復帰できる日が来るといいのだが……。
「週刊文春」2015年4月23日号
 

シーズン13結末の悪評挽回なるか 1本300万円4代目“相棒”仲間由紀恵の重責

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 4月14日(火)23時29分42秒
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  シーズン13結末の悪評挽回なるか 1本300万円4代目“相棒”仲間由紀恵の重責
2015年4月23日 週刊実話 特大号

 3代目・相棒だった成宮寛貴が犯人だったという何ともスッキリしない結末で幕を閉じたドラマ『相棒シーズン13』(テレ朝系)。相棒ファンからのブーイングが渦巻く中、早くも注目を集めているのが“4代目相棒”だ。
 「『相棒』は2クール放映されるため、収録や打ち合わせなどを入れるとおよそ8カ月以上も拘束されるんです。しかも以前の勢いを失い、平均視聴率は15%台をウロウロ状態。加えて立てるべきは主演の水谷豊…。受ける俳優も相当の覚悟で臨まないとできません」(テレ朝関係者)

 その結果、昨年10月から本格的に始まった“4代目相棒”選びは混迷を極めたという。そんなスッタモンダの末に内定したのが、新婚の仲間由紀恵(35)。
 「シーズン13では、初回と元日のスペシャルに出演し存在感をアピールしていた。役どころは警視庁から『内閣情報調査室』への出向を経て警視庁広報課長に就任した子持ちキャリア。一部ネットなどには『相棒役は男だけで、亀山薫(寺脇康文)、神戸尊(及川光博)、甲斐享(成宮寛貴)と名前がKの頭文字で始まりRUで終わるジンクスから、仲間演じる“社美彌子”は当てはまらない』などとの情報が飛び交っていたが、見事にひっくり返された形です」(事情通)

 当初、仲間の抜擢に対し否定的だったという水谷も最終的にはスタッフの説得に折れたという。
 「“女性初”の起爆剤でもう一度人気を取り戻そうとの戦略です。マンネリ打破がシーズン14の裏テーマですよ。また、仲間を説得しキャスティングのテーブルに乗せたのは、『TRICK』の元プロデューサーで今期から『相棒』を担当することになったK氏。かなりのヤリ手ですよ」(芸能プロ関係者)

 では、仲間の出演料はいかほどなのか。ドラマ&映画版『TRICK』でテレ朝にも多大な貢献をしているとなれば相当の額が想定される。
 「ここだけの話ですが、水谷は最近、1本500万円にアップしたんです。もちろん同じ金額を支払うわけにはいかないが、仲間は『TRICK』の支払い実績でかなりの額になっているため、ズバリ300万円~。2人で800万円というキャスト代に、共演者やスタッフの人件費など1本当たり6000万円位になってしまう。もちろん制作費的には赤字になり、穴埋めは映画やDVDなどのコンテンツ販売で何とかトントンのレベルです」(事情通)

 そんな中、目標平均視聴率バーは16%に設定されたという『相棒 シーズン14』。放映開始予定の10月が待ち遠しいが、前作のように仲間が犯人というオチだけは避けてほしいものだ。

 

日産、新興国戦略「ダットサン」の誤算

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 4月13日(月)16時00分55秒
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  日産、新興国戦略「ダットサン」の誤算
ナカニシ自動車産業リサーチ代表 中西孝樹
2015/4/13 6:30 日本経済新聞



 日産自動車は2月上旬の第3四半期決算発表で、2015年3月期の世界販売計画を当初比15万台減の530万台に引き下げました。主因は新興国での販売不振です。好調な米国販売を受け、業績見通しを上方修正したことで市場はポジティブに反応したのですが、新興国販売の不振を、新興国経済の悪化という理由で片づけてしまうことは危険です。日産の新興国攻略のカギを握る「ダットサン」ブランドの戦略は果たして軌道にのっているのでしょうか。

■計画をかなり下回る販売に

 「ダットサン」とは、著しい台頭が予想される新興国の新中間層消費者にとって手が届く、低価格かつ高品位のクルマを提供する目的で、2013年末から日産が戦略的に打ち出してきた新興国専用の低価格ブランドです。ハッチバックの「GO」、7人乗り多目的車の「GO+」などのモデルをインド、インドネシア、ロシア、南アフリカの各市場へ相次ぎ投入し、「第1ウエーブ」を形成しました。

 ところが、現在の販売は、2015年3月期の販売計画10万台をかなり下回って推移しています。特に、期待されたインド、インドネシアは計画を大きく下回っています。

 新興国の経済環境が悪化し、個人消費が期待ほど伸びていないという経済要因は明らかですが、過去から続く日産の新戦略への構造的な詰めの甘さにも重大な原因があると考えられます。第1に、市場が循環的ピークにたつ好況期に楽観的な計画を立てがちという問題です。第2に、緻密な計画を立案しても、結局、実施段階でマネジメントの失敗や人的エラーを生みだしがちという執行における問題です。

■好調時に思い切る傾向だが……

 日産は市場環境の状況が良いタイミングで思い切った投資をする傾向にあります。2000年代前半に米国でピックアップトラック市場が伸びている時に、ミシシッピ州に新工場を建設してピックアップトラック「タイタン」の生産を開始しましたが、成功にはほど遠かった。電気自動車「リーフ」もしかりです。「ダットサン」への投資を決めたタイミングも、インドなど新興国経済が好調で、米国経済とは無関係に成長するという「デカップリング論」がもてはやされた時期でした。

 2025~35年にかけて新興国で「新中間層」が爆発的に増えることは明白であり、初めてクルマを買う消費者に対し、手の届きやすい価格のクルマをつくる――。第2ブランドで新中間層の需要をとりにいくという日産の基本戦略が入り口として正しいことは間違いありません。長期的なトレンドとして間違いなく正論でしょう。

 しかし、タイミングとしては好ましくない時期に入ってしまいました。新興国は2013年以降、経済的な停滞期に入り、求められる新中間層はクルマどころではなくなっています。

■「新中間層」狙いが空振りに

 結局、市場ニーズとのミスマッチが起こり、廉価な「ダットサン」は新中間層の新規購入というよりは、富裕層のセカンドカーとして購入されている傾向が強いようです。インドでも「ダットサンGO」を購入しているのは期待した新中間層ではなく、富裕層がセカンドカーとして購入しているケースが多いと聞きます。実はこの現象はインドのタタ自動車が低価格車「ナノ」を2009年に発売した時も同じことが起こりました。

 低価格車といっても新中間層にとっては高根の花です。人生で最大の買い物であり、クルマは大切な「資産」と同等なのです。当然、中古車としていくら売れるかという「リセールバリュー」も考慮にいれてクルマを選びます。

 新しいブランドは良い中古車価格がつきにくく、むしろ、「トヨタ」や「ホンダ」などよく知られたブランドが選ばれる傾向にあります。新中間層はあまり手を出さず、経済的にゆとりを持つ富裕層がむしろ購入するということが起きるわけです。

 昨年9月のインドネシアのモーターショーで見た光景が象徴的でした。鳴り物入りの「ダットサンGO+」、ダイハツ工業がトヨタ自動車向けも含めて開発中の7人乗り多目的車「UFC3」の2モデルが皮肉にも通路を挟んで向かい合わせに展示されていました。両方を見比べた消費者は「トヨタが出したら買おう」と思ったケースが多かったのではないでしょうか。

 この「ダットサンGO+」は7人乗りの多目的車にもかかわらず、全長が4メーターを切り、インドネシア政府のエコカー普及策「ローコスト・グリーンカー(LCGC)」の基準に適合させた意欲的なクルマです。インドネシアの市場ニーズをよく分析し、なによりも、短時間のうちにこれだけの低コストで市場投入を実現させた日産のエンジニアリング力を強く感じさせました。

■インドで裏目に出た「時間を買う戦略」

 しかし、インドネシアの消費者は飛びついてこないのです。インドネシア市場は日本車ブランドが大半を占めますが、市場を支配しているのはトヨタグループです。トヨタグループがもうすぐ類似の車種を販売しようということが分かっていて、新たなセグメントの見慣れないクルマに手を出す危険を取らないのがインドネシアの消費者です。クルマに関してはとにかく保守的な選択をするのです。新市場を形成できるのは、見慣れない新興ブランドではなく、国民車から始まり長い信頼を築き上げたトヨタというブランドなのでしょう。

 インドでは、日産の販売網構築への戦略的ミスも重なりました。後発の日産は遅れを取り戻すため、ディーラー網の拡大を現地のコンサルティング会社にアウトソーシングするという非常に革新的な取り組みをしました。

 ディーラー網を構築する場合、自動車メーカーは信頼できる地元資本家と組み、人的関係を深めながら地道に広げていくという方法をとることが多いものです。しかし、物理的にも文化的にも特殊な社会構造をもつインドを見据えたとき、完全な自前主義では時間がかかりすぎます。日産は、現地の事情をよく知る会社に任せ、時間を買う、という挑戦に取り組みました。

 しかし、これが裏目に出てしまいます。ディーラー網構築が思ったように進みませんでした。この会社との契約は2013年末に解消されました。

■「仕方がない」という達観に違和感
 販売関係の課題はインドネシアにもあるようです。新しいブランドと新製品を保守的な消費者に認知させ、市場をこじ開けるには、相当に大規模なマーケティング施策が必要なはずです。しかし、現地に振り向けられたリソースは不十分で、戦う前にして敗れている感が強いのです。戦略に対して、本社と地域経営が適切に一元化されているのだろうかと、疑問を感じるところがあります。

 いろいろと日産のミスや誤算を指摘しましたが、日産本社がこれをどう受け止めているかといえば「経済そのものが悪いし、この戦略は時間が要るのだから、仕方がないか」と達観しているようです。問題を追求し、その原因を根本から根治させようという意識があまり聞こえてこないことに違和感があるのです。

 そもそも、現中期経営計画「パワー88」では、先進国でまず収益回復を実現し、その成果を2014年から新興国事業に再投下し、規模(世界市場シェア8%)と収益性(営業利益率8%)の両方を実現するというものでした。

■革新的な企業風土は評価

 周知の通り、先進国では米国でつまずき、その後の新興国もつまずいています。それでも、「パワー88」の目標に限りなく近づいていこうとすれば、おのずと日産は好調市場の米国事業に力を入れていかざるを得なくなります。

 これはとても危険な狙いだといわざるを得ません。むしろ、計画を再構築し、世界の経済環境に即した新たな再出発を図ることがより望ましい結果を生みだせるのではないかと感じます。

 カルロス・ゴーン社長の経営の信条には、「リスクを取る」「自前主義を捨てる」「新しい価値に挑戦する」という反日本的経営の反骨精神あふれる経営姿勢があります。日産がトヨタやホンダと同じことをしていては、それらに勝てるチャンスは小さいかもしれません。新しいことに挑戦して大きな成果を狙うという日産の革新的な企業カルチャーは評価していいと思います。

■取り繕うより、失敗から学べ

 気になる最近の傾向は、計画失敗の頻度の多さであり、その結果に対する説明責任が曖昧であることです。むしろ失敗をカバーするために、よりリスクの高いところに挑戦する「ハイリスク・ハイリターン」経営の傾向が見えることでしょう。

 この背景には、意欲的な計画目標をいったん決めてしまうと、それにとらわれ、是が非でも達成しようとしてしまう最近の日産の体質、つまり官僚的で硬直化した組織が感じられるのです。失敗を取り繕うのではなく、失敗から学びより良い未来を手繰り寄せる柔軟な姿勢が一段と輝く日産を生みだすのではないかと感じます。

 ダットサンの第1ウエーブは不完全なものにとどまっています。今後、日産が第2、第3のウエーブを放っていくなかで、いかに巻き返し、新ブランドを定着させていくかは日産全体の組織論の観点からも注目なのです。

 

千葉県銚子 島武のきんめ煮

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 4月12日(日)11時48分33秒
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島武のきんめ煮

新鮮な金目を秘伝の煮汁で煮上げ真空冷凍してお届けする本格派

”島武のきんめ煮”は、千葉県銚子で釣りあげられたキンメダイを直接市場から買い付け、特製ダレで一気に煮上げたのちに、冷まして真空冷凍にしたおみやげ用の煮魚。旨みを閉じ込める保存法で、本格的な煮魚の味が自宅で気軽に味わえる。使用する特製ダレは、香味野菜と天然ミネラルが豊富なカキ殻などを熟成させて作る“熟成塩タレ”。このタレに漬けることで、解凍後の水っぽさが最小限に抑えられて、本場のしっとりした食感と味を温めるだけで再現できる。

島武さんが開発した『きんめ煮』
http://www.choshiselect.com/gourmet/kinme.html


島武水産
http://www.catv9.ne.jp/shimatake


〒288-0024
銚子市天王台10195-1
TEL:0479-22-2862(代)
FAX:0479-25-0680


 

高島雄平 元校長の横浜豪邸&BMWに非難続出「退職金返せ」

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 4月10日(金)16時03分59秒
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高島雄平 元校長の横浜豪邸&BMWに非難続出「退職金返せ」
Woman Eyes

フィリピンで未成年の少女や成人女性ら1万2000人以上に買春を繰り返したとして、児童買春・児童ポルノ禁止法違反(児童ポルノの製造)容疑で逮捕された、横浜市立中学校の元校長、高島雄平容疑者(64)。

高島容疑者は2011年に既に定年退職しているが、その際に多額の退職金を受け取っていたことが判明している。警察による家宅捜索の様子がニュースなどで報道された際、高島雄平容疑者の自宅や、所有している車なども映し出され、その豪勢な生活ぶりが明らかになると、世間からは退職金の返還を求める声などが挙がっている。

高島雄平容疑者の横浜での豪華な生活ぶり

神奈川県警による高島雄平容疑者の自宅の家宅捜索の様子がテレビに映し出された時、思わず驚きの声が出そうになった。横浜市金沢区富岡西1丁目という閑静な住宅街にある高島容疑者の自宅は、広い土地に建つ豪華な3階建ての豪邸。1階部分が車庫になっており、車2台は楽々入るほどの広さ。実際、車庫には2台の車が停まっており、そのうち1台はドイツの高級車BMW。もう1台は実用的な軽自動車であった。

高島雄平容疑者の退職金は3000万円

1988年から3年ほどフィリピンの日本人学校に勤務した高島雄平容疑者は、その後帰国し、横浜市内の中学校など3校で副校長、1校で校長を務め、2011年に定年退職しているが、横浜市教育委員会の発表によると、その時に受け取った退職金は約3000万円。

さらに高島容疑者は、定年退職後も再任用で1年間教諭をし、今年3月までは公益財団法人・市教育文化研究所の研究員を務めていたため、当然その間も給料が支払われている。

フィリピンの買春で、相手の女性にいくら払っていたのかは分からないが、安く見積もって仮に1人あたり千円を渡していたとしても、1万2000人なら総額は1200万円にもなる。

言うまでもなく、横浜市の公務員である高島雄平容疑者の在職中の給料や高額な退職金は横浜市民の税金で賄われている。市民の税金がフィリピンでの買春に使われていたことが確実となれば、横浜市民の憤りは察して余りある。

横浜市教育委員会は8日に会見を開き、高島容疑者の在職中の犯罪などが確認できれば、退職金の返還請求手続きを進めるとしているが、高島容疑者に3000万円もの大金を支払えるほどの資力があるのかは甚だ疑わしい。既に退職金のほとんどを、フィリピンでの買春や、豪邸のローン返済、高級外車などの豪華な生活に使ってしまっている可能性もある。

仮に高島容疑者が3000万円の返還ができない場合には、自宅や車などの財産を処分させ、返還を強制執行するくらいでないと、市民は納得しないであろう。


 

東大病院〈矢作直樹〉救急部長 大学内で無断“霊感セミナー” 大ベストセラー「人は死なない」著者 手かざし治療や謎のヘッドギア販売。西武・菊池雄星も心酔

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 4月 9日(木)13時05分34秒
  東大病院〈矢作直樹〉救急部長 大学内で無断“霊感セミナー” 大ベストセラー「人は死なない」著者 手かざし治療や謎のヘッドギア販売。西武・菊池雄星も心酔

東大医学部教授という要職にありながら、数多くのオカルトめいた本を書いてきた矢作氏。本誌の取材で、問題のあるセミナーを学内で開き、都内マンションで“先祖ヒーリング”などを行っていたことが判明した。“医師失格”と言わざるを得ない、その本性を暴く。

「私の守護霊団というのは普通の人とは比較にならないんです――」
 目を細めて本誌記者にそう語ったのは、東京大学医学部教授で、東大病院救急部・集中治療部長の矢作直樹氏(59)である。
 矢作氏は肩書のとおりエリート医師なのだが、一方でオカルトめいた数々の著書でも知られる。魂の存在について自説を開陳した処女作『人は死なない』(バジリコ)が大ヒットしたのは二〇一一年のこと。昨年上梓した『おかげさまで生きる』(幻冬舎)は三十万部を超えた。こうした著書は共著を入れると二十冊以上に上る。
 このような矢作氏に対しては、批判の声も上がっていた。たとえば、評論家の立花隆氏はこう述べている。
「『死後の世界は存在する。だから死は怖くない』と科学的な根拠もなく声高に断定する人たちもいます。(中略)矢作直樹氏のような例です。最近彼は(中略)江原啓之なる現代の霊媒のごとき男と対談して『死後の世界は絶対にある』と意気投合していましたが、これが現役の東大教授かと口アングリでした」(本誌二〇一四年十月三十日号「立花隆『死は怖くない』」)
 ただ、これまでは「思想・信条の自由」の範囲内と見られていたのか、大学内で大きな問題になることはなかった。しかしその陰で、医師としても大学教授としても、到底看過できない問題を起こしていたのだ。
 ある東大関係者が言う。
「昨年春、東大病院医師のI先生が代表、矢作先生が顧問という形で任意団体『未来医療研究会』が発足しました。もともとは西洋医療という枠にとらわれない統合医療を研究していこうという建前でした。毎回選ばれた講師が東大病院の会議室に集まり、独自の治療法や健康法などを紹介。患者たちが彼らの話を傾聴するというスタイルでした。

「チャクラが全部オープンする」

 入会は承認制ですが、昨年秋以降、凄い勢いで人数が増え、現在の会員数は千五百人以上です」
 しかし、ある古参会員が会員数が増えた“秘密”を声を潜めて明かす。
「実は、会員のかなりの部分を得体の知れない“スピリチュアル業者”が占めてしまったのです。彼らの目的は矢作さん。矢作さんの人気は高く、彼を利用したくて擦り寄ってきた。
 大学側は把握していないでしょうが、研究会はいまや霊感商法の営業の場になっています。たとえば、中核メンバーである六十代の女性は、数々のスピリチュアルグッズを自身のサイトで売っています。研究会でもエネルギーが循環するという絵画『生命の樹』のTシャツ、浄化効果のある『水晶の粉』から始まり、徐々に高額な商品を勧めるようになっていった」
 ある時は、関連の会合で三十万円のヘッドギアを扱っていたこともあるという。
「額のまわりがチカチカと点滅して、それを被って瞑想するとチャクラが全部オープンするというものです。寝る前に十五分間着用すると“過去生”が見えるゴーグルもあった。宇宙と繋がることができる『ミュージックローション』は一本三千円でした」(同前)
 なぜ矢作氏は、怪しげなスピリチュアル業者にこれほど人気があるのか。本来、矢作氏は科学的な根拠に基づく治療を施す医師という立場だが、実は人知れず、オカルト的な別の“治療”を行っているのだ。
 四月三日午後一時半、東京タワー近くの高級タワーマンションに矢作氏の姿はあった。自転車を駐輪場に停めると、そのままエレベーターで上階の部屋に向かう。ほぼ毎週金曜日に矢作氏がこの部屋を訪れる理由を矢作氏の知人が明かす。
「部屋の契約者は、Aさん(42)という女性です。Aさんは元歯科医で、六本木のレストランのオーナー。彼女は手かざしなどを行う“ヒーラー”としても有名で、『十二神将(薬師如来の十二体の守護武神)様と付き合いがある』と自称している。矢作先生とは数年前に知り合い、矢作先生を『大師匠』と呼んでいました。この部屋では毎週、彼らを慕う人たちが密かに集められ、手かざしや先祖ヒーリングなどが行われている」
 A氏が矢作氏と“ヒーリングサロン”を始めたのは昨年秋頃のことである。

「見えない光を送り込みました」

 ここにサロンの風景を鮮明に映す一本の録画テープがある。矢作氏はリビングに設置された机に座り、首には「ボランティア」と書かれたネームプレート。生活感溢れる部屋にはベッド、ソファなどが置かれ、それぞれに“患者”が仰向けに横たわっている。
 矢作氏はひとりの女性に近づき、掌をかざして頷きながら目を瞑る。約三分続けた後、こう語りかけた。
「いま見えない光を送り込みました。うん、見えない光をね」
 実はこのサロンには前述の「未来医療研究会」からも“患者”が訪れている。今年二月に矢作氏のヒーリングを受けたという未来医療研究会の会員が語る。
「その日は、Aさんの他に四人のヒーラーがいました。料金は三万円。ヒーリングのそれぞれの工程をみんなで分担するんです。途中で矢作さんから頭頂部の手当てを受け、最後はAさんが仕上げる。その時、Aさんから『あなたは○○(有名人の名前)の生まれ変わり。不健康を避けるためには先祖供養が必要です』と言われました。矢作さんは同じ部屋でそれをニコニコしながら見ていました」
 この会員は、先祖供養の料金として追加で十万円を提示された。その日は計八人の“患者”が先祖供養を受けたという。
 前出の矢作氏の知人がさらに続ける。
「がん患者の女性が彼らのサロンに行った時、ヒーリング終了後、やはり『がんを治すには先祖供養が必要』とAさんから言われたというのです。その場で父母の名前を書かされて帰宅すると、翌日Aさんから電話で『遠隔で先祖供養が終わったので十万円を振り込んでください』と。また、未来医療研究会の別の会員は『前世が戦国大名ですよ』と言われ、先祖供養とパワーストーンの購入を薦められたと言っていました」
 サロンの常連には西武ライオンズの菊池雄星投手(23)もいるという。
「雄星くんはAさんに心酔していて、Aさんのレストランに高校時代の野球部の仲間をバイトとして送り込んでいるほど。彼は体調が優れないとAさんのヒーリングを受ける。矢作氏ともAさんの紹介で面識がありますよ。最後に来たのは、今年のキャンプ前ですね」(レストラン関係者)
(西武球団広報は「プライベートなことなのでお答えできない」と回答)
 実はこのサロン、今年に入って警察沙汰を起こしている。前出の矢作氏の知人が声を潜めて言う。
「実は今年三月、Aさんのサロンの施術を受けた人が被害相談のために警察を訪れているんです。『高額な料金を騙し取られた』と。しかし、この警察沙汰の背後で糸を引いていたのは、Aさんのことを良く思っていない未来医療研究会の古参会員のひとりだった。Aさんと同じようなサロンを運営していて、要は客の取り合いだったのです」
 矢作氏は五六年、駐留軍の物資倉庫で働くサラリーマンの父、専業主婦の母との間に産まれた。金沢大学医学部に入学してからは山登りに励み、二度の滑落事故を経験。その時の臨死体験が死生観に影響しているという。大学卒業後は、救急、麻酔、内科のキャリアを積み、九九年、東大工学部教授に転身。医療機器開発に携わり、その二年後、東大病院の救急部門を任されることになる。矢作氏を知る東大教授が話す。

「天皇陛下の主治医ですから」

「救急部・集中治療部の部長と言えば、主要臨床科のトップであり、最高ランクの内科教授などに並ぶポジション。東大病院は血液と糖尿病を扱う第三内科の出身者が多く、彼らが子飼いの人材として部長に推したのが矢作氏です」
 だが、以前から“医学界の宇宙人”と呼ぶべき片鱗を垣間見せていた。
「彼は東大病院の中央棟南三階にある研究室に住んでいる。そこには二~三枚の畳が敷いてあります。いつ見ても青色のスクラブ(医療用ウェア)を着ているし、勉強会では居眠りをしてることが多いので『救急の教授だから二十四時間体制なんだな』と思っていた。ところが、矢作氏の側近に聞くと『あの人は患者なんて診ていませんよ』という。毎日本を書き、読書をしているというんです。ある時、本人が『九・一一テロや東日本大震災は国家の陰謀ですよ』と語っていたこともあった」(同前)
 矢作氏がスピリチュアルに傾斜するきっかけは、母親が肝硬変を患い、〇七年五月に孤独死を遂げたこと。その後、矢作氏は全国の霊能者やヒーラーなどを訪ね歩くようになる。一〇年七月、矢作氏は自転車で転倒し、鎖骨など四カ所を骨折。藁をも掴む想いで頼ったのが「業捨(ごうしゃ)」と言われる“治療法”だった。これはシャツの上から皮膚を爪でひっかき、「業」(悪霊)を出すという手法だ。広島県呉市に住む「業捨」の開祖である谷原弘倫氏が言う。
「もともと矢作との出会いは七~八年前じゃけ。当時すでに東大病院の救急部長。あいつはずっと自分のことを『私は天皇陛下の主治医ですから』と言っていた。そんなことないじゃろ。そういう嘘を吐く男や」
 最後に谷原氏が矢作氏と会ったのは、一三年九月頃のことである。
「矢作が『弟が肝臓がんになった。診てくれませんか』と電話をかけてきた。末期だという。ワシは『末期は絶対無理や』と断ったんや。でも、矢作は『どうしても診てくれ』と広島まで弟を連れてきた。ワシは『あんた診てわからんのか? 医者じゃろうが!』と叱った。亡くなったんはその一カ月後。いま矢作は出入り禁止にしとる」
 四月三日の夜十時半過ぎ、サロンの“患者”が去った後、マンションのエントランスから姿を現した矢作氏を直撃した。
――ここで今日はヒーリングをされていた?
「(目を見開き)ヒーリングじゃなくてね……。(突然、自転車を急発進させて)失礼します! ダメですッ!」
 記者二人の制止を振り切り、唸り声を漏らしながら自転車で官庁街を爆走すること十五分。裁判所前で自転車を停めたところで、ふたたび話しかけた。「私も舐められたものだ」と取材手法について憤っていた矢作氏だが、「逃げも隠れもしないよ」と次第に口を開いた。以下はその後二時間に亘った、一問一答である。
――未来医療研究会とはどのような組織なのか。
「I君という循環器内科の私の教え子が純粋な気持ちで始めたんですよ。私は顧問。でも、私が一回目の研究会に出た時に、ちょっと筋の良くない人もいたんです。つまり、営業行為をしていた。『何でもかんでも人を受け入れるということは危ない』とI君に言ったんですが、彼は私の言うことを聞かなかった」
(I氏は「初期に(問題ある行為を)注意したことがあるが、私も完全に把握できていない。それは確かに問題なのかもしれません」と語った)
――A氏と矢作氏が行っている先祖ヒーリングとはどのようなものなのか。
「普通の治療で治らない時にそういうものを成仏させる。誰にも憑いている守護霊団というのがあるんですが、(記者を見つめて)あなた様方のところにも、こう重なって我々には見えるわけですね。エネルギーを出す力はたぶん私が一番強い。先祖の名前くらい言ってくれれば五秒くらいでアクセスできますよ」
――今年三月、サロンの“患者”が警察に被害相談をしたと聞いている。
「Aさんを良く思わない人から刺客が送られてきた。その時、コミュニケーションの問題と料金設定を改めた。ちゃんと反省をして出直したんです。霊感商法との違いは、同意が得られているかどうか。強制でないことです。いまは適正にやっていますが、以前には誤解される部分があった」
――パワーストーンをなぜ売るのか。
「原価は数千円。作る工賃とか全部乗せて、二万円になっている。そこで儲けようなんて気はない」
――矢作氏自身はお金をもらっているのか。
「もらっていません。Aさんはビジネスといえばビジネスです。先祖供養代は件数によって違う。例えば、四人やれば九万円じゃないかな。(東大病院の)患者でもそれを求めてくる人は稀にいますね」

医師法に抵触する可能性

――Aさんと矢作氏は将来、何をしたいのか?
「クリニックに併設していろいろな診療をやるというふうに考えているんです。私は来年三月で退官なんで、その後正式に動くでしょう。いま私は、この日本に天変地異が起きないようにすることをやっているんです。例えば地震を起こさないとか。地震をなるべく散らすとかね。夜中にやるわけですよ。東日本大震災の頃は、まだ私はかかわっていなかったんで、あれは気の毒なことをしたと思っています。その後やり始めて……。いま、あまり地震起きないでしょ?」
――東大はこうした矢作氏の一面を知っているのか。
「無理です。だって次元が違い過ぎます。例えば目の見えない人に、あの花火綺麗だねって言ったって無理でしょ。言う意味もない」
 矢作氏はAさんと「過去生が一緒だった」と言う。離婚を経て現在独身の矢作氏に再婚しないのかと問うと、寂しげにこう答えた。
「しません。結局、私は殺される可能性があるんですよ。つまり、こういうことをしていれば世界で同じような人とやり取りがあるんです。最後は力関係もあって刺客を送ってくる可能性もあるでしょうね」
 消費者問題に詳しい紀藤正樹弁護士は、次のように警鐘を鳴らす。
「過去生や先祖供養を謳って商品を売っていれば、霊感商法と言えます。かつての『法の華三法行』は足裏診断で詐欺行為に問われましたが、それと外形的には変わらない。医師の免許を利用し、霊感商法に関わっていれば『不正行為』として医師法や歯科医師法に抵触する可能性があり、最大で免許の取消までありうるでしょう。『お金をもらっていない』という理屈は成り立たず、共同正犯か幇助に値します」
 あらためて東大病院に見解を訊くとこう回答した。
「いただいた全ての質問に対してコメントはいたしません。理由を含めコメントいたしません」(東大病院パブリック・リレーションセンター菅原啓一氏)
 その肩書により、オカルト行為に事実上の“お墨付き”を与えている矢作氏。東大はいつまでこのような人物を救急医療の最高責任者に置くつもりなのか。
「週刊文春」2015年4月16日号

 

米倉涼子 離婚決断 原因は夫の「モラハラ罵倒」「首絞め」「5時間正座説教」 「すべてに男の匂いがするから捨てろ!」 全人格を否定し、門限強要 「辛かったですか?」 本誌直撃に「うん」と頷き…

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 4月 9日(木)07時09分28秒
編集済
  米倉涼子 離婚決断 原因は夫の「モラハラ罵倒」「首絞め」「5時間正座説教」 「すべてに男の匂いがするから捨てろ!」 全人格を否定し、門限強要 「辛かったですか?」 本誌直撃に「うん」と頷き…

私、失敗しないので――。主演ドラマの決め台詞に象徴される“強い女”が一目惚れしたのは関西弁の年下夫。だが、入籍直後に結婚生活は破綻していた。女優は離婚を決意し協議に向けて準備に入ったという。知られざる夫婦関係の真相を詳らかにする衝撃スクープ!

〈もう、なんで!? ワケわかんない〉
 大勢の報道陣に車で追い回される中、女優は降って湧いた狂騒に戸惑い、親しい友人にその心中を綴ったメールを送った。
〈米倉涼子 離婚も〉
 三月三十一日、スポニチが一面で大きく報じたスクープ。女優の米倉涼子(39)が二歳年下の会社社長・A氏(37)と別居状態にあり、離婚の可能性も浮上していると書いた。米倉は新居を飛び出し、結婚前に住んでいたマンションに戻っているというのだ。
 米倉といえば、本誌が昨年末(一五年一月一日・八日新年特大号)の記事で、A氏との一年半に及ぶ同棲をスクープ。その発売翌日に入籍したという経緯がある。
 折りしもこの夜、米倉はナゴヤドームでの中日―巨人戦の始球式に登場することになっていた。離婚危機報道を受けたメディアが待ち構える中、米倉はドラゴンズカラーに因んだ青いカーディガンを肩にかけて登場。いつもの弾けるような笑顔を振りまきながらマウンドに上がると、豪快に、やや暴投気味のボールを投げ込んだのだった。
 内心の動揺は露も見せず、いつも通りの“視聴率女王”の貫禄を漂わせ、グランドを去った彼女。だが、報道陣からの問いかけには一切応じなかった。なおもすがろうと米倉の乗るタクシーを追いかける報道陣。その“逃走劇”の最中、彼女は友人にメールを送ったのだった――。
 じつは本誌は、この二週前から、米倉について取材を続けていた。“夫婦関係の真相”を知る関係者に繰り返し聞き取りを重ねていたが、そこで知った事実は、スポニチの報道やそれを受けたワイドショーが「夫婦ゲンカの延長」などとした解説とはまるで様相が異なる。

知られざるサロンでの出会い

〈誠実で温かな人柄は私にとって大きな存在となり、尊敬できる大切なパートナーであることに気付かされました〉
 結婚発表時、文書で夫についてこう紹介した米倉。だが現在、彼女が離婚の決意を固め、それに向けて動き出していることは紛う方なき事実である。入籍からわずか三カ月、ドラマでいうなら1クールの間に、夫婦の間に何が起きたのか。そこには世間のイメージとはまるで逆の、悲痛な“視聴率女王”の姿があった。
 その真相に迫るためには、まず二人の出会いまで時計の針を巻き戻さなければならない。
 二〇一一年の冬のある日、米倉は港区の行きつけのバー「X」を訪ねた。一軒家の造りになっている「X」は、一階は十席足らずのカウンター、二階はテーブル席とその奥にソファ席があり、芸能界や財界の“遊び人”たちが集うサロンのような店だ。米倉の飲み仲間も集っていたという。
 常連客の一人が話す。
「涼子ちゃんとそこのママは大の仲良しで、ママも涼子ちゃんが来たときは、ガードする意味もあって、行儀の良いおじさん客を彼女の話し相手として、傍に座らせていました」
 しかしその夜、米倉の目に留まったのは、カウンターの端に座る、見慣れぬ若い男だった。ソフトな関西訛りの甘い声でママと話す男に、米倉の視線は釘付けになっていた。この人物こそがA氏だった。
「彼女の目がハートになっているのがすぐにわかりました(笑)。Aさんは身長百八十センチのイケメンで、喋りも面白い。いつの間にか彼女は彼の近くに席を移って話しかけていたんです。Aさんは引越しを計画していたようで、候補の物件の間取り図を広げていたんですが、横から彼女が『あ、こっちのほうがいいんじゃない?』なんて言って、チョッカイを出していました」(同前)
 誰もが知るトップ女優から突然声をかけられたA氏。だが、彼は全く舞い上がる素振りも見せず、それどころか素気ない態度でやり過ごしたという。
「普通、本物の女優が目の前に来たら、『エッ!』て顔をすると思うんだけど、彼は全然動じなかった。『いや、これ僕のマンションだから僕が好きに決めます』って。この冷たさに彼女は惚れてしまった。彼女はテレビのイメージでは捌(さば)けた性格で“女王様”みたいに見えるかも知れないけど、実際はむしろ『M』気質。みんながちやほやする中で『放っといてください、興味ない』みたいな態度を取られて、かえって興味を持ってしまったようです。冷たくされても、『私、こういうの見るの好きだから』とかって話しかけていましたよ」(同前)
 その頃の米倉はスペシャルドラマの撮影と同時に、念願のブロードウェイでの「CHICAGO」公演に向けて、歌とダンスのレッスンに大忙しの時期だった。この「X」での出会いをきっかけに、二人は顔を合わせるようになり、その距離を急速に縮めていったのだ。
 だが、そんな中でもA氏は周囲の人間にこう宣(のたま)っていたという。
「いや、僕全然、女優やモデルに興味ないですから」
 A氏は芸能界とは無縁の一般男性。以前はリクルートの営業マンだったが、三年前に独立。A氏を知るリクルート社員が説明する。
「彼は地元の大阪採用でリクルートに契約社員として入社しました。フリーマガジン『HOT PEPPER』の広告営業ですぐにトップ営業マンになり、正社員登用されたのちも出世してましたが、一二年夏に会社を興して独立。彼の会社は現在も『HOT PEPPER』などリクルートの広告営業を請け負っており、昨年度は年商二億円まで成長しています」
 A氏が独立する頃、米倉は「CHICAGO」のブロードウェイ公演を成功させ、赤坂ACTシアターでの凱旋公演を控えていた。「女性セブン」(一二年九月六日号)では、この頃、二人が深夜にバーから身を寄せ合いながら出てきて、指を絡めて手を繋いだまま歩く写真が掲載されている。

「洗脳だった」と話した米倉

 米倉の友人・Y氏が話す。
「九月には俳優仲間や親しい友人たちとイタリアンで、涼子のひと月遅れの誕生会を開きました。Aさんは遅れて二次会から参加して、涼子にプレゼントを渡していました。みんなの前ではそんな素振りをみせていませんでしたが、その頃には二人は付き合い始めていたようでした」
 直後の十月には、米倉の代表作となる主演ドラマ「ドクターX」(テレビ朝日系)がスタート。米倉演じる天才外科医の決め台詞「私、失敗しないので」は流行語となり、彼女は“視聴率女王”の称号を手にすることになる。
 まさに名実ともにトップ女優となったこの頃に、A氏との交際は続いていたのだ。一三年の初夏にはA氏は米倉の自宅で同棲を開始。港区の高級住宅街にある百四十平米のマンションだ。
「会社を興して間もないAさんから『お金がない』と相談された彼女は、『じゃあ私の部屋に一緒に住めばいい。それで浮いたお金を事業に使って』と、彼を支えることにしたのです」(米倉の友人・Z氏)
 独立した当時のA氏について、リクルート関係者はこう振り返る。
「独立した頃、『何か収入源はあるの?』と聞いたら、『何もないっす』って言ってました。『貯金は七、八百万円くらい』って言ってたけど、妙に落ち着いていましたね」
 同棲期間は一年半。二人は昨年末に入籍を果たすと、今年に入り、渋谷区の超高級賃貸マンションへと引っ越した。最上階にある二人の部屋は3LDK。広さ約二百平米、家賃は月額百三十五万円という豪華すぎる新居である。
「米倉さんは今年は仕事をセーブする方針で、連ドラの予定は今のところ入っていません。おそらく“子作り休暇”という意味もあるのでしょう。彼女も高齢出産の年齢ですから、夫婦の生活を最優先すると聞いています」(民放関係者)
 今年八月一日には四十歳の誕生日を迎える米倉。今頃は穏やかな新婚生活を送っているはずだった。
 そんな米倉が久しぶりに前述のバー「X」を訪ねたのは、二月半ばのことだ。
「最初は大人しかったんです。それが途中から馴染みの常連客の会話に割って入ってきて。何かあったんだなと思っていたら、少しずつ、泣きながら驚くようなことを喋り始めたんです」(前出・Y氏)
 米倉が語り出したのは、A氏による人格否定、いわゆるモラルハラスメントによる、結婚生活のあまりにも早い破綻だった。話は新居への引越しでの出来事から始まった。
「二月に新居に引っ越すとき、Aさんが引越し業者を頼んだのだけれど、ケチったのか、見積にあたって、荷物の多さを実際よりもうんと少なく伝えてしまったようなんです。当日来た業者は『聞いていた量と違うし、これでは今日中の引越しは無理です』となった。
 そうしたら彼はみるみる不機嫌になって業者のせいにしようとして食って掛かった。業者は『米倉涼子だ』って気付いているわけですから、彼女もさすがに体裁が悪いと思ったようで、なんとかその場を収めようと、『別の日に仕切り直したほうがいいんじゃない?』と言ったら、今度は彼の怒りが彼女に向いて、『お前さぁ、その態度はねえだろう!』って業者にも聞こえるような大きな声で怒り始めた。奥の部屋にバタンって入って、なるべく業者に聞かれないようにしてたんだけど、『荷物なんか最小限でいいだろう、お前!』『このコップも誰が使ったかわからない。あるものすべてに男の匂いがするから捨てろ!』と怒鳴り散らされたそうです。彼としては涼子の持ち物を根こそぎ捨てて欲しかったようなんですが、酷すぎますよ」(同前)
 ドラマで男たちをやり込める姿と違い、素の米倉はとても気弱で、神経の細やかな女性なのだという。
「もともと彼女は何か言われたら、『ごめんなさい』と跪(ひざまず)いてしまうタイプ。年齢も収入も彼女のほうが上なのに、二人の関係ではAさんが断然上なんです。Aさんは口が物凄くうまい。弁の立つ彼にワーッと言われると、彼女はジワッと涙を浮かべるだけで何も言い返せないんです。
 実は二人が付き合い始めてから、彼女はそれまでの友人と急に距離を取り始めたんです。それはAさんが、『お前の友達は常識がない』と悪し様に言い、付き合わないように仕向けていたからだそうです。自分の言うことしか聞かせないようにしていた。彼女自身も『洗脳だった』と話していた」(前出・Z氏)
 同棲を始めてから、A氏の支配はさらにエスカレートしたという。

「夫婦になれば」が裏目に

「彼は何でも否定から入るのだそうです。あるときは、彼がソファに胡座(あぐら)をかいて、彼女は床に正座させられて一晩中、五時間も説教をされるということもあったと聞きました。『お前が今まで付き合ってきた男に興味はないけどさ。お前は常識を知らない。付き合ってる人間も普通じゃない。そういう世界に生きてきたから変なんだ』と。そして『着てる服も変だ』『髪型も変だ』『爪も変だ』『バッグも靴も全部変だ』と、彼女の全てを否定し続けたのだそうです」(同前)
 さらにA氏は米倉に門限を強要した。
「Aさんは『かならず深夜○時までに帰って来い』と命じたそうです。彼女は言われたことは守ろうとする人なので、『○時前には帰るからね』と一生懸命守っていた。それでも、少しでも彼女が酔っていたりすると、バーで出会ったにもかかわらず『女がそんな時間までベロンベロンになって、お前はアル中か。飲まずにいられないのか』と激怒するそうです。以来、仕事仲間との飲み会でも、門限の時間が近づくと、彼女は『醒まさなきゃ』と言って、けなげにノンアルコールの飲み物を一生懸命飲んでましたよ。
 彼のほうは接待と称して、毎晩のようにキャバクラをハシゴして飲み歩いていたそうですが」(同前)
 時には耐え切れなくなった米倉が毅然と「出て行ってください」と切り出すこともあったというが、そんなとき、A氏は態度を一変させるのだという。
「『僕は心を入れ替えて、これからは君をとっても大事にします』と平謝りするそうです。飴と鞭の繰り返しですね。彼女は言われると信じやすい。そして裏切られる、の繰り返し。結婚にあたっても『今までみたいなことは繰り返しません』と彼に約束させたと聞きました。彼女はその約束を真に受けたんです」(同前)
 入籍の半年前にはこんな出来事もあった。
「二人はすでに結婚を意識していた頃でした。彼の地元の大阪で、友人や後輩たちと飲むことがあったそうですが、取るに足らないことで、彼女の振る舞いが気に入らないと、みんなの前で怒鳴り散らしたんです。居合わせた後輩たちは、米倉涼子を相手に威厳を見せて『先輩カッコイイ!』みたいな空気だったようですが、彼女は『もう無理!』となって、トイレにこもって泣いていたそうです」(共通の知人・W氏)
 こうした公衆の面前でのモラハラ罵倒は入籍後は日常的になったという。
「仕事の関係先で『この女がアホなんで』と紹介されることもあったそうです」(同前)
 なぜボロボロになりながらも結婚に踏み切ったのか。その理由について、米倉はこう語ったという。
「『二人の関係が不安定だから、彼も不安定なのかもしれない。夫婦になって、私がいい奥さんになれば彼も変わってくれるかもしれないと思った』と言ってました。私が思わず、『籍を入れる前に相談しなさいよ!』と言ったら、『それは言わないでぇ』と泣いていました」(前出・Y氏)
 本人も薄々「博打だ」と気付いていた入籍だったが、完全に裏目に出てしまった。入籍からわずか五日後の大晦日。友人たちと参加した、都内クラブでのカウントダウンパーティで“事件”は起きた。
 パーティ参加者の証言。
「六本木のクラブ『ColoR. TOKYO NIGHT CAFE』のVIPスペースでした。と言っても、ロープで仕切られただけのオープンフロアで、一般の人達もいましたが、そこに米倉さんがいたので、やはり注目を集めていました。そばには新婚ホヤホヤの旦那さんもいました。それが、途中で酔った旦那さんが、何かの拍子に怒って、飾り付けのバルーンで彼女の頭を叩き出したんです。ふざけてじゃれ合っているだけだと思ったのですが、そのうち旦那さんが米倉さんの首を絞め出した。しかも、ひとりで怒って最後はどこかへ行ってしまったんです。大事には至らなかったそうですが、周囲は唖然としていましたよ」

リフォームで彼の痕跡を消す

 結局、新居ではほとんど暮らすことなく、米倉はそこを飛び出し、二月の途中からは都内のホテルに滞在している。一方のA氏は、大阪でのプロジェクトを立ち上げるため、現在は主に北新地の高級マンスリーマンションを居としている。本誌取材班は三月からA氏の行動を確認していたが、昼は仕事、夜は北新地の高級ラウンジやキャバクラをハシゴするという毎日。夫婦に接点らしきものは見当たらなかった。
「涼子はすでに離婚を決意していて、弁護士を通じて話し合いを始めようとしています」(前出・Y氏)

 四月五日の昼過ぎ。大阪取材班は仕事先を出て定食屋に入るA氏を直撃した。
――離婚協議を進めているのは本当ですか?
「何も言わないです」
――モラルハラスメントをしているのは事実ですか?
「………」
 睨むように目を見開くA氏。
――罵倒するなど……。
「しつこい。しつこい!」
――米倉さんの首を絞めたという事実は。
「へぇ~。どこからそんな話が?」
 モラルハラスメントについては否定せず、食券を買うと店の中に入ってしまった。質問状と名刺を渡そうとするが、頑なに受け取ろうとしない。店から出てきたところに再び声をかけた。
――いまは北新地で飲み歩いているようですが。
「金持って遊んでて何が悪いん?」
――今でも米倉さんを愛していらっしゃいますか?
「………」
 その問いかけには答えなかったA氏だが、直後、仕事先の建物の中からは、言葉にならないA氏の叫び声が聞こえてきた。

 同日同時刻、東京取材班は米倉を直撃した。滞在先のホテルからタクシーを拾った彼女は表参道のショップに入ると買い物袋を左肩に提げて店を出てきた。黒のキャスケットを被り、眼鏡とマスクを着けた彼女に周囲が気づく様子はない。
――週刊文春です。
「(肩をビクリとさせ)うわ、ビックリした」
――マンションを二月に出られて別居していることで間違いないですよね?
「うーん……」
――現在は○○○○ホテルに住まわれている?
「え!(ドキッとした様子で記者を見る)」
――離婚の決意を固めたということですよね?
「ちょっと今はお話しできません」
 足を止めず、通りを突き進む米倉。首絞め事件や、五時間正座説教、モラハラ罵倒について質問すると、その度に苦しそうに「うーん」と唸るが、否定しない。
「うーん、何て答えていいかわからない」
 だが次の瞬間、彼女の本音が垣間見えた。
――辛かったですか?
「(頷いて)……うん」
――そうですよね。
「(事務所に)怒られちゃうんで」
――もうAさんには愛情がないんでしょうか。
「……うん」
 頷く米倉。少し笑いながら彼女はタクシーを止めて走り去った。
 米倉の所属事務所オスカープロモーションには、彼女の離婚の決意を含めて、取材で判明した事実について詳細に問い合わせたが、電話で「何も答えられません」と話すのみだった。
「彼女が結婚前に住んでいたマンションは、今、業者に改装をさせています。彼の痕跡を全て消し去りたいのだそうです。リフォームが終わり次第、戻る予定です」(前出・Z氏)
 米倉は、夫のモラハラや暴力・暴言を周囲に相談できなかったことについて、「だって怖かったんだもん」と涙ながらに話していたが、最近は吹っ切れたように「やっと洗脳が解けた」と明かしているという。
 これから本格的な離婚協議が始まる。

「週刊文春」2015年4月16日号



 

横浜市、退職金返還請求も 児童ポルノ容疑の元中学校長

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 4月 9日(木)06時51分4秒
  横浜市、退職金返還請求も 児童ポルノ容疑の元中学校長
朝日新聞デジタル 4月8日 23時14分配信

 フィリピンで買春した少女の写真を撮影したとして、横浜市立中学校の元校長が8日、児童買春・児童ポルノ禁止法違反(児童ポルノの製造)容疑で逮捕された。

 横浜市教委は、高島雄平容疑者(64)の在職中の犯罪などが確認できれば、退職金の返還請求手続きを進めるという。魚屋義信・教職員人事部長は「校長という責任職の行為で、極めて遺憾。申し訳ない」と陳謝した。

 市教委によると、高島容疑者が海外の日本人学校に勤務したのは、自ら志望したためだったという。専門は理科。帰国後、3校で副校長、1校で校長を務めており、2011年の定年時には約3千万円の退職金を受け取っていた。その後も再任用で1年間教諭をし、今年3月までは公益財団法人・市教育文化研究所の研究員。教育冊子の編集長もしていたという。

 処分歴はなかったが、多数回にわたるフィリピン渡航を市教委は把握していなかった。今後、他の教職員にも不審な渡航がないか調べる。林文子市長は会見で「事実であれば本当に申し訳ない。職員が女性を差別する行為をし、人間として許せない。人権教育をやり直さないといけない」と話した。
 

「36億円返せ」ヨドバシカメラが桑名市組合と大バトル中!

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 4月 8日(水)18時29分45秒
編集済
  「36億円返せ」ヨドバシカメラが桑名市組合と大バトル中!
FRIDAY

悲願の大物流センター用に購入した土地で「地盤不良」が発覚

「ヨドバシは桑名市に巨大な物流センターをつくり、通販最大手のアマゾンに、物流力で勝負をかけたいという野望を抱いていましたが、思わぬ形でストップがかかってしまいました」(経済誌流通担当記者)

 家電量販店大手のヨドバシカメラ(東京・新宿区)が、三重・桑名市の土地区画整理組合を相手に巨額訴訟を起こしている。’13年3月、ヨドバシは物流センターの建設用地として、地権者の集まりである「多度力尾(たどちからお)土地区画整理組合」と約18.5万㎡の土地の売買契約を締結。36億円を支払ったが、その後の調査でこの土地は地盤が脆く、基礎に杭を打つなどの地盤改良工事が不可欠であることが判明。説明不足だと憤るヨドバシに対し、「基礎が弱いことは初めから伝えていた」と組合側が反論し、とうとう今年3月10日、ヨドバシが津地裁四日市支部に契約無効と36億円の土地代返還を求めて提訴したのだ。

 地方紙司法担当記者が解説する。

「基礎杭などの地盤改良工事を行うと、追加のコストは最低でも26億円に上るそうです。ヨドバシ側の訴状によると、契約の半年前に行われた現地視察の時、『現在、対象の土地は山林になっているが地盤は固い』と組合側に説明されたと主張しています。しかし、契約後にボーリング調査をしたらレンガ片やアスファルト片がボロボロ出てきて、地盤も弱く、とてもそのまま使える土地ではないことが判明。組合側に問いただすと、『伊勢湾台風で決壊した河川の護岸工事のため、あの土地から土砂を採掘したことがあった』『切り出した部分は、建設残土で埋め戻した』と過去の由来を説明。その場で説明不足を詫びたと主張しています」

 しかし、組合側の言い分は真っ向から食い違う。

「そもそも現地視察に組合関係者は立ち会っていないし、土地の経歴を説明した事実もないとしています。ヨドバシは『できるだけ広い土地で、活断層がなければよい』とだけリクエストしていたので、あそこの土地に基礎杭を打ち込まなければならないことは、織り込み済みだったという主張です」(前出・司法担当記者)

打倒アマゾンの拠点が消えた

 ヨドバシの内部事情に詳しい経済ジャーナリストは、次のように明かす。

「あの土地は’09年から『テックベース桑名』の名称で造成されていましたが、一番乗りで飛び込み、敷地の半分近くを買ったのがヨドバシでした。’17年に完成予定の名古屋駅北口の駅ビルに大規模店を出すため、東名阪高速道路の桑名ICからクルマで10分かからないこの土地は当初、最適に見えたのでしょう。しかし、契約前に地盤の問題を把握していなかったのは拙速だった。ヨドバシは’11年に札幌駅前の大規模店出店計画を見直したこともあり、同じ失敗を繰り返しているように見える」

 ヨドバシはなぜ契約を急(せ)いたのか。

「ヨドバシは家電大手の中で、最も『注文当日配送』に力を入れている会社です。川崎、神戸に持つ物流センターのほぼ中間に位置するのが桑名であり、ここをカバーすれば、『注文当日配送』のエリアを大きく拡げられる見通しがあった。また、海外から多くの家電が輸入されてくる名古屋港にも近い。ヨドバシは、通販サイト最大手の『アマゾン』の物流力に対抗しようとして、この土地に飛びついたのではないか」(物流ジャーナリスト・森田富士夫氏)

 ヨドバシは家電だけでなく、ペット用品や飲料、工具や日用雑貨など、ネット通販で扱う品物を約500万点にまで拡大している。しかも全品送料無料だ。ネット通販の売上高は、推定年間600億円で家電量販店でトップ。最大手ビックカメラの約350億円を大きく上回る。一方、家電も扱うネット通販最大手のアマゾンは国内最大級の小田原物流センターをはじめ、全国11ヵ所に物流拠点を据え、首都圏を、「当日配送」のエリアに入れており、家電量販店の顧客を奪っている。

 激化するネット販売→当日配送の物流競争では1位か、少なくとも2位にならないと生き残りさえ難しい。ヨドバシは訴訟のかたわら、中部地方の物流拠点の代替地を、懸命に探しているという。



 

 

徹底解剖「原発を止める男」小泉進次郎の血脈、決意、戦略

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 4月 5日(日)06時39分54秒
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  徹底解剖「原発を止める男」小泉進次郎の血脈、決意、戦略




2月28日、進次郎氏はNHKの朝ドラ「あまちゃん」の舞台となったことで知られる岩手県立種市高校を訪問。体育館では翌日に卒業式を控えた全校生徒が待っており、ピースで記念撮影を行った

「『いつもお世話になっています』と丁寧に挨拶していったのには驚きました。秘書が代理で挨拶に来るケースはありますが、議員が来るのは稀です」

 1月中旬、自民党本部9階で開かれた、党職員による新年会。裏方の職員だけのこの会に、小泉進次郎(33)がフラリとやってきた。同党幹部職員はその姿を目にして、舌を巻いたという。

「来たのはちょうど開始1時間前。それより遅いと迷惑で、早いと誰もいない。絶妙のタイミングでした。あそこまでやれる二世議員は見たことがない」

 当選3期目の進次郎は今、内閣府大臣政務官と復興大臣政務官を兼務する。「メディア受けするだけで、政治的な実績がない」と言われてきた彼に、変化の兆しが現れていると、多くの関係者が指摘する。その一つが、「ふたば未来学園」だ。

 4月8日、福島県双葉郡広野町に中高一貫校の福島県立ふたば未来学園が開校する。この学校は進次郎が構想段階から主導的にかかわり、自ら講師も務める予定だ。進次郎肝いりの事業が、次々にスタートする。

「今年度から、国家公務員や民間シンクタンクなどの人材を各自治体に副市長として派遣する制度が開始されますが、これは進次郎の発案。また地元を通る有料道路『横浜横須賀道路』の料金が来年4月から値下げされるが、彼が菅義偉官房長官に働きかけた」(全国紙政治部記者)

「客寄せパンダ」を卒業し、大人の政治家へ変貌しつつあるようだ。

「最近、進次郎は『地元の陳情をこなす秘書はどうやって育てればいいのか』と知人に相談もしています。地元の横須賀や三浦からの陳情を、十分にこなせる事務所の体制づくりを考えているんです」(ノンフィクションライター・常井健一氏)

 自らの政治的主張も、語り始めた。昨年夏には福島県会津若松市で講演し、安倍政権の原発再稼働について、

「はたしてもう一度、同じような事故を起こさないと自信を持って言えるか」

「本当にあの事故から学んでいるかと思うことがいっぱいある」

 と疑問を呈した。党内に強力な統制を効かせる安倍政権を公然と批判できる自民党議員はごくわずかだ。

 政治家・進次郎は、その知名度のわりに人物像が知られていない。

 進次郎は小学校から大学まで関東学院で過ごした野球少年で、高校時代は神奈川大会ベスト8まで進んだ。

「高校時代は野球部の練習に明け暮れて、授業中は体力を回復させるという毎日。家庭教師をつけていたが、得意の英語以外はなんとか赤点を免れるレベルでした。野球部のマネージャーと3年間交際していましたし、勉強するヒマはなかったでしょうね」(高校の同級生)

 大学では野球部に所属せず、しかも卒業後はしばらく定職に就かず、家でブラブラしていた。政治を志すきっかけは、名門・コロンビア大学の芸術科学大学院政治学科に留学したことだ。

「授業後は図書館に直行。英語は上手かった。発音はともかく、英語でも日本語を話すのと変わらない雰囲気や間で言いたいことを伝える力がある。米国の難関大学院を卒業できたのだから、地頭はいいんでしょう」(大学院の同級生)

 卒業後は米国の大手シンクタンク、戦略国際問題研究所に勤務。全文英語で『米印原子力協定で試される積極外交』などの日米外交関連の論文を書いている。

 劣等生だった彼がわずか3年後に英語論文を書き上げているのは驚きだ。

 帰国後、父親の私設秘書を経て、’09年の総選挙で28歳にして初当選。次世代のリーダー候補として注目を浴びている。

 2月下旬、進次郎の岩手県視察に本誌は同行取材した。進次郎は新幹線の車内でもスキがない。シートで足を組みながら、新聞各紙を余念なくチェック。

 県立高校の生徒7名との意見交換会では、「今度、県庁に勤めるんだよね」と話しかけて相手の緊張を解く。事前に生徒のプロフィールを完全に把握していた。

 冬の市場を訪れると、次々サインを書いて、「(色紙は)なんぼになるべや?」「鑑定団に出してもダメだよ」と丁々発止のやりとり。高齢の女性との記念撮影ではさりげなく腰に手を回す。もちろん相手が若い女性のときは決してしない。

 その一方でプライベートは徹底して秘密主義だ。進次郎の携帯番号を知っている議員や党職員はほとんどおらず、酒席をともにする者もごくわずか。進次郎の国会事務所はFAX番号もメールアドレスも公開せず、マスコミからのいかなる問い合わせも受け付けていない。

 進次郎が会うのは、政界とかかわりのない文化人ばかりだ。

 グロービス経営大学院学長の堀義人と元民主党参議院議員・慶應大学教授の松井孝治をハブとして、ベンチャー企業やNPO団体の代表、若手文化人や学者ら(下図参照)。彼らが進次郎の私生活をマスコミに話すこともほとんどない。

 そういった会合を通じてハーフの美人ヘアメイクアップアーティストと親しくなり、シティホテルや赤坂の議員宿舎で密会したという情報もある。本誌は3月中旬、進次郎に直撃し、ハーフ美女との密会について問い質した。いつもはよどみなく話す進次郎だが、このときは、

「いろんな方と、僕は個別にお会いすることはあります」

 とだけ答えて質問を打ち切った。

 進次郎には二面性があるようだ。愛想よくふるまう政治家としての顔と、決して明かさない謎だらけのプライベート。二つの顔を使い分けることで、日本中から視線を浴びる重圧を避け、バランスをとっているのかもしれない。

進次郎首相の基本政策

 安倍晋三首相(60)も進次郎には一目置いている。

「地方行脚を買って出ている進次郎について、『やりたいようにやらせておけばいい。下手に政局に口出しされたら、世論はぜんぶ進次郎に持っていかれる』と嘆息していた」(自民党閣僚経験者)

 政界の重鎮も、進次郎を高く評価する。

「石破茂・地方創生相は『(進次郎を)いつか総理にしたい』と公言し、大島理森・衆院予算委員長も後見人の一人で、よく電話で話している。大島は復興加速化本部長を兼務していますから、『あの事業の予算を増やしていただけませんか』と進次郎が頼むと、『よし、わかった』で、コトが運んでいきます」(自民党職員)

 ジャーナリスト・鈴木哲夫氏は言う。

「全国各地の青年党員も支持層です。彼らはみな進次郎のファンであると同時に各県連の幹部候補生。おそらく進次郎が総裁選に出る頃には各県連の幹事長などの要職を担う。地方票は『小泉進次郎』でまとまることになるわけです」

 すでに、「進次郎首相」へのレールは敷かれていると言ってよさそうだ。目指すのは単なる総理ではない。新しい価値観を実現するリーダーだ。

「最近、彼が興味を持っている一つが日本の軽自動車。『制約の中で快適な空間を作る、あれこそ日本のイノベーションだ』と絶賛しています。彼が目指す日本社会の未来像なのでしょう。高齢化と人口減少、財政赤字を抱えるなかで、どう心地いい暮らしを実現させていくかを考えている」(前出・常井氏)

 恐らく、そのための大きな一歩が原発の「永久完全廃止」なのだろう。

 進次郎はサインを求められると「有志有道」と書く。「意志あるところに道はあるということ」と説明する進次郎に、本誌が「その道はどこに続くのか」と尋ねると、沈思した後、こう答えた。

「前へ、前へ」



 

古賀茂明 あの日の 『報ステ』の裏側楽屋の録音全部話します

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 4月 3日(金)08時34分17秒
編集済
  古賀茂明 あの日の 『報ステ』の裏側楽屋の録音全部話します

放送前、CMの間、番組終了後。
テレ朝幹部、スタッフ、古舘さん、私。
工作、圧力、抗議、激論…

『犬死にだ』という意見もあるが自分が変わってしまうことのほうが私は恐ろしい

 それは突然の"クーデター"だった。

 3月27日、『報道ステーション』放送中にゲストコメンテーターで元経産官僚の古賀茂明氏(59)が突如、「テレビ朝日の早河(洋)会長、『古舘プロジェクト』の佐藤(孝)会長のご意向で、今日が最後(の出演)になりました」と発言。

「番組内で安倍政権批判をしたことで菅義偉官房長官らから猛烈にバッシングされた」と続けて、今回の降板が「官邸の圧力」によるものだと匂わせた。

 たまらず古舘伊知郎キャスター(60)が「いまのお話は承服できません」「降ろされるというのは違う」と反論。生放送のスタジオでキャスターとコメンテーターが口論するという、前代未聞の事態になったのである。なかでも注目を集めたのが、古賀氏の次の発言だ。

「古舘さん、言われましたよね。私がこういうふうになるということについて、『自分は何もできなかった。本当に申しわけない』と」

「録音させていただきましたので、そういうふうに言われるのであれば、全部出させていただきますが」

 番組ではそれ以上語られなかったが、いったい何を「録音」したというのか。

 古賀氏によれば、古舘氏は「テレ朝が彼どころか報ステの大黒柱であるキーパーソン二人を追放しようと動いているのを察知しながら、何の抵抗もしなかった」と言うのである。

「3月上旬、古舘さんは僕の楽屋に来て『自分は何もしなかった』と謝罪しました。『Mプロデューサーと恵村順一郎さんが降板することに気づいても、わざと知らないふりをした』と打ち明けたうえで、『たいへん、申しわけない』と、ひたすら頭を下げたのです」

恵村氏を名指しで批判

 報ステは川内(せんだい)原発(鹿児島)の危険性など、安倍政権を批判するニュースも取り扱っている。だから官邸の圧力などない。番組内で古舘氏はそう反論したが、「彼の功績ではまったくない。VTRを作っていたのは、今回更迭されたMプロデューサーだったのですから」(古賀氏)

 古賀氏が「やり手」と評価する女性チーフプロデューサーのM氏は、報ステの前身『ニュースステーション』時代からディレクターを務めてきた40代の古株。

 どのニュースを取り上げるか選定するのが彼女の役目だ。官邸や役所のクラブに所属する政治部や経済部記者からの「あまり厳しく批判するとニュースをもらえなくなる」との横ヤリを一蹴し、

「官邸から抗議が来れば真正面から反論。局の幹部から圧力をかけられれば自ら矢面に立った。権力監視の役割を果たしてきた報道ステーションの屋台骨のような存在でした。彼女の代わりを務められる人材はいない」(テレ朝関係者)。

 かつて政治部長に昇進するチャンスがあったが「報ステのほうが影響力の大きな仕事ができる」と断ったというM氏は今回、経済部長になるという……。

 一方、朝日新聞の論説委員でレギュラーコメンテーターだった恵村氏も「物腰は柔らかいが圧力をモノともせず、信念を貫く人」と古賀氏は評価する。

「テレ朝の放送番組審議会議事録(’14年10月9日)を見ると、『旧日本軍の管理の下で、自由を奪われて人権や尊厳を踏みにじられた女性がいたことは確か』という恵村さんの報ステでの発言などが、『ひどすぎる』『台無しにした』と見城徹委員長から名指しで批判されていた。安倍政権に盾突いた古賀、M氏、恵村の3名が同時に降板&異動。こんな偶然、あり得ますか?」(前出・関係者)

 古賀氏が言葉を継ぐ。

「僕は月に一回しか出ないコメンテーター。いようがいまいが、大勢に影響ない。ただ、Mプロデューサーと恵村さんは違う。ヒット映画にたとえれば、主演のアイドル(古舘氏)だけ残して、監督や脚本家をクビにするようなもの」

 古舘氏も今回の"人事異動"がお家の一大事だとわかっていたからこそ、抵抗できなかったことを楽屋まで詫びに来た。

 古賀氏はそう見ていたのだが――スタジオでは態度を一変。食ってかかってきた。そしてそれは、番組幹部も同様だったと古賀氏が振り返る。

 たとえば「早河会長と佐藤会長の意向で番組に出られなくなる」とコメントをした直後。CMに入るや、若林邦彦統括プロデューサーが「打ち合わせにないことを言わないで下さい」とクレームを付けてきたという。

「僕は顔と名前を出してコメントをしている。あなたは顔も名前も出さず、裏で圧力をかければいいと思っているのでしょう? そんなことでは済まないよ――そう反論しました。そのうえで、『打ち合わせにないことを話してはダメだと若林プロデューサーが言うので、打ち合わせで話したことしか話せなくなってしまいました』と番組で話しますよ、と迫ると、『それはやめてくれ』と言う。だから『僕は勝手に話します』と通告したのです」

 こういう経緯を経て、古賀氏はCM明けに手製の『I am not ABE』フリップを持ち出しての安倍政権批判に踏み切ったのだ。さらに「プロデューサーも更迭される」という爆弾発言が続く。

 そして再びCMに入ると、今度は古舘氏がクレームを付けてきたという。

「視聴者は何のことかわからない」

 古賀氏は「わからない人もいるかもしれないが、わかる人もいる」と反論した。

「番組の最後に、為替のニュースを流しますよね。その前にCMがあるのですが、その間に番組スタッフが古舘さんのところにメモを持ってきた。要は『これを読め』ということ。番組の途中だと、また論争になってしまうため、終了直前に古舘さんにメモを読み上げさせたのです」

「ひどいじゃないですか」

 番組が終わるとM氏の後任、Sプロデューサーが難癖をつけてきたが、古賀氏は「何がいけないんですか」と取り合わなかった。メイクを落とし、自宅に帰ろうとすると、今度は篠塚浩報道局長が数名の社員を引き連れて現れた。

「何であんなことを言うのか」「Mプロデューサーは更迭ではない」――。

「ポーズでも抗議しないと『なぜ言わせっ放しにしたんだ』と早河会長に怒られるからでしょう。楽屋ではなく、わざわざ人がたくさんいる廊下で、周囲に聞こえるように僕を非難した。エレベーターに乗ってもワーワーと言ってきた」

 だが、古賀氏が「圧力に屈して政権監視・批判番組を作らなくなるのは報道機関の役割の放棄に当たる」「こっちは、全部わかっている」と反論すると、「彼らは何も言えなくなりました」。

懐柔されるメディア、有識者

 テレビ朝日広報部はこう回答した。

「古賀氏がニュースとは関係のないご意見の表明や、事実に基づかないコメントをされたことについて、極めて遺憾に思っております。古賀氏に対しては、放送終了後、報道局長や番組幹部が口頭で厳重抗議しました」

 同広報部によれば4月以降、古賀氏の出演予定はないが「降板」ではなく、M氏の「更迭」は春の改編期に合わせた定期の異動なのだという。

 一方、官邸も即座に反応。菅官房長官は3月30日の記者会見で「まったくの事実無根」「公共の電波を使った行為であり、極めて不適切」と不快感を隠さず、「放送法という法律がありますので、テレビ局がどのような対応をされるのか見守りたい」と放送免許取り消しをチラつかせて"恫喝"したのだった。

 古賀氏は「何をもって事実無根と言っているのか」と一歩も退くつもりはない。

「放送法で対応をするようにと言っているようなもので、これこそテレビ朝日への圧力です。菅長官が『放送法』を口にしたのは、この日が初めてではない。2月のオフレコ会見で菅さんは『俺だったら放送法違反だと言ってやるのになあ』というようなことを言っているのです」

 テレビ番組で発言するということの重みと責任がわかっていない。発言する機会を失ってしまったら終わり。そんな批判があることも、重々承知している。

「しかし、それを言いわけにして、誰も言うべきことを言わなくなると、本当に正しいことが伝えられなくなる。『犬死にだ』という意見もあるかも知れないが、自分が変わってしまうことのほうが恐ろしい。もし、今回の発言がなければ、日本で起きているマスコミの機能停止について、議論さえされなくなったでしょう。私に対するバッシングを見れば、権力に懐柔されているテレビ局、雑誌社、有識者が誰か簡単にわかります。議論が起きたことだけでも大きな意味がある。私は今後も言うべきことは絶対に言い続けます。これは信念、生き方の問題です」

 古賀氏があけた風穴は小さいかもしれないが、淀んだ空気を動かすキッカケとなった。それがこの騒動の本質だ。


 

田原俊彦 28歳年下の女優と密会びんびん物語

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 4月 3日(金)08時28分6秒
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  田原俊彦 28歳年下の女優と密会びんびん物語

 バラエティ番組での制御不能なキャラで、再ブレイク、大人気の田原俊彦(54)に「不倫疑惑」が発覚した。トシちゃんと28歳年下の女優との親密すぎる2ショット写真をフライデーが報じているのだ。

 3月のある夜は、トシちゃんの愛車ゲレンデヴァーゲンで、西麻布→原宿→三軒茶屋と深夜2時過ぎまでデート。最後は彼女のマンションの数百メートル手前まで送り届けると、彼女をタクシーに乗せて家へ帰す。

 別の日は、お台場の『東京ベイコート倶楽部ホテル&スパリゾート』で密会、昨年の秋ごろから、彼女の自宅マンションに通うトシちゃんの姿を、フライデーは頻繁に目撃しているのである……。

 トシちゃんが密会を重ねるこの女優の名は、吉田恵智華(26)。映画や舞台を中心に活動している無名の存在だが、ライフスタイルは大物芸能人そのもの。ビッグな男がパトロンであれば、何の不思議もない。

 フライデーが見る限り、田原家自体は、円満のようだ。彼女乗せた愛車に、愛妻や愛娘を乗せるトシちゃんも何度も撮影してきた。冒頭のデートの2日前もトシちゃん一家は、西麻布で家族水入らずで食事をしていた。

 フライデーの数々の「不倫疑惑写真」、果たしてトシちゃんは笑い飛ばせるだろうか?

 桜が満開となる少し前のことだ。

 3月のある夜、西麻布(港区)の路上に停められていた高級車ゲレンデヴァーゲンに一組のカップルが乗り込んだ。

 ゲレンデは大通りを華麗にターンすると、原宿にある小奇麗なビルに立ち寄り、その後、原宿の裏路地をスイスイと抜けて、コインパーキングへ。

 エンジンが停止し、運転席側のドアが開くと、空めがけて長い脚がビッと振り上げられた。クルマから降りるだけでこのキレ――54歳とは思えぬ身のこなしを見せたのは、マイケル・ジャクソンを心の師と崇める田原俊彦である。

 続いて助手席から出てきた黒いコートにチェックのスカート姿の女性を見て、本誌はさらに"ハッとして!Good"となった。

 愛らしい大きな瞳や背格好から、ゲレンデに同乗していたのはてっきり、長女で、’11年のミスマガジン準グランプリに輝いたタレントの綾乃美花(あやのみか)(21)だと思い込んでいた。実際、長女の誕生日にちなんだナンバーがつけられたこのゲレンデで、親子ドライブする姿を報じたこともある(’13年11月29日・12月6日号)。

 ところが今夜、"ビッグ"なトシちゃんが連れ歩く女性は綾乃とは別人なのである。二人は人目を避けるようにして、時間差で近くのレストランへ……。

 トシちゃんと美女が店を出たのは3時間ほどたった深夜1時前。このまま"原宿キッス"もあるかと思いきや、ゲレンデに戻って、今度は三軒茶屋(世田谷区)にあるバーへ向かう。

「ハッ! なんだ、もう来てたの?」

 トシちゃんが店で二人を待っていた知人らしき男性に声をかけた。飲んでなくても(?)、深夜でも、トシちゃんはハイテンション。調子"びんびん物語"だ。

 お開きとなったのは深夜2時過ぎ。

 トシちゃんは彼女を自宅マンションの数百m手前まで送ると、そこで降ろし、わざわざタクシーに乗せて、家まで帰すのだった。

 エントランスまで送り届けて"抱きしめてTONIGHT"したいのはヤマヤマだけど、トシちゃんは妻子ある身。

 "哀愁でいと"だから、人目は避けたい。"ごめんよ涙"ってところか。

 とはいえ、この夜が“最後に一度だけ”とトシちゃんが願った密会――というわけでは全然なかった。

 実は本誌は、昨年秋から彼女の自宅マンションに通う彼の姿を頻繁に目撃しているのである。"It’s BAD"!

 たとえば中目黒のカフェで、二人は見つめ合いながら楽しそうに語らっていた。

「メガネはかけてましたけど、モロにトシちゃんでしたね。女性を連れてましたけど、人目に付く窓際の席に着くなど、やけに堂々としていたので、『家族かスタッフだろう』と逆に騒がれなかった。ただ、言われてみれば、『何にする?』と問いかけるように彼女にメニューを渡すトシちゃんの姿が愛情に満ちていたような……」(居合わせたOL)

 そのときのトシちゃんの眼差しは、"ブギ浮ぎI LOVE YOU"だったという。

 お台場の『東京ベイコート倶楽部ホテル&スパリゾート』で深夜のひとときを過ごしたこともあった。ちなみにこの『ベイコート倶楽部』、猪瀬直樹・前東京都知事が1000万円もする会員権を保有していたことで追及された会員制の超高級ホテルだ。

 秋、冬、春と一つの季節だけには止まっていられないトシちゃんの恋は、今日も"びんびん物語"なのである。

 "キミに決定!"とばかり、トシちゃんが密会を重ねるこの美女の名は、吉田恵智華(えちか)(26)。映画や舞台を中心に活動している女優である。

「5年ほど前に所属事務所を辞め、現在はフリーで活動していると聞いていましたが……。デビューは’09年だったかな。ミーハーなところがある子でしたけど、まさかトシちゃんとつながっているとは!」(芸能プロ幹部)

 吉田のブログを見ると、ばっちりメイクを施した自撮り画像や、ブランドもののバッグなどショッピングの成果がズラリ。ちなみに、ファッションやメイクは赤を基調にしたものが多かった。"NINJIN娘"か!

 本誌が調べた限り、女優業は順調なようには見えないが、とにかく彼女はタクシーを気軽に使う。美容院に行くのに迎車のタクシーを利用。ショッピングの合間に待たせるなど、ほぼチャーター状態にしている日もあった。そのライフスタイルは大物芸能人そのもの。

 それも、あのビッグな男がパトロンとなっているのであれば、何の不思議もないのだが――。

 田原家自体は、円満のようだ。

 事実、冒頭のシーンの2日前には、同じ西麻布の有名焼き肉店『J』で家族水いらずの夕食を堪能していた。

 食事を終えると、仕事なのか綾乃をテレビ朝日まで車で送り、田原夫妻と次女の3人は恵比寿の人気コーヒー店へ移動。

 テイクアウトしたデザートを件(くだん)のゲレンデ内で美味(うま)そうに頬張(ほおば)る光景は、理想の家庭に見えたのだが……。

 トシちゃんと吉田はいかなる関係なのか? TELL ME!

「田原は男女問わず、いろいろな方と食事をしております。(吉田は)その中の一人です」(田原の所属事務所)

 いわゆる"ビッグ発言"とジャニーズ事務所からの独立を機に芸能界から一時、干されたトシちゃん。彼がバラエティ番組のMCをキッカケに見事、再ブレイクを果たしたのは記憶に新しい。

「車は大好きです。密室ですからね、ペロペロぐらい攻めたいんです。エロをやめたら隠居ですから」

 とは昨年の夏、そんな彼がさるイベントで言ったセリフだ。

 見た限り、トシちゃんのエロは満開。完全復活と言っていいだろう。
 

キャスター生命の崖っぷちに立たされた古舘伊知郎

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 4月 2日(木)21時02分8秒
  キャスター生命の崖っぷちに立たされた古舘伊知郎

リアルライブ

 3月27日に放送された、テレビ朝日系の報道番組「報道ステーション」で、ゲストコメンテーターをつとめていた元官僚の古賀茂明氏が自身の降板を巡り古舘伊知郎キャスターと異例の口論となったことについて、その内幕を報じている発売中の「週刊文春」(文芸春秋)が流出したら古舘氏のキャスター生命が終わる2本のテープの存在を報じている。

 同27日の放送中、口論のやりとりの中で古賀氏は古舘氏を眼光鋭く睨みつけ「私、全部(古舘とのやり取りを)録音させていただきましたので、そういう風に言われるのであれば、全部出させていただきます」と恫喝めいた発言をしていた。

 その内容が気になるところだが、同誌によると、隠し撮りしたテープの1本目は同番組の2月25日の放送に関し、フランス紙・ルモンドの記事を紹介する際に、誤って違う日の記事を映してしまったため、放送後に古舘氏が担当者に『俺はヤクザと一緒だ。身体張ってやってんだ! お前らサラリーマンとは違うんだ」と怒鳴った時のもの。そして、2本目は別の日に、古舘さんが個室に番組スタッフを呼び出し「俺のバックには、組が付いている」と暴力団の実名を挙げて恫喝したものだと囁かれているというのだ。

 古舘氏の事務所は同誌に対して、「そのような発言は一切しておりません」と回答したというが、万が一流出したら、古舘氏のキャスター生命は幕を閉じることになる“爆弾”に違いない。

 「古賀氏にも名指しされていた、古舘氏の事務所の会長はコワモテとして知られているだけに、“黒い交際”もささやかれている。それだけに、古舘氏もついつい気が大きくなってしまい、軽々しく発言してしまったのでは。今ごろ、古舘氏は戦々恐々だろう」(週刊誌記者)

 おそらく、番組開始以降、最大の危機を迎えた「報ステ」だが、テレ朝は一連の経緯について徹底的に事実関係を調査した方が良さそうだ。


 

上重聡アナ 有力スポンサーから「1億7千万円マンション」利益供与 日テレ「スッキリ!!」新キャスターの資質を問う!

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 4月 2日(木)07時04分34秒
  上重聡アナ 有力スポンサーから「1億7千万円マンション」利益供与 日テレ「スッキリ!!」新キャスターの資質を問う!

 日本テレビはアナウンサーに「高度の清廉性」を求めるのではなかったか――。
 春の番組改編で朝の情報番組「スッキリ!!」の総合司会に抜擢された“日テレのエース”こと上重聡アナ(34)。彼が、新橋の裏路地に現れたのは三月二日、午前一時過ぎのことだった。
 東京・汐留にある日テレ本社ビルで「Going! Sports & News」の生放送を終えた上重アナは、共演者の誰よりも早く局を後にすると、人気のない深夜のオフィス街を駆け抜ける。
 慌てていたのも無理はない。勤務中、上重アナが新橋の裏通りに“路駐”していた車は二千万円は下らない英国製の超高級車、純白のベントレーだった。車の無事を確認した上重アナは、運転席に乗り込むと、六百馬力を誇るその高級車を猛スピードで走らせた。法定速度五十キロ制限の一般道を時速百キロ以上で“暴走”し、赤信号を無視するなど、その運転は危険極まりない。三月八日、さらに十五日も同様にベントレーで出勤していたのを本誌取材班は確認している。
 そもそも日テレは社員の車通勤を固く禁じている。
 日テレ関係者が話す。
「当社では社員就業規則の『自動車使用規定』第二条第二項で自家用車での通勤を禁じています。もちろんバイクや自転車での通勤も厳禁。業務が早朝や深夜に及ぶ際は申請したうえでタクシーやハイヤーを使用しなくてはなりません。当然、アナウンサーにも適用される大原則です」
「スッキリ!!」の司会に抜擢された折も折。事故でも起こしたらどうするつもりなのか。それ以前に他局に比べて給料が低いと言われる同局のアナウンサーが、なぜそのような高級車を乗り回せるのかも不可解だ。
 上重は、身長百八十一センチのイケメンで、爽やかさが売りの人気アナ。知名度では後輩の桝太一に一段劣るが、高校時代はPL学園のエースとして活躍し、横浜・松坂大輔(34)と甲子園で延長十七回の死闘を繰り広げた九八年の名勝負は今も語り継がれている。
「野球推薦で立教大学に進学してからも野球は続けていたが、ケガや故障に悩まされてプロ入りを断念。一念発起してアナウンサーを目指した変り種です」(別の日テレ関係者)
 就職活動では“松坂のライバル”としての知名度が高く評価され、テレビ朝日やフジテレビからも内定をもらっていたが、「君を日テレでスターにする」と熱望する同社に鳴り物入りで入社。〇三年の入社から数年間は主にスポーツ中継などを担当していたが、目立った活躍もできずにいたところ、〇九年に中山秀征がメインMCの「おもいッきりDON!」のサブ司会に抜擢。この頃から頭角を現し、一時は“ポスト羽鳥慎一”と呼ばれるまでに。いまや好きな男性アナランキングの常連組だ。
 この三月までは「ズームイン!!サタデー」の総合司会と「Going!」の進行を担当。二〇一一年に発覚した、モデルの安座間美優(28)との交際は、「現在も順調だと聞いています」(安座間の所属事務所関係者)という。安座間はこの「ズムサタ」でお天気リポーターを担当していた。
「その爽やかさでお茶の間の女性には人気があるが、局内では『勘違い男』だと評判。服や時計なんかもやたらと羽振りがよく、愛車のベントレーを本社地下駐車場で見かけたこともある」(前出・日テレ関係者)

日テレ社屋より高い42階角部屋

 問題は内規違反よりさらに根深い。上重アナが乗り回すベントレーは自分のものではない。所有者は「イーエム・プランニング」。靴の小売メーカーABCマートの元会長・三木正浩氏(59)が代表を務める資産管理会社である。
 三木氏は米国フォーブス誌のサイトで《$3・6Billion(約四千億円、二〇一五年三月時点)》の資産を有すると報じられる日本屈指の富豪だ。
 さらに上重アナは、自宅マンションの部屋を購入する際にも、その三木氏から多額の融資を受けている。
 上重アナが住んでいるのは、数多くの芸能人が住むことでも知られる港区の高級住宅街にそびえ建つタワーマンション。彼の自宅は、汐留の日テレ社屋よりも高く、その最上階である四十二階にある、広さ百二十六平米の角部屋だ。

不動産登記によると、上重アナは昨年三月三十一日にこの部屋をABCマート関連会社の役員から購入しているが、その際、一億七千万円もの大金を、三木氏から“無利息”で借りているのだ。
 金銭貸借問題に詳しい長谷川裕雅弁護士が解説する。
「一億七千万円もの大金を無利子で借りて、自らの資産となる不動産を購入すれば、贈与として認定される可能性も十分にあります。無利息の貸付は民法上は問題になりませんが、税法上では金融機関等でローンを組んだ場合に発生する利子分が贈与とみなされるケースもある。贈与として認定されれば、上重氏は贈与税を支払う必要があります」
 だが、そもそも法令違反を論ずる以前に、報道機関である民放の社員がスポンサーから金品などの便宜を図ってもらうこと自体、重大なコンプライアンス違反だと言わざるを得ない。事実、日テレがIR情報に掲げるコンプライアンス憲章の行動憲章第五条には次のような文言がある。
〈私たちは、取材・番組制作・放送に関係する法人や個人、広告主・広告代理店、その他の取引先からの、過剰な贈答・接待は受けません〉
 さらに社員就業規則でも、〈許可なく、業務に関し自己または第三者のために金品の贈与または供応をうけること〉は厳しく禁じられている。
 同第六十五条では、懲戒事由として、さらに踏み込んだ記述が見られる。
〈業務に関して私利を図り、また不正に金品その他を受けまた受けようとしたとき〉
 これに違反した場合には(1)譴責、(2)減給、(3)出勤停止、(4)懲戒休職、(5)降格、復職罷免、(6)諭旨解雇、(7)懲戒解雇、の順で懲戒処分が下される。
「コンプライアンスの遵守は当然。局の看板であり、番組の顔でもあるアナウンサーは常に身辺をきれいにしておくべきです」
 そう語るのは日テレOBの元アナウンサーだ。
「特にお金の問題は、会社として見過ごすことはできない。プロデューサーがスポンサーや芸能プロダクションから高級外車をもらっていた大昔とはわけが違う。本人が要求したことではないとしても断固、拒否しなくてはならないし、タレント性の強いアナウンサーは特に誘惑が多いので、一層襟を正すべきなのです」
 三木氏はすでにABCマートの会長職を辞し、引退した身だが、同社の創業者であり、現在も筆頭株主だ。ABCマートは七十二億円もの広告宣伝費(一四年二月期)を計上するテレビ業界の大スポンサー。上重アナが抜擢された「スッキリ!!」でも同社CMが流されており、番組ではオリジナルスニーカーを制作するという同社とのタイアップ企画も進行中だ。上重アナの行為はスポンサーとの癒着だと捉えられてもおかしくない。
 折しも日テレは女子アナ内定取り消し裁判で、アナウンサーに求められると同社が主張した「高度の清廉性」という言葉が話題となったばかりだ。
「アナウンサーに高度な清廉性が求められるのは女子アナの話に限ったことではない。報道に携わる人間として、疑義を差し挟まれるような軽率な行為は避けるべきです。上重さんは事情を説明する必要がある。日本テレビにもしっかりとした対応が求められます」(上智大学・碓井広義教授〈メディア論〉)
 本人はどこまで自覚しているのか。三月二十七日の夜、件のマンションに帰宅した上重アナを直撃した。
――このマンションは上重さんが購入したのですか。
「はい……」

「すぐに売却処理をします」

 目を見開く上重アナ。さらに三木氏から無利息で大金を借りたことの是非や、三木氏の車で出勤していることを質したが、体を震わせながら「広報を通してください」と繰り返すのが精一杯。最後に「報道番組を担当する資格はあるのでしょうか」と問いかけると、上重アナははじめて足を止め、記者に向かって深々と三度、頭を下げたのだった。

三木氏が代表を務めるイーエム・プランニングに質問状を送ったところ、三木氏本人が電話取材に応じた。
 上重アナとは長年の友人である元巨人の宮本和知氏の紹介で知り合い、魚釣りに行ったり、時折会って食事をする付き合いだという。
――マンションの購入資金を無利息で貸し付けているのは問題では。
「上重さんが以前住んでいた物件を売却する際に、たまたま私の知人が持っていた物件を紹介しました。ローンの関係は私が貸した形にして、私に返済していただくのはどうですか? という提案をしました。上重君も当初は額が大きいので躊躇はしていましたが、私が主導して、『中途半端なものを買うと売りにくいから、売却しやすいものを買った方がいい』と勧めたのです。月々返済していただいているので法的に問題はないと思いますが、よかれと思ってやったことで迷惑をかけてしまった」
――三木さんのベントレーに上重さんが乗っている。
「借りたい時に連絡がきて、どうぞいいですよ、と」
――報道番組の司会者として、上重さんはモラルの問題を考えなかったのか。
「その点は彼も詳しくは分からなかったのかも知れません。私も社内のルールのことまでは意識していなかった」
――今回のことで、上重さんと話をされた?
「はい。本人は『すいません』の一点張りでした。折角いい流れで新しく番組に出たときにこんなことになってしまい、申し訳ない気持ちです。本人と話をしてすぐに(物件の)売却処理をします」
 日本テレビ広報・IR部は本誌の取材にこう回答した。
〈当社アナウンサーの上重聡が、ABCマートの三木元会長と個人的に面識があるとは聞いておりますが、それを理由に当社がABCマートに対し、特別な便宜を図った事実は一切ありません。そのほか上重個人にかかわるご指摘については、確認のうえ問題があれば適切に対処します〉
 上重アナは三十日の「スッキリ!!」の新体制初回放送で、英国王室のキャサリン妃が着ていた高価なドレスについて、「(そんな大金は)出せないです」と述べ、庶民派アナを演じて見せた。だが実際には、メディア人としてのあるべき金銭感覚から大きく逸脱していた真実を、視聴者に説明すべきだろう。
「週刊文春」2015年4月9日号

 

安藤優子にまさかの肩叩き 昼番組が最後のチャンス!?

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 4月 1日(水)09時51分42秒
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  安藤優子にまさかの肩叩き 昼番組が最後のチャンス!?

フジテレビ 報道部長と略奪結婚した女帝の落日!

視聴率の低迷が止まらないフジテレビ。今年1月第1週のゴールデンタイムとプライムタイムの平均視聴率が、ついにテレビ東京にも抜かれて最下位に転落。非常事態を迎えている。

その打開策として、フジは今春の番組改編で情報・報道番組にテコ入れすることを決定。その目玉として『スーパーニュース』の安藤優子キャスター(56)を、午後2時台にスタートする新情報番組の司会に異動させることになった。
「この時間帯は宮根誠司の『情報ワイド ミヤネ屋』(日本テレビ系)の独り勝ち状態。これまでフジは元NHKアナの住吉美紀を起用した『知りたがり!』、元日テレアナの西尾由佳理の『アゲるテレビ』を『ミヤネ屋』にぶつけてきましたが、どちらも大惨敗に終わっています。いわば安藤優子は、フジの最後の切り札なんです」(テレビ誌記者)

安藤は夕方の『スーパーニュース』を15年間、その前番組を含めれば27年間、フジの報道番組のキャスターを務めてきた。
「近年、『スーパーニュース』の視聴率は3~4%台に低迷。日テレ系『news every』、テレ朝系『スーパーJチャンネル』の2強に水を開けられ、TBS系『Nスタ』と最下位争いをしています。現場サイドは"もう安藤では数字は取れない。そろそろお引き取り願いたい"と思っているんですが、なにしろ彼女はフジの女帝。誰も彼女の首に鈴をつけられないんですよ」(フジテレビ関係者)

安藤は06年に『スーパーニュース』の元チーフプロデューサーで報道局報道部長、現情報制作局制作担当局長の堤康一氏と再婚。
「彼女は妻子ある堤氏と11年間、不倫関係を続けて略奪婚に成功。報道局のトップを後ろ楯に、権勢をほしいままにしてきました。安藤は89年にも妻子ある電通マンと略奪婚し、4年後に離婚した"前歴"がある。昼ワイドを視聴する主婦層からの反感は強いでしょう」(芸能記者)

新番組が成功すれば万々歳、失敗しても女帝を追放できる。フジの深謀遠慮はどっちに転ぶだろうか?

2015-03-31 [増刊大衆03月27日号]
 

ATSUSHIがハマる生体エネルギー、EXILEの「水ビジネス」に影響も?

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 4月 1日(水)09時47分2秒
編集済
  ATSUSHIがハマる生体エネルギー、EXILEの「水ビジネス」に影響も?

 EXILEのボーカル・ATSUSHIが“生体エネルギー”にハマっていると週刊文春が取り上げた一件が話題だ。そのATSUSHIは水にも生体エネルギーを施しており、特別な木製コースターにコップを置いたり、生体エネルギーの浄水器を使っていると報じられている。

 生体エネルギー関連の商品は値段がベラボウに高い。たとえば、ペットボトル入りの水が900mlで1本3000円以上、据え置き型の浄水器に至っては100万円以上もするのである。

 こんなバカ高い水を誰が買うのかという疑問が湧いてくるが、実は水に関してはEXILEも上手いビジネスを展開している。それは、ライブツアーで限定販売される、通称「EXILEウォーター」である。

 とあるツアーでは、富山で採水されたミネラルウォーターに特製のラベルを貼りつけてライブ会場で限定販売。専用の自動販売機まで設置されるほどの力の入れようだ。値段は500ml入りが1本500円とかなり高いのだが、専用ストラップが付属しているため、このストラップ欲しさに購入するファンも少なくない。

 しかもEXILEが商売上手なのは、パフォーマー自身もライブ中にこのEXILEウォーターを飲んでいるということ。ツアーの様子を知る音楽業界関係者が教えてくれた。

「EXILEの地方公演を担当するプロモーターのところに、人数分のクーラーボックスを用意するようにとのリクエストがあり、何十個ものクーラーボックスを苦労して集めたそうです。すると、ツアー前日に段ボール箱入りのEXILEウォーターが送られてきて、それをステージの所定の場所にセットするように指示されたとか。でもメンバーによっては1本も飲まない人もいて、大量に余ったそうです」

 ともあれ、自分たちが手掛ける商品をステージ上でアピールすることには成功しているようだ。だが、今回の“生体エネルギー”の話を聞くと、「ATSUSHIだけは違う水を飲んでいるんじゃないのか」とか、人によっては「EXILEウォーター自体が怪しい水なのでは」と疑念を抱いても無理のないところである。

 ATSUSHI自身がどんな商品にハマっても個人の自由だが、EXILEのイメージを損ねることにはならないか。今後はステージ上で飲む水にも視線を向けてみたいものだ。

アサヒ芸能
 

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