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SMAP「極秘独立計画」キーマンを連続直撃! ジャニー喜多川社長「それぞれに任せます」発言の裏側

 投稿者:東京新報  投稿日:2017年 1月19日(木)07時54分51秒
  大晦日、紅白に出演するジャニーズ勢を尻目に、中居ら独立組四人は慰労会を開いていた。木村の代わりに森を呼び、店は某芸能プロの色がついた焼肉屋。彼らがとった行動の意味は何か。本誌は知られざる独立計画と受け皿会社、そして飯島元マネの最新動向を掴んだ

。「SMAPはもういい。年もとって素晴らしいと思いますよ。一人ひとりが充実してやれる。僕なんかが、老人が何を言ったって……」
 一月十三日、都内のレストランで行われた「滝沢歌舞伎2017」の取材会。各紙の担当記者にジャニー喜多川社長(85)が切り出したのは解散したSMAPのことだった。
 言葉の端々に諦念が漂っている。ジャニー氏は昨年五月に「解散はない」と力強く断言しながら、メンバーを説得できなかった責任を痛感していたようだ。
「メンバーの今後について問われると『それぞれの気持ちに任せます』と語り、『ただ、出て行くということを前提に話はしていないと思いますよ』と付け加えるのが精一杯だった。翌日、各紙の見出しは〈移籍容認〉と〈独立なし〉の二つに割れていたが、ニュアンスとしては前者の方が近い。もはやジャニー氏も事務所も、無理をしてでも彼らに留まってほしいとは考えていないのです」(芸能記者)
 独立か、残留か――。大晦日の解散を経てSMAPの五人がいま再び大きな岐路に立っている。年が明け、メンバーらは早くもソロとしての活動を始めた。だが、最後まで解散に反対した木村拓哉(44)以外の四人は、今後ジャニーズ事務所との契約を更新するかどうか、不透明なままだ。

木村への「アリバイ電話」

 九月の契約更新に向けて、例年、更新の意思確認をするのは六月だが、実はジャニーズ側は時期にこだわらず、本人たちの判断で自由に決めてほしいと伝え、メンバーも同意しているという。
「無理に引きとめれば、世間の逆風に晒されることは目に見えている。事務所の弱腰の姿勢をあざ笑うかのように、四人は誰一人として明確な態度を示さないのです」(芸能関係者)
 対立の構図があらためて鮮明になったのは、大晦日の“キムタク抜きの慰労会”の一件だ。周知の通り、SMAPは紅白と、ジャニー社長が勧めたジャニーズカウントダウンコンサートへの出演を固辞した。
 だが、その大晦日当日、独立組の中居正広(44)、稲垣吾郎(43)、草なぎ剛(42)、香取慎吾(39)ら四人は六本木の焼肉店に集まった。これには事務所関係者も唖然としたという。
「慰労会に木村も誘われたという報道もあったが、実際には木村の携帯にメンバーの一人から着信があったのは当日の午前零時近くなのです。自宅で家族と過ごしていた木村は彼らの意図をはかりかね、困惑しきりだったといいます。四人にはハナから木村を呼ぶつもりなどなく、一応声を掛けたというアリバイ作りなのでしょう」(木村の知人)
 代わりに五人目として招かれたのは一九九六年にグループを脱退し、オートレーサーに転向した森且行(42)だった。
「これで“キムハブ”の図式がはっきりした。『イジメだ』と言う人もいる。さらに五人が集まった焼肉店は、堺正章(70)がプロデュースする店だったことも波紋を広げました。というのも、堺が所属する芸能事務所『エスダッシュ』は、かねてから独立の“後ろ盾”として取り沙汰されている『ケイダッシュ』や『田辺エージェンシー』の身内のような事務所。本人たちは『稲垣の行き付けだったから』と説明しているようですが、中居たちがあえてそのような店を選んだことは、ジャニーズに対する反発の意味合いが多分に含まれているのでしょう」(前出・芸能関係者)
 この慰労会の開催をジャニーズ事務所はまったく把握できていなかった。
「スタッフの多くはその頃、東京ドームで行なわれていたカウントダウンコンサートに参加していました。スタッフから報告を受けた幹部は絶句していたといいます。焼肉店にメンバーが着く前からマスコミが待ち構えていたことから、メンバーに近い人物が何らかの意図を持って情報をリークしていたという疑念も持ち上がっているほどです」(同前)
 キムハブの宴は、閉店時刻を過ぎた後も続き、お開きとなったのは年をまたいだ深夜二時過ぎ。だが、香取・草なぎの二人が乗ったタクシーが向かったのは、彼らの自宅とは別方向だった。
「二人を乗せた車は途中まで目黒方面に向かっていました。草なぎは例年、元日をタモリさんの家で過ごしています。この日も香取を連れてタモリさんに挨拶に行こうとしていたようですが、マスコミが先回りしていたことを察知して、断念して途中で引き返したといいます」(メンバーの知人)
 草なぎ、香取、中居というかつて「笑っていいとも!」(フジテレビ系)のレギュラーだった三人が慕うタモリもまた、田辺エージェンシーの所属タレントである。
 そもそもSMAP解散の発端は、元チーフマネジャー・飯島三智氏(58)の退社であったことは論を俟たない。飯島氏と共に五人揃って事務所を出る計画は、木村の反発で頓挫し、SMAPは一対四に分裂した。
 その飯島氏が正式に事務所を退社したのは、昨年二月四日。奇しくも同日、世田谷区にマネジメント会社「B」が設立されていたことを知る人は少ない。
 同社代表の松尾浩介氏は田辺エージェンシーの元専務。約四年前に田辺から独立した。“芸能界のドン”と畏れられる田辺昭知社長やタモリが全幅の信頼を置いた人物だ。
「田辺社長は、芸能事務所間での移籍や引き抜きを御法度とする業界団体『日本音楽事業者協会』(音事協)の会長を務めた人物。それだけにSMAP独立に表立って力を貸すことはできない。しかし松尾氏が立ち上げた『B』を窓口にすれば、業界のルールに反することなく、事を進められるというスキームがあったのです」(芸能プロ関係者)
 そして飯島氏はジャニーズを退社後、二度と芸能界には戻らないと本誌に語っていたにも拘わらず、その後も田辺氏やケイダッシュの川村龍夫会長と接触を続けていたのだ。
「一連の騒動で精神的に参っていた飯島氏をフォローし続けたのはケイダッシュの川村会長です。退職金などの話し合いでジャニーズとコトを構えようとしていた飯島氏に弁護士を紹介したのも川村会長でした」(大手プロ幹部)
 ジャニーズ側は飯島氏がラオックスの羅怡文社長夫人と親密な関係を築いていることも把握している。
「羅社長は二〇一一年にSMAPが北京でコンサートを開催した際にエージェントの一人として立ち会っていた人物。中国の政界や芸能界にも太いパイプがある。そのような背景から飯島氏が四人と合流した上で、中国進出を計画しているという話が浮上しています。実は、ジャニーズを退所した元KAT-TUNの赤西仁が現在、中国でコンサートやドラマ出演などを果たし、大成功を収めているという前例もあるのです。ジャニーズサイドはもう四人をコントロール出来ないというのが実情で、すべては本人たちの腹次第だと言える」(同前)
 事実、昨年七月にラオックスの関係者が立ち上げた会社「C」の代表取締役に、SMAP解散直前の十二月二十一日、飯島氏が就任していたことが本誌の取材で判明した。同社の登記情報を見ると、目的の欄には〈日本コンテンツの海外発信事業〉〈映画製作〉などと記されており、中国芸能界への進出をうかがわせる内容となっている。
 残留を願う関係者にとってひと筋の光明は、四月以降も各メンバーの主だったレギュラー番組の継続が決まっていることだという。

芸能界のドン・田辺氏を直撃

「一時は芸能界引退まで取り沙汰されていた香取ですが、レギュラー番組の『SmaSTATION!!』(テレビ朝日系)や『おじゃMAP!!』(フジ系)は四月以降の続投が決定しています。深夜バラエティ『中居正広のミになる図書館』(テレ朝系)はリニューアルした上でゴールデンに移行する予定です」(民放関係者)
 だが、あくまでも続けるのは既存の番組のみだ。
「各局が新番組の企画を事務所に持ち込み、メンバーにも打診しているが、四人は頑なに断っている。解散前から決まっている仕事以外は受け付けないという姿勢です」(同前)
 果たして独立はあるのか。本誌はまず松尾氏を直撃した。事務所を立ち上げた意図を尋ねると、
「(会社の設立時期は)まったくの偶然。飯島さんとはタモリさんとSMAPの関係で大変お世話になったが、今はまったく関係ありません」
 次に田辺氏に聞いた。
――今後、田辺社長がSMAPの面倒を見る可能性は。
「一切ございません」
――ケイダッシュでやられることは?
「ケイダッシュは別法人ですから分かりませんが同業他社がマネジメントすることはありえないでしょう」
――飯島さんから相談を受けているのでは。
「飯島さんとも全然お会いしていません。我々は関与する気持ちも、そういう事実もいっさいありません」
 田辺氏はそう話したが、昨年七月、飯島氏は本誌の取材に東京・渋谷のホテルのラウンジで田辺氏と面会していたことを認めている。
 そして独立計画の中心人物、飯島元マネジャーはどう答えるか。
――羅夫人と一緒にSMAP中国進出を考えている?
「誰がそんなことを? 彼女とは友人ですが、SMAPの話はひとつもしたことがありません。千%ない!(中国には)行ったことはあるけど、旅行で上海に行っただけ。私の友達が皆そうだって言われたら、私、友達がいなくなっちゃう」
――スマスマの最終回はご覧に?
「何も言いたくないです」
 報道されているメンバーとの再合流については、
「SMAPとはもう離れているし、芸能界とはまったく関係ないので、ごめんなさい。マスコミが書いていることは嘘ばかりです」
 飯島氏は関与を否定。が、面識があるはずの松尾氏をなぜか「存じ上げない方」と説明する一幕もあった。
 かつてジャニー社長は、五人揃っての独立であれば“SMAP”を名乗ることを許すつもりだったという。名付け親であり、思い入れのあるこの名前について、今回もジャニー氏は「頭文字を取ると『すばらしい、メモリー、ありがとう、パワー』」と発言している。
 だが、四人での独立となればSMAPは名乗れない。四人は今、どんな未来予想図を描いているのか。
「週刊文春」2017年1月26日号
 

翁長氏側近の沖縄副知事が教員採用で特定受験者の合格働きかけか 本人否定、県政に打撃も

 投稿者:東京新報  投稿日:2017年 1月18日(水)18時55分16秒
編集済
  産経新聞

 平成27年に実施された沖縄県教育委員会の公立学校の教員採用試験で安慶田光男副知事が、特定の受験者を合格させるよう県教委側に働き掛けた疑いがあることが18日分かった。当時の県教委関係者が明らかにした。安慶田氏は記者団に働き掛けを「やった覚えはない。あり得ない」と否定した。

 元那覇市議会議長の安慶田氏は、政府と沖縄県が対峙する米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設に関する政府との交渉役も務める翁長雄志知事の側近。安慶田氏への疑惑が深まれば、翁長県政にとって打撃となる可能性がある。

 関係者によると、安慶田氏は副知事室に県教委の職員らを呼び出したり、職員に電話をかけたりするなどし、複数の受験者について合格を働き掛けたとされる。安慶田氏は26年12月から副知事。

 

〈米倉涼子〉〈りゅうちぇる〉〈おぎやはぎ〉 年末結婚・離婚総ざらい

 投稿者:東京新報  投稿日:2017年 1月16日(月)21時29分43秒
  「新婚さん、いらっしゃ~い!」
 大晦日のNHK生放送、「しあわせニュース」で桂文枝(73)に祝福されたのは、ぺこ&りゅうちぇる。
 年末恒例の電撃結婚&離婚ラッシュ。トップバッターはともに二十一歳のイマドキ若手カップルから。

 ぺこ&りゅうちぇるは十二月二十八日に入籍。先にタレント活動をしていたぺこの“彼氏”として登場し、あっという間に彼女を凌ぐ売れっ子になったのが、りゅうちぇるだ。
 大阪の建築関係の会社の令嬢・ぺこと沖縄出身のりゅうちぇるはもう二年以上同棲しており、「一七年に結婚したい」と公言していたのが早まった恰好。
「入籍前日にディズニーシーで『僕のプリンセスになって』とサプライズでプロポーズしたそうですが、りゅうちぇるの親友たちはまったく知らされておらず驚いたようです。沖縄の高校時代の友人などは『実は彼は女の子は苦手で、ビジネスカップルなんじゃないかと思っていた』と言っていますよ」(芸能記者)
 昨年のテレビ出演本数が前年より二百三十本も増えたという、りゅうちぇる。このままタレントとしても“プリンス”で居続けられるかが今年の課題だ。
 年末二十九日深夜に、ラジオの生放送で入籍を「決行」したのは、おぎやはぎの矢作兼(45)。
「おぎやはぎのメガネびいき」(TBSラジオ)のスタジオで突然相方・小木博明(45)に婚姻届の証人欄のサインをもらい、そのまま区役所に届け出に行く様子を中継した。
「お相手はひと回り下の小柄で可愛らしい一般女性。二年以上交際していてすでに同居しています。実は相方の小木も〇六年、同ラジオの第一回目に『結婚のメリットデメリット』をリスナーから募集して、『既婚者の方がモテる』という意見を聞き、一週間後の放送で入籍を発表したんです。そのときの証人は、もちろん矢作でした」(同前)
 コンビ以上に褒め合う夫婦を目指すという。
 縁あって夫婦になる二人もいれば、縁なく別れる二人がいるのも世の常。
 年末にカタをつけたのが女優・米倉涼子(41)。
〈私たちは時間をかけ協議を重ねた末、この度、離婚が成立致しましたのでご報告させて頂きます。私事でお騒がせいたしましたことをお詫び申し上げます〉
 小誌が一四年末の記事で、会社社長A氏との一年半に及ぶ同棲をスクープ。その発売翌日に入籍したものの、蜜月は続かなかった。
「入籍後は家賃百三十五万円の新居に引っ越しをすることになったが、その頃には日々揉めていました。A氏のモラハラに耐えかねた米倉は別離を決意。別居してホテル暮しをし、弁護士を通じて離婚協議を続けていました」(事務所関係者)
 米倉は元の所有マンションをリフォームし一五年の夏には戻っていた。だがA氏が米倉所有のマンションから住所を移したのは、それから一年後だった。
「別れたがらなかったA氏ですが、『ドクターX』の撮影が終わる年末の離婚で合意していたようです。そのまま米倉はマスコミを逃れて海外へ」(同前)
 双方慰謝料はナシとのことだが、“失敗しない女”が結婚、そして円滑離婚には失敗してしまった。
 大晦日に「十一月に離婚が成立しました」とブログで報告したのは元テレ朝、現在フリーの石井希和アナウンサー(39)。
 プロ野球・楽天の前社長、島田亨氏と〇七年にセレブ婚を果たし一人娘を授かった。一二年から一四年までは夫の赴任先のシンガポールで暮らしたが、帰国後のおととしの春から別居・調停に入っていた。
「昨年の夏、石井はバツイチのイケメン会社社長との“不倫・濃厚キス”をフライデーされていました。その彼との関係は継続中で、引き取った八歳の娘にも紹介済みだそうでタイミングを見て再婚しそうです」(テレ朝関係者)
 明けて酉年。立つ鳥跡を濁さずと行きたいところ。

「週刊文春」2017年1月19日号
 

カジノ経済効果6000億円 横浜市、臨海部再開発に弾み 雇用創出6万人超

 投稿者:東京新報  投稿日:2017年 1月15日(日)08時38分8秒
編集済
  横浜の観光振興にカジノを含めたIR導入は良いのでは。
ギャンブル依存症対策やセキュリティなどの対応策がきちんと
整備出来れば問題は無いと。
カジノだけが問題視されているけど、IRのカジノは一部。
それほど問題には実際ならない気がします。
パチンコや競馬の依存症の方がかなりヤバイですから。



カジノ経済効果6000億円 横浜市、臨海部再開発に弾み 雇用創出6万人超
産経新聞

 「臨海部を活性化する上で有効だ」(林文子横浜市長)「心より歓迎する」(横浜商工会議所の川本守彦副会頭)-。カジノを中心とする統合型リゾート施設(IR)整備推進法案が2日、衆議院内閣委員会で賛成多数により可決されたことを受け、横浜市や財界関係者は市臨海部の再開発や経済活性化に弾みをつけたい考えだ。一方で、治安悪化やギャンブル依存症への懸念も根強く、冷静な議論を呼びかける向きもある。

本命は山下ふ頭

 山下公園に隣接する山下ふ頭。横浜市によって昭和38年に完成した約47ヘクタールの埋め立て地で、カジノが解禁された場合、建設候補地の“本命”とされる。

 山下ふ頭では現在、観光スポットに近いという立地特性を生かし、商業施設や宿泊施設建設といった再開発構想が進む。東京五輪が開催される平成32年に約13ヘクタールについて先行開業する計画で、倉庫や海運会社などで構成する横浜港運協会と横浜市との間で調整が続いている。

 昨年9月に作った開発基本計画によると、山下ふ頭の将来の姿に関し、滞在型リゾートやエンターテインメント空間創出を中核に据えた「ハーバーリゾート」と銘打っており、カジノ解禁を見据えた再開発が急ピッチで進むことになる。

滞在型観光地に

 財界からも“ラブコール”が続く。横浜商工会議所は今年5月に作業部会を設置し、カジノによる産業振興などについて検討を重ねてきた。11月に出した報告書によると、横浜市内にIRを設置した場合、5595億~6710億円の経済波及効果があり、建設や観光関連など雇用創出効果は6・6~7・9万人と想定。横浜の観光客は日帰り客中心だが「カジノ導入で滞在型観光になる」との指摘もあり、「宿泊施設、会議場、物販飲食など複合型観光施設をつくり、わが国観光の強力な担い手として期待される」と提言。安倍晋三首相と菅義偉官房長官宛てに要望書を提出した。

 県内地盤の京浜急行電鉄は26年8月にIR運営事業への参入を目指す新たな部署を新設。31年秋に横浜市のみなとみらい21地区に本社を移転する京急にとって、カジノ解禁は大きなビジネスチャンスで、「IRを大規模な街づくりの機会としても捉え、経営資源を最大限に活用し、品川や羽田からの好アクセスも生かして沿線全体の活性化につなげていきたい」(原田一之社長)とコメントした。

負のイメージも

 一方でギャンブル依存症や治安問題などカジノに関する“負のイメージ”もつきまとう。

 横浜商工会議所の報告では「治安悪化はしっかり管理すれば起こりえない」とする一方、「ギャンブル依存症は社会問題を引き起こし、対策は必須」との見方を示している。

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 黒岩祐治知事は記者団に対して「国会で十分な議論が見えず、こんなに早く決まったのかと驚いた。不安を持っている人もおり、課題が残った」と述べた。



 山下ふ頭 面積は47・1ヘクタール。昭和28(1953)年から埋め立てを開始し、38年に国外からの海上輸送のための埠頭(ふとう)として完成。昭和40年代の高度経済成長期の横浜港を支える主力埠頭として重要な役割を果たした。近年では本牧ふ頭など主要埠頭を補完する物流機能を担い、現在、再開発構想が進められている。

 

ドラマ『逃げ恥』地方高視聴率でNHK“星野源獲り”に役員総動員

 投稿者:東京新報  投稿日:2017年 1月14日(土)13時47分21秒
  週刊実話

 新垣結衣主演のドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)最終回(12月20日放送)の総合視聴率が、33.1%を記録したことが1月4日、分かった。あの『ドクターX』を上回ったのだ。
 2017年、そのガッキーの相手役、星野源(35)が大ブレイクすると言われている。最終回の30%超えで、NHKが目の色を変えた。なぜなら、この数字は地方がはじき出したものであるからだ。もちろん、民放も指をくわえて見ているわけがない。星野源争奪戦はすでに始まっている。

 『逃げ恥』は、初回こそ平均視聴率10.2%だったが、その後は右肩上がり。最終回の総合視聴率33.1%は、TBS系の“火曜ドラマ”枠で歴代最高となった。
 「話題となったエンディングで流れる“恋ダンス”をローカル局のアナウンサーらがチャレンジしたこともあり、地方8局では5週連続20%以上の平均視聴率を記録。最終回に至っては、札幌地区と北部九州地区で驚異的な数字を叩き出しましたからね」(ドラマ関係者)

 その立役者となった星野を、各局が狙うのは当然の話だ。
 「人気ドラマだった『半沢直樹』の続編に失敗しているTBSは、同じ轍を踏まないように3月に『逃げ恥』の特番、7月期にはシーズン2での出演を打診している。星野の『逃げ恥』の1本当たりのギャラは、新垣の推定180万円の約半分。多少上がったとしても、それで数字が取れるとなればどの局も飛びつきます」(同)

 そんな中、特に熱心なのがNHKだという。
 「NHKは星野を大河ドラマ『真田丸』で徳川秀忠役に起用し、一昨年、昨年の紅白でも出場させている。ただ、まさか『逃げ恥』があそこまでの高視聴率を記録するとは思っていなかった。特に地方の視聴者が多いNHKにとって、札幌地区と北部九州地区での高い数字は魅力的です。そのため、すでに朝の連続テレビ小説の主役クラスでオファーしているようです」(同)

 「星野源を獲れ!」の指令はNHK役員総動員まで行き渡っているという。今年はNHKの顔になることも十分あり得る。
 

韓国・朴槿恵大統領とダブる小池百合子都知事の末路

 投稿者:東京新報  投稿日:2017年 1月12日(木)06時31分42秒
編集済
  週刊実話

「小池さんも近い将来、朴大統領の二の舞にならなければいいが…」
 昨年暮れから、そんな懸念の声が小池百合子東京都知事の周辺から聞こえ始めている。友人の雀順実被告に国家機密を漏らし便宜供与を図った疑いで崖っぷちに立たされている、韓国の朴槿恵大統領と「同じ1952年生まれの64歳、注目を集めるまでに至った経緯も似ている」というのがその理由だ。今の小池氏に、朴氏のような危機は訪れるのか。

 まず、2人の共通点について全国紙政治部記者がこう語る。
 「朴氏は第5代~9代韓国大統領・朴正煕の長女として、銀のスプーンを咥えて生まれた超セレブ。対し小池氏は芦屋の石油貿易商の娘ですが、父親が大の政治好きで衆院選にまで出馬している。幼いころから政治が身近にあった環境は似ています」

 朴氏はキリスト教系の中高一貫校から工業系の大学に進学、後にフランスの大学に留学し、世界の風を肌で感じている。
 一方の小池氏も、関西私立の名門、甲南女子中学、同高校に進学。関西学院大に進むが中退し、カイロ大学を卒業。やはり世界に目を向けていた。

 朴氏は1974年に母親の暗殺後にフランスから帰国し、父親のファーストレディ役を務め、政治センスに磨きをかけた。さらに父親の暗殺後は政界デビューのチャンスをうかがい、'98年には国会議員補欠選挙に当選、以後はハンナラ党の要職を歴任し、2004年に党代表となった。
 「“ハンナラ党のジャンヌ・ダルク”と呼ばれ、朴人気は一気に高まった。盧武鉉政権を徹底的に批判したことから、盧武鉉支持者からカッターナイフで切りつけられるという事件にも巻き込まれている。しかし、この危機がさらに人気を沸騰させ、同党の大躍進につながったのです」(韓国政界事情通)
 '12年、ハンナラ党はセヌリ党に改称し、朴氏は同党の大統領候補に選出。韓国初の女性大統領の座を勝ち取った。

 一方の小池氏は、カイロ大で身につけたアラビア語を武器に、当時、米レーガン大統領から「狂犬」と呼ばれた反米主義のリビアのカダフィ大佐、PLOアラファト議長をスクープインタビュー。テレビ東京のキャスターから'92年には政界に転身した。以後は小泉政権下の環境相でクールビズを普及させ、安倍政権下で防衛相、さらに自民党総務会長を務め、都知事出馬と政界を駆け上ってきた。
 「朴氏は両親が暗殺され、自分も危うい目にさらされる崖っぷちでも、突き進む姿勢を貫いてきた。小池氏も都知事選出馬、豊洲新市場問題や東京五輪の予算削減など、自ら崖っぷちに身を投じて戦う。その作戦で周囲を巻き込み、“劇場”を作り上げてきたわけです」(自民党ベテラン議員)

 朴氏は大統領の就任演説で、「北朝鮮が核放棄するのであれば幸福な統一時代の基盤を作る」とし、さらに米、中、露のトップらと積極外交を展開。支持率は63%にまで達した。小池氏も知事就任後から高い支持率をキープしているが、そんな中、「昨年の朴氏のように今年は小池氏にとっての厄年になるのではないか」との声が聞こえてくるのだ。
 「朴氏の凋落の発端は、'16年10月末、韓国のテレビ局が崔順実被告が処分したパソコンを入手し、そこから崔被告が大統領の演説の草稿などの文書44件を発表前に受けとっていたことが判明。弾劾裁判まで追い込まれた。しかし、この疑惑は以前から噂になっていたことで、朴人気のもと、ただ曖昧にされていただけなのです」(前出・韓国政界事情通)

 小池氏にも、まだ徹底して調べられていない“疑惑”が複数ある。
 「'05年の衆院選直前、小池氏が代表を務める自民党東京都第10支部が、環境省のコンベンション事業を5460万円で随意契約した企業から100万円の寄付を受け取っていたという話がある。さらに闇金業者からの献金未記載問題が『週刊新潮』(12月29・1月5日号)により報じられた。それによれば、闇金関係者が'12年に1枚2万円のパーティー券を計100枚200万円で購入、小池氏サイドに支払ったと明かしている。しかし、その記載はどこにもなく、1回のパーティー券売買の上限(150万円)を超えているという。小池氏はブラックマネーの存在を否定しているが、疑惑がくすぶり始めているのです」(前出・全国紙政治部記者)

 これらを踏まえ、小池氏のシンパはこう語る。
 「それらがもし事実であれば、朴氏同様、人気の反動から一気に追い詰められることになるでしょう。この酉年は、小池氏にとっては“ポスト安倍”候補に飛躍するための大事な年。乗り切るためにも疑惑は一掃しておかなければならない」

 '16年末に行われた産経新聞とFNNの世論調査で小池氏は、“ポスト安倍”に相当する人物として第4位にまで浮上している。
 都議会自民党都議3人が会派を離脱、新会派を作り小池氏との連携を図るなど、いよいよ新党立ち上げへ向け足場が固まり始めた小池劇場。しかし、勢いの陰に隠れた闇の部分を放置すれば、朴大統領と同じ末路をたどりかねない。
 

「進撃の巨人」講談社「別冊少年マガジン」元編集長の妻が怪死 警視庁は夫を事情聴取

 投稿者:東京新報  投稿日:2017年 1月11日(水)07時23分10秒
  単行本累計6千万部のベストセラーを生んだ京大卒カリスマ編集長が昨年8月、自宅で妻の首を絞め、階段から突き落とした疑いがある。妻は窒息死。夫婦には4人の子がおり、夫は育休を取得するほど子煩悩だったが、近隣には罵り合う声が響いていたとの証言もある。本人を直撃した――。

 一月七日、夜六時半。A氏(41)は子供四人を乗せ、青いミニバンで都内の自宅に帰ってきた。小誌女性記者が名乗ると、一瞬、驚いたような表情を浮かべた。
「家の中に子供を入れてからまた来ますので」
 まもなくA氏は再び姿を現した。焦げ茶の帽子を目深に被り、ダウンジャケットのポケットに手を入れ、俯き加減。「少し歩いてもいいですか」と記者を引き連れるように早足で近所の路地をぐるぐると歩き始める。その表情には疲労の色がうかがえた。
 A氏の妻が亡くなったのは昨年夏のことだ。そしてこの妻の死について、彼には警察からある疑いがかけられている。
――奥様が亡くなられたときの状況をお聞きしたい。
「何も言えません」
――階段から落ちて亡くなったと通報されたのは事実ですか?
「えっと……それもコメントは控えます。個別の取材を受けることはできません。ありのままのことを警察に話したので、話せることがないんです」
 歩き回ること数分。A氏は自宅に戻る直前、目頭を押さえて、「はあ……」と深い溜め息をついた。
「いや、でも、自分が悪いですね」
 そう言い残し、A氏は記者に頭を下げ、子供たちの待つ自宅へと向かった。

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直撃に答えるA氏

「自殺だと思う」

“事件”が起きたのは、二〇一六年八月九日だった。現場は、この瀟洒な二階建ての一軒家だ。
「家の中で妻が倒れている」
 午前二時五十分頃、心肺停止状態の妻を目の当たりにしたA氏は、一一九番通報している。
 社会部記者が振り返る。
「女性は病院に搬送されましたが、約一時間後に亡くなりました。三十八歳でした。玄関近くにある階段の下で、部屋着姿のまま倒れていたそうです。額に擦り傷が数カ所あったのですが、致命傷はなかった」
 A氏は、警察に対して「自殺だと思う」と説明していた。だが、警察は当初から事件性を疑っていた。
 捜査関係者の証言。
「被害者に持病はなく、遺書も残っていなかった。自殺の動機も見当たらない。自殺と他殺の両面から調べ始めたところ、死因が窒息死だと判明。被害者の首には手で絞められた内出血の痕があった。絞殺体によくみられる舌骨の損傷はなかったが、室内が物色された形跡もなく、侵入者がいたとも考えにくい。疑いの目は同居していた夫・A氏に向けられた」
 都内の閑静な高級住宅街で起きた変死事件として、一部のマスコミでも匿名で報道されている。
「アレはもう解決したんじゃないんですか? 夏から秋にかけて警察やマスコミもかなり来ていましたね。ただ、もう終わったことだと思っていましたが……」(近隣住民)

「年明け逮捕」との噂も

 発生から五カ月、捜査は水面下で慎重に進められていた。警察が複数の監察医に所見を求めたところ、「事故ではなく、他殺と判断して矛盾はない」という結論に達したという。
「つまり夫が首を絞めた上で階段から突き落とした疑いがあるということです。A氏に対してこれまで複数回、任意の事情聴取を行いましたが、『知らない』の一点張り。しかし、捜査は大詰めの段階に来ています。
 時間をかけた理由は、このA氏が出版最大手・講談社の社員編集者だからです。大ヒット漫画をいくつも手掛ける敏腕編集者だと聞いています。マスコミでも薬物逮捕などはありましたが、大手出版社社員による殺人もしくは傷害致死となれば前代未聞です」(前出・捜査関係者)
 警察の動きを察知した報道各社も“Xデー”に向け準備を進めている。
「マスコミ業界の大物の事件ということで、昨年秋頃から情報が回り始め、各社裏取りに動きました。年末頃から『年明け逮捕』との噂も広がり、あるテレビ局などは、捜査一課担当記者全員をA氏の行動確認に回したほど。各社“オープンリーチ状態”なのです」(前出・社会部記者)
 A氏が注目される理由。それは彼が大ベストセラー「進撃の巨人」を立ち上げたカリスマ編集長だからだ。
 同作は、人間を捕食する正体不明の巨人たちに対し、少年兵士らが生き残りをかけて戦うダークファンタジー。生きたままの人間を巨人が食いちぎるシーンなど、ショッキングな描写が注目され、十代の若者層を中心に爆発的な人気を集めた。一三年にはアニメ化、そして一五年には三浦春馬や水原希子らが主演する実写版映画も製作されヒットした。
 講談社関係者が説明する。
「昨年十二月に刊行された最新単行本の二十一巻は初版二百二万部で、累計発行部数は六千万部を突破しました。まさにドル箱ですよ。新人漫画家・諫山創(いさやまはじめ)氏による初の連載で、〇九年、Aさんが編集長(講談社での呼称は「編集班長」)として立ち上げた『別冊少年マガジン』の創刊と同時にスタートしました。いまや社の業績を支える屋台骨。まさかこれほどの大連載に化けるとは社内の誰も考えていなかった。人間をつまみ上げ、バリバリと咀嚼する巨人の残酷な描写については、社内でも賛否両論あったのです。しかも諫山さんは実績の無い無名の若手。その連載起用を決断し、『進撃の巨人』を世に送り出したAさんのセンスは並外れていると言わざるを得ません。社内では畏敬の念を込めて“鬼才”と呼ぶ人もいるくらいです」

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昨年8月に妻を亡くしたA氏

「絶望を描いて欲しい」

 押しも押されもせぬヒットメーカーとなったA氏は、二〇一一年五月から一三年二月まで、朝日新聞に連載コラムを持っていた。「進撃の巨人」についてはこう書いている。
〈この作品では、たくさんの人物が命を落とします。「死」が、この作品のテーマの一つと言えるでしょう。(中略)人間にとって、死は生涯のビッグイベントであり、古くから文学や演劇においても主要なテーマであり続けました。漫画が日本社会に広く認知されるにつれ、少年漫画でも人物の死を描くことが許容されてきたのです。(中略)現在の少年漫画はかつてに比べ、死ぬ場面が少なくなりました。そんな状況に一石を投じた作品の一つが、冒頭の「進撃の巨人」なのです。死が多く描かれていますが、「命」を軽んじているわけではありません〉(一二年二月十五日付「子どもを読む」)
「別冊少年マガジン」創刊にあたりA氏は諫山氏ら執筆陣に「絶望を描いて欲しい」と伝えたという。講談社の金看板「週刊少年マガジン」では難しいような、人間のダークサイドを描いた作品も少なくない。同級生の体操着を盗んだ中学男子が主人公の作品「惡の華」も話題となった。
「Aさんは入社以来ずっと『週刊少年マガジン』編集部に所属し、数々のヒットを飛ばしてきました。『別冊~』の編集長も『週マガ』編集部との兼任だったのです。昨年、アニメ映画が大ヒットした『聲(こえ)の形』をはじめ、累計発行部数二千万部を超える『七つの大罪』、大人気のヤンキー漫画『GTO』も担当しています」(同前)
 今年で入社十九年目のA氏だが、昨年、漫画編集者として転機を迎えていた。
 別の講談社関係者が言う。
「十八年務めた『週マガ』を離れ、モーニング編集部に異動したのです。本人の希望が叶ったかたちです。現在はチーフとして新人賞を担当し、次期編集長の呼び声も高い。異動は六月でしたから奥さんが亡くなったのはその約二カ月後です。新天地でこれから活躍しようという矢先でした」
 A氏は一九七五年、大阪府に生まれた。地元の知人が語る。
「彼は自ら『自分は在日韓国人三世だ』と明かしています。ただハングルは読めなかったようです」
 堺市にある実家の近隣住民はこう語る。
「お父さんは飲食店などを経営していたようです。ただ九年ほど前に亡くなり、いまはお母さんが一人で実家に住んでいます。お母さんの実家はパチンコ店を経営していたそうです。Aは三人兄弟の長男で妹と弟がいます。悪さはしない、大人しい優等生タイプでしたね。高校の頃ガールフレンドと手を繋いでいても『こんにちは』とちゃんと挨拶していました」
 大阪府内の高校を卒業すると、一浪して京都大学法学部に進学する。
「シネマ研究会に所属し、自主映画の製作などをしていました。当時から囲碁が趣味で、いまではアマ初段の腕前だそうです。当初は法学部に入って弁護士になるつもりで一浪したと言っていました。ただ、お父さんが経営する喫茶店で漫画を身近に感じていたようで、そうした環境もあってAは漫画編集者の道に進んだのでしょう」(前出・知人)
 講談社入社は九九年。入社時には、〈わたしたわしわたしたわ〉という奇妙なタイトルの作文を社内報に寄せている。
〈私はみんなのことが大好きで、自分のことがうんと好きです。そのことを雑誌や本を通してたくさんの人に伝えていきたいのです〉
 横柄なところはなく、穏やかな人柄は先輩後輩を問わず尊敬を集めていた。前出の講談社関係者が言う。
「実績もさることながら、社内に彼を悪く言う人はいません。後輩のちょっとした悩みも邪険にしませんし、酒を飲んでも乱れません。若手編集者の目標です。昨年、社内でAさんの奥さんが亡くなったという掲示がされたときは本当に気の毒でした。Aさんは気丈に振る舞っていましたが、その後、『子供のケアがあるので』としばらく会社に姿を見せませんでした」
 死亡した妻と出会ったのは十年以上前。同期が開いた合コンだという。自身が担当する雑誌のツイッターでもこう呟いている。

妻は育児ノイローゼ?

〈電話番号を交換したのに、どうすればいいかわからないままじっと待機。1週間後、そのコ(今の奥さん)から電話がかかってきて、うひゃあ!ってドキドキして出たら「なんで電話してこないの!」っていきなり怒られた(中略)なつかしい話。〉(一二年八月二十四日付)
 結婚した二人は講談社の社宅で同居生活を送り、一一年には今回の現場となった一戸建てを購入している。その間、〇七年九月に長女が誕生すると、四人の子宝にも恵まれた。
「長女は小学校三年生で、長男は去年小学校に入学しました。次女は幼稚園の年中で、最近も一人お子さんが生まれたそうです」(前出・講談社関係者)
 A氏は次女の誕生後、ツイッターでこう豪語している。
〈僕は結婚してから3回しかエッチしてません!子どもは3人います!!!3回で3人います!!!!〉(一二年九月二十三日付)
 大阪の実家にもよく妻を連れて帰省していた。
「毎年奥さんと子供さんを連れて車で帰ってきてたし、仲の良さそうな家族だと思っていました」(近隣住民)
 A氏は漫画編集者として昼夜を問わず働く一方で、イクメンでもあった。
「一二年に次女が生まれた際、講談社の男性社員として初めて約二カ月間、育児休暇を取っていました。子だくさんで、まさに理想的な夫婦ですよ」(前出・講談社関係者)
 朝日新聞の連載では育休を終えた感想をこう記している。
〈なぜ今も昔も、現実でも漫画の中でも、子どもは「お母さん」が好きなのか、分かった気がしました。そりゃそうだ、あんなに大変なんだもん。子どもたちはじっとそれを見ている。じっとお母さんを愛している〉(一二年七月十八日付)
 夫人も常に家族のことを気遣っていた。
「ご主人がメディアなどに出る際、その告知を奥さんがフェイスブックに投稿していました。子供を第一に考え、子供が韓国の苗字を名乗ることを『大丈夫かな』と気にしてましたね。旦那さんは日本名があるのに、韓国の苗字にこだわっていたから」(妻の友人)
 夫人の実家は北関東にある。同級生はこう語る。
「彼女は県内の女子高校を卒業後、都内の大学に進学しました。妹と二人姉妹ですが、早くにお母さんを亡くされて、叔母さんが子育てを手伝っていたと聞いています。中学時代は音楽系の部活に入っていました。ピアノも上手でした。絵も上手くて絵画コンクールで賞を獲ったこともありました。成績はほぼオール5。通学中も本を読む読書家で、恋愛はどちらかと言えば奥手みたいだった」
 仕事も家庭も順風満帆のはずだった。しかし、A氏は三年前、ツイッターにこんな投稿をしている。
〈妻の体調が思わしくなく、その心配と家事育児で、睡眠時間が少なくなっている〉(一三年六月九日)
 近隣住民も夫人の体調が気掛かりだったという。
「奥さんは育児ノイローゼ気味ではないかと聞いたことがあります。小さいお子さんが四人もいて大変だったんでしょう。夫婦喧嘩の大きな声が聞こえてきたこともありました」
 夫婦の実情について親族は把握していたのだろうか。夫人の実家を訪ねると、父親は無念さをにじませながらこう話した。
「私のところには年二回、正月と夏に訪ねてくるぐらいでした。夫婦の間のことは全く聞いていません。警察からも『彼が怪しい』というような話は聞かされたけど、私には全然わかんないもの。二人が喧嘩していたなんて話も、娘から全く聞いていないから……。
 娘が亡くなった時、(A氏が)私に『説明する』と言って来たんだけども、『俺は聞かねえ』と断ったんです。娘が亡くなったことに変わりはないですし。本人の弁解なんか聞きたくねえからってんで聞かなかったんです。だって何を言ったって、本人が言うことだもの」
 一方、A氏は自身の親族に対し、夫人の死をどのように伝えていたのだろうか。大阪に住む叔父は困惑した様子で語った。
「亡くなったことは聞きましたが葬式には行っていません。事故か自殺のようなことを聞きましたが、詳しくは教えてもらっていません。結婚式で奥さんとは会いましたが深い付き合いはしていません。何があったんですか? 悪いことをするような子ではなく、立派な子。自慢の甥っ子です」
 講談社はA氏に対し複数回の聞き取りを実施しているが、A氏は一貫して「自殺でした」と説明しているという。

「事情聴取がきつい」

「Aさんは奥さんが亡くなった後、冗談めかして『警察に疑われちゃってさあ』とこぼしていたそうです。すでに社内で今後の対応を協議しています。年明けから報道各社が取材に動いたことで社内では一般の社員にまで動揺が広がっている状況です」(前出・講談社関係者)
 A氏は十二月に入り、周囲に「事情聴取がきつい」と明かしたという。そして、十二月中頃から一月十日まで休暇をとった。
 別の近隣住民はA氏が最近も幼稚園に通う次女の送り迎えをしていたと明かす。
「それまで休んでいたのですが、十二月中旬頃から通園を再開して、Aさんが送り迎えをしている姿を見かけました。細身でメガネの優しそうな印象の方で、普段通り、『何かあれば声を掛けてください』とママ友に伝えていた」
 小誌は昨秋から取材を開始していたが、警察の捜査状況に鑑みて今年一月七日にA氏に話を聞いた。それが冒頭の場面だ。家を空けていたのは「家族旅行に出かけていた」からだという。夫婦関係についても聞いた。
――夫婦喧嘩をされていたという話もあります。
「僕と妻とですか? はあ、ちょっと自分ではわからないです」
 淡々と話していたA氏が苦渋の表情を浮かべたのは、夫人の育児疲れについて聞いたときだった。
「いや、それは、その……僕は分かりませんでした。僕が分からなかったということが、一番問題なんだと思います。とりあえずは、子供たちをどうしていくかが一番です。うまく保育園の時間に合致するような部署に異動できれば、(仕事を)続けられるとは思うんですが……」
 夫人の死後、子供は一時期、児童相談所に預けていたという。長男と次女はすでに学校と幼稚園に通い、長女は三学期からの復学になると説明したA氏。
 この日の深夜、A氏は一人で車に乗り、講談社社屋に向かった。在社は約六時間。講談社を出たのは午前四時過ぎのことだった。
 講談社に事実確認を求めると、広報室を通じてこう回答した。
〈事件性の有無等について現段階でお答えできません。(A氏に)聞き取りはしております。その内容についてはお答えできません。事態の推移を見守りつつ慎重に対応してまいります〉
 亡くなった夫人の父親は、取材の途中、小さな声で、こう呟いた。
「警察が調べてるんなら、はっきりさせてくれるだろう……」
 一刻も早い全容解明が待たれる。
「週刊文春」2017年1月19日号
 

幸福の科学・大川総裁の息子大川宏洋が俳優デビュー

 投稿者:東京新報  投稿日:2017年 1月11日(水)03時49分7秒
編集済
  激裏GATE PRESS

 幸福の科学・大川総裁の息子大川宏洋が
 27才で俳優デビュー。
 昨年9月には父、大川総裁が作詞作曲した曲で
 CDデビューをしており、宗教法人あげての
 ごり押し俳優の誕生が話題になっている。

 佐藤健を目指したが失敗しました

 大川宏洋 “Revolution!!”
 https://www.youtube.com/watch?v=kwqjxB66jIM

 幸福の科学は信者数激減が顕著だが
 映画に大学、高校を作るなど精力的な活動は継続。
 創価学会しかり、芸能界は宗教と金があれば
 一定の成功は得られる。今回の大川宏洋ゴリ推しデビューは
 新たな勢力なのかもしれない。

 

 1億円不正着服で男性マネがジャニーズ初の懲戒解雇

 投稿者:東京新報  投稿日:2017年 1月10日(火)02時57分0秒
  激裏GATE PRESS

 昨年秋、1億円にも届くキックバックが発覚し
 SMAPの元マネージャーがジャニーズ事務所を懲戒解雇。
 SMAPには1人ずつマネージャーがつき、そのうちの1人
 だというが、1億円もの金を懐に入れていたのなら
 被害届が出る事案。しかしSMAP解散後のこの時期に
 今ごろ発覚。マネージャーと聞いて真っ先に連想されるのは、
 件の飯島三智女史だが、ジャニーズ側のミスリードを狙った
 情報操作と言われている。

 SMAP騒動
 ?文春の「ジャニーズ事務所に派閥」記事を見たメリーが激怒
 ↓
 ?飯島マネージャーを呼びつけ、次期社長はジュリーだ、お前はスマップを連れて
 出て行けと面前で罵倒。
 ↓
 ?それを聞いた中居、草Γ牡蓋校、香取、稲垣、木村が話し合い、飯島マネージャーと
 共に独立することを決意。
 ↓
 ?田辺エージェンシーと契約直前になって木村が自分は抜けると言い出す。
 (工藤静香が説得したと言われている)
 ↓
 ?田辺エージェンシーは最初の約束と違うから受け入れられないと拒否。
 ↓
 ?進退窮まった飯島マネージャーは自分だけ辞めるから4人は戻りなさいと説得。
 ↓
 ?メリーは戻ることを承諾するも公開処刑をやらせる。
 ↓
 ?木村は得意満面のドヤ顔で公開謝罪を仕切り、木村君のおかげで戻れたと言わせる。
 ↓
 ?メリー、ジュリー、木村がハワイに行って留守の時に4人はジャニーさんに
 話し合いの場を作ってもらい、腹を割って話し合う。
 ↓
 ?ジャニーさんがその場で解散を承諾、あとでそれを聞いた木村がメリー、ジュリーに
 それなら4人をクビにしてくれと訴える。
 ↓
 ?それを聞いた4人は木村との決別を決意。
 ↓
 ?木村抜きで、森を加え5人で忘年会を開き、深夜2時まで飲み明かす。

 今年9月で4人はジャニーズ事務所との契約満了。
 それぞれが独立すると言われている。円満に送り出すギリギリまで
 イメージダウンを狙った情報操作は続きそうだ。
 

中村俊輔も退団、どうなる横浜FM。揺らぐ名門はゼロからのチーム再建、今季の苦戦は必至か

 投稿者:東京新報  投稿日:2017年 1月 9日(月)17時28分28秒
編集済
  マリノス完全崩壊しますね。横浜市にも責任があります。
マリノススクールでの数々のトラブル。


マリノス不祥事の記事
http://9321.teacup.com/sinpo/bbs/2248


フットボールチャンネル 1/9(月) 13:09配信

横浜F・マリノスの今季は厳しい戦いが待ち受けているのではないか。これまでチームを牽引してきた中村俊輔が退団。ピッチ内ではゼロから戦術面など練り直しが必要だ。それ以外にもベテラン選手の扱いや練習環境など問題は山積。名門は揺らいでいる。(取材・文:舩木渉)

成績不振だった指揮官は続投。その一方で功労者には……

名門の迷走が止まらない。

 Jリーグ創設時から存在する“オリジナル10”のうちの1つであり、これまで一度もJ2降格を経験したことのない横浜F・マリノス。そんな日本屈指の名門クラブが崩壊の危機に瀕している。

 クラブの象徴だった中村俊輔や榎本哲也の退団が、その迷走ぶりを物語っているだろう。彼らは本来なら横浜FMで現役を終えるべき選手であり、クラブが正常な状態であれば退団を決断することはなかったはずだ。

 そもそものきっかけは、2014年から提携しているシティ・フットボール・グループ(CFG)とクラブ側の意識の違いが大きくなってきたことにある。

 最たる例は、エリク・モンバエルツ監督の去就問題だ。昨季、来日2年目を迎えた指揮官はJ1で10位に終わり、1年目の成績を下回った。それだけでなく1年目に用いた堅守速攻の形を捨て、新たに中途半端なポゼッションを導入したことや、練習方法、選手起用などに問題があった。

 若手を積極的に登用したという数少ないポジティブな要素こそあったものの、一部の選手たちは不満を募らせていき、モンバエルツ監督の求心力は失われていった。そして3年目を迎えるにあたって監督交代があると思われていた。

 ところが、結局はモンバエルツ監督の続投が決定。CFGの意向が強いと見られている。ここ10年で最低の成績を残した監督が指揮を執り続けることに、選手だけでなくサポーターからも不満が続出した。

 新シーズンに向けた契約更改時にも問題が起きた。長年クラブに貢献してきた元日本代表DF中澤佑二に対し、大幅な減俸を提示。38歳にして3年連続全試合フルタイム出場を果たし、第一線で活躍できることを証明している選手に、提示された額はふさわしくなかった。

 さらに横浜FMを長きにわたって支えてきたベテランスタッフたちも、その多くが契約満了を告げられてクラブを去ることになった。チーム強化に関する権限を持ち、契約更改などを主導するというCFG側の担当者とクラブ側との間に溝ができているのではないか。

練習環境は劣化。選手らのストレス増

結局中澤に対してはすぐに条件の再提示を約束し、クラブは社長名義で「ファン、サポーターの皆様へ」という声明文を発表。事態の収拾に追われることとなった。栗原勇蔵や小林祐三といった功労者たちへの対応も本人だけでなくファンやサポーターの怒りを買った。

 生え抜き、功労者、大ベテラン……横浜FMと選手の別れは辛いものが多かった。特に2011年の松田直樹との別れは、いまもサポーターの心に傷として深く刻まれている。チーム屈指の人気選手だった松田の退団を経験した過去があるため、クラブの不誠実さには敏感に反応してしまう。

 いまの横浜FMには“顔の見えない誰か”が多すぎる。その筆頭が昨年3月にスポーティングダイレクターに就任したアイザック・ドル氏だ。それまでチーム統括本部長だった下條佳明氏に代わってトップチームの強化や編成を担当することになったが、就任のリリースにも顔写真がなく、その後公の場に顔を見せたこともほとんどない。

 1995年から2002年まで名古屋グランパスの育成部門に携わっていた経験があるとはいえ、周囲とのコミュニケーションや、Jリーグの文化や慣習への理解が足りていないのではないかと邪推してしまう。

 ただでさえ2016年は横浜FMにとって変化の年だった。みなとみらいにあったマリノスタウンが借地契約の満了により閉鎖となり、練習拠点が新横浜に移転。それにともないグラウンドとロッカールームなどその他の施設が離れているなど選手たちにとってはストレスが増えた。

 Jリーグの各クラブは年々練習環境の向上を図っているにもかかわらず、リーグ屈指の名門がその流れに逆らうといういびつな状況。実際にプレーする選手からしてみれば到底受け入れられるものではない。

 先日、ついに中村俊輔のジュビロ磐田移籍が発表された。直後に横浜FMは「中村俊輔選手の移籍に関して」という異例の声明をクラブ公式サイトに掲載。その中の「弊クラブはこれからも『皆さまに愛される 強い横浜F・マリノス』の実現を目指し、邁進して参ります」という一文に、一抹の不安を覚えた。

以前「愛されたい」と宣言したあるクラブのことが頭をよぎったからだ。横浜FMと同じく“オリジナル10”の1つだったクラブは今まさに再建の真っ最中。そして、どちらのクラブも同じように背後から見下ろす巨大な責任企業の影がちらつく。

 2017年、横浜FMはゼロからの再出発となる。ピッチ上ではこれまで中村俊輔を中心に構築されていた戦術なども全てゼロから練り直さなければならない。これまでにない苦しく、険しい戦いが待ち受けているだろう。

 昨年11月末、サポーター有志が練習場に横断幕を掲げたことが話題となった。

「選手にもファンにも愛されるクラブ作りは出来ていますか?」

「タイトル奪取の為に経験のある中堅ベテランの力も絶対必要」

「社長や監督は来ては去る。しかしファンとの絆は揺るがない。来年も共に戦おう」

 果たしてこの声はクラブに届いたのだろうか。クラブ側の判断が正しかったのか、そうでないのかを証明する唯一の判断基準は2017年シーズンの結果だ。ファンやサポーターは愛情が尽きない限り共に戦ってくれる。

 ただし、愛想を尽かされたらそれで両者の関係は終わってしまうということを肝に銘じておかなければならない。彼らは愛するがゆえに誰よりも厳しくクラブの行く末を見つめている。

(取材・文:舩木渉)
 

「横浜カジノ構想」報道が年明けから活発化! 菅官房長官が頭が上がらない「ハマのドン」も了解!?

 投稿者:東京新報  投稿日:2017年 1月 8日(日)10時02分15秒
編集済
  横浜・山下埠頭に大カジノが誕生?

これまで、情報通の間で語られていた「横浜カジノ構想」を、年初からマスコミが活発に報じるようになった。


「満を持して」というべきだろう。

神奈川新聞』は、「カジノ横浜有力候補」(1月3日付)というタイトルで、「カジノを中心とする統合型リゾート(IR)整備構想をめぐり、横浜を候補地の一つとして政府が検討を始めた」と、報じた。

林文子横浜市長は、『産経新聞』の「新春インタビュー」(1月5日付)のなかで、横浜港の山下埠頭が建設予定地となっているIR=横浜カジノ構想について触れ、次のように語っている。

「47ヘクタールという広大な空間で、非常に穏やかな水域に囲まれているのは、ハーバーリゾートにとって理想的。IRというとカジノと反応する人もいるが、私が描いているのは子供から大人までが楽しめる滞在型のリゾート施設」

また、直接、横浜カジノ構想について触れたわけではないが、『読売新聞』(1月5日付)は、「沖縄?カジノ誘致見送り」と報じた。

IR推進法案は、昨年末の衆院解散総選挙で吹き飛んだが、いずれ法案が成立、国内で2~3ヵ所、1兆円投資を呼び込むIRが建設されると目されている。

その最有力候補が、振興策とセットになっていた沖縄カジノ構想だったが、沖縄県は昨年12月に就任した翁長雄志知事がカジノ導入に反対しており、誘致方針を転換したという。同時に同紙は、「東京都も知事交代で導入に慎重な姿勢に転じており」と記し、それは横浜カジノ構想の浮上に直結する。

横浜カジノ構想は、本牧埠頭などのバックヤードとして利用されてはいるものの、完成から50年以上が経過、取扱貨物量が激減している山下埠頭47ヘクタールに、IRを誘致するというもの。

既に横浜市は、昨年4月、プロジェクトチームを設置、検討を開始しており、8月には京浜急行電鉄が、IR運営事業への参入検討を発表した。京浜急行の参入で東京や品川、羽田や成田といった交通要所から山下埠頭までのアクセスは確保されるし、同社には飲食やアミューズメント部門のノウハウもある。

また水面下では、カジノ運営のノウハウを持つパチンコ・パチスロの大手、セガサミー・ホールディングスが進出を準備、「三菱重工横浜造船所」の跡地を「みなとみらい21」という壮大な街に変えた三菱地所も事業参加する方針だという。

 

有力候補各地でバトル加熱 カジノ解禁に食指動かす日本企業の思惑

 投稿者:東京新報  投稿日:2017年 1月 6日(金)14時08分45秒
編集済
  週刊実話


統合型リゾート(IR)推進法案、いわゆるカジノ法案の成立で、最終候補地やカジノ関連企業、ゼネコンが、早くもしのぎを削り始めている。

 それにしても、これまでギャンブル依存症の増加を懸念する慎重論などで廃案の憂き目にあってきたカジノ法案が、ここへきて一気に可決されたのはなぜなのか。官邸事情通が言う。
 「トランプ次期米大統領の誕生と、11月にトランプタワーで行われたトランプ・安倍対談の影響が大きいと言われている。トランプ氏は、日米安保やTPPの問題よりも、安倍首相にカジノ法案の早期可決を強くうながしたと言われているのです。理由は、トランプ一族の系列企業がカジノ事業を手掛けることもあるが、それ以上に、大統領選でトランプ氏サイドに30億円近い選挙資金を拠出し、最側近として動いていたのが、カジノ王のラスベガス・サンズのアデルソンCEOだからです」

 アデルソン氏といえば、これまで何度も来日し、日本でのカジノ法案の早期通過を熱望し、可決した暁には1兆円の出資を豪語していた。トランプ氏が、まずは日米信頼関係の再構築の第一歩として、安倍首相にカジノ法案の可決成立を強く望んだ可能性が高いというのは、実にガテンのいく話だ。
 そのような背景で可決に至り、候補地はカジノ特需への期待で沸騰中。'15年2月、政府は有力候補地として横浜と大阪を挙げており、その流れは今も変わらない。

 横浜の場合は、なんと言っても菅義偉官房長官のおひざ元という点が大きい。
 「山下埠頭を中心とした約50ヘクタールを中心に展開し、建設費用は約6000億円と言われる。この横浜カジノを強力にプッシュするのは“ハマのドン”とも呼ばれ横浜港荷役をまとめ上げてきた藤木企業の藤木幸夫会長。菅氏も林文子横浜市長も、藤木氏には頭が上がらないほどですからね」(横浜財界関係者)

 では、この横浜カジノに名を連ねる有力企業はどこか。まずは三菱重工横浜造船所跡地に『みなとみらい21』を展開する三菱地所が、引き続き開発のキーを担うという。さらに、安倍首相と親交のある里見治氏が会長兼社長を務めるセガサミーHDも動く。
 「セガはゲーム・パチンコメーカーのため、カジノ運営のノウハウは欠けていた。そのため国内カジノの運営の準備も兼ね、'14年には韓国カジノ運営最大手パラダイスグループと合弁会社を立ち上げた。'17年にはソウル近郊に1400億円を投じ、カジノリゾートをオープンさせる予定で計画を進めています。ただし、横浜カジノの運営企業の大本命は、なんといってもラスベガス・サンズ。セガは、そのサンズと合弁会社を立ち上げる可能性もあります」

 また、羽田から三浦半島までの鉄道網を持つ京浜急行電鉄も、横浜カジノで大飛躍を期待する。
 「京急は、みなとみらい地区に横浜市から土地を購入し、本社を品川から横浜市に移転させる。さらに、ホテルや飲食関連で企業連合を立ち上げて6000億から1兆円を集め、IR施設を計画中との話もあります」(横浜財界関係)

 一方の大阪は、'25年に予定される万博とカジノ特区をセットで、大阪市此花区夢洲に約390ヘクタールを用意する計画だ。
 「運営会社としては、東がサンズなら大阪は米MGMリゾーツ・インターナショナルが最有力。こちらもラスベガス級の米最大IR企業で、最低5000億円~1兆円規模の出資が可能だという。大阪には他に、マカオのカジノ王、スタンレー・ホーのグループも訪れている」(IR関係者)

 ゼネコン関連では大林組、海洋建設に強い五洋建設、奥村組が有力視されている。さらに夢洲に広大な土地を所有する物流企業の山九、ホテル不動産も強い阪急グループも虎視眈々という。
 「横浜、大阪が有力と言われる中、東京も、カジノ推進派と言われる小池百合子都知事の就任で、再びチャレンジすると言われている。お台場が有力視されていた際、三井グループや鹿島建設、フジ・メディアHDが動いていたが一度は消えた。再度となれば、シンガポールのマリーナベイ・サンズのホテルを手掛けた鹿島を中心に復活となる。サンズの本音は東京で、横浜は厳しくなります」(同)

 大阪の対抗としては、二階俊博自民党幹事長の出身地、和歌山県も可能性が出ている。
 「西の企業では澤田秀雄社長率いるハウステンボス(長崎県)も誘致を熱望している。ほか、紙幣の識別機械製造を手掛ける日本金銭機械や、メダル計数機を製造するオーイズミの株は値上がり傾向。カジノとなればセキュリティー関連も重要視されるため、アルソックやセコムも注目されます」(企業ライター)

 

ヅラ知事翁長は沖縄の平和運動を政治的野望に利用しているだけ。

 投稿者:東京新報  投稿日:2017年 1月 6日(金)10時30分53秒
編集済
  ヅラ知事翁長は沖縄の平和運動を政治的野望に利用しているだけ。

かねひで、かりゆし、沖縄ハム、陽光会とつるみ利権三昧。

横浜市会の梶村某相鉄ブローカーよりヤバい

http://www.nikaidou.com/archives/88007

沖縄県知事は金秀建設はズブズブの関係です。

この知事は沖縄県の新庁舎建設予定地だった土地をオリックス不動産に勝手に売却し、そこにビルを建て、自分とズブズブな関係の金秀建設にビルの警備員事業として受注させています。
この知事は金秀建設関係者からお金をもらっています。

↑オリックスなら稲田朋美に聞けばいい。夫婦でオリックスの弁護士だったんだからな。
 

在日韓国人三世横浜市議を嫌う林文子横浜市長

 投稿者:東京新報  投稿日:2017年 1月 6日(金)10時00分26秒
編集済
  林文子横浜市長は、祖国が萎むと同時に最近萎んで来ましたね。
犯島は、春から重大な局面を迎える事になると思いますよ。
 

薬屋のせがれ議員

 投稿者:東京新報  投稿日:2017年 1月 4日(水)15時40分48秒
編集済
  自民党議員・薬屋のせがれ、
2009年の衆院選公示日前夜に民主党候補の応援をしていた
在日韓国人三世横浜市議に支援を
磯子のマラカニアン宮殿で懇願していました。

T中T昭横浜市議も同席していました。

在日韓国人三世横浜市議は何でもあり?!

 

森喜朗(79歳)「しがみつく勇気」 夫人の「やめて」にも「小池なんかに負けるか」

 投稿者:東京新報  投稿日:2017年 1月 3日(火)19時49分13秒
編集済
  横浜でも戸塚のゴミ山で利権握って食い逃げした過去がありましたね。



森喜朗(79歳)「しがみつく勇気」 夫人の「やめて」にも「小池なんかに負けるか」

増大する経費などさまざまな問題が噴出する二〇二〇年の東京オリンピック。組織委員会の会長として、国民的イベントを取り仕切るのが森喜朗元首相である。失言や老害批判、そして肺がんにも負けず、五輪のドンとして君臨し続ける力の源泉は一体どこにあるのか。

「みんなでボロクソ言ってるけど、森さんのように年の功もある総理大臣経験者に頑張ってもらわないとしょうがないでしょう。最近は小池さんが出てきてかえって元気になったのよ。『この野郎、こんな奴に負けるか』って」
 十二月二十一日昼、五輪組織委員会の森喜朗会長(79)についてこう語ったのは組織委理事を務める高橋治之電通元専務だ。この日は組織委、東京都、政府、IOCによる四者協議が開かれ、森氏が小池百合子都知事と開催経費を巡って直接対決した日だった。
 高橋氏は東京五輪開催時に八十三歳を迎える森氏についてこう語る。
「八十二、三歳くらいまではボケないんじゃない?(笑) 一週間前に食事した時は僕の倍くらい食べてたから。焼酎の森伊蔵を飲んで餃子や大好きなクサヤを食べてました。二〇二〇年までいけるんじゃないの」
 森伊蔵は「森いいぞ」に通じることから、森氏のお気に入りという。
 森氏はかつて、東京五輪についてこう語っていた。
〈2020年の東京オリンピックをスタンドの片隅で観戦し、若い人たちを応援したい。これが今の私のささやかな願いである〉(『私の履歴書 森喜朗回顧録』)
 ところが――。
 十二月六日夜、東京・芝公園「ザ・プリンスパークタワー東京」の一室。
「オリンピックも成功の道にいくためにと思って、そのために命を永らえている。神様の贈り物だと思っています」
「森喜朗忘年例会」と銘打たれた会の席上で、上機嫌にこう語ったのは森氏本人である。生島ヒロシが司会を務めトランペット奏者の日野皓正氏が生演奏を披露した宴会には、日本テレビの大久保好男社長ら錚々たる面々が集まった。
 森氏は支援者を前に満面の笑みを浮かべる一方で、小池知事への批判も忘れなかった。「新宿におられる立派な役所の上にいるあの女性」とあてこすった上で、
「オリンピックをなにか邪魔者扱いして悪者の巣みたいにしてしまった……誰かとは言いませんよ、それは大体お分かりでしょうけど、それだけが本当に残念なことですね」
 その後、挨拶に立ったのは、古くからの友人という女優の泉ピン子だ。人気ドラマ「ドクターX~外科医・大門未知子~」の撮影を抜け出してきたという泉は、こう会場を沸かせた。
「先生がダメな時は四者会談、私が行きますよ。向こうが緑なら私はピンクかな」
 泉は組織委顧問という肩書きも持つ。挨拶でもこう語った。
「そういうのやるとみんな近づいて来るんですね。(五輪の)入場券の欲しさに。それは一枚も受けないことに決めております」
 五輪担当記者が言う。
「泉さんは表立って招致活動をしてきたわけでもないので、周囲は『なぜ顧問?』と不思議がっていました」
 実は、この日開かれていたのは単なる忘年会ではない。参加するためには一枚二万円のパーティ券が必要となる。森氏の資金管理団体「春風会」が主催するれっきとした政治資金集めパーティなのだ。
 春風会は、一二年以降の四年間で三億七千万円以上を集める森氏の“財布”だ。政治資金収支報告書にはこう記載されている。
「公職の種類
 衆議院議員候補者」
「届出をした者の氏名
 森喜朗」
 衆院議員を引退したはずの森氏が、自らを「衆議院議員の候補者」とし、春風会を資金管理団体として存続させているのだ。
 毎年開かれる春風会の政治資金パーティは一回につき五千万円以上を集め、引退後のパーティ収入は約二億七千万円にのぼる。現役政治家を上回る集金力を誇るのだ。
 政治資金に詳しい上脇博之神戸学院大教授が語る。
「公職の候補者でなくなった場合、七日以内に届け出ることが定められています。政界引退を表明したのに公職の候補者として資金管理団体を持ち続けているというのは不可解です」

高齢県議には“引退勧告”

 さらに、地元・石川県の自民党支部からも政治献金を受けている。
「森さんは、引退に伴って自身の政党支部を解散する前に、春風会に総額五千三百万円もの資金を移しました。また、引退後には後援者を代表とする新たな政党支部が設立されています。この支部は森氏の後援企業などから献金を受け、春風会に寄附をしています。資金管理団体である春風会は企業献金を受けることができないので、こうした形をとっているのでしょう。総額は一三年からの三年で二千百万円にのぼります」(石川県政界関係者)
 こうして集めたカネを何に使っているのか。
「出身派閥『清和会』に献金しています。一二年からの二年間で総額三千万円にのぼります。いまだ政界に影響力を持っているのは、こうした資金力のおかげもあるでしょう」(同前)
 政治資金は、事務所費にも使われている。虎ノ門ヒルズの組織委にも会長室を構えるが、そこから徒歩三分の距離にある高級マンションにも森氏は事務所を持つ。昨年引っ越した事務所の賃料は五十万円超だ。後援者が言う。
「室内はスタッフが常駐する部屋と森さんの個室に分かれていました。スタッフは三人いて、娘さんもお手伝いされていました」
 事務所スタッフの人件費も引退後だけで八千二百万円を計上している。
 政界を引退し、本来なら大所高所から中立的な立場でオリンピックを差配すべき組織委のトップが、政治家として巨額のカネを集め続ける。こうした振る舞いが、「老害」批判を招くのだが、本人にその自覚はないようだ。
「県議は七十歳を過ぎたら辞めればいい」
 森氏は、二〇一四年、ある会合でこう言い放ったという。
 翌一五年には石川県議選が控え、森氏の地元だった小松市選挙区の自民党現職はベテラン県議の二人だった。向出勉自民党石川県連副会長が語る。
「森さんは長年支援を受けてきた現職県議が二人いるのにもかかわらず、五十代の女性候補を後押しした。現職は二人とも七十歳以上だったから、援護射撃のためにそういう発言をしたんやろう。ああいう大物になったら地元のことに口出しせん方がええんやけど」
 しかし、なぜ森氏はここまで権力にしがみつき続けるのか。時計の針を政界引退時に巻き戻してみよう。
 一二年七月二十二日、森氏は石川県能美市で開かれた会合で政界引退を表明した。後援会幹部が語る。
「事前に伝えていたのは元金庫番の秘書一人だけ。後援会にも全く知らされていなかったので、みんな呆気に取られていました。『若い人に道を譲るのが地元への恩返しになる』とお話しされました」
 実はこの会合は、長男・祐喜氏を偲ぶ会だった。森氏の秘書だった祐喜氏は、〇六年には石川県議選に出馬し初当選する。
「県議選にもかかわらず当時官房長官だった安倍さんが応援に駆けつけていました。いずれ森氏の後継になると見られていた」(同前)
 だが、一〇年に祐喜氏は飲酒運転事故を起こし、県議を辞職。その翌年、急性膵炎による多臓器不全で死去した。享年四十六。
「智恵子夫人は飲酒運転事故以来、『地元には帰れない』と漏らしていたそうです。横浜出身で、森氏のために石川に来て、長年地元を守ってきた夫人は、長男の死で、支えがなくなった。森先生が早く引退して、選挙から離れて、余生は老人ホームで静かに暮らしたいと親しい人に話していました」(同前)
 夫人は、この時「祐喜があんなことになって恥ずかしくないの!」と森氏に政界引退を迫ったという。

「やっちゃったんだから」

 森氏の地盤は、公募で選ばれた佐々木紀(はじめ)氏に引き継がれた。国会議員を引退した森氏は、長年培ってきた政治力のはけ口をスポーツに向けるようになる。政界引退の二カ月後には東京五輪招致委員会評議会議長となり、一四年一月には組織委員会会長に就任した。永田町関係者が言う。
「会長就任の経緯について『財界人に断られ、安倍総理からも電話があり引き受けるしかなかった』と語っていますが、森氏がやる気だというのは、官邸にも伝わっていました。政界への影響力を考えると、それを無視するのは難しかった」
 だが会長就任後、肺がんが見つかる。
「一五年は本当に体調が悪かった。抗がん剤をやった後は二、三日くらいは食欲が無くてやる気が無くて仕事にならなかった。食事をしていてもほとんど食べない」(前出・高橋氏)
 森氏を救ったのが新薬「オプジーボ」だ。「忘年会」でもこう明かしている。
「どうせ死ぬなら人体実験するかと思って。そしたら髪がバーっと生えてきまして、ものも食べられるようになりました。向こうに逝った息子が『親父来なくていいよ』と私を受け付けないでいてくれたのかな」
 すっかり健康を取り戻した森氏だが、強まる批判に夫人の心配は尽きない。
「森さんは『国民のために最後の務め』という思いですが、組織委の会長という仕事はどうしても批判を受ける。それで夫人にしばしば怒られているそうです」(前出・高橋氏)
「だからやめなさいって言ったでしょ!」と怒る夫人に森氏はこう返したという。
「しょうがないだろ、やっちゃったんだから」
 森氏に取材を申し込むと弁護士を通じて回答した。春風会などの政治資金の流れについては、「政治資金規正法その他の法令に則り、適法に処理しています」とし、夫人に引退を迫られたことは否定した。
 また、泉を顧問に選んだ理由については「組織委で総合的に判断して決めました。多くのタレントの中で幅広く庶民的な人柄と聞いています」と説明した。
 森氏はかつて、『私の履歴書』でこう記している。
〈いずれは現在の役職をすべて後進の方々に譲り、石川県能美市の生家に帰って静かな余生を送りたい〉
 現在は森氏が訪れることもほとんどないという生家。門扉左手に黄土色の新しい建物がある。「森喜朗資料館」だ。
 館内には国政初出馬の際のポスターやプーチン大統領ら各国要人とのツーショット写真、天皇陛下からの総理大臣任命証書が展示され、森氏の“業績”が顕彰されている。
 ただ、この資料館は一般公開されておらず、立ち入りが許されるのは後援会関係者のみ。訪れる人もほとんどいないこの資料館は、老人の寂寥を象徴するように立っていた。
「週刊文春」2017年1月5日/12日新年特大号
 

りゅうちぇる

 投稿者:東京新報  投稿日:2017年 1月 1日(日)11時00分5秒
  りゅうちぇる

 

〈安倍〉〈プーチン〉への決めゼリフ 「もうゲームは止めましょう」(ジャーナリスト・山口敬之)

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年12月30日(金)19時47分8秒
  〈安倍〉〈プーチン〉への決めゼリフ 「もうゲームは止めましょう」(ジャーナリスト・山口敬之)

世界中が注目した日露首脳会談(十二月十五日~十六日)。安倍首相とプーチン大統領の間で、いったい何が話し合われたのか。

 安倍の地元、山口県長門市で行われた初日のハイライトは、プーチンとの一対一の“サシ会談”だった。
 安倍がこの会談でこだわった三つの単語がある。「四島」「特別な制度」そして「決意」だ。
 今年五月ロシアのソチで行われた首脳会談から本格的に動き出した。一時は領土返還に向け早い展開も期待されたが、十二月の訪日が近づくにつれてロシア側は態度を硬化させた。プーチンが交渉の原点とする一九五六年の日ソ共同宣言に明記された歯舞・色丹の早期返還すら、先が見えなくなっていた。
 日本側が恐れたのは交渉の主戦場が「歯舞・色丹の返却方法」になる事だった。国後・択捉を置き去りにしないため、今回提案する北方領土での共同経済活動は、四島全てを対象にする必要がある。だから安倍は会談冒頭で、択捉島出身者の手紙をロシア語に翻訳してプーチンの心に訴えたのである。
 二つ目のキーワードは「特別な制度」。ロシアが実効支配する北方四島でビジネスを行うには、ロシアの法制度に従わざるをえず、それはロシアの主権を認める事になる。これまで浮かんでは消えた経済協力プランは、この壁を越えられなかった。安倍はここで逆転の発想に出た。「信頼醸成の為の経済協力を実現するには、ロシアの法制でも日本の法制でもない『特別な制度』が必要」と訴えたのである。これは部分的にせよ北方領土にロシアの法制度が及ばない分野が生まれることを意味する。
 一気に領土返還が実現しない以上、部分的な法制度の変更を、最終的な「返還」「主権回復」への第一歩とする「蟻の一穴」戦略である。ヒト・モノ・カネの往来が盛んになれば、住民同士の信頼関係が醸成され特別な制度も拡大していく。これについて、安倍は周囲にこう漏らしている。
「歴史の正義を実現するのは究極的には武力しかない。それが不可能なら一歩一歩進むしかない」
 最後のハードルが「決意」だった。秋以降、ロシア側が「経済協力の先行」を強硬に主張し、交渉は膠着。日本国内でも「食い逃げ懸念」が出ていた以上、「ゴールは平和条約」と文書で示す必要があった。安倍は決めゼリフを放った。
「もうゲームは止めましょう」
 そして「私を信じて欲しい」と安倍には珍しく、思いを込めた言葉を続け、猜疑心を捨てなければ前進できない、と重ねて言った。
「私とあなたで平和条約に署名したい」
 会談最終盤、プーチンはついに「平和条約締結への決意」という考えに合意した。しかし、安倍が懸念したのは、会談後に行われる事務方による文書作成作業だった。直前の事務レベル交渉でロシア外務省は、合意文書に「決意」という文言を盛り込むことを頑なに拒否していたからだ。
 そこで安倍は、サシ会談の最後に、日露双方の事務方を部屋に呼び込んだ。そして両首脳が文書作成責任者と共に合意文書の文言を確認したのである。
 首脳による最終確認という前代未聞の経過を経て完成した文書には、実質的に「四島」「特別な制度」、そして最大の焦点だった「決意」も盛り込まれた。
 一方で合意文書は、「プレス向け声明」という玉虫色のタイトルで発表された。ロシア側が最後に見せた“抵抗”が、今後の交渉の難しさを暗示している。
(文中敬称略)

「週刊文春」2016年12月29日号
 

横浜マリノス中村俊輔退団へ 磐田移籍で経営影響も(

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年12月30日(金)11時49分5秒
編集済
  横浜マリノス中村俊輔退団へ 磐田移籍で経営影響も(カナロコ by 神奈川新聞) - Yahoo!ニュース
http://srd.yahoo.jp/new/hl?a=20161230-00014550-kana-spo

サッカー元日本代表でJ1横浜F・マリノス(横浜M)の中村俊輔選手(38)が今季限りで退団し、J1磐田に移籍する意向を固めたことが29日、分かった。近日中にも正式発表される見通しだが、実力、人気両面でチームを引っ張ってきた中村選手の退団はサポーターらに大きな衝撃を与えるだけでなく、今後のクラブ経営にも多大な影響を及ぼすとみられる。

同日の天皇杯全日本選手権準決勝で鹿島に0-2で敗れた後、中村選手は去就について「クラブと代理人が話していて、進んでいると思います」と明言を避けたが、複数の関係者によると退団は決定的という。6季連続で主将を務めた今季は左膝の負傷などで出番が少なく、リーグ戦は19試合に出場して4得点だった。

 中村選手は11月3日のリーグ戦終了後、慰留に努めるクラブ側と交渉を重ねてきた一方で、磐田から複数年契約の条件で獲得の申し入れを受けていた。複数のクラブ関係者によると、来季の強化方針などにおいて両者に大きな隔たりがあったという。

 横浜市出身の中村選手は中学時代に横浜Mの育成組織であるジュニアユースに所属し、桐光学園高校(川崎市麻生区)を経て1997年に入団。正確な左足のキックと抜群のテクニックですぐに台頭し、2000年のJ1第1ステージ制覇に貢献した。

 02年にイタリアのレッジーナに移籍し、05年には英スコットランドの名門セルティックに移ってリーグ3連覇を達成。スペインのエスパニョールでもプレーした後、10年に古巣の横浜Mに復帰していた。

 日本代表の背番号10としても長く活躍し、ワールドカップ(W杯)は06年ドイツと10年南アフリカの2大会に出場。国際Aマッチは歴代7位の98試合に出場して24得点している。JリーグではJ1通算338試合で68得点。00年に続いて13年には史上初となる2度目の最優秀選手賞に輝いた。

 移籍先とみられる磐田は静岡県磐田市にホームタウンを置き、リーグ年間優勝3度の強豪。14年にJ2に降格したが、今季は3年ぶりにJ1に昇格して戦い、年間13位だった。
 

林文子さん 横浜市長3期目出馬みたい

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年12月29日(木)09時34分56秒
  林文子さん 横浜市長3期目出馬みたい

 

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