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安倍首相自ら口説いた参院選トンデモ候補〈青山繁晴〉 「450万円私的流用」で共同通信を退社の過去 〈“舛添ブーメラン”自民を直撃!

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年 6月30日(木)09時02分9秒
編集済
  安倍首相自ら口説いた参院選トンデモ候補〈青山繁晴〉
「450万円私的流用」で共同通信を退社の過去
〈“舛添ブーメラン”自民を直撃!


舛添要一氏の東京都知事辞任劇はメディアにも大きな問いを投げかけた。公職に立候補した人間の資質をきちんとチェックできているのか。特に公示直前に立候補した人物ともなれば、検証の目は届きにくくなる。政権与党が最後に公認した人物を調べてみると――。

「(六月)十二日に突如、日中のお忙しいはずの時間帯に安倍総理から電話があり、『参院の比例候補で出てもらいたい』と言われたのです」
 参院選の公示日を二日後に控えた六月二十日、自民党の“最後の男”として、比例区で出馬表明したのが、テレビの人気コメンテーターで、シンクタンク代表を務める青山繁晴氏(63)だった。
「出馬を後押ししたのは世耕弘成官房副長官です。本部は、選挙カーの台数が増えるなど、さまざまな優遇がある比例二十五名の公認にこだわっていました。ただ、最後の二十五人目については、『知名度があるから公示直前でも大丈夫』と自信をのぞかせていましたね」(自民党担当記者)
 安倍晋三首相自らが、出馬を口説き落としたという青山氏は共同通信の元記者。自ら設立した民間シンクタンク・独立総合研究所の代表として、国家安全保障会議(日本版NSC)創設の有識者会議議員などの政府の有識者委員も歴任する。

千五百万円の経費が問題に

 永田町でもよく知られた存在だった。
「青山氏の父親は元建設大臣の後援会会長であり、現役記者時代、河本派を担当し、海部俊樹元首相に食い込んでいたことは有名です。最近は、保守派の論客として、安倍政権との関係を深め、衆院選や大阪府知事選への出馬も噂されました」(同前)
 また、並行して安全保障や外交などをテレビで解説するコメンテーターとしても活躍。とりわけ出身地である関西での知名度は抜群だ。在阪テレビ局のディレクターが語る。
「関西で絶大な人気を誇っていた故・やしきたかじんさんの人気番組『たかじんNOマネー』(テレビ大阪)や、硬派な報道番組で知られる『スーパーニュースアンカー』(関西テレビ)などの番組に出演しており、知られた存在です。『たかじんNOマネー』は、たかじんさんの闘病中に、代役で司会をしばらく務めていたほどです」

 テレビだけでなく、著作を出版したり雑誌連載を持ち、切れ味鋭く、国内外の諸問題を斬ってきた。東京都知事を辞任した舛添要一氏については、次のように厳しく批判している。
〈マスゾエ騒動は、あまりにけがらわしく、(略)「小さくて、セコい」から思わず、もう忘れたくなる。しかしそれが暴いた問題は広く、深く、重い〉
〈一体どんな教育によって、人間はここまで卑しくなれるのか〉
〈人間性の問題が根っこにある。
 なぜ、こんな人間が育つのか〉(「月刊Hanada」二〇一六年八月号)
 そんな青山氏に対して、自民党は大きな期待を掛けているという。
「事前の予測では、自民党への支持は堅調で、比例区では二十議席前後の獲得が見込まれます。青山氏が掲げる『議員は一期しかやらない』『政治献金は一円も受け取らない』『TPP反対』などの公約には、疑問の声もあがっていますが、党本部は、SPEEDの今井絵理子氏と同じ程度の票数を見込めると期待しています。参院選の比例区ではリストの上位に名前が来る候補者が有利と言われ、あ行の青山氏は上位になる。意中の比例候補がいない自民党員は、彼の名前を書くことが多いのではないかと見られています」(前出・記者)
 ところが――。古くから青山氏を知る複数の関係者は、「彼は舛添さんと一緒だよ」と、口を揃えるのだ。
 神戸市出身の青山氏は早稲田大学政経学部を卒業すると、共同通信社で記者となった。青山氏が有名になったのは、九六年のペルー日本大使公邸人質事件の取材だった。
「当時、政治部記者で外務省のサブキャップを務めていた彼は、事件発生直後からペルーの首都リマに飛びました。それから特殊部隊の強行突入で事件が解決するまで、約百三十日間、一度も帰国せずに現地で取材を続けていた。共同通信だけで、五十人以上の記者やカメラマンが交代で取材していましたが、一度も日本に帰国しなかったのは彼だけでした」(当時の同僚記者)
 だが、この事件こそが青山氏の共同通信退社のきっかけになったのだ。
 当時の事情に詳しい元同僚が明かす。
「彼はペルー滞在の四カ月で約千五百万円の経費を使った。そのうち少なくとも四百五十万円に私的流用の疑いが掛けられました」
 中でも、ペルーの高級乗馬クラブの利用代金を取材費と称して、請求してきたことは周囲を驚かせた。
「乗馬クラブの代金を請求したことは政治部では知らない者はいないほど有名な話です。他にも、ホテルのメモパッドに、手書きで金額を書いた紙を領収書として提出するなど、きわめて杜撰な経理処理でした。当時は今と違って、さほど経費精算は厳しくなかった時代ですが、それでも『これはひどすぎる』と問題になったのです」(同前)
 ペルー入りした五十人以上の記者やカメラマンのうち、経費を問題視されたのは青山氏だけだったという。当然、経理担当者は、青山氏に対して、私的利用分を支払うよう求めた。
「青山氏は、のらりくらりかわし続け、結局、半年間ほど交渉を続けていました。その結果、四百五十万円ほどを退職金で相殺する形にしたのです。実はワシントン支局への異動が決まっていたのですが、立ち消えになりました」(同前)
 一九九七年大晦日をもって、青山氏は共同通信を退社する。その挨拶状が、同僚たちの間で話題になった。
「『円満に依願退職』と記されていたのです」(同前)

誰も知らない歴史的スクープ

 実は、青山氏の“公私混同”は、他にもあった。
「ハイヤーの私的流用を疑われ、政治部内で問題になっていました。家族旅行で使っていた疑惑もあった。休日に何度も彼はハイヤーを使っていましたが、休みに彼が取材するほど忙しくなかったはずです」(政治部の元同僚)
 共同通信を退社した青山氏は、三菱総研の研究員を経て、シンクタンクを設立し、メディアで活躍するようになっていく。その際、宣伝文句となったのが、記者時代の武勇伝だった。一例をあげれば、今回の参院選の選挙ビラにもこうある。
〈事件記者、経済記者、政治記者を歴任。「昭和天皇の吐血」など歴史的スクープ連発〉
 だが、元共同通信記者で、現在ジャーナリストの青木理氏は首を傾げる。
「私は十六年勤めましたが、共同の社内で、特ダネ記者として青山氏の名前を聞いたことがありません。青山氏がかかわったというペルー事件の取材でも、社内で評価されていたのは、ゲリラと交渉し、公邸内の取材を実現させたカメラマンでした」
 ペルー大使公邸事件における青山氏の取材については、次のような指摘もある。
「たしかにペルー事件では、“独自ネタ”ばかり書いていましたが、情報源が『〇〇筋によると』とぼかされており、フィクションではないかと言われていました。他社の記者が、彼の“特ダネ”を追いかけようとしても一切ウラが取れないのです。そのため、彼についたあだ名は『文豪』(笑)。共同通信の加盟社の中には、ペルーに記者を派遣している社もあり、『ウラが取れない情報ばかり載せやがって』と抗議がきたと聞いています」(前出・当時の同僚記者)
 本人が選挙ビラに記載する通り、“歴史的スクープ”として誇るのが、「昭和天皇の吐血」報道だ。
 一九八八年九月、一年以上前から体調を崩されていた天皇陛下の吐血をスクープしたというのだ。
 本人は、著書やテレビで次のように説明している。
 政府高官が記者が殺到する官舎で、台所に青山氏を招き入れ、彼にしか聞こえない声で、「陛下は吐血」と洩らし、青山氏が口を動かさずに目で「量は?」と尋ねたところ、洗面器を見て、「いっぱい」とだけ答えた。このやり取りの間、青山氏は一切言葉を発することはなく、目だけで質問したという。そして、「天皇陛下が吐血し、輸血中」と報じ、全国紙を出し抜いた――。
 本人は“歴史的スクープ”と言うのだが、当時宮内庁を取材していた他社の記者と見方が食い違う。
「九月十九日夜、日本テレビが『侍医長が急遽、皇居に向かった』と陛下の病状の急変をスクープし、全マスコミが大騒ぎとなったのです。陛下のご病状を巡っては、朝日新聞と日本テレビが頭一つ抜けていたというのが、当時の取材記者の認識です。日本テレビの第一報は、“歴史的スクープ”で、後に取材班は一連の取材を本にまとめたほどです。吐血については読売新聞が翌二十日の一面トップで報じており、青山氏の報道は全く印象に残っていません」
 共同通信を退社した後も、青山氏の“特ダネ”が物議を醸したことがあった。
 二〇一一年の四月末、東日本大震災に見舞われたばかりの東京電力福島第一原発を電撃訪問。吉田昌郎所長にインタビューし、その様子をテレビや写真週刊誌などで公開したのだ。
 しかし、青山氏は、原子力委員会の専門委員という立場を利用して、インタビューを行い、公表したと政府から抗議を受けた。
「吉田所長は青山氏のことを知らず、後日『あの人は何の仕事をしている人ですか』と周囲に尋ねていました。『専門的なことは何も聞かれなかったし、取材とは思わず、公開されるとは思っていなかった』と語っていました。吉田さん自身はテレビの放送を見ていなかったようですが、『会社から小言を言われて参ったよ』とボヤいていました」(東電関係者)
 果たして、これらの疑惑は本当なのか。小誌が、共同通信の福山正喜社長に、青山氏の私的流用疑惑について確認を求めると「選挙に出馬した人のことなので、ノーコメントでお願いします」と語るだけだった。
 ただ、選挙に出馬し、国家権力の行使に大きな影響を与える与党国会議員になろうとする人物である以上、経歴、資質、言動をきちんと検証し、有権者に伝えるべきではないか。
 小誌記者は、街頭演説を終えたばかりの青山氏を直撃した。
――共同通信を退社する際、ペルー取材時の経費が問題となって、退職したのは事実ですか。
「事実です。当時、政治部の上層部が総務から『取材相手の官僚の名前を言え』と言われて、僕は出来ないといって断ったんです」

当時はスペイン語が話せた

――経費の約千五百万円のうち約四百五十万円を退職金で相殺せざるを得なくなった。そこに乗馬クラブの利用費も含まれているのか。
「それは本当です。ただ乗馬クラブを利用したのは、ペルー国家警察軍の大佐から『白人が集まっている場所で、本来、日本人は入れないけど紹介する。そこに行けば本当の裏交渉が全て分かる』と言われたから。実際は乗馬クラブではなく、競馬場にある貴賓室だったのです。ただ、その貴賓室に入るには、隣にある乗馬クラブに入る必要があったんです。
 ペルー社会は白人社会で、フジモリ大統領がどういう交渉をしているかというのは白人の貴族社会でないとわからないのです。それで実際、貴賓室で裏交渉の話は随分聞きました。だから当時の僕は毎日特ダネ状態でしたね」
――現地の人間にどうやって取材したのですか?
「僕は当時スペイン語をしゃべっていた。当時だけね、今は忘れたけど。余談ですけど、中国に行ったら二日目の夜から中国語を話せますよ」
 また現地の日本政府から派遣された役人が詰める対策本部への取材でも経費がかかったという。
「あるホテルのフィットネスジムに対策本部が設置されたんですが、記者は一切近づけなかった。そこでホテル内へ食事を運ぶボーイにチップを渡して、メモを渡してもらうよう頼んだのです。たとえば『ペルー市内のサッカー場のB出口に午前三時』。そう書いておけば三回に一度は来てくれる。共同通信を辞めるときに、ボーイの名前、取材相手の官僚を全部教えろと言われたので、『それはお断りします』と。僕だけじゃなく、ジャーナリズムの自殺行為ですから」
――そうした取材先に払った金が四百五十万円になったということか。
「そうです。でも半年間ですから、むしろ少ない額だと思います」
――私的なお金は混じっていないのか。
「あの事件中に、どうやって私的に使うことができるのか僕は聞きたいくらいですよ」
――乗馬クラブは私的流用ではないのか。選挙ビラにも「趣味乗馬」とあります。実際に現地で乗馬しなかった?
「このとき生まれて初めて馬に乗ったんですよ。最初は馬があんなに大きいとは知らなくて、足が全然届かないんですよ。『お前は初心者なのに馬に乗ろうとするな』と断られたから、もう一度紹介してもらい直したんです。それで最初はロバから乗ったんです」
――乗馬は何回くらいしたのか。
「全部で十回いかないくらいかな」
――ペルーでの経験がきっかけで乗馬が趣味に?
「なってないですよ」
――選挙ビラにも乗馬は趣味と書かれているが。
「申し訳ないけど、僕は運動神経いいから十回に満たない時に、障害を飛び越えられましたからね。日本に帰ってきてからは一度軽井沢で乗った、それだけですよ」
――またペルー事件では、ウラ取りできない記事ばかり書いていたため、抗議が殺到したといわれているが。
「最終的にフジモリ大統領の武力による強行突入を見抜けなかったし、なぜ分からなかったのかという問い合わせは当然あったと思います。でもそこに至るまで、日本政府とペルー政府が犯人側とどういう交渉をしているかについて、一度も間違えていませんし、抗議があったと聞いたことはありません」
――政治部記者時代、休日の家族旅行などに、社のハイヤーを使っていて、舛添氏と同じ公私混同ではないかという指摘もある。
「誰が舛添さんと一緒なんだよ。失礼だよ! そんなことあるわけないじゃない。僕がテレビに出るようになったら、脅迫電話をかけてきたり、選挙に出たり、テレビに出たりすると、嫉妬に狂うバカタレがいるんです。生き方が違うから相手にはしませんけど」
――昭和天皇の容態については、日本テレビが最初にスクープしたと言われていますが。
「それは知らない、僕は。解釈の違いじゃないですか。私たちが理解している限りは、共同通信の一報が最初です」
 その後、追加の質問を改めて書面で送ると、秘書から小誌記者の携帯に電話があった。電話を代わった青山氏は、こうまくしたてるのだ。
「元記者として申し上げたいのは、あまりにも志が低くないですか。What is purpose?
 実際に悪いことをした舛添を叩くのは正しいけども、間違ったことをしていない人間に対してこんなことをしていたら、本当に天の怒りが下りますよ」

小誌記者を罵倒する青山氏

 ひとしきり怒りをぶちまけた後、「元記者だから、どんな質問でも答える」という青山氏。
――安倍首相からの出馬要請は本当にあったのか。
「六月六日月曜日(注・冒頭の出馬会見とは食い違うが本人発言ママ)の午後一時から、ビジネス誌の取材を受けていると、総理から電話が突然あったんです。普段は私から一方的にかけるだけで三回に一度くらいしか出てくれない。だから珍しいなと思っていると、『参院選に出てください』と。僕が国会で質問すれば外務省、経産省が変わり、そして自民党の部会で話してくれたら議員が変わるとおっしゃってくれたんです」
――福島第一原発には、どういう立場で?
「専門家で手を挙げたのが僕しかおらず、吉田所長から専門家の眼で見て欲しいということだったんですよ。ジャーナリストの立場で取材したのではありません」
――吉田所長には映像を公表すると伝えていたのか。
「当たり前じゃないですか。公開しますけどよろしいですかと聞いて、カメラを横に置いて話したんです。どこの誰が吉田さんの許可を得ないで映像を出そうとするのか。
 本当に恥ずかしいヤツだな。そんなことで給料をもらってどうするんだ、お前は。人間が腐りかけているぞ。家に帰って裸になった自分を見てみろ!」
 自分の意に沿わない質問が出るたび、小誌記者を激しく罵倒する。
 たとえば共同通信を退社した後、三菱総研に入社する際、政治家の紹介があったのかと尋ねたときのことだった。
「なに寝言、言ってんだよ。三菱総研が防衛の専門家を探してたんだよ。お前ら本当に人間のクズだな。発想が貧困で、ワンパターンで人を貶めようとする、それがあなたの仕事なんだ。恥ずかしいねえー。親に会わせる顔がないんじゃないか。お前らの頭の中は一体、どうなってんだよ」
 そして、取材の最後に、謝意を述べると、なぜか次のように怒りを爆発させ、一方的に電話を切るのだった。
「お礼なんか言ってもらわなくて結構だ! 恥を知れ! 自分を取材しろ! 自分の心根を取材しろ!」
 青山氏を知る関係者が語る。
「彼はラジオなどで、スキー場で猛吹雪の中、ボード用のジャンプ台から飛んで左腰の骨五本を引きちぎるように骨折したが、その後、スキーで滑ってホテルに戻ったなどと、にわかに信じがたい話を語っている。テレビコメンテーターとしては許されていたとしても、舛添氏同様、政治家となって、税金をもらう立場になるのであれば、国民の理解に耐えうる説明をしなければなりません」
 安倍首相、自ら出馬を口説いたという青山氏。身体検査は大丈夫ですよね。

「週刊文春」2016年7月7日号
 

高知東生愛人五十川敦子の素性は元レースクイーンで実家は歯科医院「五十川歯科医院」

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年 6月29日(水)06時59分11秒
編集済
  華鈴灯といえば中田宏(鄭宏)愛人奈々(本嶋眞紀)のいたクラブですね
こちらの情報ではVIPクラブらしいけど・・・。

最近、中田宏(鄭宏)がテレビで舛添要一批判していますが
自分が過去に起こしたトラブルはどう説明するのか?










高知東生愛人五十川敦子の素性は元レースクイーンで実家は歯科医院
激裏GATE PRESS

 高知東生と同時に逮捕された五十川敦子の素性が
 明らかになり話題になっている。
 現在は横浜のクラブ華鈴灯でホステスをしていたが
 過去、芸能プロダクションフォルテシモに所属するレースクイーンで
 ネット放送への出演、写真撮影会にも参加する
 なんちゃって芸能人。お笑い芸人や元アイドルタレントなどと
 交際する芸能界の「プロ愛人」と発覚。

 レースクイーン時代
 

 

 ブログ
 http://blog.livedoor.jp/rq_atsuko/

 実家は歯科医院と判明



 高知とは7年前からの愛人関係。
 当初より覚醒剤を使ったセックスをしていたことを
 周囲にも公言していたようだ。

 4gという大量の覚醒剤を所持していた2人。
 芋づる式逮捕も噂され、芸能界の薬物汚染疑惑は
 まだまだおさまりそうにない。


五十川敦子の実家「五十川歯科医院」
 

横浜Fマリノス崩壊寸前か?

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年 6月27日(月)17時47分6秒
編集済
 


横浜Fマリノス崩壊寸前か?
林文子横浜市長が放置したみなとみらいマリノスタウン閉鎖問題

横浜Fマリノスが今揺れている。みなとみらいのマリノスタウン閉鎖騒動で
スクール閉鎖など子どもたちのサッカー振興が脅かされている最中、
マリノス職員によるコンプライアンス違反やスクール委託先業者の不祥事が浮かび上がって来た。
マリノス自体も親会社日産自動車が三菱自動車を買収した事により、浦和レッズへの
シフト変更を社内で模索しているという。

株主のシティグループもマリノスの現在の経営状況に不信感があるとの話も聞く。
林文子横浜市長はマリノスタウン移転問題でいろいろと陳情を受けたが問題を放置したという。
さらに横浜市役所幹部からの苦言提言を受けた際に激昂して興奮し、幹部を罵倒したという

日産自動車と言えば林文子横浜市長が市長就任直前まで執行役員を勤めていた大企業である。
今後の展開が気になる。



【写真はマリノススクール委託業者吉良某氏から幹部へ送った金銭の振込証と幹部名刺】
問題の幹部は先週土曜日にマリノスを辞めている。




 

翁長雄志沖縄県知事の矛盾

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年 6月25日(土)15時42分23秒
編集済
  井上太郎‏@kaminoishi

翁長知事は辺野古以外に十数か所の埋め立て許可しておいて、
辺野古だけは沖縄のきれいな海、環境を壊すと反対してました。
今回の県民集会では犯罪がおきるから米軍はいらないと反対になりました。
犯罪を政治利用、環境も政治利用、こんな言い草で沖縄を無防備にし、
中共の侵略を歓迎するかのようです。


青山繁晴氏が翁長知事と中国共産党の関係を暴露!
http://japan-plus.net/724/









翁長知事の国連演説について、本当はもうちょっと重大なニュースがあります。ここに若い女性、26歳の沖縄生まれ、普天間基地の移設先の名護にお住まいの我那覇真子さんとおっしゃって、沖縄では今、注目というか期待が集まっている人です。この人が(翁長知事に対する)反対演説をやったんですね。ところが、今いいましたとおり、新聞もテレビもほぼ無視なんですね。

国連といっても、国連本部ではなくて、ジュネーブにある人権理事会での演説でした。人権理事会というのは、例えば中国で中国共産党に反対の人がどんどん投獄されて、拷問も受けているおそれが極めて強いということ。あるいは、日本国民が北朝鮮に拉致されたまま、30年も40年も帰国できない。そのようなまさしく人権問題を話し合う場に、はっきり言うと直接関係のない基地をめぐる問題というのが、いきなり、しかもその自治体の長から持ち込まれるというのは、僕も長いこと国連を取材したり、国連の中にたくさんの知人もいますけれども、聞いたことも見たこともない話。

■翁長知事の国連演説は、中国の後押しで実現した

安保理常任理事国の一つ、Permanent5、永久に5大国であると言われているうちの一つの中国が、この翁長さんの後押しをして、それで実現したわけです。その中華人民共和国、ないし中国共産党の動きは――これは日本では全然報道されていませんが――実は国連の舞台で露骨なので、アメリカ、イギリス、フランスといった民主主義陣営の国連常任理事国が心配し、沖縄県民代表の我那覇真子さんが反対演説をやったというのが、ありのままの経緯です。

これは、実は国連の場では知らない人はいないわけです。ところが、国連加盟国の中でもっとも主要な国の一つである日本は、これをまったく知らないわけですね。そりゃそうですよね。今日来られている皆さんも、仕事と生活に忙しくてジュネーブやニューヨークに行くわけにはいかないじゃないですか。当たり前ですけど。そのためにメディアがあるのであって、私たちは新聞料金を払ったり、テレビCMを見たりすることによって巨額のお金が新聞社やテレビ局に入って、それで特派員を出しているわけです。

それなのに、(日本のメディアは)まったく無視。

■翁長知事の会見に埋め込まれていた「琉球独立」へのメッセージ

ニュースにはいつも尻尾、ヒントがあります。共同通信が出した翁長さんだけを持ち上げる記事の中にも、ヒントがあります。翁長さんは、演説をなさったあとに自画自賛して、集った記者団に対し、こう言いました。

「私が世界に語ったことで、県民は勇気と誇りを持つことになっただろう」

このまま聞くと、何でもないように見えるじゃないですか。でも、「あれっ?」と思った人はいると思うんですね。というのは、普天間基地で地元住民はみんな苦しんでいると。その解決方法に悩んだ揚げ句、やむを得ず辺野古に移設するという話になっているわけですね。だから、いずれにしても悩ましい話ですよね。賛成・反対は別にして。悩ましい話を、ジュネーブまで出かけていくことで、なぜ沖縄県民が「勇気と誇り」を持つんだろう? つながるようで、つながらないでしょう。

実は、この背景にあるのは深刻なことであって、これが「琉球独立論」なんですよ。

つまり、沖縄県民は「日本国沖縄県」じゃなくて、琉球王国として独立するという勇気、自分たちは日本人じゃないんだ、琉球人だと。要するに、ウチナンチューだという誇りを持つことになると。

本当は辺野古移設阻止よりも、独立論をかきたてるためだということを、翁長さんは言っちゃってるんですよ。

(基地問題が民族問題に)すり替えられていて、それを我那覇さんが的確に指摘されました。



■「中国の脅威」を感じ取っていた沖縄タイムス

反日の姿勢をとっていることで有名な地元紙の沖縄タイムスですが、深くおつきあいしてきた上で申しますと、実は色合いがやや違っています。沖縄タイムスは、「日本を愛する」という立場の記事も、琉球新報よりは載せようとするところがあります。

僕が沖縄で講演した時、沖縄タイムスはカラー写真入りで1面に載せてくれました。琉球新報は一切無視です。

僕は沖縄タイムスの方に「僕の話というのは、普通、沖縄の主流派が聞きたくない話なのに、よく載せましたね」と言ったら、

「いや、青山さんは昔から〈中国は沖縄を狙っている〉ということを、ずっと言われてきた。それがだんだん現実の影を感じるから、そういう意味で、青山という人がこういう問題提起をしているよ、という記事なんですよ」と言われた。

漠然と感じていた琉球新報と沖縄タイムスとの違いを感じたんですね。



■沖縄タイムスが公正に報道した、我那覇真子さんのスピーチ

以下は、沖縄タイムスがジュネーブに臨時特派員を出して、その記者の署名入りで出た記事です。

名護市の我那覇真子さん(26歳)が22日、国連人権理事会で翁長知事に反論する声明を発表した。

「中国は沖縄県民に先住民であると言わせて、沖縄を独立させようとしている。私たちは先住民ではない。プロパガンダ(政治宣伝)を信じないでください」と訴えた。(沖縄タイムスより)

ズバッと、一番大事なところが出ています。

産経新聞は、我那覇さんのスピーチをこう報道しました。

「沖縄が先住民の土地だと主張することで、沖縄を独立に導こうとする人たち、それを支持する中国こそが地域の平和と安定を脅かし、人権への脅威だ」と報告した。(産経新聞より)


■中国共産党が福岡の中国総領事に指示。「仲井真は我々に非協力的。もう終わりだ」

翁長知事が那覇市長の時期に、中国共産党と中国共産党の工作機関がどうやって接近したか。沖縄県在住の華僑の方、あるいは県庁の内部職員から情報が提供されて、日本の情報機関はほぼ全部を把握しています。

特定秘密保護法が施行されていますが、僕は法に違反せずに、その内容を正当な手段で、ほぼ全部把握しています。

九州の福岡に中国の総領事館があって、そこに総領事がいらっしゃるんですね。現在の総領事の前の時代に中国共産党から指示がおりて、「仲井真知事は高齢だから、仮に三選を目指したとしても恐らく当選できない」、というか、非公開の記録を丁寧にたどっていくと、実はそこは読み間違っていて、「出ないだろう」と。

もともと沖縄は敗戦後、あるいはその前の時代から、トップは2期までしかやっていないんですよ。中国はそれも考え、仲井真さんは高齢だと考えて、「三選は無い」と思ったんです。実際はお出になって落選したんですが。いずれにしろ、「仲井真は終わりだ」と。その秘密文書には「仲井真知事は我々に非協力的だった」と書いてあるんです。

■仲井真前知事は、中国の沖縄侵略に危機感を持っていた

これは僕にはよく分かる話で、今だからもう言っていいと思うんですが、仲井真さんと知事時代に2人きりで知事応接室で会っていた時に、こうおっしゃったんですよ。

「私の家系は中国からやってきた渡来人。そういう家系だからこそ中国の狙いが大変よく分かる。尖閣諸島で止まるはずはなく、必ずこの沖縄本島を狙ってくる。それも直接侵略するような、子供っぽいわかりやすいやり方ではなく、まず文化で侵略してくる」
孔子学院というのを沖縄県に作ってしまった。孔子学院は中国語の語学スクールということになっているけれども「中国共産党が正しい」という事を語学のテキストから刷りこんでいくやり方です。これは工作活動ということで、アメリカの大学で大問題になっている。

沖縄では工作活動とは言われずに、孔子学院で中国語を学ぶ人が増えている。仲井間さんはこれを心配していた。

なぜ僕にその話をされたかというと、

「東京に行って総理大臣に話をしても、なかなか胸襟を開いてくれない。青山さんは東京に知り合いも多く、全く利害関係を持たない自由な立場と聞いているから、東京に行って聞いてほしいことがある。

本当に中央は大丈夫なのか?

中央の与党の中にも親中の先生方が沢山いて、歴代の総理の中にも中国と関係の深い人が、国民が知っているよりもっとたくさんいる。

そういう中央の政治が、中国が本当に沖縄本島に手を伸ばしてきた時に沖縄をちゃんと守るのか?

尖閣諸島の現状を見ると心配だから、本気で守る気があるのか確かめてください」
そう言われて、僕は正しい問題認識だと思って、東京でその時の総理も含めてお会いしたり電話したりしました。

もちろん「守りません」と言う人はいないけど。僕も本土の人間として、もう一度沖縄に行って仲井真知事に話をしたら、「青山さんの話は分かったけど、やっぱり信用できない」と。

どうなさったかというと、県庁の中に「安全保障課」を創ったんです。自治体の中に安全保障課が出来るとビックリするでしょう。だって安全保障は国の仕事ですから。僕は

「安全保障は国家がやるべきものであって、自治体が介入するというのは国際社会から見ておかしな話。そもそも辺野古移設がこんなにもめるというのは、国家同士が合意しているのに、地元が反対と言うと止まるというのが、日本社会の歪んだところなんだ。それは原発から出るゴミの問題も同じ。安全保障課を創るのはおかしい」
と言ったんですよ。仲井真さんはムッとして、ご機嫌斜めになったけど、その後色々考えられて安全保障課に「地域」という名前を付けたんです。「地域安全保障課」を創った。それを見て中国共産党は「仲井真は駄目だ。中国の言うことをきかない」と。



■沖縄の次期県知事候補を決めているのは、中国共産党だった!

どうしたかというと、福岡の総領事が那覇に入って華僑を集めたんです。その席で

「仲井真県政はもう終わりだ。我々は良き候補者を探した。那覇市長の翁長雄志がなかなか見どころがある。この人物は自由民主党の沖縄県連幹事長をやった人間だが、自由民主党には中国共産党は太いパイプを持っている」と明言した。


■県知事選を直接、指揮した中国の福岡総領事

翁長さん一人の問題じゃないんですよ。自民党が如何に腐っているかということでもある。その総領事は口もすべったんでしょうが、胸を張りながら「中国共産党は、自民党にも民主党にもその他の政党にも太いパイプを持っている」と言ったそうですよ。その上で「翁長には接触を始めていて、十分見どころがあるからこれを支えろ。資金協力しろ」という話をした。

その後に福岡の総領事が交代したんです。中国共産党の隠れた序列でもっと高い人物が総領事館にやってきて、その人物が直接、沖縄県知事選を指揮したんです。

■翁長知事を知事に擁立した中国の真の狙い

知事選の真っ最中、翁長さんを擁立した時に再び華僑を集めて何を発言したかというと

「この知事選の目的は2つある。

一つはアメリカ軍を追い出すこと。その為には普天間問題は非常に良いテーマである。

もう一つは「琉球を独立させる」という話を盛り上げること。

今までは単なるお話だったが、翁長が当選したら現実の問題にだんだんとしていくから、その時に世論を、大学であったり、学者であったり、ジャーナリストであったり、メディアであったり、そういうところに強力な資金を使って琉球独立論を盛り上げろ」と言って。
その際にもう一つ、重大な発言があった。

「これは中国共産党の直接の指示である。分かっているな」

と華僑の方々に言ったそうです。日本の情報機関は、これらを全部つかんでいます。全部つかんでいるだけで、でも日本にはスパイ防止法がないので、つかんでいるだけ。

■翁長知事になってから、中国による沖縄独立工作が激しくなっている

僕が知っている沖縄の94歳の県民の方から聞いた話では、ご家庭によっては、小学生までもが、「中国はずっと沖縄を独立させようとしている。翁長知事になってから、それが激しくなった」ということを、知っているというんです。

みんな知っているから、いろいろ言われても、沖縄タイムスは、(我那覇さんの演説で)中国を名指しにしているところを、あえて記事にしたんです。ここに救いがある。



■「琉球処分」は、実は沖縄を西欧列強の侵略から護るために行った!

僕たち日本国民全員は、あらためて沖縄の歴史をきちんと勉強したほうがいい。

もともと琉球王国は独立していたが、日本が明治維新になったとき、薩摩藩が吸収した。その時にいろいろあって、廃藩置県があって薩摩藩がなくなり、その時に沖縄県ということにしたのであって、日本が琉球王国を吸収したと僕も教わった。しかし、これは日本だけじゃなく、例えばアメリカの国立公文書館などにある資料やロンドンの資料などをたどっていくと、公平にいうと、まず1853年、アメリカのペリー艦隊が浦賀に来たのは誰でも知っている。

ペリーの大きな目的の一つは、琉球をいただくことだったんです。これはアメリカだけではなく、フランスなど、当時の西欧列強は沖縄を取ろうとしたという厳然とした事実があって、ペリー艦隊の動きについても、沖縄が大きな焦点になっていた。

つまり、あの時、なぜ明治維新が起きたか。隣の中国がアヘン戦争で負けて、イギリスが中国の人々にアヘンを売りつけて中国人をだめにして、のっとってしまった。あまりにもおかしいというので清が怒ったら、イギリスが戦争をして属国にし、アヘンをどんどん売るようにした。それを日本は隣で見ていて、目覚めていった。これは西洋人がアジアを植民地にしようとしていると気づいた。

今の幕府の体制ではとてももたないので、侍という階級を温存するのではなく、軍を近代化して西洋列強と立ち向かえるものにしなければならない。そのための大改革が明治維新だったわけです。

その明治維新の大きな目的の中に、沖縄県も入っているわけです。なぜかとういと、そのままにしておくと、必ずイギリスかアメリカかフランスかドイツ、特にアメリカはペリーが沖縄に重大な関心を寄せていたので、沖縄を護るために(日本に)取り込んだというのが、廃藩置県の中での沖縄県の設置なんです。

それを、琉球王国を吸収合併して護ろうとした話はどこかに吹っ飛んでしまって、あたかも敵対するかのような話を、ずっと僕らも学校で教わってきた。そうすると、沖縄のことを考えている人でも、「いや、もともとは琉球王国だったんじゃないか」という、要するに、感情をうまく刺激される話に自分の頭の中で置き換えられてしまっているんですね。

翁長さんがこんな演説して、はっきり言って恥さらしですよ。国内のもめ事を、わざわざ不釣り合いな場に出して、こんなことを言っているというのは、情けない話ですけど、それで終わらせないで、そもそも僕たちは沖縄のことを本当に理解しているのか。沖縄へ行って居酒屋で会ったウチナンチューと議論する時に、実は日本の中の沖縄、祖国の沖縄というのはこうなんですという話が、はたしてできるのか。

沖縄の歴史は、歪められて伝えられている。

それをもう一度、僕らで一緒にやり直しませんか。
 

放射性汚染物質放置問題解決は国の課題!

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年 6月22日(水)11時47分49秒
編集済
  放射性汚染物質放置問題解決は国の課題!
横浜市の様な地方行政だけで解決できる問題ではない。


放射性廃棄物を学校に“放置” 横浜市、5年以上も
カナロコ by 神奈川新聞 6月21日(火)8時6分配信

 2011年3月の東京電力福島第1原発事故によって放射性物質に汚染された「指定廃棄物」が、横浜市の市立小中学校など17校に合計約3トン置かれたままになっている。指定廃棄物は1キロ当たりの放射性セシウム濃度8千ベクレル超で汚染濃度が高く、処理の責任は政府にある。ところが、処理法や場所が決まらず、同市が5年以上も「暫定管理」している。指定廃棄物を公立校に置いているケースは全国になく、専門家は「環境省の怠慢。一日も早く教育現場から撤去すべきだ」と指摘している。

 放射性物質の管理基準は、原子炉等規制法で放射性セシウム濃度が1キロ当たり100ベクレルと定められている。原発施設内などで発生した100ベクレル超の放射性廃棄物はドラム缶に入れて密閉し、厳重に管理する。しかし、原発事故後の12年1月、暫定法の放射性物質汚染対処特措法が施行。基準を従来の80倍に引き上げ1キロ当たり8千ベクレルとした。8千ベクレル超の廃棄物は環境大臣が「指定廃棄物」に指定、政府の責任で処理すると規定している。

 横浜市の「指定廃棄物」は、「雨水利用施設」の貯水槽にたまっていた汚泥。同施設は学校の屋上から雨水を集水し、トイレの洗浄水として再利用する設備で、原発事故以前は市内の44校が利用していた。

 事故後に、民間の廃棄物処理業者が汚泥の放射能濃度の測定を要望。測定した市が11年12月、計18校で1キロ当たり8千ベクレル超の放射性セシウムを確認した。2年後の13年9月、直前の測定で基準値を超えた17校の約3トンについて環境大臣に指定廃棄物の申請を行った。

 環境省は同12月、指定廃棄物に指定したものの、市に対しては「処理体制が整うまでの間は、施設管理者にやむを得ず一時的な保管をお願いせざるを得ない」と伝えた。ところが、今年5月、同省関東地方環境事務所は市に「処分の見通しが立っていない」と説明。高濃度の放射性物質が学校の敷地内に置かれたままの事態が5年以上も続く結果となっている。

 同問題について、林文子市長は5月27日の市議会本会議で「指定廃棄物は国の責任で処分されるべきで、引き続き国に対しては早期の処分を求めていく」と答弁。「子どもたちが集まる学校での保管が長期化しており、安全面、安心面双方に配慮した保管の在り方について議論を進めていく」とし、移管の検討を始めたことも明らかにした。

 環境省の指定廃棄物対策担当参事官室は「一刻も早く搬出すべきと思っているが、搬出先がないという現状がある。空間線量に異常値は見られず、問題はないと考えている」と話している。同室によると、原発事故による指定廃棄物は、福島県を含む12都県で17万トンに上る。

【指定廃棄物が保管されている17校】

港南台ひの特別支援学校、あかね台中、下野谷小、南山田小、末吉小、軽井沢中、森の台小、杉田小、都筑小、東山田中、早渕中、青木小、東山田小、十日市場中、茅ケ崎東小、山下みどり台小、中山中
(横浜市教育委員会のホームページ参照)

◆一刻も早く撤去を

 廃棄物問題に詳しい環境ジャーナリスト青木泰さんの話 100ベクレルを超える放射性物質およびその汚染物はドラム缶に封入した上で、自然災害に影響を受けない強固な施設で何百年も管理しなければいけない危険物。その80倍もの汚染度の高い指定廃棄物を、子どもたちが学び、生活する場である学校に5年以上も放置していること自体、非常におかしい。環境省は明日にも撤去すべきだ。文科省も事実を知っていて放置していたのなら責任がある。
 

舛添要一に2000万渡した鳩山邦夫が死去

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年 6月22日(水)11時25分38秒
編集済
 

舛添要一に2000万渡した鳩山邦夫が死去

鳩山邦夫衆院議員が死去 総務相や法相を歴任
6月22日 11時03分 NHKニュース

総務大臣や法務大臣などを歴任した自民党の鳩山邦夫衆議院議員が、東京都内の病院で亡くなりました。67歳でした。
鳩山邦夫氏は衆議院福岡6区選出の当選13回、東京都出身で、祖父は鳩山一郎元総理大臣、兄は鳩山由紀夫元総理大臣です。
田中角栄元総理大臣の秘書を経て、昭和51年の衆議院選挙に旧東京8区から立候補し初当選しました。
宮沢内閣で文部大臣として初入閣したあと、平成5年に自民党を離党し、旧新進党を経て、平成8年には兄の鳩山由紀夫元総理大臣らと旧民主党の結党に参加し、副代表も務めました。
その後、平成12年に自民党に復党してからは、衆議院議院運営委員長や法務大臣、総務大臣などを歴任しました。
鳩山氏は、自民党内でみずからが会長を務める派閥横断の議員グループを作るなどして活動を続けていましたが、体調を崩し、入院していた東京都内の病院で亡くなりました。

 

清原和博のシャブ仲間の超大物俳優X逮捕間近?

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年 6月19日(日)16時43分48秒
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テレ朝のドラマ相棒の若手俳優Nがバ神奈川県警の推薦警部石島正美のいた川崎警察署に
薬物使用の現場を撮影したビデオを押収されたのは有名な話ですが
清原和博のシャブ仲間、超大物俳優Xも逮捕間近らしい


・清原和博氏とはサウナで都内のサウナにて出会う
・清原和博氏と飲み仲間
・清原和博氏が直接大物俳優A氏の禁止薬物使用について言及
・紅白歌合戦にも出場したことがある
・名脇役として有名な俳優
・昭和スターの貫禄がある
・ビックネームである
・世間一般のイメージは非常に温厚
・好感度が高い
・現在もドラマや映画に舞台など幅広く活躍している
・最近もSMAPや嵐のメンバーと共演している


大河ドラマ (NHK)
新・平家物語 (1972年)
国盗り物語 (1973年)
花神 (1977年)
おんな太閤記 (1981年)
山河燃ゆ (1984年)
武田信玄 (1988年)
翔ぶが如く (1990年)
八代将軍吉宗 (1995年)
葵 徳川三代 (2000年)
武蔵 MUSASHI (2003年)
功名が辻 (2006年)
八重の桜 (2013年)


日本列島を駆け巡った「清原逮捕」の一報から、100日余り。いよいよ初公判が開始され、クスリに溺れた実態があぶり出されようとしている最中、
警察は清原が取り調べで漏らしたある芸能人の内偵捜査を進めていた。
次々と出てきた“証拠”により、「大物」逮捕までのカウントダウンが間近に迫っている──。

5月17日、覚醒剤取締法違反容疑で起訴された元プロ野球選手・清原和博被告(48)の初公判が、東京地裁で開廷。
グラウンドで輝きを放ったスーパースターが、白球ではなくシャブを夢中になって追いかけた真相に注目が集まる一方で、
清原被告の薬物使用は逮捕前から芸能界で波紋を広げていた。芸能プロ幹部が声を潜めてこう証言する。

「14年3月に『週刊文春』で清原被告の薬物疑惑が報じられました。その報道を受けて、さる業界団体が『薬物の噂が出ているタレントもいるが、実際はどうなのか』と、
加盟する芸能事務所各社に対し、所属タレントの尿検査を実施するようお触れを出したんです。
こうした事態を受けて、業界団体には加盟していないある芸能事務所も、自主的に検査に踏み切りました。
ところがその方針に顔色を変えたのが、所属タレントで大物俳優の『X』だった。
他のタレントが素直に応じる中、『何で俺がそんなことをやらなきゃいけないの』と、かたくなに拒否したというんです。この一件はその後、警視庁の捜査員の耳にも入っています」

Xは主演したシリーズものの作品が大ヒットするなど、映画やドラマに数多く出演。
また、バラエティ番組での司会進行のほか、有名アーティストとCMで共演し、現在も幅広い分野で活躍する大御所である。

このXの薬物使用疑惑は「清原逮捕」によってさらに深まり、「確信」に変わっていったという。
薬物事情に詳しいジャーナリストが声を潜めて明かす。

「もともと、Xがシャブを使用しているという噂は数年前からあり、警視庁が作成する『疑惑の芸能人リスト』に載っている一人でした。
そして警視庁が数年前から清原被告の薬物捜査を始めると、その過程でXの存在が浮上。
問題は、2人の接点がどこにあるのか、でしたが、清原被告の逮捕後、取り調べ中にXの名前が出てきたんです」

清原被告の供述によれば、Xと知り合ったのは3年ほど前、都内のサウナ「A」だった。
岩盤浴やヨモギスチームサウナが評判のこの店は、芸能人やテレビ局関係者の利用が多く、2人とも常連客。
顔を合わせるうちに意気投合して、一緒に飲み歩くまでの仲になったという。

「清原被告はXとの接点を説明したほか、Xのシャブの使用についてもほのめかしたそうです。
清原被告から証言を得た警視庁は、本格的に捜査に動きだしました。
仕事のオファーが絶えないXを尾行するなどして行動を確認するだけではなく、さまざまな関係者に当たって外堀を埋めていきました」(前出・ジャーナリスト)

取り調べで「シャブ仲間」の存在を証言した清原被告は保釈後、持病の糖尿病治療のため、千葉県松戸市内の総合病院に直行。だが、程なくして退院し、雲隠れしていた。

http://news.nifty.com/cs/entame/showbizddetail/agp-58451/1.htm
2016年5月21日(土)17時57分配信 アサ芸プラス
 

「リスクを恐れず、訴訟で負けない記事を作る」週刊文春・新谷編集長に聞く

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年 6月19日(日)14時17分6秒
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  「リスクを恐れず、訴訟で負けない記事を作る」週刊文春・新谷編集長に聞く
弁護士ドットコム 6月19日(日)9時4分配信

甘利明・前経済再生相の現金授受問題や、宮崎謙介・前衆院議員の「ゲス不倫」、舛添都知事の「公用車で湯河原別荘通い」など、次々とスクープを飛ばす「週刊文春」。スクープ記事は影響力が強いがために、書かれた相手側から、名誉毀損やプライバシー侵害などで訴えられるリスクも伴っている。週刊文春にとって、「攻め」のスクープ記事の裏側にある「守り」の訴訟対策はどうなっているのか。具体的にどのようなことに取り組んでいるのか。週刊文春の新谷学編集長に聞いた。

●「立証のハードルが高くなっている」

ーー最近、スクープ記事をめぐっては、名誉毀損などの訴訟リスクが高まっていると聞きますが、実際のところはどうなんですか?

「確かに、裁判で勝つのが難しくなっていると思います。私は、4年前に編集長になる以前も、週刊文春のデスクや記者として、訴訟を起こされたことがありますけど、その当時に比べると、求められる立証のハードルがずいぶん高くなっていると感じています。

匿名の証言だけではダメだとか、伝聞の情報ではダメだとか、たとえ公人であったとしても、プライバシー権の侵害にあたる可能性があると指摘されるなど、ハードルが高くなっています。

編集長になったばかりのころは、以前の感覚でやっていたので、次々に裁判を起こされて、かなり苦戦を強いられました。今までなら勝っただろうと思うような裁判で負けたりすることもあり、どこがダメだったのかを分析してきました。

その結果、徐々に脇が固まり、最近は随分負けなくなっています。特に最近多いのは、我々が『勝訴的な和解』と呼んでいるものです。こちら側の謝罪なし、賠償金なしで、相手が裁判を取り下げるパターンです」

ーー訴訟対策にはどう取り組んでいるんですか?

「おそらく読者のみなさんが思っているよりも、しっかり証拠固めをしていると思います。噂レベル、推測レベルで書くようなことは決してせず、事実であることの裏付けや、事実と信じるに足りる『相当の理由』を入念に調べています。

週刊文春に書いてあることは事実だ、と読者の皆さんに信頼していただけるよう努力を続けています。それこそが、週刊文春が今後もメディアとして存続するうえでの生命線だからです。

今、多くのメディアが訴訟リスクを避けるために、きわどい記事に踏み込むことを躊躇するケースが多くなったと聞きます。しかし、週刊文春に関しては『訴訟そのものを恐れる必要はない』と現場に伝えています。

ただし、その代わり、絶対に裁判で負けない記事を書かなければいけません。記事を作成する段階で、もし書かれた相手から訴えられても勝つことができるかを考えます。

きちんとした証拠があるのか。記事に出てくる証言者は、仮に訴訟になった時に、実名で陳述書を書いてくれるのか。証言台に立ってくれるのか。どこまで腹を決めてくれているのか、というところまで確認しながら、記事を作ります」

ーーかなり入念なチェックをしているということですか?

「そうですね。デスクが顧問弁護士と相談しながら進めるケースもあります。記事のリーガルチェックのために、ちょっとでも危ないと思ったら、必ず顧問弁護士に原稿を読んでもらいますね。弁護士のアドバイスには基本的に全部従います。

記事を書く側は少しでも面白くしたいけれど、その面白さの中に落とし穴があるかもしれません。特にタイトルですね。タイトルや小見出しのつけ方をちょっと間違えると、そこで問題になる可能性があります。タイトルをどうするのか、写真をぼかすべきか、そういう判断をうちの法務部と顧問弁護士とのコンセンサスを得ながら進めています」

●担当記者を通常業務から2か月間外して裁判対策に

ーー印象に残っている裁判はありますか?

「一番近いところでは、自民党から2013年の参院選に出馬しようとしていた田島美和さんが、過去に暴力団関係者と男女関係にあったと報じた記事(2013年5月16日号他)です。田島さんから名誉毀損で訴えられ、一審は負けましたが、控訴審では逆転勝訴することができました」

ーー東京地裁の判決では、週刊文春のウェブサイトに謝罪広告を1年間出すことや、誌面の最初のページに謝罪広告を掲載することを命じるなど、かなり厳しい内容でしたが、どうとらえましたか?

「地裁判決はかなり偏ったものだと考えました。特に、公人というものに対する裁判所の解釈についてです。選挙に立候補した人物は、極めて公人性が高いと考えていました。しかし、裁判所は、我々が思っている以上に彼女のプライバシーに配慮した判決を言い渡したので、非常に違和感がありました。

ですから、それを覆すために、控訴審では相当な労力をかけました。担当していた記者は、通常の週刊文春のための取材や執筆から2か月くらい外れて、裁判対策だけに集中してもらいました。

新たな証拠の入手や、もともと証言してくれた人の証言内容の精査をさらに入念にやって、万全を期しました。その結果が控訴審で評価され、判決が覆ったということは、我々にとって非常に大きな成果でした。

一審があまりに屈辱的な判決だったので、そのまま通ってしまえば、週刊文春という雑誌のブランドに大きな傷がついてしまいます。そのような事態をどんなことをしてでも避けるために、最大限の努力をしてきました」

●認識があったのか、なかったのかを立証

ーーほかに印象に残っている裁判はありますか?

「読売巨人軍をめぐる訴訟も印象に残っています」

ーー週刊文春が2012年6~7月に報道した記事で、巨人軍の原辰徳監督(当時)が過去の女性関係をめぐり、元暴力団員に1億円を要求されて支払ったと報じた件ですね。読売巨人軍が支払った相手を「反社会的勢力ではない」と会見で説明したことに対して、週刊文春は「読売のウソ」と報じて、読売巨人軍から名誉毀損で訴えられました。この裁判のポイントはどこにあったのでしょうか?

「原前監督が元暴力団員に1億円払ったということ自体は、争いようのない事実なんです。

ただ、もし反社会的勢力だと知っていて渡したことが事実となると、プロ野球協約違反になって、原さんが監督をやめなければいけない可能性がある。だから、週刊文春では、読売巨人軍が反社会的勢力だと知っていたんだけど、知らないと嘘をついたのではないかと指摘する記事を出したんですよ。

そうしたら、読売巨人軍は『反社会的勢力だという認識がなかった』と名誉毀損で訴えてきたんです。

彼らの内面を立証しなければならない異例の裁判になりました。彼らがそういう認識がなかったと言うのを『いや、あったでしょ』と覆す非常にトリッキーな裁判です。週刊文春としては、胸を張れるスクープ記事だったので、問題とされた一点だけで全体が事実ではないという印象を持たれることを避けるため、裁判対策に全力で臨みました」

ーー具体的にはどう取り組んだのですか?

「エース格の記者に裁判対策に力を入れてもらいました。

彼は、恐喝したのが紛れもなく暴力団員であることを示す『盃事(さかずきごと)』の写真を入手していました。「親」と「子」の契りを交わす暴力団特有の儀式で、客観的な証拠です。

この写真に加え、さらに数十ページに及ぶ詳細な陳述書を裁判所に提出しました。記事を出して終わるのではなく、その後も十分な訴訟対策を怠りませんでした。そうして得た成果が、一審、二審の完勝を引き寄せたと思っています」

●消極証拠を見逃さないための「白くする取材」

ーーこれまでの事例は裁判になった場合の話でしたが、裁判になる前の段階で、相手先から警告などを受けることはあるんですか?

「あります。相手先に質問を送ったら、法的措置をとると返事が来ることもあります。裁判になること自体は、喜ばないですけど、仕方のないことです。訴訟になった時に十分に戦える記事が作れるのであれば、恐れずに前に進もうという姿勢ですね」

ーー「十分に戦えそうにない」と判断した場合はどうするんですか?

「裏付けが甘かったり、あやふやな部分があった場合は撤収します。撤退・撤収する勇気を持つのも大事なことです。

以前、警察庁長官をしていた方とお話をしていた時、足利事件の菅家利和さんの話になったんです。なぜ冤罪事件が後を絶たないのか、と私が質問したところ、その長官経験者は、『白くする捜査』をしないからだと言っていました。

初めて聞いた言葉だったので、それは何ですか、と聞いたら、『現場の警察官は常に相手はクロだと思って捜査をする。クロだ、クロだと思って捜査を続けていると、実は相手が無実であることを裏付ける消極証拠があっても、目に入ってこなくて、見落としてしまうことがままある。だから、警察官というのはクロであるという目と同時に、シロかもしれないという目で、もう一度事件を見直さなければいけない』ということでした。

これは我々の仕事でも全く同じことです。もちろんスクープを取るために、相手はクロだと思って取材をするけれど、いや待てよ、ひょっとしたらシロじゃないか、ガセじゃないかという目でもう一度全体を見直すことで、シロであるということを裏付ける消極証拠が浮かび上がることがあります。現場には「白くする取材を忘れるな」と言っています。

そうした場合、絶対に撤収しないと致命的なダメージを負います。週刊文春の看板に大きな傷をつけることになってしまいます。そのまま突っ込むことは絶対してはいけない。白紙で出したほうがまだマシです。ファクトが全てなんですよ、我々の仕事は。敵とか味方とか、好きとか嫌いとかよりも、まず事実か事実じゃないかということが、私たちの取材の大前提であり、全ての出発点なのです」

●動画や音声のネット公開、手探り状態
ーーネットの普及とその対応に伴って、どんな法的リスクが生じているのでしょうか?

「いくつかのポイントがあるんですけど、まず一つはすぐに記事がパクられてしまうということです。記事をスキャンしてそのままネットで公開する『スクープ泥棒』がよく見られます。

我々と法務部で日常的にチェックして、悪質な場合は抗議しています。これは犯罪ではないかというケースに関しては、警察に被疑者不詳のまま刑事告訴して、最終的に犯人がつかまったこともあります。

映画泥棒ではないですが、『スクープ泥棒は犯罪です』ということを理解していただくための努力をしています」

ーー名誉毀損やプライバシー侵害のリスクについては、変化があるのでしょうか?

「紙の雑誌に関しては、今までに何度も、写真を含め、名誉毀損訴訟を起こされることがありました。裁判の判例を積み重ねていく中で、ある種の共通のルールや認識が定まってきました。

しかし、ネットの記事配信では、動画や音声については、定まった判例がまだないんです。だから、どこまでならば許されて、どこからアウトなのかという線引きがあいまいなため、慎重に手探りでやっています。公開する際には、細心の注意を払う必要があります。

法務部や顧問弁護士に『これは大丈夫でしょうか』と相談して、動画を見てもらって、音声を聞いてもらい、確認した上で出しています」

ーーアウトとセーフの線引きはどこにあるのでしょうか?

「たとえば、男女の不倫密会をカメラで隠し撮りしたとしましょう。その動画や音声を、そのままネットにアップした場合、一般的には、プライバシー侵害にあたり、許されないでしょう。

では、どのような場合だと公開しても許されるのでしょうか。それはやっぱり最低限、相手が公人か、公人に準ずる人であること。そして、動画や音声は、相手が取材を受けているという認識のもとで撮られたものであるかどうかも、考慮する要素になるでしょう。

週刊文春の場合、宮崎謙介さんの不倫問題を直撃した時の動画は、まさにそれだと思うんですね。宮崎さんは当時国会議員ですから、公の存在です。しかも彼が主張していた育休の話と、やっていること(不倫密会)が違うのではないかという問題提起をしようと考えました。この場合は許されるだろうと判断したのです」

ーーあの動画は密会の現場そのものではなく、路上で記者が直撃したものですよね?

「そうです。ケースバイケースの判断ですけど、相手が取材を受けているという認識を持っているのかどうなのかということですね。あとは、報じる大義がある中身なのかということです。宮崎さんの場合、単なる不倫ではなかったですから」

ーー宮崎さんの場合、撮影されているという認識はなかったんじゃないですか?

「いえ、記者はハンディカメラを片手に持って直撃していますから、認識はあったと思います。しかも、その前の段階として、週刊文春ですと名乗って、取材をしている中で撮ったものです。

もちろん、身分を隠して潜入して撮ってきたものは絶対出してはダメというわけではありません。たとえば、ドイツのテレビ局がロシアのドーピング問題の動画を公にしましたけれど、それは隠し撮りしたものでした。隠し撮りですが、公にする大義名分が十分にあったものです。

犯罪や違法行為をつまびらかにするという大義があるのであれば、すべてがノーというわけではありません。ですから、ケースバイケースで慎重な判断をしていかなければいけません。

新しいことなので、リスクは伴いますが、可能性を広げるという面もあります。諸刃の剣の部分を慎重に見極めながら、一歩一歩進めていくという感じですね」

ーー動画や音声の存在は、記事が確かであることの補強になる面もあるんじゃないですか?

「それは大きいんですよ。『言った、言わない』がないですから。ASKAさんが薬物で逮捕された時は、インタビューの音声を公開しました。記事の真実性を裏付ける強力な証拠になったでしょうね。裁判でも『言った、言わない』が大切な局面になってくると、裁判官から『録音はありますか』と聞かれることもあります」

●スマホ時代になって、新聞もテレビも雑誌もフラット化した
ーーネットを積極的に活用していますが、メディアを取り巻く環境の変化をどうとらえていますか?

「リスクを伴う調査報道が割に合わないと考えるメディアが多くなってきているのは、間違いない事実ですね。頭で考えた企画であれば、そこまでリスクも大きくないでしょうし、当局が発表した裏付けのある情報をベースにするのであれば、リスクもないですよね。

得るものと失うものを天秤にかけて、割に合わないと判断して調査報道から徐々に撤退するメディアが増えているのでしょう。それぞれに考え方があると思いますけれど、週刊文春という雑誌は、昔からスクープ力が一番大きな武器だと考えてきたし、よそが真似しようと思ってもすぐにはできないものです。そこを徹底的に磨き上げていこうと考えて、これまでやってきました。

一度、調査報道の土俵から降りてしまうと、筋肉も落ちてきて、何か起きた時に瞬時に動けなくなります。緩くて、安心安全な企画モノばかりやっていると、なかなか対応できなくなってしまいます。我々はそちらの道に行くべきではない、うちしかできないことをとことん突きつめようと考えています。

今の時代は、スマホで読めるのかというのが、大きな分かれ目になりつつあります。スマホの画面上では、新聞もテレビも雑誌も、全てのコンテンツがフラット化しています。よっぽど面白いものじゃないと、時間を割いてもらえません。

ましてや、お金を払ってくれないわけで、最終的にはコンテンツの力が問われます。だから、自分たちにとって、読者のみなさんにお金を払っていただける最も強力なコンテンツは何なのか、それぞれのメディアが自問自答していると思いますし、その中で週刊文春が出した答えがスクープ主義です」

●負のスパイラルに入ると、裁判なんてやってられなくなる
ーーその「スクープ主義」は、なぜ今、うまくいっていると考えていますか?

「スクープ主義が成果をあげれば、部数も伸びるし、情報提供も増えます。そうなってくると、週刊文春で勝負してみたいと腕に覚えのある記者がうちに参戦して、もっとネタが集まり、さらに売れるというスパイラルが生まれます。

雑誌が売れれば取材費だってケチる必要はないし、人員も絞る必要もないし、安定飛行に入ることができます。いま、そういう兆候が出ているのは確かなので、これを大事にしていきたいです。一時的なものではなく、持続的なものにしていきたいと思っています。

これが逆回転し始めると、本当に大変です。部数が下がって、目先の帳尻を合わせないといけないから、取材費を削る、人を絞るということになります。誌面の魅力も乏しくなって部数が減り、さらに人を減らす、という負のスパイラルに入っていくわけです」

ーーそうなると、手間のかかる裁判なんてやってられない、ということになるわけですか?

「裁判は最大のリスクですからね。一番悪いのは、『訴えられるような記事を書く記者はダメなやつだ』と言って、記者を辞めさせたり、取材と関係ない部署に飛ばしてしまったりすることです。

スクープ力のある記者に最低限のルールは守ってもらった上で、のびのびと思い切り仕事をしてもらえるかどうかが大事ですよね。当たり前のことだと思うんですけど、そういうことが難しくなりつつあります」

ーーつまり、雑誌業界が負のスパイラルに入っているということですか?

「いまは雑誌の売り上げが厳しくて、負のスパイラルに入るところも少なくない。ただ、偉そうで申し訳ないですけど、今は逆に、スクープ路線の週刊文春は他が撤退してしまっている分だけ、チャンスだと思うんですよ」

ーーただ、ネットで稼ぐのは結構ハードルが高いんじゃないですか?

「我々はあくまで民間の商業ジャーナリズムなので、書いたものへの対価をいただかないと存続できません、ただ、その当たり前のことがまだネット上では理解されていません。

それを覆すのは簡単なことではないけれど、少なくとも週刊文春というブランドは『お金を払う価値がある』と思ってもらうために、努力することが大事です。歯を食いしばって紙の部数を現状維持できているうちに、未来への道を切り開く必要があります。負のスパイラルに入ってからでは遅いですから」
 

6月19日(日)、「オール沖縄」は終焉します。

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年 6月18日(土)16時18分33秒
編集済
 



6月19日(日)、「オール沖縄」は終焉します。

明日、19日(日)「オール沖縄(左翼集団)」による県民集会が開かれるそうです。参議院選挙の告示が2日後の6月22日ですから、「うるま市女 性殺人事件に抗議する県民集会」と称していますが、実態は「オール沖縄(左翼集団)」が担いでいる伊波洋一候補の総決起集会です。
「うるま市女性殺人事件」発生以来、事件をとことん政治利用する反日勢力、反日マスコミには沖縄県民は勿論、本土に住む我々も辟易しています。勿論、事件 は憎んでも憎みきれない許されざるべき事件です。被害者のご冥福を心からお祈り申し上げます。犯人のシンザトには極刑が下されると信じて疑いません。事件 の再発防止に日米は真剣に取り組むべきです。
下記の秀逸したブログ(農と島のありんくりん)の最後の方に「沖縄県だけの特例でもいいから、地位協定運用の部分改善を進めて、実体を作ってしまうのもひとつの手なのです」。と自論を述べています。
また、「地位協定特別区」として運用の徹底改善を実施するのもあり得ると思っています。との見識も示しています。
翁長さんも米軍基地の全面撤去なんて中国に阿るばかりではなくて、沖縄県民の命を預かっている沖縄知事として、何でも反対、反対と叫ぶのはいい加減止めて、真剣に政府と向き合って一度ぐらいこれくらい知事として見識を示すべきである。
農と島のありんくりん
http://arinkurin.cocolog-nifty.com/
あさって19日、うるま市女性殺人事件に抗議して県民集会が開かれるそうです。
今回の県民大会が成功するかどうかの焦点は、自民党と公明党の県連が参加するかでした。
「会見で(自民)県連の照屋守之副会長は、大会を主催するオール沖縄会議から正式な協力依頼がないとして「開催や大会決議を決める前の段階で、超党派の取 り組みを模索すべきだった」と批判。「県民大会を選挙の最中に行うことにも一つの疑問を感じる」などと超党派での取り組みを求めた。」(琉新2016年6 月15日)
そして次いで公明党も不参加を表明します。
「公明は同県民大会に参加せず、18日に別で追悼集会を開くことを決め、自民も別の大会開催を検討しており、超党派による大会開催はなくなった。」(琉球新6月16日)
保守の自民と中道の公明が揃って参加しなとなると、「全県民」という建前が消滅します。
ここに翁長氏が参加するか否かが、次の焦点でした。
もし保守・中道不在の集会に参加すれば、彼は従来翁長氏が自身のスタンスとしてきたはずの、「沖縄の保守が革新を包む」というスタンスは崩壊することになります。
※朝日新聞2012年12月14日翁長雄志さんに聞く沖縄の保守が突きつけるもの
ところが、公明不参加を聞いた翁長氏の下した結論はこうです。
「翁長雄志知事は16日、県庁で会見し、米軍属女性暴行殺人事件を受けて19日に開催される県民大会への参加を正式に表明した。翁長知事は「参加する方がより多くの県民の期待に応えられる」(琉新6月17日)
はい、決まりました。
私には翁長氏が、たぶん3カ所で開かれることになる追悼集会のひとつひとつに顔を出して、演説をぶつのかと、心のどこかで期待していた部分もありましたが、無駄だったようです。
そのほうが、よほど自民県連はイヤだったことでしょうに。
0618c.jpg状況は非常にクリアになってきました。
「オール沖縄」はこの時点で消滅したのです。自滅したと言い換えてもいいかもしれません。
翁長氏のスタンスの妙はひとえに、「保守がいて、革新もいて、その真ん中に知事がいる」という「あいまいさ」にありました。
この翁長氏の立場の微妙さは、仮に翁長氏の代わりに伊波洋一氏が知事だったならばと考えれば分かりやすくなります。
「伊波知事」ならばストレートに持論の、「移転阻止・全基地撤去・海兵隊全面撤退・安保廃棄」を叫ぶでしょう。
これに県内の保守層が乗れますか?
今まで自民県連の幹事長までやって、大田革新知事から知事の座を奪還して稲嶺知事を作り、さらには仲井真知事を作った実績を持つ翁長氏だからこそ、保守層は彼を知事の座につけたのです。
オナガなら、基地交渉の裏表に精通しているから、任せられるさぁ、と。
さきほどの朝日のインタビューは、知事就任直前のものですが、こんなことを翁長氏は言っています。
朝日新聞2012年12月14日翁長雄志さんに聞く沖縄の保守が突きつけるもの
「革新勢力は、全身全霊を運動に費やせば満足できる。でも政治は結果だ。嫌だ嫌だで押し切られちゃったではすまない。稲嶺恵一知事はかつて普天間の県内移設を認めたうえで『代替施設の使用は15年間に限る』と知事選の公約に掲げた。
あれを入れさせたのは僕だ。防衛省の守屋武昌さんらに『そうでないと選挙に勝てません』と。こちらが食い下がるから、向こうは腹の中は違ったかもしれないけれど承諾した」
私は正直、ホーと思いました。
このインタビューは、知事になる前だったので、就任後の多弁にして無内容な発言とは違って、いい意味でも悪い意味でも泥臭い島の保守政治家らしさが残っています。
翁長氏が言っているのを、超訳すればこうです。
「オレは、安保も集団的自衛権も認めている保守政治家なんだよ。だから基地があるのは分かる。だが、沖縄だけにそれを押しつけるのはおかしいだろう。本土がなぜ引き受けないんだ。
しかし、基地はもう既に島に根を張っているのもホントだ。
革新の連中みたいに建前だけで運動してもなんにもならない。ひとつひとつ苦渋の選択をして、条件闘争をして島に有利なことを引っ張ってこなきゃダメなんだ。政治は建前じゃなくて、結果なんだよ」
これは実は、島の保守層の最大公約数的意見なのです。
知事選で、翁長氏に入れた相当部分は沖縄保守層の人たちでした。
「ぼくは非武装中立では、やっていけないと思っている。集団的自衛権だって認める。しかしそれと、沖縄に過重な基地負担をおわせるのは別の話だ」という、自称「ゴリゴリの保守政治家」に、なんか担保を得たような気分を持って県政を預けたのです。
「オナガなら、悪いようにはしないさぁ。なにかいい折り合いを見つけてくれて、島人の気持ちをうまく本土政府に伝えてくれる」、そんな気分ではなかっでしょうか。
0618d.jpgしかし、その期待はもろくも裏切られました。彼は左翼陣営に取り込まれ、今やおそらく島人の9割が望んでいるはずもない「民族自決」まで国連でしゃべってくる始末です。
上の写真は共産党赤嶺候補の宣伝カーの写真ですが、この絵は今の「オール沖縄」を象徴しています。
中央には、主人公ヅラをして志位氏が目立つように陣取り、地元共産党議員たちがしもべのようにつき従い、ずっと脇に寄せられるようにして翁長氏がぎこちない笑顔を作り、なにやら嬉しげな糸数女史が端に見えます。
これが共産党を中心とした現実の「オール沖縄」の姿なのです。
さて今回、翁長氏が「オール沖縄」として県民集会にするならば、方法はひとつしかありませんでした。
保守・革新の政治主張を一切排除して、徹底した追悼集会にすることです。
今がどんな時期か、翁長氏が知らないはずがありません。
集会のわずか2日後の6月22日は、参院選公示です。もう既に選挙戦は裏で進行しています。
この時期にこのような集会をやると「オール沖縄会議」は述べています。
「米軍属女性暴行殺人事件に抗議する19日の県民大会に向け、主催のオール沖縄会議の県議会与党4会派などによる会合が12日に那覇市内で開かれた。決議案に「米軍普天間飛行場の閉鎖・撤去と県内移設断念」を盛り込むことを確認した。
 決議案は5月の県議会の抗議決議を基にし、ほかに(1)日米両政府が遺族と県民への謝罪と完全な補償(2)在沖米海兵隊の撤退と米軍基地の大幅な整理・縮小(3)日米地位協定の抜本改定―を盛り込む予定。」(琉新6月13日)
この決議案に、安保廃棄、安倍政権糺弾が入ればそのまま沖縄左翼の主張そのものです。
まぁ、書き込まなくても、当日の発言者が連呼するでしょうから、結局は同じことですが。
これでは事実上、参院選の革新陣営勝利総決起集会です。左翼勢力の身内の集会にすぎません。
本気で追悼集会をしたいのなら、事件直後にするべきでした。
なぜ参院選公示2日前にするのでしょうか。そこに政治的意図をかんじなかったらおかしいくらいです。
当日は全員が黒い服を着て、揃いのボードをザッと出すそうです。きっとこんなかんじでしょうね。
0618e.jpgこんな集会に保守・中道が乗れると、翁長氏は本気で考えているのでしょうか。
ここまで政治臭を強めれば、報道するメディア側も参院選直前なので、手控えたトーンになるでしょう。
TBSの金平さんくらいは、実況中継をしてくれるでしょうがね。
ですから、今回の県民集会は徹底して政治臭をなくさねばならなかったのです。
そもそも行政官としての知事ならば、当座は抗議一辺倒でしかたがないものの、具体策を本土政府と徹底的に詰めねばなりませんでした。
こんな極刑以外にない犯罪が起きた後になって、綱紀粛清だの、再発防止だのと言っていても始まらないのです。
たとえばMPと県警の基地施設内まで含む共同パトロールの実施などを、政府にぶつけてみればよかったと思います。
おそらく米軍とつるんでいると思われたくない県警はイヤがるでしょうし、基地内の県警パトロールはこんどは米軍が拒否するでしょうが、「地位協定の抜本的改正」はすぐにできるはずがないわけですし、その間に再発したらどうするのです。
沖縄県だけの特例でもいいから、地位協定運用の部分改善を進めて、実体を作ってしまうのもひとつの手なのです。
いちばん知事としてダメなのは、美辞麗句の建前ばかりで現実にはなにもしないことです。
私は一国二制度には反対ですが、こと地位協定だけに関しては、「地位協定特別区」として運用の徹底改善を実施するのもあり得ると思っています。
米国が渋るのは、アジア諸国の同じような条約に波及することです。それはないということを、日本側から担保するために「特別区」とするわけです。
こういう具体的な提案がないところで、単調にスローガン的な「移設反対」ばかり言っているのですから、翁長氏の政治手腕とバランス感覚に期待していた保守層は離反していくことになります。
ところで今から7カ月ほど前に私は、「翁長氏を乗せた「オール沖縄」の神輿は左に傾き、そして転倒する」(2015年11月15日)という長ったらしいタイトルの記事を書いたことがあります。

そのとき予想した状況が、まさに今現在進行形で進んでいます。
この記事で、私は吉川由紀枝前沖縄県知事公室長のこの言葉を引用しました。※http://business.nikkeibp.co.jp/arti…/person/20150514/281135/
「特に現実的な妥協ラインはどこか?という話になると、「オール沖縄」では一切の合意はない。この可動範囲をちょっとでも越えれば、知事の支持基盤は分裂する。」
本来、保守と革新の調停役となり、中央にいて踏ん張っていなければならないはずの翁長氏が左に傾いて、左翼勢力と合体してしまえば、「オール沖縄」は自己解体を迎えるしかないのです。
そしてそのようになったようです。「オール沖縄」は解体しました。







 

人呼んで〈横浜の舛添〉 林文子市長はヘアメイク代も税金だって

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年 6月18日(土)08時36分1秒
編集済
  ヘアメイク代を税金で払うぐらい、どうでも良い話です。
ファーストクラスに搭乗するのも横浜市長クラスなら許容範囲。

それより横浜のスポーツ振興を脅かす重大な問題が目の前に迫っていることを認識すべき。
行政経験が乏しい市長を選んだ市民も悪いが、役人も是正しないことが問題。
横浜市会議員ももっと声を上げて市民のために尽力すべきだ。

カジノ設置も市民に利益が還元されるなら良いと思う。
カジノで得た利益でドクターヘリや救急車の増車、
老人福祉介護施設などのサービス充実化を推進すれば市民も納得する。

中学校給食完全実施もカジノの利益を使えば良いのです!










人呼んで〈横浜の舛添〉 林文子市長はヘアメイク代も税金だって

 人口三百七十万人を抱える日本最大の政令指定都市、横浜。その首長ともなれば、給与は全国の知事、市長の中でもトップクラス。年収は約二千四百万円(二〇一四年)で、舛添要一東京都知事に次ぐ。だが舛添氏同様、林文子横浜市長(70)の「公私混同」に疑問を投げかける声もあるという。

 BMW東京社長、ダイエー会長などを歴任し、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の「注目すべき世界の女性経営者五十人」に選ばれた林氏は、二〇〇九年の横浜市長選で初当選。現在二期目だ。
「二〇一三年に全国でワーストワンだった待機児童の数を、民間事業者と連携するなどしてゼロにしたと発表。安倍晋三首相が『“横浜方式”を全国に広げる』と絶賛しました。ただカラクリがあって、それまでの市の『待機児童』の定義から、親が育児休業中や職探しをしている場合を除いています」(社会部記者)
 高卒で就職し、男女雇用機会均等法のない時代に民間でキャリアを積んだ苦労人の林氏だが、公金に対しては甘い面があるようだ。
「舛添氏が外遊に五千万円使っていた問題について、林市長は会見で『ちょっと度が過ぎている。考えられない』と断罪した一方で、自身が飛行機でファーストクラスに乗った点については『ケースバイケース。年齢も七十歳になって、体調維持が大事』と理解を求めました」(市政担当記者)
 一一年の東日本大震災を受け、林市長は市長公舎に単身で居を移したが、その際のリフォーム代には市の税金千七百万円を使った。


1700万円かけてリフォームした公舎

「以前、鳩山由紀夫氏が首相公邸を約四百万円かけてリフォームし批判を受けたことがありました。一九二七年建設の建物だけに改修が必要とはいえ、前任の中田宏氏は家族で住んでいた。公舎で『おもてなし』をすることも理由としていますが、二〇二〇年の東京五輪に向けて外国要人を迎えるため、新市庁舎の建設を急いでいます」(同前)
 さらに林市長は、セコい税金の使い方をしていると、市の関係者が告発する。
「広報番組や広報誌に出演したり、イベントに参加する際、林市長の希望でスタイリストをつけて髪のセットなどをするのですが、市の税金を使っています。一回あたり三万円ほどで目立たぬよう、さまざまな課の支出として計上しています」
 そもそもスタイリスト代に公金が使われることはあるのか。同じ神奈川県の黒岩祐治知事は「男性なので必要ない」(知事室)。
 女性知事も「スタイリスト代の計上はない」(高橋はるみ北海道知事)「ヘアメイクなどはすべて自費」(吉村美栄子山形県知事)と、口をそろえる。元滋賀県知事の嘉田由紀子氏が語る。
「女性首長としてイメージは大切とはいえ、税金を使うことなど考えられません。私は公の場で着物をよく着ましたが、着付けもヘアメイクも自費でした」
 林市長は秘書課を通じ、次のように回答した。
「広報番組など市で映像の作成をする際には、撮影用のメイクを行っています。市長就任後、確認できただけで八回、市から支出がありました。林市長個人への化粧やヘアセットの料金として一回あたり約三万円です。これは女性だからというわけでなく、他の共演者にも支出したケースもあります。市の事業として必要な支出と考えています」
 第三者の目にはどう見えるのか。論議を呼びそうだ。

「週刊文春」2016年6月2日







菅・二階・公明vs麻生・谷垣 安倍政権の内紛が始まった!
週刊実話

 「今回の消費増税再延期と衆参ダブル選挙回避は、安倍首相の決断というより“影の首相”、菅官房長官の思うがままの結果。菅の高笑いが聞こえるようだ」
 こう明かすのは、自民党長老の一人だ。
 しかし、今回の菅氏のゴリ押しで党内対立が相当深刻になりつつあるという。というのも、「菅氏は調子に乗りすぎだ」との声が党内から上がり始め、増税を強く迫っていた麻生財務相は面目丸潰れ。周囲に「菅だけは絶対許さん」と息巻いているためだ。

 なぜ、「菅官房長官の仕切り」と言われるのか。その理由を、冒頭の長老が三つ挙げる。
 (1)菅氏は、アベノミクスが完全に行き詰まっているのを冷静に見極めていた。また予定通り増税をすれば、世界では日本だけがリーマンショック時のような事態になるのは火を見るより明らかと判断していた。
 (2)公明党は表向き、来春の消費税増税を否定していなかったが、創価学会内には婦人部を中心に反対の声が非常に強かった。菅氏は創価学会の佐藤浩副会長とのホットラインを持つため、そこから反対のシグナルが送られた。
 (3)おおさか維新の会の松井一郎代表(大阪府知事)、橋下徹法律政策顧問(前大阪市長)と菅氏は、安倍首相より関係が深い。おおさか維新は消費税値上げに猛反対で、この“影の与党”は今後、首相の悲願である改憲論を進めるにあたり敵に回したくない。

 いずれにしても、一方の麻生氏にしてみればメンツ潰しがこれで3度目なだけに、怒りが収まらないのは当然の話。
 「1度目は2014年の増税延期。この時は安倍首相から懇願され延期を飲んだ。が、その際も裏では菅官房長官の差し金があったといいます」(官邸記者)

 2度目は昨年暮れの軽減税率騒動。創価学会婦人部を中心に軽減税率の品目拡大を突き付けられ、それを渋る財務省と自民党に対し菅氏は、創価学会の参院選非協力をチラつかせて谷垣幹事長を篭絡。この時、麻生氏は菅氏に「やりすぎだ」と警告の電話をしたほどだという。

 そして今回だ。
 「財務省無視でG7を利用し“リーマンショック前夜”と煽る資料をせっせと作り増税再延期を画策したのは、菅氏と首相秘書官の今井尚哉氏」(財務官僚)
 さらに「再延期するなら衆院を解散して問うのがスジ」と唱えた麻生氏に対し、菅氏は「公明党、創価学会はダブル選挙に反対。再延期は参院選で問えばいい」とトドメを刺した。

 これに堪忍袋の緒を切らした麻生氏の逆襲の動きは、すでに菅氏の選挙区、神奈川県で始まっている。
 神奈川県自民党関係者が言う。
 「今回の増税延期の決着前から、麻生氏は菅氏にケンカを売っていた。というのも、神奈川選挙区の甘利明前経済再生相が金銭授受問題で失速し、同県は菅氏の独壇場になりつつあった。それで夏の参院選で“菅命”と公言してはばからない三原じゅんこ氏が公認されたのですが、そこへ麻生派『為公会』の幹部が“待った”をかけたのです」

 神奈川県が地元の河野太郎行政改革相、松本純元官房副長官の「為公会」幹部らが、元みんなの党から出馬し当選した中西健治氏を“自民党推薦”という形で徹底支援、菅氏の力を削ごうという作戦だ。
 「ここで三原氏が落選ということはないだろうが、仮に中西氏も当選すれば、神奈川は『為公会』の声のほうが大きくなる。まず菅氏の地元に楔をぶちこもうとしているわけです」(同)

 さらに麻生氏は、菅氏が参院選後にも発足させ次のステップとして目論む、“菅派”結成の動きの封じ込めにも動き出しているという。
 「麻生さんは菅さんから声を掛けられたと見られている複数の議員らに電話を入れ、勉強会への参加にブレーキをかけている。ポスト安倍=菅は、なんとしてでも阻止する強い覚悟のようです」(自民党中堅)

 だが、安倍政権が続く限り菅氏が切られることはない。そのため麻生氏は「倒閣やむなし」の決断を固めたという。
 「その第一歩は、軽減税率時も今度も麻生氏同様、メンツを潰された谷垣幹事長がトップの『有隣会』とのタッグの動き。安倍首相は参院選でのハードルを、参院全体で与党の過半数から与党で改選議席の過半数に上げた。もし超えなければ、麻生氏自ら菅・安倍降ろしの先頭に躍り出る準備をするだろう」(自民党関係者)

 麻生氏は一方で、いち早く“増税再延長・ダブル選挙なし”に手を上げた自民党内のキーマン・二階俊博党総務会長にも、急接近中だという。
 「菅氏は何かというと二階氏を頼る。果たしてあの2人の間に亀裂を走らせることができるかどうか。実は、甘利氏が追い詰められたのも菅氏との対立が原因という説が根強い。麻生氏ら自民党内の反菅グループは、潰される前に潰すという思惑で一致している」(同)

 風雲急の安倍政権。内紛は拡大の一途か。




変質する政権トライアングル 麻生の憤激と菅が明かした「沈黙の理由」

安倍政権は大きなターニングポイントを迎えつつあるのではないか。TBS政治部のエース記者だった山口敬之が退社し、小誌先週号で始めた短期集中連載。第一回は安倍、麻生の肉声、息遣いを伝え、永田町に衝撃を与えた。注目の第二回は、麻生・菅の激突に迫る。

 衆参同日選挙という選択肢が消え、七月十日の投開票日に向けて参議院議員選挙が事実上スタートした。一人区ではほぼ例外なく与野党激突の選挙戦となっているが、定数が三人以上の人口の多い選挙区では同じ政党の候補者同士が壮絶な選挙戦を繰り広げているところも少なくない。
 中でも、永田町関係者が固唾を呑んで見守っている選挙区がある。今回の「増税先送り政局」の対立の構図がそのまま引き継がれた神奈川選挙区だ。

「自民党のただ一人の公認候補予定者として、しっかり戦ってまいりたい」
 四月二十五日、横浜市内のホテルで行われた自民党衆議院議員のパーティーで挨拶した三原じゅん子の隣では、自民党本部が推薦を決め、麻生派が全面的に支援している中西健治が苦々しい表情をしていた。
 この選挙区では、自民党の三原じゅん子と公明党の新人候補三浦信祐の出馬が早くから決まっていた。前回の選挙から定数が三から四に増えていたこともあり、二議席を自公で分け合う形となれば、磐石な戦いが期待できる。
 これが当初自公両陣営が描いていた「平和共存」の皮算用だった。そこに異変が起きたのが自民党による「二人目の擁立劇」だった。
 安倍晋三は早くから「複数区には複数の自民党候補を」という方針を立て、茂木敏充選挙対策委員長の尻を叩いて候補者擁立を促してきた。
 これは、一度参院選で痛い目に合っている安倍ならではの戦略だった。第一次政権の安倍が総理を辞任する引き金となった二〇〇七年七月の参院選挙では、直前に自民党が行った調査で四十六議席前後と予測された獲得議席が、蓋を開けてみれば三十七議席という惨敗に終わった。接戦と見られていた選挙区は全敗だった。政権に吹き荒れていた逆風を割り引いても、競っている選挙区で悉(ことごと)く敗北した原因は、後に「緩み」と総括された。
 もともと参院選の選挙区の戦いは、衆議院の小選挙区ほど精密な戦略が立てにくい。例えば神奈川県の場合、衆議院の小選挙区は十八あり、それぞれ四十万人前後の有権者を奪い合う。八万票程度を獲得すれば勝てる計算だ。
 これに対し、参院選では、七百四十万人の有権者に対して定数は四。衆議院小選挙区と比較すると、どうしても選挙戦は大雑把なものとなる。今回の政局で麻生太郎副総理や今井尚哉総理秘書官などがダブル選挙を主張したのも、緩みやすい参院選に「衆議院議員の力を反映させる」という狙いが発想の根本にあった。
 安倍は少なくとも五月中旬までは衆議院を解散するかどうかは最終決定していなかった。
 裏を返せば、参院選単体で戦うケースも常に視野に入っていたのである。政権後半を纏め上げる上で最も重要な選挙ともいえる参院選で〇七年の二の舞はごめんだ。衆議院議員の助けを借りずとも、緩みや馴れ合いを排して議席を積み上げるためには自民党の議員同士、与党の議員同士をライバルとして切磋琢磨させるしかない。だからこそ「複数区には複数擁立」を目標に掲げ、自らも積極的に候補者探しに参画した。
 神奈川選挙区で、これに応えたのが麻生である。一旦浮上した県議の擁立が挫折したのを受け、六年前の参院選で旧みんなの党から出て当選した現職の中西に白羽の矢を立てた。
 JPモルガン証券の副社長という経歴を持ち、欧米の金融関係者と通訳を介さず国際金融を議論できる中西の能力を麻生は高く評価した。そして何より、今回の参院選で議席を一つでも多く積み上げるのが、残り二年余りの任期で安倍が宰相としていい仕事をする助けになると考えた。
 ところが、これが与党内に大きな亀裂を生む結果となった。中西は〇九年の横浜市長選に自民党の支援を受けて出馬し落選。すると翌年の参院選でみんなの党から出馬したため、自民党の神奈川県連からは「裏切り者」のレッテルを貼られていた。さらに、「自民一、公明一」で仲良く議席を分け合うつもりだった公明党も中西の出馬に強く反発した。

「完全に一線を越えてるよ」

「増税先送り政局」で、菅との軋轢報道がピークを迎えつつあった先月二十九日、麻生は横浜市内にいた。地元有力者のパーティーだったが、麻生の隣には中西の姿があった。
「(自民党が)二人目を出すのは当然でしょう。単独過半数を目指すんだから」
 その五日後、今度は菅が横浜市内に姿を見せた。千人を優に越す聴衆でごった返す会場には、なぜか集会名の表示もなく、マスコミもシャットアウトされた。公明党の石井啓一国土交通大臣が駆けつけ、公明党の三浦を激励する会の壇上に立った菅は、こう挨拶したという。
「連立を組む公明党とは、信頼関係がある。三浦さんへの支援をお願いします」
 公認三原、推薦中西と、二人の自民党候補を差し置いて官房長官が公明党候補の支援を公言するのは極めて異例だ。
「麻生、菅、公明党」という三つ巴の緊張の構図は、まるで今回の増税政局をそのまま写したようだ。
 五月三十日の安倍と麻生の直接会談によって、収束したかに見えた安倍政権中枢の軋轢は、深刻度を維持したまま、神奈川で火花を散らしていたのである。

 安倍政権の屋台骨を支える官房長官と副総理兼財務大臣。菅は麻生が総理総裁の座を掴み取った〇八年の自民党総裁選以降、麻生とは深い信頼関係を維持してきた。磐石を誇った菅と麻生の絆はいつから綻び始めたのか。明らかな亀裂が生じたのは、一五年冬の軽減税率を巡る攻防である。
 十二月のある日、麻生は自分の個人事務所で、ある永田町関係者に向け、こう言った。
「菅が何をやっているか、俺にはちゃんと情報は入っているんだ。財務大臣を差し置いて税の話を進めようというんだから、完全に一線を越えてるよ」
 消費税が一〇%に上がる際の痛税感を緩和するとして、公明党が導入を求めていた軽減税率を巡る攻防は、一五年秋の段階では、軽減税率の適用範囲が最大の焦点となっていた。
 できるだけ幅広に設定したい公明に対し、麻生や谷垣禎一幹事長など自民党側は、「社会保障と税の一体改革」の枠内で捻出できる四千億円程度の範囲に収めるべきだと主張して、与党内の対立が先鋭化していた。
 麻生は個人事務所の応接間の壁面に設えられている観音開きの黒板を全開にすると、「公明党」「学会」「菅」といった登場人物をチョークで書き込みながら、これまでの経緯を整理した。
「軽減税率の適用範囲や財源について、菅が財務大臣たる俺の断りなく話を進めようとした事は間違いない。問題は、安倍はこれを知らなかったのか、黙認したのか、あるいは推奨したのかだ」
 菅に対する不信感はピークに達していた。そして、その疑念は安倍にまで向かいつつあった。
 軽減税率は結局、公明党の求める通り一部を除く「生鮮食料品と加工食品」という広い範囲に設定され、一兆円の財源は引き続き話し合うという決着を見た。安倍が公明の主張をほぼ全面的に飲んだのである。
 麻生としては、納得のいかない経緯をたどった上に、煮え湯を飲まされるような結論だった。
 安倍は、軽減税率が決着を見た六日後の十二月十八日、密かに麻生を総理公邸に呼んだ。夜九時半過ぎから、二人は背広を脱いでじっくり話し合った。スコットランドのアイラ・モルトを飲み、麻生の地元のイチゴ大福を頬張りながら、会談は三時間近くに及んだ。安倍は軽減税率の一連の経緯と自分の判断について、虚心坦懐に伝えて麻生の理解を求めた。
 じっと聞いていた麻生は、
「そういう事なら、そういう事なんでしょう」
 と言って、豪快に笑った。安倍と麻生の、独特の手打ち式だった。
 しかし、この場に菅はいなかった。麻生の心に生じた菅に対する不信感は、拭われることなく静かに沈殿していった。
 この五カ月後に勃発した「増税先送り政局」も、登場人物と対立の構造は軽減税率の時と酷似していた。ダブル選挙を嫌う公明党と、増税先送りなら解散すべきという麻生。そして、公明党の主張に寄り添うように、ダブルに慎重な姿勢を崩さなかったのが菅だったのである。
 五月二十八日に公邸で行われた安倍・麻生・菅・谷垣による四者会談では、菅が自分の立場を明確にした。
「今解散したら公明党が持ちません」
 麻生は即座に言い返した。
「何でそんなにいつも公明に気を遣うんだよ」
 麻生の強い口調には、軽減税率以来の菅への不満が凝縮されていた。

「選挙に弱い」噴出した批判

 ここで一つ、不可解な事がある。麻生の苛立ちが様々な形で伝えられるのに対して、菅の本音が一切伝わってこないのだ。軽減税率の際には、麻生が菅を、
「一線を越えた」
 と非難した話が新聞紙上に躍ったが、菅の反論らしきものは一切報じられなかった。
 官房長官は内閣のスポークスマンであり、毎日二回記者会見を行っている。さらに番記者、与野党議員やメディアの幹部など、発信しようと思えばいくらでも思いのたけを吐露することはできる。ところが菅は、オンでもオフでも、徹底的に沈黙を貫いたのである。今回の増税政局でもそれは変わらなかった。
 これを裏付けるデータがある。主要紙は五月下旬以降今回の増税政局を分厚く報道した。一面と政治面の記事に加え、大型検証記事も次々と掲載された。朝日の「時時刻刻」、読売の「スキャナー」「決断の波紋」、毎日「クローズアップ2016」「検証」、産経の「水平垂直」「同日選見送りの真相」、日経の「増税再延期を問う」「迫真 決断 増税先送り」と、各社政治部の取材力をかけた特集が並んだ。
 こうした検証記事は、政治家に張り付いている「番記者」の腕の見せ所だ。担当政治家の怒りや落胆、不満や妥協など政局を象徴するような「本音」を盛り込むべく全力で取材する。その結果安倍、麻生、谷垣、二階俊博総務会長、公明党の山口那津男代表といった政局の主役たちのつぶやきが数多く記事に盛り込まれ、紙面の骨格を形作った。
 ところが五月二十八日から六月五日にかけての全てのストレート記事と検証記事をくまなく見ても、菅の「本音」や「つぶやき」を書いている記事が一つもない。唯一毎日新聞が五月三十日の総合面で「(総選挙をやれば)与党が3分の2以上を持つ衆院の議席を減らすだけだ」というカギ括弧を書いているが、これは正確に言えば菅の立場を表現したものであり、本人の呟きを正確に再現したものではない。
 今回菅からカギ括弧が取れなかった各社はやむなく周辺から情報をとって穴埋めをした。例えば二日の日経は「決断 増税先送り1」でこう書いている。
〈菅は増税して同日選を回避する案も模索。『増税延期なら同日選になる。2つはセット。だから増税延期はダメという考えもあった』と菅周辺は解説する〉
 菅本人の発言が取れなかったので、「菅周辺」と情報ソースを示した上で菅の立場を示した。政局記事としては誠実な書きぶりといえる。主要紙の政治部が束になっても、菅の肉声はつかめなかったのである。

 結局、菅は今回も完全に沈黙を守った。その結果、「ダブル選挙に打って出るべし」とするグループからは、「菅は選挙に弱いから解散を嫌がっているのではないか」とか「菅はポスト安倍を睨んで解散に反対している」などという批判も噴出した。
 これには安倍が憤慨し、周囲にこう漏らした。
「菅ちゃんは自民党が下野した大逆風の〇九年の選挙だって小選挙区で勝ちあがってきた」
「利己的な理由で解散の是非を考えるような人間じゃないことは俺が一番よく知っている」
 誹謗中傷の声は、もちろん菅の耳にも入っていた。それにも関わらず菅は一言も反論しなかった。
 この半年間に顕在化した菅と麻生の軋轢は、煎じ詰めれば「公明党・創価学会との距離感」という問題に集約される。
 麻生は、公明党と学会に独自の人脈を持ち、折に触れて意見交換をしている。その一方でいざ選挙となると、麻生は公明党の推薦を受けない。「是は是、非は非」と言える関係が重要であるとの立場だ。

菅の沈黙が不信感を増幅した

 一方の菅は、政府・与党という枠組の中で、公明党との連絡調整を行う責任者だ。日々の政策協議や国会対策から中長期の政策課題まで、様々なルートを使って意思疎通を行っている。そして、いざ選挙となれば、自民党のほとんどの衆議院議員が公明党の推薦を受けているという現実がある。
 さらに、「解散」「消費税増税」といった安倍がなかなか本心を明かさない重要な事項についても、官邸の基本的な考え方を説明し、公明党側の立場も聴取しなければならない。政局に関わる安倍の意向は最高機密だ。誰に何を伝え、誰に何を伝えないか。情報管理の責任者である菅の口は自然と重くなっていく。
 菅は先週末、私の取材に対してこう答えた。
「みんな忘れていますが、自民党は参議院では過半数を持っていないんですよ。公明党と協力しなければ法案一つ通らない。そして、平和安全法制という非常に難しい課題でも、公明党は自民党との約束を守り、結果的に一糸乱れず賛成してくれた。
 政権が発足した時の合意書で明記している軽減税率について、こちらから信義を破るようなことをすれば、連立の枠組そのものが揺らぎかねないんです」
 連立与党という枠組みを守っていく大切さ、難しさを強調した菅に、沈黙を守っている理由を尋ねると、苦笑いしてこう言った。
「私は、しゃべらない方がいろいろな事がうまくいくんです」
 政局の騒動が一段落した先週水曜日、安倍は菅に声をかけた。
「また菅さんがたくさん泥をかぶってしまう形になりましたね」
 安倍の労いに対し菅は笑ってこう答えたという。
「それが私の仕事ですから」

 確かに、公明党と協力しなければ日々の法案すら参議院を通せない。まして憲法改正に必要な三分の二の確保という観点からは、少なくとも現状では衆参共に公明との協力が絶対条件となる。菅が安倍に安定した政権基盤を提供するために、連立の信頼関係を最も重視していることを踏まえれば、菅の行動と沈黙には合点がいく。
 しかし一方で、菅の沈黙が麻生との意思疎通の障害となり、不信感を増幅する展開になっている事もまた事実である。
 麻生も菅も、安倍を支えるという大枠では一致している。しかし総理経験者として安倍に寄り添う麻生と、連立の守護神を自認する菅の相違が、今回の政局では大きな軋轢となって顕在化した。そしてそのズレは、容易に克服できるものではない。屋台骨を支えてきた二人の軋(きし)みが、政権をどう変質させていくのか、後半に入った安倍政権は今、重大な岐路に立っている。(敬称略)

やまぐちのりゆき 一九六六年生まれ、慶大卒。九〇年TBSに入社し、二〇〇〇年から政治部。自民党担当、官邸キャップなど歴任し、一三年からワシントン支局長。今年五月退社し、今月『総理』(幻冬舎)を上梓。

「週刊文春」2016年6月23日号
 

以前と違い、顔に余裕が無い状況みたいですが・・・。

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年 6月17日(金)21時38分9秒
編集済
  以前と違い、顔に余裕が無い状況みたいですが・・・。
大丈夫なのでしょうか?


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「あのオバハンとは二度と出ん」〈さんま〉と〈上沼恵美子〉電撃和解か

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年 6月17日(金)20時59分47秒
編集済
  「あのオバハンとは二度と出ん」〈さんま〉と〈上沼恵美子〉電撃和解か

「関西では有名な犬猿の仲でしたから、今回の共演は歴史的なニュースです」(スポーツ紙記者)
「お笑い怪獣」明石家さんま(60)と「ナニワの女帝」上沼恵美子(61)が実に二十二年ぶりの共演を果たすことになった。

 六月十八日に放送される生特番「さんまのまんま 大阪から生放送SP2016」(関西テレビ)に上沼が出演することが決まった。
 上沼といえば、「快傑えみちゃんねる」(関西テレビ)や「クギズケ!」(読売テレビ)など四本の冠番組を持ち、歯に衣着せぬ毒舌で関西ローカルでは圧倒的な人気を誇る。
「さんまと上沼は共に一九五五年生まれで、芸歴は上沼の方が三つ上。二人の共演は今から二十二年前の九四年、今回と同じ『さんまのまんま』に上沼がゲスト出演したのが最後でした。関西のテレビ関係者の間では『共演は二度とないだろう』とまで言われていた」(芸能関係者)
 一体、二十二年前の放送で何があったのか。
「上沼が『新婚当初、夫にオムレツを作ったが、失敗して嫌味を言われた』という話をした。上沼の夫は関西テレビの役員まで務めた人物で、当然さんまも彼のことを知っていました。その話を受けて、さんまが『そんな顔してるもんね、あの人』と応じたところ、上沼はこの一言が気に障ったようで、明らかに表情が曇った」(芸能デスク)
 しかし、共演後はむしろ、さんまの方が上沼を嫌っていたという。
「よほど肌が合わなかったのか、芸人達の集まりの場で上沼のことを『あのオバハン、あんなヤツとは二度と一緒に出ない』と言っていた。上沼サイドがさんまに番組出演のオファーをしても『あのオバハンのは出ないよ』と断られたことがあり、上沼本人も嫌われていることは知っていたようです」(前出・芸能関係者)
 そんな中、突如として実現した今回の共演。長年いがみ合ってきた大御所二人もこれで和解ということか。
「上沼がさんまの番組に出るということは、上沼の方が折れて歩み寄ったということでしょう」(同前)
 事の経緯を上沼の夫・真平氏に聞いた。
「妻は『快傑えみちゃんねる』の担当プロデューサーに強く頼まれて承諾したそうです。ただ、二人が過去に喧嘩したことはないし、仲も悪くない。新聞には『久しぶりの共演で、あがっております』なんてコメントしていたけど、緊張なんかしてません(笑)」
 一方のさんまは上沼との共演をどう思っているのか、自宅前で本人を直撃した。
――週刊文春です。
「あいよ、何や?」
――上沼恵美子と共演するということだが?
「あ、そう? ああ、大阪の生(放送)のやつか」
――二人は仲が悪くて共演NGだったのか?
「会ってないもん、そんなに。仲悪くなるほど会ってない。それにあの人、ゲストで出られへんやんか」
――上沼が大阪にいてスケジュールが合わない?
「まあ、そういうこっちゃ! 何やそれお前!」
“怪獣”と“女帝”、頂上決戦の行方や如何に――。

「週刊文春」2016年6月16日号
 

マスコミがピースボート辛嶋友香里氏を使って蓮舫推し

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年 6月17日(金)06時10分42秒
編集済
  マスコミがピースボート辛嶋友香里氏を使って蓮舫推し
激裏GATE PRESS

 次期東京都知事をめぐるテレビの街頭インタビューで
 テレ朝とTBSのニュース番組で
 全く同じ女性が蓮舫を推していると話題になっている。



 この女性、NGOピースボートの辛嶋友香里氏ではないかとの疑惑が。



 2016年4月、Nステで熊本自身の現地状況をリポート。
 しかしマスコミの非常識、過熱する取材が被災者とトラブルになっており
 彼女のレポートは罵声にかきけされる事態に・・。



 同一女性=辛嶋友香里氏かどうかは意見が分かれるところだが
 ヤラセインタビューというのは明白。
 「次の都知事は蓮舫」というマスコミの世論操作は
 始まったばかりのようだ。


東京都 渡る世間は左巻き鮮人都知事ばかり?!
鮮人ハゲネズミ・ダマス添の後に出てくるのも、
金太郎飴システムの鮮人ばかり!!



都知事選の候補者に名前が取りざたされていた、谷亮子議員、蓮舫議員は早々と辞退を表明したそうです。
賢明な選択だったのでは無いでしょうか?
出自の話や実家のヤバイ話、過去の悪行の話などを蒸し返されてネットでボコボコにされたら、政治生命そのものを失う危険性があるでしょうから。

鮮人ハゲネズミ・ダマス添要一都知事がやっと辞める事になり、退職金の話題が出て来て都民は再度激怒していますよ。
全ての疑惑に何も答えずに、うやむやにしたまま貰うものだけは貰って、都庁から逃げ出す算段でいるダマス添都知事。
鮮人らしい、「立つ人モドキは、跡を穢しまくってトンヅラこく」と言う諺?のままに逃走する事だけを考えているようです。
湯河原の別荘も売る理由が無くなればそのまま使い続けるに決まっていますよ。
都知事を辞めてからも、お気に入りの美術館の女性職員にコールしまくるんでしょうか?
食欲と性欲だけで生きてけつかる鮮人なら、やりかねないから注意が必要です。

それにしても、ダマス添都知事の後を狙う候補と称する者達が名乗りを上げているようですが、名前を聞いただけで反吐が出ますね。

ブラックワタミ・鮮人渡邉美樹が出る気まんまんだと言うのですから笑いますよ。
独善と傲慢、恥知らずを絵に描いた様な外道です。
前回の都知事選挙にも出ていた左巻き要注意人物・宇都宮健児氏もまた出る気でいるのだとか。
自民は、パパンパンパン小池百合子氏を押す予定だと言う話が流れて来ています。
すっかり名前も聞かなくなり、フォトショで修正しまくりの選挙ポスターだけが笑いを誘うだけの存在で終わりたく無いんでしょうね。
果たして今回、都知事選挙に出て来て「百合子の本懐」成就となりますかどうか?
誰かさんのパクリで「その気になる女」シリーズで、コスプレポスターを何種類も登場させたりして?
小池議員は、コスプレがかなりお好きなようですから。

従来の、フォトショで修正しまくって本人とは別人の様な、まるでAVのDVDのパッケージ写真の様な顔がまた都内に溢れかえるのも
安定した面白さで良いかも知れませんよね。
選挙カーの上には、間違いなく恋人の小泉純一郎が一緒に並んでいるのが、今から目に浮かぶ様ですわ。
今や「選挙は、鮮挙」 その前に、この国から壮大な規模の除鮮が必要ですね。



舛添都知事 ウヤムヤ幕引きで退職金2200万円

2016年6月16日 11時0分 東スポWeb
険しい表情の舛添要一都知事
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 舛添要一東京都知事(67)の政治資金私的流用疑惑は、このまま闇に葬られそうだ。辞職が決まったことで、延命のため訴えていた給与全額返上に関する条例は取り下げとなった。これにより、舛添氏は約2200万円の退職金を受け取ることが可能となった。

 15日の本会議で舛添氏は「都議会における最後の発言になります」と切り出し、辞職理由をこう語った。

「任期途中で辞めることに反省と心残りもありますが、自らの不徳のいたすところ。都政の停滞が長引くことは耐え難い。身を引く決意に至りました。これからは一都民として五輪の成功を祈っています」

 議員らのほとんどが拍手をせず、寂しい最後となった。ある都議は「都民へ一言もない。何が悪いのか自覚もないのだろう」と切り捨てた。

 これまで浮上した数々の疑惑は、もう追及の舞台がない。20日に予定されていた都議会総務委員会の集中審議は中止に。共産党が求めていた強い調査権限のある百条委員会は、設置されないことが決まった。

 舛添氏は午後9時前に退庁したが「湯河原の別荘は本当に売るのですか?」など報道陣の呼びかけには答えず。本来なら17日にあるはずの定例会見も行わない意向という。給与返上はなくなり、別荘売却もウヤムヤ。辞職は不本意だろうが、醜聞からは逃げ切った。

 この結末に都民の怒りは静まらない。その矛先は自民党に向いている。この日の本会議で百条委員会設置を与党多数で否決すると、傍聴人らが大ブーイング。「異議あり!」「お前ら仕事しろよ!!」と大荒れ。ある男性傍聴人は「納得いかない。全部自民党のせいだ」と話していた。

 穴だらけのザル法といわれる政治資金規正法の見直しも行われそうにない。参院選への影響を封じるために舛添切りに動いた自民党だったが、都民、国民にとって状況はむしろ悪くなっている。

http://news.livedoor.com/article/detail/11648099/




「ワタミ」渡邉美樹氏、都知事選再出馬に意欲 「私欲のないトップリーダーが求められている」

J-CASTニュース 6月17日(金)13時25分配信


居酒屋チェーン「ワタミ」の創業者で参院議員の渡邉美樹氏(56)が、東京都の舛添要一知事の辞職に言及しながら自身の都知事選出馬をにおわせた。

5年前の都知事選出馬を振り返って「あそこで当選したかった」と悔しさをにじませると同時に「私は絶対に税金で贅沢をつるつもりはない」と断言。自身の金銭的な価値観を披露し、「東京に求められているのはこうしたトップリーダーだ」と説明している。一方ネット上では、ワタミにいわゆる「ブラック企業」としてのイメージを持つ人も多く、「本当に懲りない人だ」「本気で怖いからやめて」と反対の声が上がっている。

■「私は絶対に税金で贅沢をするつもりはない」

渡邉氏は2016年6月15日、「舛添都知事辞職の意向を受けて」と題する文章をフェイスブックに投稿した。自身が出馬、落選した11年の都知事選を振り返り、それ以降に就任した都知事が全員任期途中で辞職していると指摘。「あそこで当選したかったと悔しさが残る」と綴った。

さらに、「少なくても私は絶対に税金で贅沢をするつもりはないと断言できます」とし、「東京を経営したいという純粋な気持の大前提は、税金の費用対効果の最大化でした」と説明した。

「上場企業の会長」でも「国際線ファーストクラスに経費で乗ることはありません」という舛添氏の「疑惑」を皮肉るような一文の後、自身の金銭感覚を「100円の利益を積み重ねる居酒屋オーナーの感覚」だと表現している。

最後に、西郷隆盛が残したとされる「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困るもの也」といった言葉を引用し、「オリンピックを前に、都知事を目指す人には、なおさら私欲がない人が求められる」「東京に、今求められているのは、こうしたトップリーダーだ」と結んだ。

正式の出馬表明ではないものの、文脈から出馬表明をしたかのようにも読めるこの投稿。11年に続き、渡邉氏は都知事選出馬への意欲を見せていると言えそうだ。

「本当にやめて勘弁して」「本当に懲りない人だ」

ただ、ネット上では

「本当にやめて勘弁して」
「本当に懲りない人だ」
「(舛添氏は)あなたよりは、だいぶまし」

と厳しい意見が相次いでいる。渡邉氏の創業したワタミは、その労働環境などから「ブラック企業」との批判をたびたび受けており、12年には「ブラック企業大賞」の「市民賞」を受賞している。ネット上の評判の背景に、こうした事情が見え隠れする。

ワタミの労働環境は、13年に渡邉氏が参院選へ出馬した際も問題視され、自民党の平沢勝栄衆院議員から「公認をやめさせたい」といった声が上がっていた。
http://snjpn.net/archives/5940




<都知事選>宇都宮健児氏、立候補検討「出られる準備ある」

毎日新聞 6月16日(木)20時59分配信

 舛添知事の辞職に伴う都知事選に元日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏(69)が立候補を検討していることが分かった。宇都宮氏は16日、毎日新聞の取材に「野党共闘の枠組みの中で、自分にやってほしいという動きがあれば、出られる準備はある」と述べた。

 宇都宮氏は前回都知事選に無所属で立候補し舛添氏に敗れたが、約98万票を集め次点だった。今回出馬すれば3回目の都知事選挑戦となる。【円谷美晶】

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160616-00000094-mai-soci
 

「東京五輪」招致 電通元専務への巨額マネー

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年 6月16日(木)09時43分53秒
編集済
  「東京五輪」招致 電通元専務への巨額マネー


東京五輪・パラリンピック招致を巡る“裏金疑惑”は国会でも追及されたが、未だに疑惑は晴れていない。そんななか、問題となっている二億三千万円をはるかに超える資金が招致の“キーマン”に渡っていたことが分かった。果たしてこの資金は何に使われたのか。

 東京都が五十六年ぶりの五輪開催を勝ち取った“ブエノスアイレスの歓喜”からわずか三年足らず。東京五輪は“裏金疑惑”により、一転して批判の的になっている。
「国会でもJOC(日本オリンピック委員会)の竹田恒和会長(68)が厳しい追及を受けましたが、誰もが納得できるような説明は出来ていない。
 なかでも参院議員の松沢成文氏は、招致を勝ち取ったロビー活動の中心人物として、電通の元専務である高橋治之氏(72)を名指しして批判しています。松沢氏は彼を『国際的な司法機関から捜査の対象になるような疑惑だらけの人間』『フィクサー的な存在』などと指摘しています」(全国紙社会部記者)
 高橋氏は国際舞台におけるスポーツビジネスの草分けで、サッカー界に太い人脈を持ち、二〇〇二年日韓W杯の招致にも尽力した人物である。かつて「環太平洋のリゾート王」の異名をとったバブル紳士、故・高橋治則氏の実兄としても知られている。
 電通で専務にまでのぼり詰め、〇九年に退職、一一年まで顧問を務めた。現在は二〇二〇年東京五輪・パラリンピック競技大会組織委員会の理事に就任している。JOC会長兼組織委員会副会長にして招致委員会理事長だった竹田氏とは慶応幼稚舎時代からの付き合いで、極めて近い関係だ。
 その高橋氏の“裏金疑惑”への関与は高橋氏本人も竹田氏も否定しているが、彼は招致活動でどのような役割を果たしたのか。
 その詳細に触れる前に、今回の疑惑について改めて振り返っておきたい。
 疑惑の発火点は、英紙「ガーディアン」が五月十一日付で、東京五輪招致の“買収疑惑”を報じたことだった。
「フランス司法当局が、モナコに本拠を置く国際陸連の贈収賄事件の捜査に着手したことがきっかけでした。

高級時計や宝石で買収工作?

 十六年間、国際陸連のトップに君臨したラミン・ディアク元会長は、セネガル出身。IOC(国際オリンピック委員会)委員として五輪の開催地決定の鍵を握るアフリカ票に絶大な影響力を持つとされていました。彼は息子のパパマッサタ氏を国際陸連のコンサルタントとして重用していた。そんなディアク氏周辺の金の流れをフランス司法当局が追うと、東京の招致委員会から振り込まれたカネが買収工作の資金だった疑いが浮上したのです」(同前)
 招致委員会は、東京五輪の開催が決まった二〇一三年九月七日を挟んで、七月と十月の二回に分けて計二億三千万円を、シンガポールの「ブラック・タイディングス社」(以下、BT社)なるコンサル会社の口座に振り込んでいた。
「BT社の代表は、パパマッサタ氏の友人。七月の振り込み直前、パパマッサタ氏はパリの宝飾店で高級時計や宝石を買っており、代金はBT社から振り込まれたことが分かっています。この高級時計もIOC委員の買収工作に使われたのではないかとみられているのです」(同前)
 果たして日本は本当にカネで五輪を買ったのか。
 ラミン・ディアク氏について陸上担当記者が語る。
「ディアク会長は二〇〇七年二月に、『東京マラソン』の第一回大会のために来日して、パーティにも出席していました。この時は二〇一六年の五輪招致をアピールする絶好の場でしたが、日本側はディアク会長があまりに大物過ぎて近づけないような状況でした。ただ、ディアク会長と旧知の仲だった電通の高橋氏だけが、彼と親しく話していたことは印象に残っています」
 二〇〇九年十月、東京はリオデジャネイロに敗れ、二〇一六年の五輪招致を逃したが、この時も日本が最後まで頼ったのがアフリカ票だった。
「開催地の発表が行われるコペンハーゲンに入った石原慎太郎東京都知事(当時)らが、高橋氏と一緒にディアク会長に接触すると、彼は『アフリカのIOC委員の十六票は纏めた』と明言したそうです。ところが、日本は惨敗と言っていい結果に。石原氏は帰国後の会見で『ブラジルの大統領が来て、かなり思い切った約束をアフリカの諸君としたようです』と話し、物議を醸しました。つまり、この時点ではディアク会長もアフリカ票を掌握しきれていなかったのです」(同前)

強固な人脈を見込まれる

 その反省に立ってスタートした二〇二〇年の五輪招致活動では、電通や日本陸連がラミン・ディアク氏を完全に取り込んで行った。その起点となったのが〇七年八月にロンドンに設立された「電通スポーツヨーロッパ」である。
「高橋氏の部下だった中村潔氏(現執行役員)が社長に就任し、国際陸連のマーケティングを担っていました。当時国際陸連は、看板の大会『世界陸上』のスポンサー集めに苦慮していました。二〇〇〇年前後からスポンサー離れが始まり、二〇〇七年頃まではスポンサー枠をすべて埋めるのが大変だった。
 そんな時に新たな陸上大会である『ダイヤモンドリーグ』の創設やデジタルメディア『SPIKES』の立ち上げを提案したのがパパマッサタ氏と電通などでした。中村氏が〇九年に帰国し、電通のスポーツ事業局長に就任してからは世界陸上のスポンサー枠も埋まるようになった。
 中村氏はラミン・ディアク氏とは高橋氏以上に関係を深め、電話一本で話ができるほどの関係を築いたとされる」(同前)
 一方、電通を退職した高橋氏は「コモンズ」という会社の代表を務め、電通本社ビルでフレンチレストランなどを経営する一方、電通時代の人脈を生かしてコンサルタント業務を始めた。そして、二〇二〇年五輪招致委員会の「スペシャルアドバイザー」に就任するのだ。
 コモンズに関しては、大手民間信用調査会社が詳細な調査レポートを作成している。それによれば、コモンズの売り上げは、二〇一二年十二月期の約六億三千万円から、招致活動が山場を迎えた翌年には約十四億九千万円に跳ね上がっているのだ。
 その原動力となったのは会社のコンサル部門の収入だ。二〇一二年十二月期に約三億三千万円だったものが、翌年には高橋氏の強固な人脈を見込まれて招致に関わる各方面の調整活動を委託されたことで収入は跳ね上がった。コンサル部門は十一億円を超える大口収入となったと書かれている。
 つまり、現在問題になっている二億三千万円を超える巨額資金が、招致委員会などからコモンズに支払われているのである。
 一方で利益については、レポートによると、収益の大部分を占めるのはコンサルティング収入だ。だが、調整活動に奔走したことで支出も発生したため、増収効果は乏しく、営業利益は約一億八千万円に終わったという。
 つまり収入は大幅に増えたものの、「調整活動」にほとんど使ってしまったというわけだ。
 この“招致マネー”は何に使われたのか。
 高橋氏は小誌の質問に対し、弁護士名で「当社は収支の内容について公表しておりません」と答え、招致委員会からどれだけの報酬を得ていたかについては言及を避けた。
 招致関係者が振り返る。
「高橋氏のロビー活動の実態については招致委員会の幹部でも把握していた人は少ないと思います。ただ彼の人脈やノウハウが最大限に活かされたのが今回の招致でした。高橋氏は、招致委員会の委員長だったJOC会長の竹田氏とは昵懇の仲で、『八歳の頃から知っている』と話していました。竹田氏と高橋氏が同席する会合の時は、たとえ竹田氏がJOCの会長として招かれていたとしても、竹田氏は高橋氏が来るまで絶対に上座に座ることはありません。高橋氏が来て、『カズがそっちに座れよ』と言われて初めて上座に座るのです」
 高橋氏は、竹田氏の実兄と慶応幼稚舎からの同級生で、竹田氏は後輩にあたる。面倒見のよい兄貴分と弟分という関係性は、少年時代から今に至るまで変わっていないようだ。

足利銀行の破綻の引き金

 招致の責任者とキーマンであった竹田氏と高橋氏。
 竹田氏と言えば、皇籍離脱した旧宮家の出身。父親の恒徳氏も六四年の東京五輪招致などに尽力して、“スポーツの宮様”と呼ばれたが、その三男である竹田氏は七二年のミュンヘン五輪と七六年のモントリオール五輪に馬術競技日本代表として出場した経験を持つ。
 その華々しい経歴の裏で、大物右翼の故・豊田一夫氏や“フィクサー”と言われる朝堂院大覚氏との交際なども確認されている。
 仕事としては、自身で旅行会社を経営している竹田氏だが、毀誉褒貶が相半ばするエピソードが多々ある。その象徴的な事例が、JOC会長に就任する直前、彼が理事長を務めた乗馬クラブ「ロイヤルホースライディングクラブ」の破綻劇だ。
 栃木県の老舗セメント関連会社「シモレン」が約六十億円の建設費をかけて国際競技会も開催できる豪華な乗馬施設を完成させたのは九四年のこと。シモレンの元幹部が当時を振り返る。
「創業百周年を記念した事業で、九〇年頃に日本馬術連盟の関係者から『乗馬クラブを作らないか』という話が持ち込まれ、竹田氏が総合監修という形で関わることになったと記憶しています。我々は何のノウハウもなかったので、竹田氏の助言通りに計画を進め、彼が社長を務める『ホースマンインターナショナル』と契約、コンサル料などを支払っていました」
 ニュージーランドやドイツから馬を輸入する際も竹田氏の会社を通し、ドイツ視察には、竹田氏が経営する都内の旅行会社に手配を依頼していたという。
「ロビーの椅子も、ブーツを履いた時に日本製だと低過ぎて痛いので、竹田氏の助言でわざわざ高さのある椅子をイギリスから取り寄せました。竹田氏は頑固で、一度『これがいい』と言うとなかなか引かず、みるみる予算は膨らんでいきました」(同前)
 一方で、オープン時には竹田氏が常陸宮妃華子様をお連れし、ロイヤルの称号に恥じない配慮もなされた。設立発起人には名立たる経済人に交じって、国際政治学者だった当時の舛添要一氏の名前もある。のちに東京五輪開催のキーマンとなる竹田・舛添の両氏は、奇しくもここで、すでに接点を持っていたのだ。
 しかし乗馬クラブは〇一年十月、シモレンの倒産で閉鎖を余儀なくされてしまう。負債額は実に三百七十五億円。乗馬クラブ建設費の借り入れ過多が一因とも報じられた。
「竹田氏はあれだけ湯水の如く会社に金を使わせたのに、会員権を一口も売りませんでした。私たちは一千万円の会員権を売るのにどれだけ苦労したか。社内でも彼への恨み辛みは凄かったです」(別の元幹部)
 のちにこのシモレンの大型倒産は地元の地銀、足利銀行の破綻の引き金となる。
 シモレン倒産と同時期、竹田氏は前会長の急逝により、JOCの五十代の若き会長として表舞台に登場した。その地ならし役を果たした一人が、高橋氏である。
「本来JOCの会長は無報酬なのですが、竹田氏の旅行会社はいつ倒産してもおかしくないほど業績が悪化しており、一定の収入を確保してあげる必要があった。そのため高橋氏やJOC名誉会長だった堤義明氏などが動いて、電通やミズノからお金が出るよう働きかけたのですが、うまく行きませんでした。そこで、一部の理事の反対を押し切り、JOCが約千五百万円の報酬を出すよう決めたのです。さらに、電通社内や一部の取引先に、航空券の手配などは出来る限り竹田氏の旅行会社に依頼するよう指令が下っていたとされています」(JOC関係者)
 竹田氏にとって高橋氏は、今も決して頭の上がらない存在なのだ。
「招致活動でも竹田氏が自ら金集めに動くことはありませんでした。彼は自分が動くと先方も断れないから申し訳ないという思いが先に立つのです。その点、高橋氏は慶応人脈をフル活用して、有力企業から支援を引き出してしまうのです。その意味で、高橋氏がいなければ今の竹田氏はないと言っても過言ではありません」(電通関係者)
 竹田氏は小誌の取材にこう答える。
「ロイヤルホースライディングクラブについては、僕は知人を介して個人的に依頼を受け、ノウハウを伝えただけです。本業の業績が悪くなったから畳んだのであって、私は投げ出していません。
 また、高橋さんは兄と同級生というだけで、私は別に友達でも何でもないです。高橋さんと招致委員会との間でコンサル契約があったのかどうかも知りません。高橋さんにスポンサーを集めてもらうようなことを頼んでいるとは聞いていましたが、招致活動で連携したことは全くありません。

開催地決定後に助成金を申請

 それに国会で説明した通り、BT社の実績については電通に聞いたのであって、高橋さんに聞いたわけではありません」
 BT社への振り込みについては、小誌の取材で新たに不可解な構図が浮かび上がっている。
 招致委員会は二〇一三年九月七日に開催地が決定し、招致活動が終わったはずの九月十八日に「スポーツ振興くじ助成金」の増額という形で、二億七千五百万円を日本スポーツ振興センターに追加申請している。
 BT社への支払いは七月二十九日に九千五百万円、残金については成功報酬の意味合いもあり、収入確保の見通しが立った十月二十四日に一億三千五百万円を振り込んだとされている。実は十月二十四日はスポーツ振興くじ助成金の交付決定が下りた日なのだ。
 実際の交付時期にはタイムラグがあるが、補填する目途が付いたことから支払いを実行したのだとすれば、事実上助成金がBT社への支払いに充てられた可能性が浮上する。
 ある文科省幹部は「招致活動が終わった後で億単位の助成金を申請すること自体、不自然だ」と驚きを隠さない。
 招致委と東京都が纏めた招致活動報告書では、二年間で使われた招致推進活動経費は八十九億円で、うち東京都は三十五億円、残りは招致委員会が協賛金や寄付金などで民間から調達したとされている。果たしてそこに抜け道はないのか。
“疑惑の東京五輪”の汚名を返上するには、更なる情報公開が求められている。

「週刊文春」2016年6月23日号
 

舛添「辞職」をめぐる核心 女性社長〈最後のブレーン〉激白100分「出版社社長」の正体「彼と舛添先生はパリ凱旋門賞で気が合った」

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年 6月16日(木)09時40分15秒
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舛添「辞職」をめぐる核心 女性社長〈最後のブレーン〉
激白100分「出版社社長」の正体
「彼と舛添先生はパリ凱旋門賞で気が合った」


舛添氏辞任の流れを一気に加速させたのは舛添家の正月家族旅行に合流し、“会議”をしたとされる「出版社社長」の問題だ。舛添氏は頑なに名を伏せたが、小誌が特定した人物は既に死亡していた。二人の間に何があったのか。すべての事情を知る人物が口を開いた。

「なにか世間の目が逸れるような大きな事件が起きないかなあ」
 舛添要一都知事(67)が周囲に思わずこんな“本音”を漏らしたのは、一連の騒動が大きくなりはじめた五月中旬のこと。だが、今や、舛添氏本人が“大事件”の主役となった。
 六月十三日十四時半から開かれた東京都議会の総務委員会は、民放各局のみならずNHKまでもが、生中継する異例の事態。だが、
四時間半に及んだ集中審議において、舛添氏は「記憶にない」を連発、その成果は乏しいものだった。
 最後には、自ら発言を求めて、こう述べた。
「(不信任案可決で選挙になれば、選挙の時期がリオ五輪と重なり)国家的大事業である二〇年大会にとって極めてマイナスです。もちろん私の不徳の致すところなのは重々承知ですが、どうか少し猶予をいただきたい」
 だが懇願も空しく、この時点で舛添氏辞任の流れは不可避だった。

謎の「出版社社長」をめぐる攻防

 集中審議では小誌が先週号で報じた公用車に家族を乗せて、N響「第9」コンサートや巨人戦観戦のために東京ドームを訪れたことを認めた。その釈明はこうだ。
「音楽政策を東京都はやっていくのか、たとえばプロ野球が(五輪の)追加種目として加わる可能性がある。二〇二〇年に向けての準備を同時に懇談し、都としてのスポーツ政策、文化政策に大きく寄与している」
 ならば、こんな公私混同の“新疑惑”にはどうお答えになるのか。
 新党改革比例区第四支部の収支報告書によると、二〇一三年三月二十八日に伊勢丹新宿店で「備品」として、四万九千九百八十円を支出している。
「本館五階のダイニングフロアで十五点を約五万円で購入しています。お茶碗、お箸、ナイフ、フォークなどに加え、宮内庁御用達の専門店で作られた、漆のタンブラーを二つも買っています」(事務所関係者)
 高級漆タンブラーを政治資金で買う理由は何か。舛添氏ならこう言うだろう。
「海外からのお客様に、日本の伝統芸能を体験していただくため」
 要は、舛添氏に政治資金で買えないものなど何もないということだ。
 集中審議において、とりわけ質疑が集中したのが、小誌が報じた千葉県内の「龍宮城スパホテル三日月」問題。二〇一三、一四年の正月、家族で宿泊したにもかかわらず、政治資金の「会議費用」として処理していた件だ。
 発覚当初、舛添氏は会議の相手は「事務所関係者」としていたが、“第三者”である二人のヤメ検弁護士による「調査報告書」に突如、登場したのが「元新聞記者の出版社社長」だった。
〈付き合いが長く、かねてより相談相手としていた出版会社社長(元新聞記者)を客室に招き、政治家としての今後のことについて相談した〉(報告書より)
 集中審議で、繰り返し、出版社社長が誰なのかを問われた舛添氏だが「政治家の信義」を盾に、頑なにその名を明かさなかった。
 だが小誌取材班は、早い段階で、舛添氏の知人から、次のような証言を得ていた。
「舛添氏がいう『新聞記者出身の出版社社長』とは、T社の元社長で、サンケイスポーツ出身のS氏でしょう。舛添氏の周辺で、他に該当するプロフィールをもつ人間は見当たりません。たしかに長年、二人は知り合いだったことは間違いありません」
 舛添氏の政治資金管理団体である「グローバルネットワーク研究会」の二〇一一年度分の収支報告書には、同年九月七日に「ますぞえ政治経済塾」という勉強会がT社の会議室で開催されたと記載されている。
 また同日、T社のすぐそばの喫茶店「P」に対し、同研究会から一万八千円が支出されている。この支出については、コーヒー四十五杯分にあたり不自然と、指摘されていたが、前出の調査報告書では、勉強会の朝食のタマゴサンド二十数名分の代金だったと説明されている。

伝説の競馬記者と舛添氏の“接点”

 いったいS氏とはいかなる人物なのか。
「彼は『伝説の競馬記者』なんです」と語るのは、サンスポ関係者だ。
「早稲田大学を中退後、家業である質屋の修業をしているうちに競馬にのめりこみ、専門紙の記者を経て、サンスポにアルバイトで入社。ほどなく記者採用され、競馬記者として数々のスクープをものにします。また九三年には競馬週刊誌『ギャロップ』を創刊し、初代編集長に就き、瞬く間にヒット雑誌に成長させました。その後、数々の雑誌を作り、局次長までのぼりつめるなど、サンスポの中興の祖といっていい存在です」(同前)
 競馬一筋のS氏と舛添氏の接点は何なのか。
「二人を繋いだのは、都内で翻訳会社Y社を経営するX女史です」
 と語るのは、前出の舛添氏の知人だ。
「徳島出身のXさんは、舛添さんが東大助教授だった頃の教え子で、若かりし頃は、ミス徳島に選ばれるほどの美貌を誇っていたそうです。都内の有名女子大を卒業後、一九八六年に翻訳会社Yを立ち上げます。父親が衆院議員の親戚だったため政治にも明るく、舛添氏が政界転身した後は、公私共に支える数少ないブレーンとなりました」
 一三年に設立された舛添氏が代表の政治団体「改革国際フォーラム」の会計責任者にはX女史、事務担当者はY社の社員が名を連ねている。
「一四年の都知事選でも、社員を選対本部に送り込み、マスコミ対応を担っていました。この選挙でX女史本人は、演説で聴衆を盛り上げるために、『そうだ!』などと声を張り上げていました」(X女史の知人)
 今回の騒動でも、進退窮まった舛添氏はX女史に頼りっぱなしだという。
「『何とか文春を止められないか』と、舛添さんはX女史に泣きついています。舛添事務所は、文春が事務所に送る質問状をX女史の元に転送し、どう答えるべきか、連絡を取り合っている。また第三者調査を依頼した弁護士の選定についても相談していたようです」(別の事務所関係者)
 一方、X女史とS氏との関係も、九〇年代にさかのぼる。
「Sさんが編集長を務めたギャロップ誌には海外の競馬事情を紹介するページがありましたが、翻訳を担当していたのがX女史率いるY社でした。当時ギャロップ編集部には、しょっちゅうX女史から電話がかかってきており、二人の男女の仲を疑う部員も少なくありませんでした」(前出・サンスポ関係者)
 〇七年に産経新聞を退社したS氏は、Y社の関連会社であるT社の代表に就任する。
「実態はSさんと数人がいる個人会社のようなものでした。T社でSさんは競馬情報サービスを手掛ける傍ら、競馬関連の書籍を編集したり、X女史と親しい劇作家の故・つかこうへいさんの全集などを出版するのです」
 果たして、このS氏が正月に「ホテル三日月」を訪れ、舛添氏と“会議”を行った人物なのか。
 残念ながら、本人にそれを確かめる術はない。というのも、S氏は昨年十一月、急逝しているからだ。
「クモ膜下出血でした。前日まで競馬関係のイベントに出るほど元気だったんですが……。青山葬儀所で盛大なお別れ会が開かれ、岡部幸雄元騎手、社台ファーム総帥の吉田照哉氏など三百人以上が弔問に訪れていました。舛添さんも秘書と一緒に来ていました」(参列者)
 舛添氏は、「出版社社長」について、存命かどうかさえ、答えることを拒否しているが、既に故人だとすれば、合点がいく。
 第三者の目で調査を担当した佐々木善三弁護士に、「出版社社長とはS氏のことか」と尋ねると、「取材にはお答えしておりません」との回答。

“最後のブレーン”X女史との一問一答

 かくなるうえは、真相を知り得る立場にいるのは、ただ一人しかいない。
 小誌記者は「舛添氏の最後のブレーン」であり、S氏とも深い交流があったX女史に話を聞くべく、自宅を訪ねた。
 ピンクのシャツを身にまとって姿を見せたX女史は、開口一番、こう叫んだ。
「ふざけるな! アポイントを取らずに自宅へ来る、あんたの取材方法を世界四十二カ国にネットで配信しよう!」
 それでも記者が「Sさんの話を聞きたい」と食い下がると、「まあ、いいや。入れ」と記者を部屋に招き入れた。
――舛添氏とSさんの関係は。
「舛添先生は馬が好きで、馬主をしていたし、ギャロップに連載を持っていたから知っていたのよ。あとSさんは二年に一回くらい凱旋門賞を見にパリへ行っていたの。競馬、パリ、凱旋門賞の三つで二人は気が合ったのよ」
――舛添氏が雇った佐々木善三弁護士から、Xさんに聞き取り調査はあったのか。
「全然、彼とは喋っていないし、会社にも来ていない」
 そして舛添氏がいう「出版社社長」がS氏かどうか尋ねると、「私、Sさんと近いからいうけど、あんた間違うよ。文春は誤報になるよ」と全否定。
 しかし時間が経つにつれ、X女史は「Sさんではないか」と口にし始める。
「Sさんは政治というよりも世相を読むのが上手かった。だから『相談する』という意味ではぴったりの人だよね。私が政治家になるとしても、Sさんに相談する。舛添先生は評判がよくないから誰も相談に乗ってくれないでしょう。緊急事態で相談に乗ってくれるのはSさんのような優しい人だよ」
「考えてみればSさんの可能性は高いかもね。普通、正月に人を呼ぶのであれば一流ホテルでおせち料理を出して、車代を渡すはず。舛添先生はお金を払っていれば、絶対に領収書をもらうから、領収書がないということはタダで来てもらっている。舛添先生の周りでタダで来てくれるのはSさんくらいだよ」
――実際、ホテル三日月で会議はあったと思うか。
「あんたはどういう会議だと思う? 私はね、子供を育てながら仕事をしてたの。そうしたら子供が遊んでる横で仕事相手と会議をすることもあるじゃない。舛添さんは正月でも(公私が)ぐちゃぐちゃなのよ。それで『遊んで来い』と、奥さんと子供はプールに行くじゃん。そこへ誰か(客室に)来て、ちょっとしたテーブルでコップにお茶入れて『実は……』としゃべったことはあったかもね。その程度よ。やったとしても一時間くらいやったかな。それは可能性ゼロじゃない。Sさんだったら普段着で飄々と来るでしょうしね。ひょっとしたら、Sさんだったらあり得るかなあとも思うよね」
――「死人に口なし」という状況だが。
「本当にSさんが生きてたらよかったよね。死んでいる場合じゃないよ」
――亡くなっているからこそ、Sさんにしたのでは。
「ただね、舛添先生はそんなところに知恵が回るかなあ。知恵が回るタイプだったら、週刊文春の記者ともっとうまくやらない? あれだけ叩かれるなんて、よっぽど人徳がないんだよ」
 X女史へのインタビューは百分に及んだが、舛添氏が会議の相手として想定した相手がS氏であることを暗に認めるような発言を繰り返した。
 一方で、S氏を知る人々は、取材に対して「彼が、正月に会議に行くわけがない」と口を揃える。
「Sさんは『大の会議嫌い』で有名でした」
 と語るのは、サンスポ時代の後輩記者だ。
「会議をボイコットしたことは数えきれないし、極度の出不精で、競馬場にさえあまり足を運ばなかった。そんな人がわざわざ木更津まで行くわけがないでしょう。舛添氏は故人のSさんを利用すれば嘘がばれないと思っているのでしょうが、本当に酷い」
 S氏の内縁の妻も「会議をした可能性はゼロです」と断言する。
「Sさんは生まれが横浜で、一三、一四年の正月はご両親の墓参りなどで横浜に帰っていたはず。木更津に行くわけがありません。Sさんの口から舛添さんの名前を聞いたこともありませんし、競馬以外には映画、お芝居が好きでしたけど、政治の話は聞いたことありません」
 Sさんとの間に二人の子供をもうけた元妻も、次のように語った。

出版社社長と会議は「架空の物語」?

「あの人が舛添さんと付き合いがあるなんて初めて聞きました。競馬一筋の人ですから政治の話をするとは思えません。私が知る限り、選挙の投票にさえ一度も行っていません」
 舛添氏が「死人に口なし」とばかり、架空の会議の相手として、S氏の名前を挙げたとすれば、大きな問題だ。神戸学院大学の上脇博之教授が指摘する。
「『出版社社長』がホテルに行っていないとなると第三者の弁護士の調査は、全く信頼できないことになります。もしS氏が『出版社社長』なのであれば、客観的に見て都知事選の立候補について相談する方とは思えません。その方以外に候補がいないとなると、『出版社社長と会議』云々が架空の物語ではないかという疑いすら出てきます」
 X女史は、インタビューの中で、こんな“舛添批判”も展開した。
「猪瀬(直樹)前知事が突然辞職して、競馬でいえば『内ラチが開いた』状態だったから、先生が出馬したわけよ。運よく棚ぼたで努力もせずに都知事になったけど、神様は許さなかったというわけよね。舛添先生は人を大事にしない。利権も作らないし、嘘もつかないけど、ケチなのよ。羞恥心というものがないし、人への思いやりがないのよ。今回も普通の人なら心が折れるけど、あの人は感受性が違う異星人なのよ」
 実は、この証言を裏付けるようなことが六月初旬にあった。この騒動のさなか、舛添氏は同じ世田谷区内で“引っ越し”を敢行しているのだ。
「六月五日の夜中、夜逃げみたいに、突然、荷物を運び出していました。そして新しい家の前に、警官が立つようになった。何か事件が起きたのかなと思っていたら、七日にはポリスボックスが作られ、二十四時間警官が立っています。近所の人たちは舛添さんが住んでいると気付いていますが、引っ越しのあいさつはまだありません」(近隣住民)
 もっとも、この引っ越しは、“夜逃げ”ではなく、旧宅の耐震補強工事のための仮住まいだというが、都庁内からはこんな声も聞こえてくる。
「五月頃から、旧宅から少しずつ荷物を運び出していたんですが、その引っ越しを都庁職員に手伝わせていたのです。この期に及んでまだ公私混同しているわけですから、都知事の側近たちは、皆呆れ返っていました」(都庁関係者)
 集中審議の翌日の朝、新居を訪ねると、舛添氏が現れた。
 小誌記者が「出版社社長とはS氏のことではないのか」と問いかけると、舛添氏は無言で公用車に乗り込み、走り去って行った。
 この日の午後、舛添氏は都議会議長の川井重勇氏から、不信任決議より先に辞職するよう勧告されたが、「今は応じられない」と拒否。さらに議運理事会で、前日の集中審議と同様、「不信任案提出は九月まで待ってほしい」と懇願、あくまで続投に固執した。だが自民党が不信任案提出を決めて、舛添氏の命運は尽きた。
「集中審議の出版社社長をめぐる攻防がマズ過ぎた。七月の参院選への影響を考え、自公は守りきれなかった」(自民党関係者)
 かくして、舛添都政は二年四カ月で終焉を迎えたのである。

「週刊文春」2016年6月23日号



ポスト舛添に急浮上 〈櫻井翔パパ〉に出馬の可能性を直撃

「もうパフォーマンス知事には懲り懲り。手堅い行政手腕で都政を任せられるし、何しろ、子どもの“七光り”があるから」(自民党東京都連幹部)
 舛添要一東京都知事の辞任が不可避となり、後継候補に急浮上したのが、今月中に退官する櫻井俊総務省事務次官(62)。あの「嵐」櫻井翔(34)の父である。

 櫻井パパは、群馬の名門・前橋高校、東大法学部を経て、一九七七年に郵政省に入省した。同期には日本郵便社長の高橋亨氏ら優秀な人材が多く、「花の(昭和)五十二年入省」と言われた。郵政相を務めた深谷隆司元代議士が語る。
「私が逓信委員長を務めていた三十年ほど前、幹部から『いずれ役所を背負っていく男』と紹介されたのが若き日の櫻井氏でした。目立たず実直なタイプで、息子の名が知られるようになってからも『芸能界で活躍するなら、学校を卒業してから』と言っていましたね」
 ただ、権謀術数渦巻く霞が関にあってマジメさだけで上り詰めたわけではない。
「息子の存在は名前を覚えてもらうには打ってつけで、それをネタに実力者に近づくこともあったそうです。郵政族議員にぴたりと寄り添い、かつては野田聖子元郵政相と近かったが、安倍政権誕生以降は疎遠になっています」(総務省関係者)
 今回、櫻井氏の名前が挙がるのも、翔の父親という話題性に加え、政権との近さが関係しているようだ。
「民主党政権下で周波数帯をオークションに掛ける『電波オークション』の導入が検討されましたが、櫻井氏が中心となって阻止しました。それが総務相経験者の菅義偉官房長官、NTT出身で通信分野に強い世耕弘成官房副長官から信頼を得るきっかけとなったといいます」(政治部記者)
 当の世耕氏は、
「櫻井さんと親しいと言われますが、大して接点ないんですよ。都知事候補なんて全く決めていません」
 と静観の構え。こうした中、櫻井氏の人柄を象徴するようなエピソードも。
「公用車で頻繁に湯河原の別荘に行った舛添氏と対照的に、櫻井次官は自宅に公用車を乗りつけないのです。自宅の最寄り駅まで歩き、そこから地下鉄駅まで電車で移動。公用車を使うのはその駅から役所までの十数分だけ。帰りも同様の使い方です」(総務省関係者)
 タネを明かせば「省の規程により、通勤での公用車の使用は山手線内しか使えません」(広報室)と規則を守っているだけではあるのだが……。
 父の教育方針通り、慶応大経済学部を卒業した翔は、〇六年から日本テレビの夜の報道番組『NEWS ZERO』の月曜日キャスターを務めている。メディアの中でも、パパの動向から目を離せないのが同局だ。
「幹部の間で『出馬となれば考えないと』と話題になっています。櫻井氏の立候補の可能性を報じる段階で『翔の父親』と言わざるをえないので、少なくとも選挙期間中はキャスターから外れることになるでしょう」(日テレ関係者)
 果たして出馬はあるのか。櫻井氏を自宅で直撃した。
――都知事選への打診は?
「全くありません」
――退官後に政治家になるつもりは?
「ないですね」
――都知事選に出馬する可能性はZERO?
「(即答で)ゼロです」
 パパの出馬は、翔クンがスクープすることになる?

「週刊文春」2016年6月23日号
 

「人間失格」舛添要一都知事が実姉に送った“恫喝文書”

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年 6月15日(水)08時10分49秒
編集済
  「人間失格」舛添要一都知事が実姉に送った“恫喝文書”


2016.06.01 16:02
Photo:Kyodo

「週刊文春」取材班は、舛添要一東京都知事(67)が、実の母、ユキノさんの介護をめぐり、自らの長姉、A子さんに1997年に送付した一連の文書を入手した。A子さんは既に鬼籍に入っているが、A子さんの実の娘で、舛添氏の姪(48)が当時の背景をこう説明する。

「当時、祖母(舛添氏の母)と私の両親は北九州で30年来、同居していました。叔父(舛添氏)は東京にいて国際政治学者として活躍していましたが、こちらにはほとんど帰ってきていませんでした。それが祖母に認知症の症状が現れてきたことを知ると、突然、祖母を介護している様子を『テレビに取材させる』と言い出したのです。母はこの取材には反対の立場でした」

 結局、舛添氏が車椅子を押す場面などを撮影したが、後日、テレビ局スタッフから「放映してよいか」と電話で尋ねられたA子さんが「私は反対です」と答えると、ほどなく舛添氏から「放映を中止されたら損害賠償を求める」旨の文書がFAXで届いたという。

 以降、舛添氏はA子さん夫妻に対して、「警告書」「告訴準備書面」などと題した文書を送り付けたが、その内容は次のようなものだった。

〈(A子さん夫妻がユキノさんに)罵声を浴びせかけ、恫喝により恐怖のどん底に陥れ、病状を悪化させたことは、人間失格ともいえる行為〉(「警告書」より)

〈金の亡者と化した長姉一家の思考は、所詮は金のことにしかめぐらないのです〉(「告訴準備書面」より)

 小誌の取材では、A子さん夫妻が舛添氏の指摘するような行為を行った事実はなかった。

 舛添氏は、この騒動の直後、母親の介護体験を綴った『母に襁褓をあてるとき――介護闘いの日々』を上梓し、介護問題の論客としての地位を築き、2007年には厚労大臣に就任している。舛添氏に一連の文書を送付した経緯を尋ねたが、回答は得られなかった。

http://shukan.bunshun.jp/articles/-/6205












 

朝鮮男はホストクラブのトイレでおイタする

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年 6月14日(火)13時44分22秒
  朝鮮男はホストクラブのトイレでおイタする








 

プレミア法律事務所 弁護士 杉山程彦 虚偽の名誉毀損事件をでっち上げ過去がある

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年 6月13日(月)23時16分16秒
  プレミア法律事務所 弁護士 杉山程彦 虚偽の名誉毀損事件をでっち上げ過去がある

プレミア法律事務所 弁護士 杉山程彦
虚偽の名誉毀損事件をでっち上げ過去がある


横浜地検特別刑事部の捜査で事件は不起訴となった。
この事件にも在日韓国人三世横浜市議が深く関わったとか・・・。

プレミア法律事務所の創設者は横粂勝仁



 

横須賀市 秋谷 住宅用地

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年 6月13日(月)21時41分8秒
編集済
  ここって横須賀市から開発許可もらっていないらしいけど
販売しちゃって良いのかなぁ?


価格 16,000万円 最適用途 住宅用地
交通 JR横須賀線 / 逗子駅
【バス】 20分 久留和海岸 停歩3分 (電車ルート案内)
所在地 神奈川県横須賀市秋谷 (地図を見る)
土地面積 606.19m? 坪数 183.37坪 坪単価 87.26万円


http://www.athome.co.jp/tochi/6960575123/?DOWN=1&RECOMMFLG=1&BKLISTID=031PPC&sref=nw_reco

http://shonan-umibe.jp/id_556784.html






情報提供会社
(株)大福建設不動産
交通:
JR京浜東北線/根岸 【バス】15分 仲久保 停歩1分
住所:
横浜市磯子区岡村6丁目5-55
TEL:
045-751-2021
FAX:
045-751-1535
所属団体:
(公社)神奈川県宅地建物取引業協会会員
(公社)首都圏不動産公正取引協議会加盟
取引態様:
売主
神奈川県知事免許(3)第25738号




 

当選しません

 投稿者:東京新報  投稿日:2016年 6月13日(月)11時39分55秒
編集済
 

「あいのり」弁護士・横粂勝仁氏 参院選出馬へ
2016年05月20日 06時15分 東スポ

 今夏の参院選に新たな注目候補が参戦へ。同選挙に元衆院議員の横粂勝仁氏(34)が無所属で東京選挙区からの出馬を決め、来週にも正式発表するという。過去に人気バラエティー番組「あいのり」(フジテレビ系)に出演していたイケメン弁護士として話題になり、政界進出時は小泉進次郎氏(35)と同選挙区で戦った横粂氏。永田町カムバックはなるか。

 横粂氏といえば、2009年の衆院選に民主党公認で出馬し、小泉純一郎元首相(74)の次男の自民党・小泉進次郎氏と神奈川11区で激突したことが記憶に新しい。敗れるも比例復活で議員になったが、在任中に菅直人首相(69)を批判し、不信任決議案に賛成して除籍に。12年の衆院選では菅氏の東京18区から出馬して落選していた。

 横粂氏の出馬情報は約1か月前からささやかれていた。永田町関係者は「今年4月に政治団体を立ち上げています。参院選か、もしかしたらあるかもしれない衆院選のどちらかを意識しての団体ではないかと噂されていました」と指摘する。

 12年の落選後、横粂氏は「銀行に500万、親族に400万で借金は1000万円くらい。カードローンも限度額までやっているのでそれ以上かも」と選挙で借金を抱えたと告白。周辺関係者によると「もともと弁護士資格を持っていたので、落選してからは弁護士活動に専念していました。結構、繁盛しているようで、借金を返済できたどころか、次の選挙資金くらいは用意できるはずです」という。

 勝ち目はあるのか。東京選挙区は今回から定数が1増えて6となった。

「公明党と共産党がそれぞれ1人を出馬させて、2議席が埋まる。自民党と民進党はそれぞれ2人を出馬させるけど、どちらも2人目が当選するかは不透明です」(前出の永田町関係者)

 さらには前回当選の日本を元気にする会・松田公太参院議員(47)もいるほか、新党改革から女優の高樹沙耶氏(52)が出る。自民から出馬とみられていた作家・乙武洋匡氏(40)は不倫問題で出馬断念に追い込まれたが、横粂氏参戦となれば最後の6議席目は過去の選挙以上に激戦となりそうだ。



 

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