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JOC副会長が山口組トップ

 投稿者:東京新報  投稿日:2015年 9月 4日(金)06時05分39秒
編集済
  井上太郎 @kaminoishi
昨日のツイート、JOC副会長が山口組トップと写真撮れば、
JOC会長の竹田恒和氏も朝堂院大覚氏、白倉氏、
闇ギャンブル場開設していた元ガーナ大使と何かと黒い噂の人達と写っています。

https://twitter.com/kaminoishi/status/639359066351910912


 

〈武藤貴也議員〉釈明会見後も「今夜会える?」と口説きメール 新たに二人の男性(22)(19)が“買春”を告白

 投稿者:東京新報  投稿日:2015年 9月 3日(木)06時19分31秒
編集済
  〈武藤貴也議員〉釈明会見後も「今夜会える?」と口説きメール
新たに二人の男性(22)(19)が“買春”を告白


「週刊文春」記事への説明会見と謳いながら、小誌記者の参加を拒否した武藤貴也衆院議員。その「利己的」言動は、とどまるところをしらない。会見の嘘を暴くLINE、存在を否定した“未成年買春”相手にかけた電話、そして新たな“買春”男性の驚愕証言とは――。

〈会いたいな。落ち込んでるから〉
〈何とか会えない?〉
 八月二十六日の夜、二十歳の美青年に、しつこく求愛のメールを送っていたのは、武藤貴也衆院議員(36)。
 メールを出すにいたった経緯は後述するとして、武藤氏の“いちばん長い日”を振り返ろう。
 午後一時、武藤氏は、「なんで差別するんだよ!」と怒号を浴びながら、会見場へと入っていった。
 この日行われた未公開株問題への釈明会見。前日に配られたリリースには、
〈武藤貴也本人が週刊文春掲載記事について記者会見を行います〉
 とあった。当然、小誌記者も会場の衆議院第二議員会館に向かったが、会見場の受付に着くと、武藤氏の事務所スタッフは「平河クラブ」と滋賀県政を取材する記者クラブ以外の記者は会見に参加できないという。当事者である小誌記者がなぜ入れないのかと問うと、まだ席に余裕のある会場を背にしたスタッフは、
「会場の規模の都合で、混乱を避けるため」
 と繰り返した。
 そして、雑誌メディアやスポーツ紙を排除して始まった武藤氏の釈明会見は、ウソのオンパレードだった。

「議員会館に連れてきたら?」

 小誌が報じた未公開株問題は武藤氏の政策秘書・宮崎資紹氏(注・八月二十四日付で辞職)の知人B氏が、新規上場株を宮崎氏に紹介し、武藤氏が学生時代からの知人A氏に資金集めを頼んだという構図だった。
 会見で、武藤氏は問題となった“議員枠”の表現について、「不正確、乱雑なところがあった」としながらも、“真意”をこう説明した。
「私はA氏に対して、国会議員が枠を抑えていると言って資金集めをしては事実と異なるので、そのような表現を使ったり、私の名前を使って資金作りをしないよう伝えていた」
 国会議員の権威を、金集めに使わないよう注意していたというのだが、LINEにはこう書いている。
〈一度議員会館にその人を連れてきたら?〉〈議員会館で会わないと信用されないんじゃないの?〉(一四年十一月五日)

 資金を集めていたA氏が、出資者を取りまとめる人物から詳しい説明を求められた際、武藤氏は信用させるために、議員会館に連れてくるよう提案しているのだ。
 実は、このLINEでのやり取りの有無について、会見でも質問されたが、武藤氏は、「記憶にない」と否定している。
 小誌が報じた「集金」についても否定し、政策秘書の宮崎氏の口座に資金が振り込みされていた点についてはこう釈明した。
「秘書の口座を利用した点が、たくさんの方に指摘されているが、A氏からは自分の口座が裁判所から仮差し押さえられている、ブラックリストに載っているため証券口座が作れないという話があり、秘書の口座を使ったと聞いている」
 だが宮崎氏は取材に対し、「A氏とその話(A氏の口座が使えないという話)をした記憶はない」と説明。
 またA氏も、
「口座の仮差し押さえの事実はない。出資者には宮崎秘書の口座と、私の口座の二つを選ばせている」
 と回答している。
 さらに、武藤氏はA氏とB氏は知人関係と強調し、「A氏は知人Bからもお金を預かっていた」とし、自身が未公開株取引の中心人物ではないと説明した。
 だが、金銭の預かりについて、A氏、B氏ともに「一切ない」と答え、お互いについてA氏は「面識は一度だけ」、B氏は「議員会館で一度見かけただけ」と答え、未公開株購入の際に連絡は取り合っていないと事実関係を完全否定。
 秘書だった宮崎氏でさえ、金銭の預かりについて「聞いたことがない。(武藤氏の)誤解か勘違いなのでは」と武藤氏の言い分を否定した。
 この記者会見当日、武藤氏の動きは慌しかった。
 会見が始まる一時間前の午前十一時五十分、武藤氏はこんなLINEを送っている。
〈今すぐならまだ間に合うから記者に連絡して欲しい。一生のお願いです〉
 相手は、武藤氏がゲイ向けの出会い系サイトで知り合った十九歳の少年・村井雄亮(仮名)さん。小誌は先週号で、昨年十一月から今年五月にかけて赤坂議員宿舎などで一回二万円で“買春”行為をしていた様を、雄亮さん本人の詳細な証言と、二人の間のLINEのメッセージのやり取りとともに報じた。
 小誌の取材に対し、武藤氏本人は雄亮さんとの面識さえ否定。小誌発売後も他の報道機関の取材や後援者に対し、事実関係を否定している。
 だが、武藤氏は小誌取材の翌日、面識もないはずの雄亮さんの携帯電話に電話をかけ、
「週刊誌の人に、告発した記事は書かないでくれって言って。あれはウソだからって言って!」
 と証言を覆すように懇願したのである。この事実は、前号で報じたが、小誌は二十五分に及ぶ電話のやり取りの録音も入手している。
 武藤氏は、その後も雄亮さんにLINEや電話で再三連絡を求めている。
 だが、会見から三時間あまり経った二十六日午後五時十一分、武藤氏は突然LINEを退会した。

会見直後にLINEを退会

 同時刻、同様に武藤氏のLINE退会を確認した男性がいる。
 俳優の柳楽優弥をさらにハッキリした顔立ちにしたワイルドな雰囲気の菊池泰明さん(仮名・23)はサバサバした様子で語り始めた。
「彼のことはあんまり好きじゃなかったから、ニュースを見てイライラしていました。当然の報いだなと思ったし。彼は『権力があるから、何でもしてあげられるから』としきりに言っていました」
 昨年七月、当時二十二歳の泰明さんと武藤氏の出会いのツールとなったのは、「Jack’d」というスマートフォンのゲイ専用出会い系アプリだった。位置情報をオンにすると、近くにいるユーザーがわかる仕組みになっている。
「向こうから連絡を取ってきて、しばらく無視していたんですけど、『タイプだから会いたい』ってすっごいしつこくて。当時彼は二十八歳だと偽っていたんですよ。LINEでのやり取りに移行してからも、俺と付き合えば成功させてあげられる、生活には困らない、みたいな言い方をよくしていました」
 当時のLINEを見ると、武藤氏はこんな誘い文句を送っていた。
〈ちょっとした有名人なんだよね…あとは会ってから話させて欲しい。ちゃんと会って信用してから話したいんだ。ある程度社会的地位があるから、××(注・実名)の人生にもプラスの効果を与えられると思うって言ったの〉(一四年七月二十五日)
 初めて会ったのは、八月六日のこと。
「赤坂の高級焼肉店・叙々苑游玄亭だったと思うんですけど、頼み方も『一番高いやつを全部』みたいな感じだった。感じ悪いなと(笑)。本人は『家に来れば全部わかるから』と言っていて、嫌だったんだけど『何もしないから』と言うので初日に行きましたね」
 夜の十時頃、泰明さんは高級マンションとしか思わずに、赤坂議員宿舎へ武藤氏と入っていった。
「宿舎の中に夜景が見える場所があるんですが、彼はそこまで連れて行って、肩を抱いたり、身体を触ってきたりするんですよ。共有スペースでこんなことするなんて、普段からよくやっているんだろうなとは思いました。それで部屋に行って議員であることを打ち明けられ、『恋人になってほしい』と言われたんですけど、『嫌です』と言った。帰りたいと言ってもなかなか帰してくれないんですけど、その日はタクシー代四万円もらって何もせずに」
 食事をするだけで、その度に三~四万円を渡してきたという。
「どうしてもセックスしたかったんでしょう。食事だけでもお金をどんどん出してくれました。食事に行ったときに、聴かせたかったんでしょうね、『三十分でいいから』って赤坂のカラオケ店・パセラに連れて行かれて」
 武藤氏は「うまいって言われるんだよね」と言い、バーを舞台にした平井堅のバラード「even if」を歌い上げたという。
 最初のセックスは八月十三日だった。
「銀座だったと思いますが、エルメスでバーキンを買ってもらいました。色はキャメル、サイズは四十センチ、素材はトゴだったと思う。百万はするやつです。さすがに高いのでイヤがっていたけど、向こうも店の中でそんなにかっこ悪い振る舞いできないから(笑)。バッグを買ってもらって、銀座のうかい亭に行って、麻布十番のオリーブスパに行きました。部屋を別々にしてもらったら、何で一緒じゃないの?ってめっちゃ怒られました(笑)」
 その夜、武藤氏は宿舎で泰明さんを我がものにしたのだが……。
「セックスは人が嫌がることしかやらない。会ってすぐわかるんですけど、お金を出してんだからっていう態度なんですよね。普通は終わるときって一言いうものですけど、何も言わないで出したりする。イヤでしょ? (最中に)首を絞められたこともあります。セックスに関しては要求が多かったですね」

麻生さんとのツーショット

 泰明さんに政治家としての野心を語ることもあった。
「こういう手順で、この年齢にはこのポジションについて、この年齢には総理大臣になるって豪語していました。自分はいろいろな人から守られて、信頼されていると。麻生(太郎)さん、麻生さんてずっと言っていて、二人で撮影した写真を見せられました」
 約二カ月で武藤氏からの連絡が途絶えて交際は終わったが、泰明さんは短い交際の中でも、武藤氏の知られざる一面に気付くことがあったという。
「あの人、必ず食事をした後に吐くんですよ。『ちょっとトイレに行ってくる』って言って、しばらく戻ってこないんです。たまたま隣のトイレを使ったときに、思いっきり吐いている音がしたし。手の甲に吐きダコみたいなのがありますよ。体型も顔も丸いけど、筋肉が付いてなくて身体は細い。この人、何か病んでいるんだなあと思っていました」
 武藤氏からは強い承認欲求を感じたという。
「『俺のこと好き?』って訊くから、適当に『好き』とか言っておくと、『どこが好き?』『俺の顔好き?』『顔のどこが好き?』『本当に俺のこと好き?』ってしつこいんです。ゲイには二十六歳ぐらいに目覚めたと言ってたと思うんですけど。学生時代は勉強しかしていなかったって。お金でしか相手をひきつけられないんだろうし、短いスパンで次々と相手を代えるような付き合いを繰り返しているんだろうと直感しました。コンプレックスをすごく感じるから。自分が言ったことは絶対だし、曲げない。凝り固まっているんですよね」
 泰明さんとの別れからわずか一カ月後の昨年十月、武藤氏は前述の雄亮さんと知り合った。そしてその雄亮さんが議員宿舎に泊まることもあった今年五月には、学生の白川洋一さん(仮名・20)との関係をスタートさせている。色白で中性的な雰囲気の美青年・洋一さんは歌手の木村カエラ似の顔立ちだ。
 彼は雄亮さんと同じくゲイ向けの出会い系サイト「CALL-BOY@関東」でサポ相手(買う側の男性)を募集すると、すぐに武藤氏が飛びつき、その日のうちに関係を持った。洋一さんも雄亮さんと同じく、未成年の少年だった。
 洋一さんが語る。
「当時は十九歳でした。出した条件は普通に(コンドームを)着けて一・五(一万五千円)と言っていたんですけど、『二(万円)出すから生で』って。待ち合わせは溜池山王のATTビルの新館の前で。スーツ姿で来た彼と歩いて議員宿舎に入って。『ちょっと離れて歩いて』って言われて十メートルくらいですかね。先にピッとカードキーで開けて、そのまま待っていてくれました。
 その日、彼は身分を明かしませんでした。次のときに宿舎とわかって『ここ議員宿舎なんだね』って言ったら、『そうだよ』って。『何党なんですか?』って訊いたら、『自民党だよ』って。LINEの名前がM.TAKAYAだったから調べて彼とわかりました」
 会ったのは約十回。セックスの場所は全て議員宿舎だったという。
「ベッドの下にある引き出しを開けたらゴムが入っていたので、他の人とは使っているんだと思った。あとはローションが三種類くらい入っていました。
 お願いされて、お泊りもありました。基本的に彼が先に出て、ソファにお金が置いてあった。『ここはドロボー入らないから、カギ開けっ放しで出ていいよ』って。一緒にいる日は夜中三時くらいに寝るので、朝彼にLINEしたら『寝坊した』っていう日もありましたね」
 最後に会ったのは七月二十九日。酒に酔った洋一さんが「今日はしたくない」と言い、セックスはなかったという。
「彼のセックスは独りよがりなSっていうか。帰りのメールのやり取りで、『上手かったでしょ?』ってきたけど……」
 武藤氏がツイッターで、安保関連法案反対のデモを行う学生たちを「極端な利己的考え」と批判したのは、洋一さんにセックスを断られた日の翌日だった。
「出会った当初、僕が未成年なのは知っていたけど、バーでお酒を飲んでも何か言ってくることはありませんでした。僕はLINEを返すのが遅くて無視をしちゃうんですけど、『総理のほうが返信早いよ』ってボヤいていましたね」

議員特権の宿舎をラブホ化

 ツイッター騒動、そして小誌が報じた未公開株問題など、武藤氏がスキャンダルの渦中にいる八月二十四日、洋一さんのもとに、
〈電話して。LINEやめる〉
 と武藤氏から久々にメッセージが届いた。
「〈色々あったでしょ?〉
 と訊いたら、〈しんどいよ〉と返ってきました」
 八月二十五日の、
〈今晩会えないよね?〉
 を最後に、洋一さんとのLINEから武藤氏が退出したのは、前出の雄亮さん、泰明さんと同時刻の二十六日午後五時十一分だった。
 記者会見を終えた安堵感だろうか。その夜、武藤氏は洋一さんへ、ショートメールで冒頭の“求愛メール”を山のように送った。
〈会える? 会いたい〉
〈今から会える?〉
〈そのまま入ってきて〉と宿舎に誘うメールも。翌二十七日も〈今晩来れる?〉としつこいほどだ。
「彼、メールのやり取りもくどいですよね。ヤりたいのはわかるけど、こんなに騒がれているのに反省してないなって」
 武藤氏がひんぱんに逢瀬に使っている赤坂宿舎は〇七年に完成。部屋は八十二平米の3LDKで、家賃は十万二千三百八円だ。
「赤坂二丁目で、築年数が十年未満でその広さであれば、月々四十万~五十万円が妥当。当然ながら一般にこんな賃貸物件はありません」(地元の不動産業者)
 武藤氏も泰明さんに、家賃を聞かれ、LINEでこう自慢している。
〈100万だよ(笑)〉
〈ありえない〉と返すと、〈あり得るんですよ!
 だって赤阪(ママ)のマンションだよ!〉
 だが、一等地の高級マンションに格安で住めるのは、“議員特権”に他ならない。本来は、地方選出議員の政治活動を助けるために、税金で差額を補填している形だが、ラブホテル代わりに使われていたのではシャレにもならない。議員宿舎の個別の入居条件などを判断する衆院議院運営委員会庶務小委員会小委員の笠浩史議員(民主党)が語る。
「言われているようなことが事実だとすれば、不適切きわまりない使われ方です。庶務小委員会というレベルではなくて、彼のお金の問題も含めて、政治倫理審査会などできちっと追及していく大きなテーマでしょう」
 さらに信じがたい疑惑がある。税金で、約二千万円の議員報酬や、百万円の文書通信交通滞在費、議員宿舎やJRのパスなどの便宜供与を受ける一方、自身は税金を滞納していた過去があるというのだ。武藤氏を知る地元の人物が明かす。
「選挙浪人中に市税を滞納して、一二年の選挙の供託金が差し押さえられそうになったそうです。結局一三年の一月三十日、三十一日の二日に分けて払ったそうですけど。国会議員になろうかという人間が、国民の義務である税金を払ってないなんて。国民健康保険料も督促を受けたそうです」
 武藤氏は、小誌の取材に、泰明氏及び洋一氏との交際、市税、国民健康保険料の滞納を否定した。
 自民党員として武藤氏を応援してきた近江八幡市長の冨士谷英正氏が嘆く。
「武藤は辞めるべきや。復党なんかできまへんわ。そんなことあったら滋賀県の自民党崩壊するわ。遅刻の常習犯で勉強もしない、議員活動もしよらん。それが間違いのもとや」
 いつまで、武藤氏のような“利己的”国会議員に税金が払われ続けるのだろうか。

※ 「《デジタル特典音声》武藤貴也議員 「未成年買春」相手男性への“口止め電話”音声を公開もご覧ください。

「週刊文春」2015年9月10日号

 

白いポルシェで追突事故 〈宮崎あおい〉はパパラッチ泣かせの“走り屋”

 投稿者:東京新報  投稿日:2015年 9月 2日(水)10時12分33秒
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  白いポルシェで追突事故 〈宮崎あおい〉はパパラッチ泣かせの“走り屋”

「真っ白なポルシェのカイエンに追突され、その車から宮崎あおいが降りてきたのですから、追突された男性はさぞびっくりしたでしょうね」(警察関係者)

 八月八日午後十一時四十分頃、渋谷駅の西口高架下付近で、女優・宮崎あおい(29)が自身の運転する車で追突事故を起こした。
「事故当時は渋滞が発生しており、宮崎さんの運転するポルシェは前方に停まっていた乗用車に二十キロ程の速度で追突。原因は宮崎さんの前方不注意とみられています」(同前)
 おとなしそうなルックスとは裏腹に、宮崎には世間も驚く“走り屋”という一面があるという。
「彼女のストレス解消法はドライブ。一日中運転していても大丈夫で、大きなゴツい車が好きなんです。いかにも“運転している”という感覚がいいそうですよ」(宮崎の知人)
 さらに、その運転技術にはプロも舌を巻く。
「一度、彼女が運転する車を追いかけたことがありますが、途中で気づかれ、あっさり巻かれてしまいました」(写真誌カメラマン)
 そんな腕自慢の宮崎が前方不注意とは、なにに気を取られていたのか。
「事故の二日前に発売された女性セブン(八月二十・二十七日号)で、V6の岡田准一(34)とのツーショットをスクープされており、その動揺があったのでしょう」(芸能プロ関係者)
 三年半前、小誌(二〇一二年一月五・十二日号)は当時、俳優の高岡奏輔(33)と婚姻関係にあった宮崎と岡田との「不倫疑惑」を報じた。その際、高岡に呼び出された岡田は、宮崎との関係を問い詰められ、責任を取るため「芸能界を引退します」と謝罪したという。
 つまり人目を忍ぶようにスタートした不倫の恋が、三年半の時を超えてなお継続中だったことが明らかになったのだが、女性セブンによると、二人が交際をはじめたのは今年の春頃となっている。なぜ交際時期に“ズレ”が生じているのか。
「不倫や略奪愛のイメージを嫌った双方の事務所が交際開始を今年の春頃からとするように指示したともささやかれています。また、宮崎サイドは高岡のイメージを消したがっていて、今春からという時期さえ厳守すれば、岡田とのことが大きく報道されることに肯定的でした」(芸能記者)
 そんな二人を高岡はどう見ているのか。高岡本人の携帯に連絡したが「(宮崎とは)もう離れちゃっているので、勘弁してください」と言葉少なに語るのみだった。
 二人の交際に関して、宮崎・岡田の両所属事務所に質問状を送ったが、締切までに回答はなかった。
 小誌報道後、CMなどの露出が減少した宮崎だが、大河ドラマ『篤姫』など主演作の多いNHKとの関係は今も良好だ。九月二十八日から放送の朝の連ドラ『あさが来た』ではヒロインの姉を演じている。
「当初はヒロインの波瑠さんと演技の呼吸が合わず、イライラする様子を見せることもありました。ただ、最近ではそんな様子もなくなったので、陰では“岡田効果”と言われていますよ(笑)」(NHK関係者)
 不倫から始まった恋なれど、篤姫のように〈女の道は一本道。引き返すは恥〉とアクセル全開なのかも。

「週刊文春」2015年8月27日号
 

お詫び金1万円 〈早稲田アカデミー〉“盗難合宿”の後始末

 投稿者:東京新報  投稿日:2015年 9月 2日(水)10時10分18秒
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  お詫び金1万円 〈早稲田アカデミー〉“盗難合宿”の後始末

「ワッセアカ! ワッセアカ!」のテレビCMでも知られる、早稲田アカデミー。
 長野県志賀高原で開催されていた夏合宿の最中、中学三年生三百十六人分の財布と、百十八台の携帯電話がまとめて盗まれるという、前代未聞の事件が発生した。

「早稲アカは関東を中心に、約百五十の教室を展開する中・高・大学受験の進学塾です。高校は早慶合格者数が十五年連続全国一位、開成が八年連続全国一位。夏合宿は一九七五年の創業当初から続く名物行事で、参加者は合格ハチマキを巻き、テンションを上げて一日中勉強する。最終日の前夜には広場にステージを設け、講師が熱唱したり、塾生同士がエールの交換をしたりする。いまどき珍しいスポ根塾です」(塾業界関係者)
 今年は、八月二日から十二日の間に、志賀高原と新潟県苗場の約二十軒のホテルを貸し切りにして開催。
 小四から高三までの塾生一万二千人、教職員六百五十人が、延べ三百二十三台のバスに乗り、三泊から四泊の日程で参加した。
「早稲アカを真似してか、近年は他の塾も志賀高原で夏合宿を行っている。あそこは“合格の聖地”と呼ばれているんです」(同前)
 事件が起きたのは八月八日から始まった中三の合宿。三百四十三名の男子生徒が宿泊するホテルだった。
 捜査関係者が語る。
「到着した八日の夕方、部屋ごとに財布と携帯を入れた四十八の貴重品袋を、五つのダンボールに詰めた。それを一階ロビーに設けた職員詰め所の最奥に置いたままにしていたのです。詰め所といっても、普段は喫茶コーナーとして使われるオープンスペース。ロビーは誰でも出入り可能、深夜はフロントが無人になる時間帯もあった。問題の場所には防犯カメラもなく、盗まれたのに気がついたのは翌九日の朝七時でした」
 財布にはお土産代として三、四千円、さらに交通費やスイカ・パスモ、ポイントカードなどが入っていたケースが多いという。
 早稲田アカデミー広告宣伝部長の山本豊取締役は、反省しきりだ。
「本来の規則では、すぐにホテルに預けることになっています。油断があったことは間違いなく、本当に申し訳なく思っております。
 まずはお見舞金として一万円をお支払いする考えですが、それとは別に、申告いただいた被害はすべて補償します。携帯電話については、代替機への手続きで発生した実費すべてです」
 盗難を知らされた生徒たちは「せっかく来たのだから、とにかく勉強しようと前向きだった」(同前)というが、気になるのは盗まれた携帯の住所録など、個人情報の流出リスクだ。
 ITジャーナリストの井上トシユキ氏はこう話す。
「名前、電話番号、メールアドレスといった個人情報は、売買される際には一件百円の値はつくはずです。最近は値崩れしているとはいえ、中三の交遊関係はこれから使い道がありますから、価値が高い。仮に一台に百人分入っていれば、それだけで百十万円余です。
 機材もiPhone6であれば、品薄状態の中国の富裕層が欲しがっていますから、闇ルートで一台五~六万円で売れるでしょう」
 落ちた名声と途方もない補償額。後始末で“不合格”は許されない。

「週刊文春」2015年8月27日号
 

新会社設立で始まる『大塚家具』父娘の骨肉バトル第二弾“裏”

 投稿者:東京新報  投稿日:2015年 9月 2日(水)10時07分10秒
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  新会社設立で始まる『大塚家具』父娘の骨肉バトル第二弾“裏”
2015年09月02日 週刊実話

 大塚家具の父娘バトルが意外な展開を見せている。父親の勝久前会長が、保有する同社の95万株(発行済み株式の4.9%)を年末までに売却する旨の報告書を関東財務局に提出したのだ。
 それでも13%超を保有する筆頭株主には変わりはないが、市場筋がにわかに色めき立ったのは、勝久氏が7月1日付で東京・高輪に『匠大塚』なる家具販売の新会社を設立したこと。資本金3000万円のこの会社の役員には、長男と妻に加えて大塚家具で腹心だった元総務部長、元財務部長が名を連ねる。
 どうやら勝久氏が手にする株式売却マネー約17億円は新会社の事業資金に充てられる公算が大きく、市場では「遠からず残りの株もたたき売って娘(久美子社長)と本気で決別するのでは」との観測が飛び交っている。これ以上の“お家騒動”は、勝久氏が晩節を汚す。それに耐えられなくなったとの見立てである。

 とはいえ、そこは百戦錬磨の勝久氏のこと、全く別の見方も囁かれている。大塚家の資産管理会社で発行済み株式の9.75%を保有する『ききょう企画』をめぐって東京地裁で進行中のドロ沼訴訟は年内にも結審するようで、一部には父親の勝久氏が勝訴する可能性が指摘されている。
 そうなれば、たとえ久美子社長が控訴したところで勝久氏の影響力が増し、外部の“応援団”を動員すれば臨時株主総会の開催にこぎ着け、会社から追放した久美子社長を逆にパージすることも可能。それにもかかわらず勝久氏が“挙兵”した理由を法曹関係者は「ブランドイメージの刷新が最大の狙い。当然、次への含みがある」と深読みする。
 「新会社の『匠大塚』が、久美子社長一派を追放した大塚家具を傘下に置く持ち株会社方式に改めれば、派手な骨肉争いというブランドイメージが和らぐ。まだ勝久さんが保有株の全てを売却しないのは、裁判で勝訴してからでも遅くないからです」

 確かに、民事訴訟の法廷で娘への激しい憎悪を口にし、裁判官からたしなめられた勝久氏が簡単に矛を収めるとは思えない。
 

「五輪エンブレム」パクリ疑惑 佐野研二郎を襲う“ベルギー最強の弁護士”

 投稿者:東京新報  投稿日:2015年 8月31日(月)19時35分23秒
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  「五輪エンブレム」パクリ疑惑 佐野研二郎を襲う“ベルギー最強の弁護士”

「フフッ(笑)。IOC(国際オリンピック委員会)がどのような調査をしたか知らないが、どうやら悪い調査のようだね。もし商標登録だけを調べたのだとしたら、リエージュ劇場は文化施設であり、商標登録の必要はないんだ。

 我々は、(著作権を侵害している)東京五輪エンブレムの使用停止を、断固として求めていく」

 ベルギーの首都ブリュッセル。小誌の取材にこう答えたのは、リエージュ劇場の代理人アラン・ベレンブーム弁護士だ。

 IOCをも恐れぬ凄腕弁護士の登場により、東京五輪エンブレム問題は新たな局面を迎えている――。

 佐野研二郎氏(43)がデザインした二〇二〇年東京五輪エンブレムと、リエージュ劇場のロゴが酷似しているという疑惑。

 劇場側は八月十四日に、IOCを相手取り、五輪エンブレムの使用差し止めを求める訴えを、リエージュの裁判所に起こしている。

 IOCと東京五輪・パラリンピック組織委員会(以下、組織委員会)は、ともに「リエージュ劇場のロゴは商標登録されておらず、問題はない」という見解のままだ。
 だが、ベレンブーム氏は、こうした見解について一笑に付すのだ。

 国際弁護士の湯浅卓氏が、その背景を解説する。

「当初、日本の法律家の間では、リエージュ劇場側が提訴したとしても『著作権侵害』で立証するのは難しいと見られていました。しかし、アランの登場によって潮目は変わりました。

ベルギーの著作権法を起草

 日本人は『ベルギーの地方の劇場がお門違いな』と思っているかもしれませんが、アランは著作権の権威として国際的に名の通った弁護士です。ベルギーの著作権法の起草に関わっており、今回はまさに自分の作った法律で攻めてくるわけです。著作権の領域に関しては、IOCを上回るくらいの権威がアランにあると考えたほうがいい」
 また、知的財産制度に詳しい山縣敦彦弁護士は、「リエージュ劇場が勝訴した場合に、国際的な係争に発展する」危険性を指摘する。

「ベルギーはEU加盟国なので、ベルギー裁判所の判決の効力はブリュッセルI規則に基づきEU加盟国に、さらにルガノ条約によりEFTA(欧州自由貿易連合)加盟国等にまで及ぶ可能性がある。その影響は計り知れません」(同前)

 いったいなぜ、こんな事態に至ってしまったのか。
 小誌は、ベルギーで関係者に徹底取材を行った。

「日本の組織委員会の対応があまりに一方的で、訴訟を決断した」
 こう話すのは、リエージュ劇場のロゴをデザインしたオリビエ・ドビ氏だ。

「佐野氏のデザインは私のロゴとあまりに似ているので驚きました。図面や作図はほぼ同じ、Tの字に使われたフォント(字体)も全く同じではないが、エジプシャン系の同類のフォントを使用しています」(同前)

 しかし当初は、訴訟には躊躇があったと語る。

「IOCは大きな組織なので、思案していたのです。劇場総支配人から『一緒に行動することを提案する。ブリュッセルに非常に優れた弁護士がいる』と電話があったので、まずはIOCと組織委員会に書簡を送りました。我々が求めたのはエンブレムを変えることで、基本的にお金を目的とはしていません。ところが、日本側からは『何ら問題ない。二つのデザインに類似性はない』という内容の手紙のみが返ってきた」(同前)
 その手紙の内容が「非常に強硬で、かなり傲慢だった」と憤るのは、リエージュ劇場のトップ、セルジュ・ランゴニ総支配人だ。

「(釈明会見での)佐野氏の『ベルギーには行ったことがない』という釈明は馬鹿げています。ロゴはネットにも公開されているし、その類似性はあまりに明白だ。これから五年間、リエージュ劇場と東京五輪が同じロゴ(エンブレム)でやっていくのは受け入れ難い。完璧にクレイジーなことだ!」

 組織委員会は、五輪エンブレムについてミスを犯し続けているのだ。
 盗用疑惑のあるデザイナーの起用という第一のミス。
 一方的な書簡のみによる対応という第二のミス。

 そして第三のミスは、「ベルギーに関する理解不足だった」と指摘するのは、ベルギー在住の日本人ジャーナリストだ。

「ベルギー王国は政官財の結びつきが強い国で、国立施設であるリエージュ劇場の理事には地元名士が名を連ねている。訴訟は彼らの総意なのです。日本ではなくリエージュで訴訟を起こされたというところがポイントで、一般論ですが、国際係争においてアウェーで裁判が行われるということは、“ホームタウンジャッジメント(地元有利な判断)”による判決が下される懸念も考慮しなければならない。
 しかも相手となるベレンブーム氏は、前ベルギー国王アルベール二世の顧問を務めた王室御用達弁護士で、レオポルド勲章も受章している。ベルギーの国民的漫画『タンタン』の著作権管理も任されています」
 ベレンブーム氏自身も余裕ある雰囲気で、こう語る。
「(差し止めを認める)判決が出れば、行政手続きを行うと、他国でも有効となる。そのときは違反者は賠償金(五万ユーロ)を支払わなくてはならない」
 組織委員会はこの事態を理解しているのだろうか。
 これまで五輪エンブレムについて「絶対の自信を持って使っていく」と語っていた森喜朗会長に、電話取材で責任を問うと、
「別にどのようにも考えていません。(佐野氏には)責任を持ってしっかりやってもらいたいと思っているだけで」
 と、まるで他人事だった。

 ある五輪スポンサー企業の広報担当は、匿名を条件にこう本音を明かす。
「盗作騒動は気持ちが悪い。個人的にはエンブレムを替えるべきだと思う」

 佐野氏に対する国民の心証は悪化するばかりだ。新たに盗用疑惑が浮上した名古屋市・東山動植物園のシンボルマーク、群馬県太田市の「おおたBITO 太田市美術館・図書館」のロゴについては、いずれも行政側が調査を開始している。

 前出の湯浅氏は「コピーやトレースの事例が重なれば、東京五輪エンブレムのオリジナリティの全面否定までも図るアラン側の、法廷での大いなる根拠になりうる」と懸念する。
 佐野氏は今、何を思うのだろうか。知人が語る。

「『エンブレムを撤回したほうがいい』という意見があるとアドバイスしたら、サノケンは驚いた様子で『(撤回を)自分からはいえない』と反論していました」

 裁判は九月二十二日に始まる。

「週刊文春」2015年9月3日号
 

24時間テレビマラソンの関係者がヤラセ舞台裏を告発

 投稿者:東京新報  投稿日:2015年 8月30日(日)23時32分22秒
編集済
  24時間テレビマラソンの関係者がヤラセ舞台裏を告発
2014年08月31日 東京ブレイキングニュース

インターネット上で様々な情報が入手できるようになると、これまで情報不足という観点から真実であるかのように語り継がれていた都市伝説の多くが潰されていった――。

 そのような時勢にありながらも未だ謎の多い24時間テレビチャリティーマラソン。この「24時間テレビチャリティーマラソン」舞台裏を実際に体験したという人物よりタレコミ情報が得られたのでご紹介したい。



 今から数年ほど前の事です。

 私は、とある工場の警備員をしていました。

 工場の敷地は東京ドームの何倍もの広さで、年中無休の操業をしていました。

 そんなある日、工場の上層部から、「この工場の敷地内が24時間テレビのマラソンのルートになりました。当日に向けて警備と清掃を徹底するように」との指示がありました。

 ルート図を見ると該当工場の外周を沿うようにマラソンコースが設定されています。

 事前の安全チェックはかなり厳しく、当日走る予定のマラソンコースには、釘などの危険物だけでなく、砂利さえも落ちてない状態にするようにとの指示がありました。

 それだけでなく、時限爆弾に対しての対策もやらされました。

 空港並みの厳重な警備を1週間前から実施して、出入りする人たちの持ち物検査も行いました。

 パートのおばちゃんのカバン、仕事を終えた従業員だけでなく、銭湯から工場の敷地内の寮に戻る人の着替えを入れた袋さえも検査しました。

 どうやら、24時間テレビのマラソン専用の警備マニュアルというのがあるようで、それに従い上司は指示をしているようでした。

 マニュアルは厳重に管理されていて、一般社員は見ることが出来ません。

 そして、24時間テレビの前日の朝。

 警備員の全員が2日間の休暇を命じられました。

 皆が当日の警備などはどうするのかと狼狽しました。

 その事を上司に問い詰めると、警備員だけでなく、工場全体が2日間の操業停止との事。

 今までずっと何十年も、元旦から大晦日まで、年中無休で操業をしていたのにテレビの為にそこまでするかと呆れました。

 24時間テレビ当日、テレビを見ると、偶然、マラソンランナーが該当の工場を通過するシーンでした。

 もちろん工場の名前や所在地は伏せられていました。

 いつも僕がいる警備員詰め所も写りました。

 そこには、知らない男性が警備員の制服を着て、ニコニコ手を降りながらランナーを応援してました。制服は我々が使うものと全く別物の制服でした。

 確実にヤラセです。

 詰め所に張られてる張り紙のいくつかは剥がされており、会社名が記載された掲示物などは全く無くなっていました。

 後日、一連の出来事を上司に問い詰めても、のらりくらりとかわされました。

 都市伝説ではありませんが、テレビの裏側というのは怖いものなのだなと実感した次第です。



 今回寄せられた貴重な体験談、最近ではネットユーザによるランナー監視が大きな注目を集めているが、画面に映るルート上の企業や道路上の砂利などにも注目してみると、新たな"何か"が見えてくるのかもしれない。

Written by ニポポ


2ヵ月以上の準備に1年間のキャラ拘束...24時間テレビ、
嵐のギャラ5000万円の何が悪い?


 毎年のことだが『24時間テレビ-愛は地球を救う-』の放送が近づくと決まって取り出されるのが「出演者のギャラ問題」だ。



 24時間テレビと言えば1978年に開始されて以来、夏の風物詩ともなっている「チャリティー番組」で今年36回目を迎える長時間の生放送だが、これまで323億円もの募金を集めた実質的な社会貢献に意義あるものとして広く支持されている。

 ただ面白いことに何故か毎年ギャラの問題が勃発する。

「チャリティー番組なのにギャラ出るの?」「ボランティアじゃないの?」というのが代表的だが、オレからすれば、え?? なんで?? そんなこと思うの?? 仕事なんだから報酬はもらって当然でしょう。というより、普通に「仕事」なのよ。ただ番組がチャリティーだからといって出演者だけの報酬がゼロというのは逆にオカシクないか?

 普通に考えてごらんよ! 番組を作ります、それにはお金がかかります。タダでは制作できませんし、テレビ局だってあらゆるところでお金はかかりますよね。もちろん「制作費」には出演者らの報酬も含まれているワケですわ。仕事ですもの、当然ですよね。

 その制作費はスポンサーから捻出されるのだが、24時間テレビの場合は、例えばCMなどで20億からの収入があり、制作費となる支出は5億程度で15億程度の利益が生まれているとしよう。日テレにしてみればオイシイ番組作りであるが、企業として得たこの利益は会社のものであって特に寄付をする必要性はないでしょう。

 出演者だけが批判のターゲットにされているが、プロデューサーやディレクターらスタッフの報酬もダメということか?? テレビ局も5億円もの経費を自腹を切ってやれということか??

 それはオカシイし違うと思わないか!?

「庶民に募金を呼びかけるくせに、自分は高額のギャラをもらっている」と言われても、平均して毎年10億以上もの募金を集められる「出演者」は番組の顔として重要な任務になるよね。ある意味「視聴率」と同じ感覚だろう。例えば今年の嵐と上戸彩が去年度の募金額から大きくは下回れない役割もあってのことだ。これはこれで「テレビ制作」というビジネスの話だからそういう計算や意識も当然だし、スポンサーに対しても相当の責任が生じているのも事実である。

 それに24時間テレビとは言ってもメインとなる出演者は当日の24時間だけが仕事ではない。番組内のドラマやロケは2~3ヶ月前には本格化して稼働しているし、海外ロケも多いので1年前からの準備も少なくない。100キロマラソンにしても幾日ものトレーニングを介しての挑戦である。これらを無償で、なおかつ責任もってやれというのがオカシイでしょう。何度も言うが「仕事」なのよ!! もっと言えば「ボランティア」ではないということだ。

 チャリティー番組に出演するということがイコールしてボランティアと勝手に思い込む方がどうかしていると思う。もちろん、偽善でもなければ詐欺でもないだろう。35年間で相当の実績を残してもなお続けていくだけでも社会貢献になっている事実。

「高額なギャラを福祉に回せ!」といった声もあるが、ギャラの出処は「制作費」であって最初から予算に組み込まれているものだ。その「制作費」を出しているのはスポンサーであって「寄付を目的として支出している訳ではない」のと、スポンサーである企業も制作費とは別に寄付もしていれば施設や団体に対しても強い支援も行っているのよ。

 それでなにがオカシイのか。どこが不満なのか?

 例えば、テレビ番組ではなく、よくある「チャリティーライブ」の例で言えば、アーティストが主催を兼ねて行う場合、スポンサーの有無も関係するが基本的には支出があって収入があるだろ。チケット代などの収入が1,000万円だとして、制作に500万円かかって利益は500万円としましょう。当然、チャリティーなので名目的にこの利益500万円を寄付するという形になる。

 ただ勘違いしちゃいけないのが、かかった経費の制作費にはギャランティも含まれるのが常識だ。広報的には貰うべきでない報酬でも「経費」として得る。ゲストなどへの「交通費」や「宿泊費」「食費」「雑費」などの「経費」はかかるだろう。つまり「もらいかたの話」である。

「ギャランティはありませんが経費は支払います」ということ。もちろん自分の分も経費は予算にある。スポンサーがついていれば計算は違うものの、持ち出しではなく支出のみの消化と売上の足し算引き算で余ったお金、つまり「利益」を全額寄付するといったのが常識だ。

 最初から赤字を覚悟してチャリティーイベントを開催するバカはいないだろう。チャリティーができるのは「時間と金に余裕があるから」であり、成功できる可能性が保証されている立場でしかできないだろう。

 赤字を覚悟しているならその「覚悟の金額」を寄付したほうが賢明になってしまうので、面倒と時間をかけた分が大きな損害となる。24時間テレビにはそういうアホな計算はなく、事業の利益は利益としての当然で、目的としての募金活動やその管理から広報までの総事業を企業として担っているうえでの報酬であり、また集められた誠意にもしっかりと応えているからこそ35年も続けられるのよ。

 まぁ、今年の場合は強いて言えばメインを務める「嵐」に対する不満としか思えないし、彼らの人気が羨ましいのかどうかといった程度のクダラナイ文句でしかないでしょ。そのメインとなる嵐のギャラが5,000万円というのが「今年の24時間テレビネタ」として筆頭に上がって走り出したが、24時間の生放送に加えて向こう1年間のキャラ責任に加えて2ヶ月以上の準備参加でたったの5000万円なら安いと思うが...SMAPなら1時間で5000万円飛ぶよ!

 嵐も24時間テレビからの紅白司会といつの間にかジャニーズの稼ぎ頭になっていてその露出は凄まじいが、結成当時は誰も想像してなかっただろうな。デビューできないかもしれない寄せ集め組が今の「嵐」だったらね。特にリーダー大野は棚ぼた抜擢......。その話は今度書くとしましょうか。
 

達人政治家の処世の極意 第十三回「森喜朗」

 投稿者:東京新報  投稿日:2015年 8月30日(日)23時24分44秒
編集済
 

達人政治家の処世の極意 第十三回「森喜朗」
2015年08月21日 12時00分 [政治] / 週刊実話 2015年8月20・27日合併号

 森喜朗元首相をわが歴代首相の中で“有数のそれ”として評価する向きは残念ながら少ない。むしろ首相としては、ご本人は“不完全燃焼”、世論からは散々叩かれた人物である。在任中、愛媛県立宇和島水産高校の練習船『えひめ丸』が米潜水艦に衝突され沈没する事件が発生、事故当時ゴルフをしていたとして批判を浴び、この国を「神の国」と発言してまたまた批判の嵐。結局、支持率ヒトケタのボロボロ状態で、わずか1年で首相退陣を余儀なくされている。こうした退陣を尻目に、自民党内からも「もともと、首相の器ではなかった」との“酷評”もあったのだった。
 しかし、ここで大事なことは「首相の器ではなかった」と言われた森が、それではなぜその座を射止めることができたのかにある。

 森は「森一族」といわれた石川県南加賀地方の旧家の生まれで、父親は6期も町長を務めている。言うなら、辛酸をなめた青少年時代を過ごした経験もなく、がつがつしたところのない伸び伸び育った“お坊ちゃん”的体質であった。学業成績も抜群ということでもなく、入った早稲田大学では高校時代から続けていたラグビー部に入った。しかし、早大ラグビー部では入部わずか4カ月で胃カタルを患い、ラグビーを断念、雄弁会に入っている。
 森が雄弁会3年のとき、小渕恵三元首相が入会してきた。やがて歳月が流れ、首相だった小渕が病に倒れ小渕と雄弁会でのよしみもあり、雄弁会OBのボス的存在、青木幹雄官房長官(当時)らの後押しもあって、小渕の後継首相に推挙されたということだった。つまり、ある意味で“ラッキー”な首相就任ということだ。

 そこで、表記の森の言葉、人生観が浮かび上がるのである。森は時に、よくこう言っていた。
 「人生はラグビーのボールそのものだ。そうした教訓をラグビーから得た。リバウンドした楕円形のボールは、予期せぬとんでもない方向に転々とする。リバウンドしたボールが自分の手元に返る確率は、百分の一以下ともいわれる。人生がどのように展開していくか、分からないのに似ているということだ。そんなことからも、政治家としての自分は少なくとも無理は一切せず、流れのまま“自然体”を通している」と。
 なるほど、国会議員となった森は損な役回りの連続であった。政治家というのは、ある程度オレがオレがの意欲を示さないと望んだポストには座れない。しかし、損な役回りをコツコツこなしているうちに文部、通産、建設の各大臣ポストが回り、村山富市政権では野党自民党の幹事長、やがては小渕恵三政権で政権政党ナンバー2の幹事長ポストをこなすに至っている。

 ちなみに、戦後首相の中で自民党3役、すなわち幹事長、総務会長、政調会長のいずれも経験している人物は、森を置いて一人もいない。森と親しかった自民党ベテラン議員の、次のような証言が残っている。
 「結局、小渕恵三同様、敵をつくらない人柄が森を“ポスト小渕”へと押し上げた。小渕が病に倒れたあとの自民党は大混乱だったが、案外こうしたときに“漁夫の利”をつかむのは、森のような下手な定見を持たぬ自然体の人物になることを証明した」

 森は福田赳夫元首相、現在の安倍晋三首相の父親の安倍晋太郎元官房長官の福田派、安倍派の流れに所属していた。安倍が病に倒れたあと安倍派の後継争いが、時の派閥の最高幹部だった三塚博元大蔵大臣と森の間で演じられそうになった。このときも、森は近い将来の天下取りに野心の強かった三塚に「お先にどうぞ」で、いとも簡単に会長ポストを譲ってしまった。その後、三塚は首相の座から遠ざかり、結局は恬淡としていた森が首相のイスの“白矢”を射止めることになったのである。
 もとより、一般社会でも人生は望んだようにはいかない。まさに、森の言う「リバウンド確率」の中にある。最近は東京五輪・パラリンピックの新国立競技場建設に絡んで組織委員会会長として悪戦苦闘の森だが、首相をやり、人生の晩節になお五輪という国際的な“大祭典”のキーマン・ポストにあるのも、ある種こうした恬淡とした人生観の賜と言っていいのである。森のような考え方で運命にたゆとうのも、一つの生き方と言える。=敬称略=

■森喜朗=文部大臣(第105代)、通商産業大臣(第56代)、建設大臣(第62代)、内閣総理大臣(第85・86代)などを歴任。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長、日本ラグビーフットボール協会名誉会長。


森喜朗の逮捕歴

 

上地雄輔の実家

 投稿者:東京新報  投稿日:2015年 8月29日(土)22時55分21秒
編集済
  上地雄輔の実家

 

千葉¥新八柱の鍼灸院

 投稿者:tomocci  投稿日:2015年 8月29日(土)08時58分35秒
編集済
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山口組脱退し新組織作る山健組

 投稿者:東京新報  投稿日:2015年 8月28日(金)17時41分31秒
編集済
  井上太郎 (@kaminoishi)さん
山口組脱退し新組織作る山健組は、保守本流。
盃交わす住吉会系列の組も多い。九州誠道会や、
稲川会分かれた山梨侠友会、数年前に絶縁、
破門等の組織も一部復活という話も出ています。
その流れで行くと東京は六本木(山口組系列と住吉)と
池袋北口(在日極東会)あたりが抗争地域になりそう、近寄るな。

https://twitter.com/kaminoishi/status/637113608447488000


山口組が分裂状態に…弘道会への不満が背景 「大きな音をさせずに済ますのは難しい」
産経新聞 8月28日(金)7時55分配信

 事実上の内部分裂状態となった指定暴力団山口組。背景には有力2次団体弘道会による支配への、内部の鬱積した不満があるとみられる。巨大組織の分裂で山口組執行部と離脱した新組織の双方が全国の他の暴力団組織と連絡を取るなど、外部に向けての多数派工作も始まっている。今後、国内の暴力団情勢が一気に流動化する恐れもあり、警察当局は警戒を強めている。

 「もうこのような状態になったら、大きな音(銃弾の発射音)をさせずに済ますのは難しいかもしれない」。山口組系のある組幹部は、対立抗争事件が起きる可能性を指摘する。

 警察当局によると、分裂の背景にあるのは山口組2次団体の2大派閥の弘道会と山健組の勢力争いだ。

 弘道会は篠田建市組長や、ナンバー2の高山清司若頭の出身母体で、山健組は5代目組長(故人)の出身母体。平成17年7月に篠田組長による6代目体制が発足して以降、主要ポストはそれまで最大勢力だった山健組から弘道会へと徐々にシフトしていった。

 別の山口組系幹部は「6代目体制になり、上納金の取り立ては厳しいうえ、事務所にミネラルウオーターや米などを送りつけてきて、『買い取れ』という。個別のシノギ(資金源獲得活動)にも口を挟んでくる」と不満を漏らす。

 これまでにも、6代目体制に不満を持った最高幹部らが体制変革を画策したが、実現には至らなかった。警察庁幹部は「6代目体制以来くすぶっていたものが一気に噴出した」と解説する。

 組内を事実上、取り仕切ってきた最大の実力者とされる高山若頭は昨年、恐喝事件で実刑が確定して収監されており、権力者不在の隙を突いたとの見方もあるが、「このタイミングでの離脱の意味は不明」(警察庁幹部)という。

 一方、山口組が分裂状態に入ったことは、内部だけの問題にはとどまらない。山口組はこれまで、全国の他の暴力団組織とも積極的に交友関係を築いてきたため、山口組執行部と新組織の双方が他団体と連絡を取り合い、「事実上の多数派工作が外部でも進められている状態」(指定暴力団幹部)になっているという。

 警察当局が最も警戒するのは、対立抗争事件が発生し、白昼の街中で拳銃が発砲されるなどして一般市民が巻き込まれるケースだ。

 過去には市民が犠牲になる事件もあったため、警察庁は警戒警備や情報収集、違法行為の取り締まり強化を指示するだけでなく、一般市民に危害が及ばないよう重点的に対策を進める方針。

 

大阪寝屋川〈中1男女〉惨殺 鬼畜〈山田浩二〉45歳の正体

 投稿者:東京新報  投稿日:2015年 8月28日(金)05時18分41秒
編集済
  大阪寝屋川〈中1男女〉惨殺 鬼畜〈山田浩二〉45歳の正体

行方不明だった大阪の中一男女は、二人とも惨たらしい遺体で発見されるという最悪の結末を迎えた。逮捕された男は福島で除染作業員をしており、地元に戻ったわずか数日の間での犯行だった。過去にも中学生を監禁したことがある“鬼畜”の素顔を徹底取材で暴く。

「彼は私の前では普通の成人女性に関心がある人でした。二人で役割分担をしてナンパもしました。私がネットで出会い系サイトの情報を漁って書き込みでアプローチしたり、街に出るときは彼が車を運転して私が声をかける役でした。ロリコンや少年愛などの印象はなかったのですが……」

 こう語るのは、八月二十一日に死体遺棄容疑で大阪府警に逮捕された山田浩二(45)と同僚だった福島の除染作業員だ。職場で知り合った二人は意気投合し、いつも行動を共にしていたという。この同僚は山田が事件を起こす直前、とんでもないものを目撃している。
「八月十日深夜から十一日未明にかけて、山田さんの運転で関東にある私の実家に二人で向かっていたときのことです。秋葉原を通過する際に、高架下に座り込んでいる女の子を見つけました。ナンパのチャンスということで、山田さんは車を急転回させて彼女に横付けしたのです。結局、『私は客引きだから』と言われナンパに失敗したのですが、一連の行動を見ていた警察官が不審に思ったようで、職務質問を受け、車の中を調べられました。
 すると運転席の脇に置いてあった山田さんのカバンからスタンガンと袋に入った未使用の注射器が出てきたのです。私まで一緒に所轄の警察署に連行され、指紋と尿、DNA照合用の口内粘膜を採取されたうえで釈放されました。なんでそんなものを持っているのか聞かれた山田さんは『除染作業員は全国からいろんなやつが集まっていて信用できないから』と言っていましたが、後で警察から、手錠まで出ていたと聞いて驚きました」(同前)

 八月十三日、大阪府高槻市の配送会社駐車場で寝屋川市立中木田(なかきだ)中学一年、平田奈津美さん(13)の他殺体が見つかった。それから八日後の二十一日夜、大阪府警捜査一課は、追跡していた不審車両を運転していた山田の身柄を確保し、死体遺棄容疑で逮捕した。ほぼ同時に同府柏原(かしわら)市内で、行方不明になっていた平田さんの同級生、星野凌斗(りょうと)君(12)の遺体も見つかった。二人の遺体は顔がぐるぐる巻きに粘着テープで巻かれ、手も後ろ手に同じテープで巻かれているという異様な状態で発見されている。

大阪市北区から軽ワゴンを追尾

 世間を震撼させたこの山田という男はいったい何者なのか。
 まずは事件の経緯を振り返っておこう。

「平田さんの遺体が見つかったのは十三日の午後十一時三十五分ごろ。左半身ばかりに三十カ所以上の切り傷や刺し傷が付けられていましたが、司法解剖による死因は窒息死。死亡推定時刻は同日午後七時ごろでテープをはがした顔は傷もほとんどなくきれいな状態でした。着衣にも乱れはなく、性的な暴行をされた様子もなかった。ただ、身元が分かる持ち物などは一切なかったため特定に難航し、府警が遺体を平田さんと発表したのは、指紋で確認できた十八日朝でした」(大阪府警担当記者)

 その一方、府警は身元確認に先駆けて、防犯カメラの解析から、山田の銀色の軽ワゴン車を割り出し、絞り込みをかけていたという。

「山田は二十一日未明、大阪市北区堂山町の繁華街に軽ワゴン車を駐車。それから捜査員の追尾にも気づかず、府内を走り回ったあと、柏原市青谷で車を停め、徒歩で竹林に入った。再び走り出した軽ワゴン車を追跡、大阪市城東区の交差点で信号待ちしたところを捜査車両で挟み込み、逮捕状を示した上で抵抗する山田を押さえ込むように身柄を確保したのです」(同前)
 柏原市で発見された星野君の遺体は一部白骨化するなど目視での確認ができないほど腐敗が進んでおり、指紋照合で身元が判明した。
 十二日午後九時過ぎ、近所のコンビニエンスストアで二人を見かけた四十代男性はこう語る。
「店外のガラス塀にもたれるように女の子が座って、もう湯気の出ていないカップラーメンを一本ずつゆっくり食べていた。男の子が小さかったこともあり、姉弟なのかと思ってました。女の子は大きめのカバンを持っていた。十時を過ぎても動く気配がなかったので、『親御さんはどうしたの』とか声をかけたら、何を聞いても『あはは、あはは』とはぐらかすような感じやった。ただ、深刻な様子でもなかった」

 平田さんと星野君の行動が最後に確認できたのは、十三日午前五時八分。京阪寝屋川市駅近くの商店街の防犯カメラに映っていた。この九分後、別アングルの防犯カメラに山田容疑者の軽ワゴン車も映っていた。

「当初は星野君の自転車が駐輪場に停められたとされる『十三日午後三時ごろ』と、平田さんの死亡推定時刻の午後七時を照らし合わせて“空白の四時間”に犯行が行われたものと思われました。しかし実際は、午前五時過ぎに、山田は二人を車内に引きずり込んで自由を奪ったと見られています。平田さんのスマートフォンから午前七時前に友人に『もう寝屋川には帰らない』というラインのメッセージが入っていますが、これは山田による偽装工作でしょう。逮捕後山田は『同乗者の男が殴るなどして女の子が死んだ』などと供述した後、黙秘に転じましたが、防犯カメラの映像などから捜査本部は山田の単独犯行とみて裏付けを進めています」(別の大阪府警担当記者)

少年のズボンをおろして性器を弄る

 山田は枚方市内の公団で育った。当時の苗字は「渡利」。市立開成小学校、第四中学校を卒業後、現在も住んでいる京阪寝屋川市駅の隣の香里園駅近くのマンションに転居している。
 小、中学校の同級生はこう証言する。
「渡利はおとなしくて目立たへんけど、コソ泥みたいな悪いことするやつで、駄菓子屋で万引きした商品見せびらかしたり、自分の家から一万円札くすねてきて自慢するようなアホだった。三つぐらい年下の妹がいて、どちらも母親に顔がそっくりでした。駄菓子屋でインベーダーゲームばかりやって女子には『キモ』と敬遠されてました。同級生以上には相手にされず、パシらされる存在やったけど、年下や弱い者にはカツアゲしたり。中学の卒業アルバムの集合写真でも一緒に写ってないのは、窃盗で鑑別所に放り込まれてたからです。部活もやってないし、友達も少ない。高校にも行ってへんからその後の消息もようわからんままでした」

 山田は十三年前にも事件を起こしていた。

「二〇〇二年三月末、男子中学生に『寝屋川市駅はどこ』と声をかけて車に連れ込み『俺は警察や。持ち物を調べる』と脅迫して手錠をかけ、現金や携帯電話などを奪った。結局、寝屋川署に強盗、逮捕監禁などの容疑で逮捕されています。同様の手口で寝屋川市駅近くで十七歳の少年二人を車内に監禁し、顔に液体をかけて火を付け、やけどを負わせていたこともわかり、傷害などの容疑で再逮捕もされた」(社会部記者)

 山田と長い付き合いの知人が打ち明ける。

「〇二年の事件では警察が発表し、報じられたもの以外に実は強制猥褻でも逮捕されているのです。彼は女も好きだが若い男の子も好き。監禁した少年のズボンをおろして性器を弄っていた。少なくとも三人に同じようなことをやっている」

 当時の被害者の一人の父親は「息子は、もう関わりたくない、と言っていますから」と漏らした。
 十代の頃から窃盗などの前科もあった山田は、LB級という長期の再犯者ばかりが入る徳島刑務所に収監された。出所したのは昨年十月だ。
 徳島刑務所といえば、医務課長が受刑囚に対して肛門に何本も指を入れて引っかき回すなどの虐待を繰り返し、〇七年に暴動が起きた。翌年には被害者が徳島地検に集団告発をしている。そんな悪名高い刑務所に放り込まれた「ワタリコウジ」は、矯正されることなく「ヤマダコウジ」というモンスターに化けて出所した。

 出所後に面倒を見ていた別の知人が“改姓”の事情をこう語る。

「元はヤクザだった獄中の『山田』という私の旧い知人から、去年『舎弟のように可愛がってるやつがいるから出所後は道を正してやってくれ』という手紙がきた。そこには養子縁組もしたと書かれていました。出所した浩二と初めて会ったのが今年一月。犯歴は『クスリをやった』と言っていた。性犯罪を起こしてたと知ってたら面倒みなかったのに……」
 山田はフェイスブック(FB)に様々な写真などをアップしているが、そのなかにキムチ鍋パーティーをしているものがある。それは、この知人宅で行われたものだ。普段はラインやFBで連絡を取り、二カ月に一度は近況報告のために顔を出しに来ていたという。

「福島で除染の仕事を真面目にやってたみたいだけど、一方で女好きを公言していて、寮にも女を連れ込んで何日も泊めていたのがバレて七月一日に(南相馬の寮を)退寮させられたと言ってました。最初会ったときは大人しかったのに、ソフトモヒカンになったり茶髪にしたり、服装が派手になっていった。電話での会話もヨレてて何言ってるか分からないことがあって『クスリやってるんか』と聞いたら『やってませんよ』とそのときは言っていた」(同前)

 しかし七月十五日、FBに大阪・新今宮駅周辺の写真とともに「久しぶりに昔稼がせて貰った思い出の場所を見に行きました」とのコメントをアップした。
「それを見て、ここで何して稼いでたのか聞くと『クスリを売って稼いでいたんですよ』と言うんですよ」(同前)

 同駅は日本最大のドヤ街、あいりん地区(旧釜ヶ崎)の直近であり、知る人ぞ知る覚せい剤などクスリ密売が盛んな地でもある。

 福島に戻った山田は七月二十一日、派遣会社所属の契約社員として大成建設宿舎管理責任者宛に改めて誓約書を提出、二本松市内の除染作業員寮に入った。

「山田がいたのは川俣町山木屋の現場で、当初は写真班だった。除染前、除染中、除染後を定点で撮影し、記録するのが仕事。その後は作業で出た草や土を保管用の袋に入れて管理するフレコン係になった。いずれも勤務態度は真面目だった。

 自炊用の道具や食糧をたくさん積んだ大阪ナンバーの軽ワゴン車でやってきた。小柄で口数が少なく、ビールや缶チューハイを飲んだけど悪酔いもしなかった。議論もしないし、何を聞いても『そやなあ』と相槌を打つだけで、あまり頭はよくない印象は受けましたね」(建設会社関係者)

 職場で仲良くなったのが、冒頭で証言している同僚だ。

 八月八日、FBで山田が福島の花火大会の写真をアップしているが、この日は土曜日で、日中の仕事を終えてから二人は次の週末まで夏期休暇に突入した。
 同僚が振り返る。

「この日は福島市と郡山市で夏祭りがあり、両方を見に行きました。山田さんは郡山で家出少女っぽい子に声をかけたけど相手にされず、関東の私の実家に向かいました。九日と十日は、私の実家に寝泊りしながら東京で乱交パーティーに参加しました。出会い系サイトで知り合った人たちがそれぞれ別々に主催したパーティーで、九日は品川、十日は池袋のシティホテルでした。料金は一人七千円か八千円、『輪姦コース』という夜の二時間のコースで、女性一人に男性が五~七人参加していました。主催者と女性がチェックインした部屋に、男たちが後からこっそり入っていくという内容です。ナンパのときは挙動不審で怖気づいていた山田さんも『3Pまではしたことある。こういうの好きなんや、興奮するわ』と生き生きしていました。山田さんはイチモツに『シリコンボールを二十五個入れている』と自慢していましたが、実際、勃起するとコロコロしたのが見えました」

 乱交パーティーを楽しんだ二人は、その帰り道に冒頭で紹介した職務質問を受けるのだ。
 その後、香里園の実家に帰った山田は十三日早朝に事件を起こす。しかし何食わぬ顔で、福島に戻った。その間、FBを頻繁に更新している。平田さんの死体を遺棄した十二時間後の十四日昼前には通天閣から「早ければ今夜にでも大阪出発するので最後の大阪を満喫!!」。翌十五日には千葉市内でスタミナポークカレーを注文したとの記述がある。再び同僚の証言。

「十七日月曜日から除染の仕事が再開するので、山田さんは十五日に迎えに来てくれて、夜九時ごろ一緒にカレーを食べにいきました。少し休んで出るはずだったんですが、山田さんは疲れ切って朝六時ぐらいまで熟睡してしまった。それから二本松に向けて出発して正午前に寮に着きました。テレビをつけると当然のように寝屋川のニュースが流れます。一緒に見ていた山田さんは『住んでいたところの近くだ』と、寝屋川市駅が映ったとき、テレビのフレームの右下辺りを指差して『ウチはこのあたりや』と説明したり。まだ男の子は行方不明だったから『男の子の方が殺ったのかもしれない』と推測する僕に『そうやな』と答えました。しかしこれ以降、この事件のニュースが流れると目を背けたり体の向きを変えるようになりました」

 この同僚が最後に山田に会ったのは八月二十日。この日、山田は体調不良を理由に仕事を休み、仕事から戻った同僚にリサイクルショップに付き合ってくれるよう頼んだ。

「電気式湯沸かし器、扇風機、CD数枚にDVDプレーヤー。買取額は一万九千八百四十円でした。値上げ交渉すればきっちり二万になるのに、と思ったので正確に覚えているんです。『五万ぐらいにはなると思ったんやけど』と本人は残念がっていましたが、なぜお金が必要だったのかは分からない。彼は自分で録画したアニメをよく見ていたので、DVDプレーヤーを処分したのは疑問が残りました。『ギャングスタ』『デュラララ!!』などバイオレンス系の深夜アニメがお気に入りでした」(同前)

 同日夜、山田は寮から消えた。よほど急いだのか、大阪市北区堂山町で捜査員が山田の車を見つけたのは二十一日午前一時過ぎだった。この日の午後一時四十分頃、山田は前出の同僚にラインのメッセージを送っている。同僚がそれに気づかずにいると、午後五時前には電話がかかってきた。焦ったような口調で、別の同僚の電話番号を教えてほしいという内容だった。その約三時間後、鬼畜はついに府警に捕縛された。

「山田さんは自分のことや家族、兄弟のことを話しませんでした。交友関係や将来のこと、何故除染の仕事に来ているのかも。

 ただ、四十過ぎの『レイコ(仮名)』という名前の彼女がいて、二本松に来る前に南相馬の寮に引っ張り込んでヤってたことがバレてクビになったと言っていました。山田さんは『レイコも欲しがっているし、俺も子供を作ることを真剣に考えている』と。レイコさんはうまくいけば来週ぐらいから、除染の事務方の仕事を得て福島に来ることになっていたんです。もう一人語っていたのはおそらく“獄中結婚した”と報じられている女性のことです。山田さんと同年輩の四十代らしいですが、山田さんは黄色くて細長い一ページに三枚写真が入るファイル式のアルバムに、その女性の娘の写真を入れていました。三歳から五歳ぐらいの年齢の写真が多く、へその緒の写真もありました。『父親は前のオトコや』と連れ子であることを打ち明けながら『娘に会いたい』と真剣に話していた。それだけに、逮捕されたと知ったときは本当に驚きました。(少年愛の)性癖も知らなかったし、事件に関わった素振りも全くみせませんでしたから。他の同僚もみなそうだと思います」(同前)
 出所後に面倒を見ていた知人によると、山田は事件当日の十三日とその翌日、“養父”である山田受刑囚に面会のため大阪刑務所(堺市堺区)を訪れたという。

 一方、訳も分からないまま、山田の“毒牙”にかかった二人の中一男女はとても仲が良かったという。

「二人は同じ木田小学校の出身だけど、中学に入ってから仲良くなった。テニス部に入った凌斗はアイドル顔で女子に人気があった。吹奏楽部でトロンボーン担当になった平田さんは活発で男に対しても『しばくで』『邪魔なんじゃ』とヤンチャな物言いをするけど、凌斗と一緒だと女の子っぽくなってた。平田さんの方が凌斗を好きになっていた感じです。十二日の夜に二人で出かけたのは、平田さんが『お父さんに怒られた』と凌斗に相談したからだと思います」(ラインでやり取りしていた同級生)

 平田さん宅のコンクリート塀には、黒いスプレー塗料で「大好き」という落書きがある。二カ月ほど前からといい、近くにスプレー缶が置きっぱなしになっていた。平田さんは二歳上の姉と両親、祖母と同居しており、さらにもう一人姉がいたという。

「ナツの家はユルくて、夏休み入ってからいろんな子の家を泊まり歩いてた。何日も入り浸られたり『ご飯食べさせてー』『お風呂入らせてー』『お茶のませてー』やから、どこの親もだんだん『断って』と言うようになってて、行くとこなかったんじゃないかな。中三のお姉ちゃんもナツと同じようなことしてたみたい」(平田さんの友人)

 夏休みに入ってから、平田さんが自宅の軒先にテントを張って寝泊りしていたこともあったという。

星野君は「苗字も変えたくない」

「ワンタッチ式の簡易なやつですわ。朝出かけようとしたらテントが張ってあったことが二回ほどありました。一回は奈津美ちゃんだけで、もう一回は女の子の友達が一緒やった。あの年頃の冒険心で、キャンプみたいな感覚やったん違うかな。星野君もよく見かけましたよ。自転車に乗ったまま、二人でよく話し込んでた。平田さんのお母さんは、昼に出て夜遅く帰ってくることが多く、パート勤め。化粧っ気もなくて、奈津美ちゃんとよく似てた。お父さんは建築関係やったと思うけど、今は働いてないと思う」(近所の住人)
 前出の大阪府警担当記者が事件発生当初を振り返る。

「まだ遺体の身元が特定できていない段階で、ツイッターなどのSNSでは、平田さんと星野君の失踪情報が拡散していました。報道各社も府警サイドにしつこいほど確認を求めていました。ところが、平田さんの母親が府警に対して、平田さんの身長を実際よりもかなり高く言っていて、服装もまったく違う格好を説明していた。それで府警は『別人』と判断したと説明していました」

 平田さんが思いを寄せていた星野君は、二人の妹をとても可愛がっていた。

「スマホでよくパズドラやモンスターストライクをやっていて、歌がうまくて韓国の『BIGBANG』が好きだった。スポーツも得意で話も面白いから友達が多かった。お母さんは若くて優しいけど、離婚していて、『星野』はお父さんの姓。何回か引越ししていて、小六の初めのころは寝屋川市駅の商店街近くのお祖母ちゃんの家から通ってきてた。星野君はいまお母さんが付き合ってる人を『イヤや。前のお父さんがいい。苗字も変えたくない』と言ってました」(別の同級生)
 複数の友達によると、星野君の門限は午後六時半だったというが、十二日、星野君は午後九時ごろ母親に平田さん宅に行くと伝えて外出している。

 まだ府警が遺体を平田さんとは確認できていなかった十七日、星野君の母はツイッターに連絡先として携帯電話番号を載せて、星野君の情報を集めようとしていた。小誌記者が電話をすると、母は語気荒く苛立ちを隠さずにこう語った。

「奈津美ちゃんとは仲良かったけど、付き合ってるとかじゃない。小学校からの友人。私は息子が帰ってくればそれでいいんです。(平田さんの家族は)何も動いてはらへんので、ツイッターとか連絡先も何も載ってないと思います。私らばっかり動いてる感じになってるので」

 山田容疑者が逮捕された直後の二十一日午後九時、NHKのニュースが「遺体発見」を伝えた。「うわあ」「嫌や、嫌やー」星野君の自宅マンションから聞こえる絶叫と慟哭は、しばらくやまなかった。

 出所後、一年も経たないうちに悪辣な犯罪に手を染めた山田には「鬼畜」以外の形容が浮かばない。

「週刊文春」2015年9月3日号

 

自民党を離党した武藤貴也衆院議員(36)が、19歳の男性を“買春”していた

 投稿者:東京新報  投稿日:2015年 8月26日(水)17時19分14秒
編集済
  自民党を離党した武藤貴也衆院議員(36)が、
19歳の男性を“買春”していた


「週刊文春」が報じた“議員枠未公開株”にかかわる金銭トラブルで、自民党を離党した武藤貴也衆院議員(36)が、19歳の男性を“買春”していたことがわかった。

 取材に応じた相手男性によれば、ゲイ向けの出会い系サイトで知り合い、昨年11月、武藤議員と1回2万円で性交渉を行った。会ったのは約20回に及び、議員宿舎でも関係を持ったという。

 武藤議員は、「週刊文春」の取材に事実関係を否定し、相手男性との面識も否定した。しかし取材翌日、相手男性に武藤氏から、取材に応じないよう要求する電話が入り、LINEも送られた。

 売買春が法律で禁止されているのは異性間のみであり、同性間は違法とならない。ただ、未成年の身体を金で買うという武藤氏の利己的な振る舞いに、国会議員としての資質を問う声がさらに高まりそうだ。





「武藤貴也〈議員〉は議員宿舎で僕〈19歳〉を奴隷にした」
1回2万円“未成年買春”相手が告白
〈2000万円“議員専用投資”トラブルも!〉


学生デモを「利己的」と批判した武藤貴也衆院議員。小誌が未公開株による「議員枠集金術」を報じると、離党はしたが国会議員のイスには居座り続けている。そんな武藤氏の利己的な人間性を告発する人物が現れた。十九歳のイケメンが語った衝撃の内容とは――。

「どのチャンネルのニュースでも、彼の顔が映っているのを見て、僕も彼について知っていることを話さなくてはと思いました。僕だけしか知らない彼の姿があるので……。
 彼は僕をお金で買ったのです」
 小誌記者を前に、こう話し始めたのは村井雄亮さん(仮名・19)。顔立ちは「嵐」の大野智に似た細身で長身のハンサムな青年だ。
 彼が語る武藤貴也議員(36)の驚くべき素顔は後述するとして、小誌が報じた金銭スキャンダルのさらなる続報をお伝えしておこう。
 昨年十一月、「議員枠」で新規上場株が確実に買えるからと学生時代からの知人A氏に資金集めを指示し、出資者二十三人から四千百四万円を集めた武藤氏と政策秘書の宮崎資紹氏。
 だが、株は買えないどころか、出資金のうち六人分約八百万円を宮崎氏が流用しており、先週号の締切り時点で六人に約七百万円が返還されていないことが明らかになった。
 小誌が発売されると、武藤氏はその日のうちに「党に大きな迷惑をかけた」と自民党を離党した。
 だが、武藤氏はフェイスブックで、A氏に預けた金が返ってこず裁判になっていることを強調し、小誌記事を〈一方的〉とした上で、議員辞職は否定した。
 だが、問題の本質は“議員枠未公開株”と称して金を集めた上でトラブルになったことである。これが武藤氏の国会議員としての資質を問われる問題であることは言うまでもない。しかも、武藤氏の金銭トラブルはこれだけではないのだ。
「一三年の初めごろだったと思いますが、武藤議員と宮崎秘書と私の三人で議員会館で会い、武藤議員から『騙されて借金を背負ってしまい、お金を貸してほしい』と申し出がありました。私は用意してきた三千万円を手渡し、『これはあなたに貸すんじゃない。信頼している宮崎さんに貸すんだ』とはっきり言いました。武藤議員は『有難うございます』と頭を下げました。そのときは書面を交わしませんでした。ただ、年内に返ってこなかったので、翌年は資産等報告書に記載する決まりもありますから、書面を交わしました」
 こう語るのは、静岡の会社役員の男性だ。だが、その後も、武藤氏の返済は一向になかった。
「貸した翌年ごろから、事務所で顔を合わせたときや電話で、『衆院議員は、地域の代表の代議士なんだ。人にお金を借りて期限を守れないなんてことは絶対ダメだ。信用を失う』と二、三回説教をしたことがあります。結局お金が返ってきたのは一四年の十月だったと思います」(同前)
 武藤氏のこの借入金について、資産公開法で義務付けられている資産等報告書への記載はない。
 未公開株、借金問題とカネの問題に武藤議員とセットで登場する宮崎氏は久間章生元防衛相の事務所に長年勤めたベテラン秘書。東京外大生の頃から政治家志望だった武藤氏と交流があり、初当選直後から懇請されて政策秘書となり、二人三脚で歩んできた人物だ。
 この宮崎秘書に「二千万円を預けましたが、いまだに戻ってきません」と語るのが、九州在住の会社員女性だ。未公開株問題はB氏という宮崎氏の知人が、銘柄を宮崎氏に紹介し、武藤議員がA氏に資金集めを頼んだという構図だった。

「議員だけの特別な投資」

「そのBさんから宮崎秘書を紹介され、議員会館の武藤事務所で会いました」(同前)
 昨年四月二十日、日曜日の永田町はオバマ大統領の来日を控え、厳重な警備態勢が敷かれていた。
「タクシーを第一議員会館の前で降りてBさんが電話をかけると、宮崎秘書が降りてきて、入館証をもらい、中に入ることができました。
 六階にある武藤議員の部屋に入ると、入口に小さなテーブルがあり、武藤議員のパンフレットが何十部も置いてありました。そこには麻生副総理とのツーショット写真もあったので、信用しました」(同前)
 そこで飛び出したのは、「議員だけの特別な投資方法にお金を預けませんか」という誘いだった。
「『世の中には特別な利回りの運用があるんです』と言われました。その説明を聞いて、二日後に一千万円を振り込みました。母子家庭の苦しい生活の中、三十五年以上かけて老後のためにと貯めておいたお金です」(同前)
 宮崎氏との間に交わした預り証では、一年間の運用期間で、毎月七%の高配当と元金保証が謳われている。
「当初は毎月ちゃんと配当が振り込まれ、八月にはさらに一千万円預けました。ところが十月から突然振込がなくなったのです。事情を聞いたら、『Aさんに持ち逃げされた』と言われました。その後も催促をしましたが、今年七月に百万円が返ってきただけです」(同前)(A氏は持ち逃げを否定)
 宮崎秘書本人に質した。
「返済が済んでいないのは事実です。今回の未公開株の出資者にお金を返すために、自宅も売りました。ただ土地は家内のものなので、さらに無心しても『それはイヤだ』と言われています。弁護士を通じて、月々いくらというように返していきたいと思っています」
 ただ、宮崎氏の行為は出資法違反の可能性が高い。
 投資詐欺被害に詳しい飯田修弁護士は一般論と前置きして解説する。
「元本保証して、配当を約束し金を集めることは、出資法第一条の元本保証の禁止、第二条の預かり金の禁止に抵触する可能性がある。罰則は懲役三年以下、もしくは罰金三百万円以下、もしくは両方です」
 立て続けにカネの問題が噴出する武藤議員。だが、彼は一体何にカネを使っているのだろうか――。
〈イケメンのエロい“ウケ”がいたらサポするよ〉
〈自分も見た目は悪くないスーツリーマン〉
 ゲイ向けの出会い系掲示板サイト「CALL-BOY@関東」にこんな誘い文句が載ったのは、昨年十月のこと。「ウケ」とは男女間のセックスでいえば女性側の立場を指す。サポはサポートの略で、セックスの対価にお金を払うという意味だ。この投稿に応じたのが、冒頭に登場した雄亮さんだ。
「彼は『しょう』という名前を使っていたと思います。写メ(顔写真)を送ってと言われて送り、会う約束をしました」
 最初に会ったのは、十一月十四日。夜九時頃に新宿伊勢丹の角で待ち合わせるとスーツ姿の男性が現れたという。
「そこから歩いてすぐのラブホテルに直行しました。(要求されたのは)生でした。額が額なので受け入れましたけど。一時間くらいで二万円。生で中出しまでされたんで。一回許しちゃうとダメなんですよね。コンドームを使ったことは一回もないし、持っているのを見たこともないし。終わった後は靖国通りの『びっくりドンキー』でゴハンを食べました。『オレって有名人ていえば、有名人なんだよね(笑)』というから、後で聞いた名前で検索したら国会議員で武藤貴也と出てきて。しばらくして『議員なんでしょ?』って聞いたら、本人はあっさり認めました」
 武藤氏の好みは、「若くてすらっとした身長の高いイケメン」だという。その条件にかなった雄亮さんは、その後LINEで約束をし、会うようになる。
「お金はいつも終わった後に手渡し。基本的に二万円で、一万円のときもありました。それとは別にお小遣いをくれることもありましたね。『ゴハンを食べるお金がない!』と泣きつくと、三万円振り込んでくれました。一度、そういう(議員の)立場で、なんで身体を買うようなことをしてるの? って聞いたら、『これしか出会いがない』って言ってました。相手の募集を頻繁にしては写メを送らせていたみたいで、サイトのブラックリストに『毎日複数地域投稿で写メ収集』と書かれていましたね」

今年正月は議員宿舎で逢瀬

 その年の十二月の総選挙で、武藤氏は再選を果たす。明けて元日の武藤氏のツイッターには、右派議員らしくこんな記述が。
〈今年は靖国神社に初詣。昇殿参拝して来ました。(中略)靖国神社でまた国のために頑張る力を頂いて来ました〉(一五年一月一日)
 その直後の元日夜。武藤氏は雄亮さんを初めて赤坂の議員宿舎に招き入れた。
「溜池山王駅の近くで九時か十時に待ち合わせて、歩いて議員宿舎に一緒に入りました。『ちょっとウチ寄って行く? 年始はマスコミもいないから』って」
 議員宿舎の高層階に、武藤氏の部屋はあった。間取りは3LDK。リビングには大画面テレビ、ダイニングテーブル、ローテーブルにソファ。奥の寝室にはベランダ側が頭になるようにダブルベッドがあり、枕が二つ並んでいたという。
「宿舎の彼の部屋は掃除されていなくて、埃が積もっていました。でも肌には気を遣っていて、洗面所には化粧水の類がたくさん置いてありました。イチゴの『あまおう』をよく買っていて、美肌のためだと言っていました。
 その日は宿舎でセックスをしてから、地下の駐車場で彼の運転する黒いワンボックスカーに乗って、歌舞伎町の高級焼肉店に出かけました。赤坂店に行こうと思ったのですが、元日のせいか休みだったのです。運転席側のフロントガラスには『衆』の文字が〇で囲まれたプレートが置かれていました。その後、彼の運転で出かけましたが、荒っぽい運転で信号無視や無理な路線変更など交通法規の無視はしょっちゅう。でも、『このプレートを置いとけば、警察も見逃してくれるんだよ』と自慢げに言っていました」
 議員宿舎に呼ばれるようになってからは、赤坂界隈の焼肉店やうなぎ屋で食事をすることが多かった。
「赤坂のパセラでカラオケもしました。彼は鬼束ちひろの『月光』や三代目J Soul BrothersやAIなんかを歌っていましたね。高い声がよく出るので、上手いですよ」
 ただ、他の男性の存在を感じることもあった。
「寝室以外の二部屋には『絶対入るな』と言われていたのですが、和室を覗くと布団が敷いてあり、彼のではないようなボクサーパンツが落ちていました。もう一つの部屋には、彼の趣味ではないような、ぬいぐるみが置いてあって、他の男の痕跡を感じました」
 雄亮さんの記憶では、武藤議員と会ったのは、約二十回に及び、議員宿舎を訪れたのは四回ほどだという。今年の六月、二人の関係は途絶えた。

武藤議員からの口止め電話

「彼はセックスにとても執着があって、『セックスはオレにとっての愛の確認行為』と話していました。僕の身体のコンディションがよくなくて、セックスを断ることもあったのですが、それで責められることもありました」
 LINEでは、
〈だって、ご飯おごって、40,000円あげて、家まで送ってセックス無しだよ。
 かたちだけ見たら、俺は何なのって思うよ、正直。
 逆の立場になって考えてみて欲しいよ。
 セックスが上手くいかないことが、俺の悩み。〉
 お金のやりとりは、六月三日が最後だった。
「LINEで〈じゃあ、俺の言うこと全て言いなりになるなら振り込む〉、〈奴隷だよ〉と言われ、三万円の振込がありました」

 雄亮さんは小誌に告白した理由をこう語った。
「彼の言葉には、ちょっとそれは違うんじゃないかと思うことが多々ありました。彼は売り専ボーイ(男性に身体を売って金を稼ぐ男)を完全否定していました。僕には売り専の友人もいますけど、やらざるを得ない事情がある人もいる。実際、彼も男を買っているんだし。でも、彼は頭ごなしに否定して、理解しようという気持ちもなかった。そういう人が権力の中枢にいるのはどうなんだろうと思ったんです」
 雄亮さんの携帯に入っていた相手の電話番号は、小誌が知る武藤議員のものと一致した。国会議員が未成年相手に“買春行為”――。
 武藤氏本人を直撃した。
――村井雄亮さんという方はご存知ですか?
「それは知らないですね。うーん」
――「CALL-BOY」というゲイ専用の出会い系サイトで知り合ったと聞いている。
「(声が少し震え)それはないですね。クックックッ。なんでそんなウソばっかりいうのかわからないです」
――性行為について、一回二万円のお支払いをされたと聞いたが?
「いや、そんなこと、有り得ないですね。有り得ないです、そんなこと!(声が裏返る)。偽造しているか、情報を作って流している人がいるんじゃないですか」
 LINEは、偽造が可能で、通帳への振込も同姓同名の人もいるはずと主張し、雄亮さんとの面識さえも完全否定した武藤議員。
 ところが――。
 その翌日、雄亮さんの携帯電話が鳴った。かけてきたのは武藤氏その人である。「もしもし!? 雄亮、俺のこと週刊誌に売ったの?」
 雄亮さんを責めながらも、声のトーンは哀願調だ。
「だって元恋人だよ!? 俺だって雄亮のことを信頼して家に入れたりさ、いろいろ喋ったりしてたんだよ?」
 最後に武藤氏はこう泣きついた。
「週刊誌の人に、告発した記事は書かないでくれって言って。あれはウソだからって言って!」
 実は、売買春が法律で禁止されているのは異性間のみであり、同性は違法行為とならない。ただ、未成年の身体を金で買うという行為が、国会議員に許されないのは言うまでもあるまい。
 それにしても、なぜこのような人物が、国会議員になれたのか。
「武藤氏は、滋賀四区の自民党議員の引退を受けて、公募に手をあげた。当時は、麻生政権で自民党に逆風だったこともあり、二十九歳と若い武藤氏に決まった。一度落選しましたが、ここ二回は小選挙区で勝利しています。麻生氏を“政界の父”と仰ぎ、今回も相談しています」(政治部記者)
 武藤氏を公認し、議員に当選させた自民党の責任は重い。

「週刊文春」2015年9月3日号

http://www.tomocci.com/muto.html

 

【沖縄戦】「ウソをつき通してきたが…」 "日本軍の命令で自決"、実は創作  渡嘉敷島集団自決で、初証言

 投稿者:東京新報  投稿日:2015年 8月25日(火)22時06分35秒
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  【沖縄戦】「ウソをつき通してきたが…」
 "日本軍の命令で自決"、実は創作  渡嘉敷島集団自決で、初証言

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/16661/

第二次大戦末期の沖縄戦の際、渡嘉敷島で起きた住民の集団自決について、戦後の琉球政府で軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった照屋昇雄さん(82)が、「遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するため、軍による命令ということにし、自分たちで書類を作った。当時、軍命令とする住民は1人もいなかった」と証言した。現在も多くの歴史教科書で「強制」とされているが、信憑性が薄いとする説が有力。琉球政府の当局者が実名で証言するのは初めてで、軍命令説が覆る決定的な材料になりそうだ。

照屋さんは、旧軍人軍属資格審査委員会委員を務めた。当時、援護法に基づく年金や弔慰金の支給対象者を調べるため、渡嘉敷島で聞き取りを実施。この際、琉球政府関係者や日本政府南方連絡事務所の担当者らで、集団自決犠牲者らに援護法を適用する方法を検討したという。
同法は、一般住民は適用外となっていたため、軍命令で行動していたことにして「準軍属」扱いとする案が浮上。村長らが、赤松嘉次元大尉(故人)に連絡し、「命令を出したことにしてほしい」と依頼、同意を得たという。照屋さんらは、赤松元大尉が自決を命じたとする書類を作成し、日本政府の厚生省(当時)に提出。これにより遺族や負傷者が弔慰金や年金を受け取れるようになったという。


照屋さんは「うそをつき通してきたが、もう真実を話さなければならないと思った。赤松隊長の悪口を書かれるたびに、心が張り裂かれる思いだった」と話している。

渡嘉敷島の集団自決は、昭和25年に発刊された沖縄戦記「鉄の暴風」などに軍命令で行われたと記されたことで知られるようになった。大江健三郎さんの「沖縄ノート」では、赤松元大尉が「『命令された』集団自殺をひきおこす結果をまねいたことのはっきりしている守備隊長」と書かれている。
その後、作家の曽野綾子さんが調査やインタビューを基にした著書「ある神話の背景」で軍命令説への疑問を提示。平成17年8月には、赤松元大尉の弟らが岩波書店と大江さんを相手取り、損害賠償や書物の出版・販売の差し止め、謝罪広告の掲載を求める訴えを大阪地裁に起こしている。(一部略)


 

盗作疑惑・佐野研二郎氏の“小保方状態”で世界の笑い物になる東京五輪

 投稿者:東京新報  投稿日:2015年 8月24日(月)23時11分30秒
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  盗作疑惑・佐野研二郎氏の“小保方状態”で世界の笑い物になる東京五輪
週刊実話

 2020年東京五輪公式エンブレム「盗用疑惑」の渦中にあるデザイナー・佐野研二郎氏に、行方知れずの“コピペ女王”小保方晴子さんの香りが漂ってきた。

 エンブレムについては完全否定したものの、サントリーの景品デザインのコピペ疑惑が浮上。8月13日、サントリー側が景品バッグのデザイン30種類のうち8種類を撤回し、佐野氏が代表を務める事務所『MR_DESIGN』(東京・渋谷区)もホームページ上で“盗作”を「部下が…」と認めた。テキトーに仕事されたサントリーは、「佐野氏に発注したわけではなく、代理店から上がってきた企画」と困惑を隠せない。
 その代理店というのが佐野氏の出身でもある博報堂で、同社にとって佐野氏は重要な“ビジネスコンテンツ”だった。どうやら騒動の根っこには、五輪ビジネスも手掛ける大手広告代理店の「利権」が見え隠れしているというのだ。
 「オリンピックエンブレムの審査で、博報堂時代の佐野氏の部下だったN氏が審査委員に入っていることからして疑惑ありです。N氏は、'14年に『毎日デザイン賞』を受賞していますが、このときの審査員の1人が佐野氏。“身内で賞を回し合う”という猿芝居が、この騒動の元凶ですよ」(意匠関係の事情通)

 エンブレムデザイン審査委員代表は、日本を代表するグラフィックデザイナーの永井一正氏。子息の永井一史氏は、多摩美から博報堂を経て同美大の教授に着任している。一方、'14年4月に同じく出身の多摩美教授に“ブーメラン就任”した佐野氏の出世街道は、永井ジュニアを踏襲しているといえそうだ。
 「しかも、佐野氏の実兄は、経産省の商務情報政策局情報経済課長です。同局はクリエイティブな産業を管轄する部署ですから、佐野氏の仕事領域と無縁ではない。ちなみに佐野氏の親戚の1人はJSC(日本スポーツ振興センター)の幹部職員。さらに佐野氏は'02年に日本ラグビー協会のポスターのデザインを受注しており、五輪組織委員会会長の森喜朗元総理とも接点がある。まあ、公式エンブレムへの採用も“天の声”があったんじゃないですか」(同)

 思えば国立競技場の解体工事も、官製談合という旧悪システムの「コピペ」だった。佐野氏のデザインを放置したまま五輪開催となれば、世界中から“コピペンピック”と嘲笑されてしまいそうだ。
 

まるで別人、白髪押尾学、路上キス撮られる

 投稿者:東京新報  投稿日:2015年 8月21日(金)23時02分19秒
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  まるで別人、白髪押尾学、路上キス撮られる
激裏GATE PRESS

 愛人女性と薬物を使用し、放置した事件で
 芸能界を強制引退させられた押尾学。
 妻であった矢田亜希子とも離婚し2年半
 収監されていたが昨年末に仮出所。
 この度、女性と路上キスしているところを撮られ
 話題になっている。





 虎ノ門ヒルズのテラス席でワインをがぶ飲み




 撮られすぎ感がある画像。

 自叙伝を出すとの噂もあるがそのための話題作りなのか。

 現在無職である押尾学だが、田中香織さん薬物死亡事件では
 森元総理の息子祐喜が絡んでいるといわれ
 事件当時衆議院選挙のまっただ中であったため
 森サイドから押尾に口止め料として数億と
 出所後の援助が約束されたと言われている。

 クズでも人殺しでも、天性のジゴロなら
 どんな境遇でもモテて人生を楽しめるようだ。


森喜朗の真実
 

安倍晋三首相 「吐血」証言の衝撃 〈「体調問題」全真相〉 70年談話、総裁選…「焦り」と「弱気」の核心

 投稿者:東京新報  投稿日:2015年 8月19日(水)05時42分49秒
編集済
  安倍晋三首相 「吐血」証言の衝撃
〈「体調問題」全真相〉 70年談話、総裁選…「焦り」と「弱気」の核心


安倍首相がおかしい。最大の見せ場であるはずの七十年談話は、蓋を開けてみれば、玉虫色の表現に終始。何よりその表情は虚ろだ。いったい首相の身に何が起こっているのか。取材で浮かび上がってきたのは、「安倍首相が吐血した」という衝撃的な情報だった――。

「我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。(略)こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります」
 八月十四日、安倍晋三首相は、戦後七十年における談話を発表した。
“安倍談話”の発表は、第二次政権発足当初から重要な政治課題に位置づけられていた。しかし、いざ蓋を開けてみれば、その中身は、「拍子抜け」としかいいようのないものだった。
「本来であれば、今回の談話で安倍首相は、延々とつづくアジア諸国への謝罪を打ち止めにしたいと考えていました。しかし、談話の発表時期が、安保法制の国会審議と重なるという最悪のタイミングになった。もし総理の思い通りの内容にすれば、韓国・中国だけでなく日本国内の世論の批判は必至で、下がり続ける内閣支持率に歯止めが利かなくなる。『未来の子供たちが謝罪を続けないといけない宿命を背負わせてはいけない』と入れるのが精一杯で、最終的に公明党などの意向を踏まえて、『お詫び』や『反省』などのキーワードを盛り込んで、各方面に配慮する形となりました」(政治部デスク)
 自民党内でも評判は芳しくない。
「談話発表に向けて、今年二月から『21世紀構想懇談会』を立ち上げるなど、人材、時間をかけているにも関わらず、結局、安倍首相の真意は伝わらずじまい。『何のための談話だったのか』『わざわざ出す必要はなかったのではないか』という意見も少なくありません」(自民党職員)
 何よりも、気になるのは談話を発表する安倍首相の顔色のすぐれなさだ。歯をくいしばるようにして言葉を絞り出すが、その全身からは覇気が感じられない。
 自民党議員がこのところの安倍首相の“異変”について次のように証言する。
「安保法制をめぐる審議が始まってから、国会にもちこむ特製ドリンクを口にする機会が増え、さらにはトイレに行く回数が格段に増えています。衆院の職員の間でも話題になるほどでした。また安保法制審議で、民主党の辻元清美氏に野次を飛ばすなど、明らかに冷静さを失っていました」
 こうした体調の異変が、七十年談話の「弱気」となって現れたのだろうか。

甦る第一次政権の「悪夢」

 ここで思い起こされるのは、第一次政権での辞任劇だ。その遠因となったのが安倍首相が十七歳の頃から患っていたという「潰瘍性大腸炎」だった。
「この病気では免疫異常によって大腸に炎症が生じ、粘膜にただれや潰瘍が生じます。主な症状は下痢と粘血便で、悪化すれば発熱や体重減少も起きます。原因は明らかになっていませんが、ストレスや遺伝的要素だと考えられています」(都内の消化器科専門医)
 安倍首相の場合、新薬の開発もあり、官房副長官時代の発症を最後に再発していなかったが、〇七年八月に腹痛を覚えるようになったと自ら手記で綴っている。
《診断の結果は、「機能性胃腸障害」でした。ひとまず胸をなでおろし、すぐに潰瘍性大腸炎の発症を抑える薬も処方していただきました。ところが、この胃腸障害が一向によくならないのです》(『文藝春秋』二〇〇八年二月号)
 当時の様子について、首相秘書官だった井上義行参議院議員は、以前、小誌の取材にこう語っていた。
「辞める二カ月ほど前から、総理執務室の後ろにベッドルームをつくり、私服を着た医師を入れて毎日点滴を打っていました。トイレに行く回数は、一日、何十回ではきかないくらい。面会が終わるたびにトイレに駆け込む状況でした。みるみる痩せてベルトの穴が二つくらい縮まり、シャツを脱ぐとあばら骨が見えていました」
 その後、奇跡の再チャレンジを果たし、悲願の安保法案制定へとひた走る安倍首相を、再び、あのときの悪夢が襲おうとしているのだとすれば、事態は深刻だ。取材を進めると、衝撃の事実が判明した。
 話は六月三十日に遡る。
 十九時過ぎ。安倍首相は東京駅に直結する赤レンガ造りの東京ステーションホテルの一室に姿を見せた。政調会長の稲田朋美氏と、JR東日本の冨田哲郎社長、大塚陸毅相談役というメンバーとで会食するためだった。ホテル内のレストランではなく、客室で行われた会食のさなか、“事件”は起こった。
「突然、気分が悪くなった総理が、トイレに駆け込み、血を吐いたというのです。その場に控えていた今井尚哉秘書官が慌てて別室を用意し、慶應大学病院の医師を呼び、総理は診察を受けたと聞きました」(官邸関係者)
 首相動静によると、その後、九時三十五分に安倍首相は富ヶ谷の私邸に戻っているが、この一件は、官邸内でも極秘扱いとされ、箝口令が敷かれたという。
「それでも、この話を聞きつけた社が、今井秘書官に事実確認したところ、秘書官は『吐血ではなく、ただ痰に血がまじっただけ』とこれを否定。また稲田氏も周囲には『単にトイレにこもってただけ』と語り、噂を打ち消していました」(同前)

「トイレに駆け込み、血を吐いた」

 さらに取材を進めると、体調の急変は翌七月一日にも続いていた。
 この日、夕方十七時より、安倍首相は、東京・上野公園にある国立美術館で「ボルドー展」を鑑賞していた。この日から霞が関で始められた「ゆう活」のPR活動の一環だった。
「『ゆう活』とは、政府が音頭をとって、残業の多い国家公務員に対して、仕事を原則、定時で切り上げ、家族との団らんや余暇に充てようと提唱するものです。国民に知らしめるため、まず初日に安倍首相が美術館を訪れたのです」(全国紙政治部記者)
 美術館での鑑賞を終えた安倍首相は、近隣の定食屋で名物のハムカツに舌鼓を打ち、ビールとホッピーを飲んだ。そして十九時を回り、帰宅する途中の車内で安倍首相は腹痛を訴えたのだ。
「総理はお腹を下したようで『トイレに行きたい』というのですが、警備上の問題があり、そのへんのコンビニのトイレに駆け込むわけには行きません。結局、渋谷区にある私邸まで、我慢してもらうしかなかった。そこで、少しでも早く帰宅できるよう、信号をすべて青信号になるよう調整したのです」(別の官邸関係者)
 既に触れた通り、安倍首相の持病には、ストレスが影響する。当時の首相を取り巻く状況はどのようなものだったのか。
「安保法制に対する世論の反発が高まり続けていた時期ですね。六月二十二日には朝日の世論調査で内閣支持率は三十九%と、昨年十一月の秘密保護法の審議以来最低の数字でした。また安保法制についても反対が五十%を越えていました」(前出・政治部記者)
 さらに党内では、首相の側近議員らが主宰する勉強会「文化芸術懇話会」における「報道威圧発言」の問題が拡大の一途を辿っていた。
「この頃の総理は下がり続ける支持率を前に、かなり焦っているように見受けられました。意に沿わない報告をあげると怒鳴りつけられるというので、役人も『怖くて意見具申できない』というほどでした」(前出・官邸関係者)
 そんな状況下での「吐血」情報だったわけだが、安倍首相とも面識のある内科医は、こう首をかしげる。
「潰瘍性大腸炎では、下血は起こりますが、吐血は考えにくい。吐血があるとすれば、別の病気か、あるいは(潰瘍性大腸炎の治療に使用する)ステロイド系の薬の副作用ではないか」
 三年前の総裁選で、安倍首相は、潰瘍性大腸炎の治療薬「アサコール」が日本で発売されたことで、持病は「ほぼ完治した」とアピールしてきたが、こんな証言もある。
「潰瘍性大腸炎は薬などで症状を抑えることはできても完治することはない難病です。最近、首相はアサコールより強いレミケードという薬を使っているそうです。ただこの薬は、その分、副作用も強い。さらにステロイドの量も増やしていると聞きました」(前出・官邸関係者)
 さらに前出の内科医は、こんな疑問を口にした。
「週末になると安倍首相は、よく都内の高級ホテルにあるスパに通い、運動していると報じられています。ただ、これまでその姿は公開されていません。おかしいのは一回につき、三時間程度も滞在していることです。あまりにも長すぎます。しかも外遊の出発前日や帰国翌日にジムに通うことも少なくない。三時間という時間から、私が想起するのは、それこそ薬の点滴ですね」
 首相動静を確認すると、首相就任以来、このスパには五十回通っている。

安倍首相「背水のシナリオ」

 安倍首相の体調不良は依然として続いている。
「吐血」情報から一カ月が経過した八月六日。安倍首相は広島での平和記念式典に出席しているが、そこでも体調を崩したという。確かにテレビの画面を通じて見る安倍首相は、キョロキョロと周囲を見回し、落ち着きがないようにも見える。
「炎天下で記念式典に出席した後、被爆者代表の方のお話を聞くため、冷房の効いたホテルに入ったため、風邪を引いたのです。健康な人でも身体に堪えそうなものですが、毎年、総理は、このタイミングで体調を崩してしまうのです。その後、八月十日の国会答弁においても総理の咳き込む姿が見られましたが、これはその風邪が長引いているのです」(官邸スタッフ)
 だが、その首相を支える医療体制は磐石とはいいがたい。前出の官邸関係者がこう証言する。
「現在、外遊に同行するなど、総理の体調を管理しているのは、慶應大学病院腫瘍センターのT准教授です。昨年まで主治医は慶應大学医学部教授のH氏で、T氏はあくまで補佐という立場でした。しかし、H氏が退職し北里大学に移ったため、現在はT氏が中心になっています。しかしT氏は、本来、大腸などの消化器系ではなく癌が専門です。このままT氏に任せて大丈夫なのかという声は少なくありません」
 六月三十日の夜、東京ステーションホテルに駆けつけたのも、このT医師だとされている(T医師は「事実ではございません」と否定)。
 小誌が改めてこの件で取材を申し込んだところ稲田氏は、「全くの事実無根です」と回答。またJR東日本広報部は、「回答は差し控えさせていただきます」と答えるのみだった。
 指導者の健康状態は一国の行方を大きく左右する。それゆえに関係者が固く口を閉ざし、箝口令が敷かれるのは当然だろう。だが、健康への不安がひとつひとつの政策決定にマイナスの影響を及ぼすことは断じてあってはならない。
 一連の取材を通して浮かび上がってきたのは、満身創痍となりながら、安保法案の成立、そして九月の総裁選にむけて、一人で苦闘を続ける安倍首相の姿だ。
 七十年談話で“ベタ降り”した安倍首相は、その後、夏休みで山梨の別荘に籠り、約三カ月ぶりにゴルフを楽しんだというが、その胸中はいかばかりか。
「ベタ降りしたのは、談話ばかりではありません。沖縄の基地問題では、これまでの強硬姿勢を一転させ、辺野古移転工事を一カ月ストップさせ融和ムードを演出しています。また九月の岩手県知事選では、何と平野達男候補の擁立を断念しました。前代未聞です」(前出・政治部デスク)
 その真意は九月の総裁選にあるという。
「今の総理にとって、総裁選を無投票で乗り切ることが最重要課題です。もし対立候補が出馬したら、安保国会に対応しながら、総裁選を戦う破目になる。残暑のなかを全国遊説する過酷さは、一二年の総裁選を戦った町村信孝氏が選挙戦の最中に倒れたことが証明しています」(同前)
 総裁選に向けてハレーションの起きそうな政治課題はすべて避けて、無投票三選を勝ち取る。さらに懸案となっている中国や韓国との首脳会談にこぎつけて支持率アップをはかる

――それが安倍首相の描く「背水のシナリオ」ではないか。

「今後の政治日程を見る限り、支持率挽回への妙案を見つけるのは至難の業です。また気がかりなのが、TPPの合意が遅れていることです。政府は、秋の臨時国会で関連法案の審議をやるつもりでしたが、間に合いそうにありません。しかし来年の通常国会に持ち越しとなれば、夏の参院選に大きな影響が出てしまいます」(政治コラムニストの後藤謙次氏)
 待ち受けるイバラの道。安倍首相は八年前の悪夢を振り払って前に進むことができるか。

「週刊文春」2015年8月27日号
 

《告発スクープ》自民党〈武藤貴也〉議員の黒い集金術 「未公開株」で4100万円

 投稿者:東京新報  投稿日:2015年 8月19日(水)05時37分29秒
編集済
  《告発スクープ》自民党〈武藤貴也〉
議員の黒い集金術 「未公開株」で4100万円


〈彼ら彼女らの主張は「だって戦争に行きたくないじゃん」という自分中心、極端な利己的考えに基づく〉
 安保関連法案反対のデモを行う学生集団をツイッターで批判した武藤貴也衆院議員(36)。
「安保法制が戦争法案だと認めるような内容に、自民党の高村正彦副総裁から『オウンゴールはやめてくれ』と苦言が出るなど、与党からも非難の声が噴出しています」(政治部記者)

 思わぬ形で名を売った二回生議員の武藤氏だが、実は政界入りは保守とは反対の陣営から。〇七年、京大院生だった武藤氏は滋賀県議会の嘉田由紀子知事(当時)を支援する会派のスタッフとなる。嘉田氏が語る。
「武藤さんは政策を自己都合で変える人でした。当時の県政の最大課題はダム問題で、私はダム事業を凍結する意見書を議会に出していました。そのときに事務局の武藤さんからは『ダム凍結政策は生ぬるい。もっと徹底的にやれ』とかなり突き上げられました。ところが、〇九年四月に自民党の衆院選候補に上がると、一晩でダム推進派に豹変したんです。国会議員になってからも知事との定期的な意見交換会に何度も遅刻していました。朝起きられないようで、社会人としての基礎ができていませんね」
 二〇一二年に国会議員に当選してからは、アベ・チルドレンらしく、バリバリの右派に“転向”した同氏。そんな武藤氏が、上場間近の未公開株をめぐり、詐欺まがいの事件を引き起こしていた。学生時代からの知人A氏が明かす。
「昨年十月末、武藤さんから値上がり確実なソフトウェア会社の新規公開株を国会議員枠で買えるという話を持ちかけられました。ただ武藤さん自身は資金がないので、私に資金を集めてくれと。上がった利益の半分を武藤さんに渡すという約束でした」

「詐欺や横領の可能性も」



 そのやり取りがLINE上に残っていた(写真参照)。

〈来月新規公開株の取引の話があり、最低でも2倍になると言われています。内々で俺に取引を持ちかけてきているのだけど元手がありません〉

 送信日時は十月二十九日の午後二時三十七分。ちなみに、武藤氏はその時間、国会で衆院外務委員会に出席している最中だった。

「武藤さんの政策秘書の宮崎(資紹)さんの知人BさんがHS証券会長と知り合いで、同社が主幹事を務める『CRI・ミドルウェア』という新規公開株を買えるというのです」(A氏)

 新規公開株は公募が行われ、希望者が多い場合には抽選で割り当てられる。それが特別に購入できるという話が持ちかけられたのだ。

「後日、新宿の喫茶店で武藤さん本人から直接説明を受け、後は秘書の宮崎さんとやり取りをしてくれとのことでした」(同前)
 政策秘書の宮崎資紹氏は久間章生元防衛大臣の秘書を務めるなど、永田町のベテラン秘書である。

 値上がり確実な未公開株が国会議員に――といえばリクルート事件を彷彿させる。武藤氏自身、後ろめたさがあったのだろう。A氏にLINEでこう釘を刺すのも忘れなかった。

〈あとこの案件はクローズだからね。正直証券会社からもうちが国会議員のために枠を抑えてるのと(ママ)が一般に知れたら大変だと言っています。その辺呉々も注意して下さい〉
 短期間にも拘わらず、A氏の呼びかけに応えた投資家は二十三名。金額は四千百四万円にのぼった。出資者は各々りそな銀行衆議院支店の宮崎氏の口座に振り込んでいる。

「国会議員の話だし、確実な話だと思っていました」(A氏)

 果たして同銘柄は公募価格二千四百円のところ、十一月二十七日の初値で何と五倍以上の一万三千五百円をつける。出資者は大喜びしたはずだったが……。

「ところが上場前日に宮崎さんから買えなかったという連絡が来たのです。B氏の関係者がHS証券に『本当に買えるのか』と問い合わせてしまい、内々だったこの話がダメになってしまったという説明でした」(同前)(B氏は否定。HS証券は議員枠の存在を否定)
 ショックを受けた出資者に更なる追い討ちが。一部の出資者に金が戻ってこないのだ。
「集めた金のうち、約八百万円を宮崎さんが他の用途に使ってしまったのです。その後、衆院選を理由に返済はさらに遅れていきました」(同前)
 出資者の一人が語る。
「待てど暮らせどお金が戻ってこないんです。その後、宮崎さんの名前で十万円が振り込まれましたが、まだ投資額の一割も返ってきていません」

 現時点で投資家六名に約七百万円が戻っていないという。投資詐欺被害に詳しい飯田修弁護士が解説する。

「株式を購入するつもりで出資者からお金を預かり、他の目的に使ってしまったのなら横領罪の恐れがあり五年以下の懲役。最初から株式を購入する意思がなければ詐欺罪で十年以下の懲役の可能性もあります」

 当事者たちを直撃した。宮崎秘書は、「議員枠なんてあるわけない」としつつ、出資金の流用と一部未返済を認めたうえで、

「私もAに四千万円を預けていました。それは遠縁などの人間から借りた金で、地獄のような返済を迫られていました。ですので、そちらに回しました」

 一方、武藤議員はそもそもの発端は、自身の資産運用として、A氏とそのビジネスパートナーの事業資金に累計一億円を貸し付けており、それが返済されないことが原因だと釈明する。
「僕が最後にAに一千万円を渡したのが去年の十月。選挙の直前で大変な思いをしましたよ。そんなときにうちの秘書(宮崎氏)がミドルウェアの株を『これが値上がりする可能性がすごくある』と。それでAに『これで挽回できるかもしれないから、宮崎さんの口座にお金集めて振り込め』と言ったのは事実です」


――流用の疑いもある。
「宮崎さんも、Aが返さないので、知人から自殺すると言われたりして、そちらに先に返したんです」

――議員枠は問題があると自覚があった?
「(声が震え)僕が国会議員としてこれに関わり、いくら穴埋めのためとはいえね、僕の名前で集めて欲しくないから。僕自身は公人でいろんな人と関わりがあるので、迷惑かけたくないから」

――武藤議員が利益の半分をもらうと聞いたが?
「穴埋めしようという思いはありましたよ。それ相応の額をもらわないと穴埋めできないねとは話しました」

――国会議員は、資産公開法で貸付も資産等報告書への記載が義務付けられているが、記載がない。
「資産になるの? これ。それは漏れているかもしれません、ハハハ」

――外務委員会の最中にLINEを送っているが?
「外務委員会の最中でしたか? それは……まずいですね。いやでもLINEって時差があるじゃないですか。止まっていて、電波が繋がったらパッと送るとか。(院内は繋がるはずだが?)ハハハ。ああ……」

――出資した人たちは迷惑をしているが?
「それはAが負うべき債務だと思いますよ。それを僕に返せって……。僕は挽回できると思って、良かれと思ってそういう話を繋いだので、これが武藤の責任だといわれても……」

 まさに「利己的」な弁護に終始した武藤氏。当然、この責めは負うべきだろう。

「週刊文春」2015年8月27日号

 

〈スクープ速報〉学生デモ批判 武藤議員が“議員枠未公開株”で4100万円集金していた

 投稿者:東京新報  投稿日:2015年 8月18日(火)19時20分15秒
編集済
  〈スクープ速報〉学生デモ批判
 武藤議員が“議員枠未公開株”で4100万円集金していた


 安保関連法案反対のデモを行う学生集団を<「だって戦争に行きたくないじゃん」という自分中心、極端な利己的考えに基づく>と批判したことで知られる武藤貴也・自民党衆院議員(36)に金銭疑惑が発覚した。

 武藤議員の学生時代からの知人が明かす。

「昨年10月末、値上がり確実なソフトウェア会社の新規公開株を国会議員枠で買えるとLINEで持ちかけてきました。ただ資金がないので、私に資金を集めてくれと。上がった利益の半分を武藤さんに渡すという約束でした」

 この知人が投資家を探したところ23人、合計4104万円が集まり、それぞれ武藤議員の政策秘書の口座に振り込んだ。しかし、結局、未公開株の購入はできず、出資者が返金を求めたが、約800万円を秘書が別の借金返済にあてていたことが発覚。いまだに約700万円が返済されていないという。

 武藤議員は週刊文春の取材に、秘書の流用や未返済を認めた上で、発端は、自身の資産運用として、知人とそのビジネスパートナーの事業資金に累計1億円を貸し付けており、それが返済されないことが原因だとして、次のように釈明した。

「知人に『これで挽回できるかもしれないから、秘書の口座にお金集めて振り込め』と言ったのは事実です」

 また、LINEを送ったのが、自らが委員の衆院外務委員会中だったことについては、こう答えた。

「それは……まずいですね。いやでもLINEって時差があるじゃないですか。止まっていて、電波が繋がったらパッと送るとか」

 さらに武藤議員には知人への貸付を、資産等報告書に記載しておらず、資産公開法違反の疑いもある。武藤氏の「利己的」な振る舞いに批判が集まりそうだ。

週刊文春

 

鳩山氏、ひざまずき合掌=植民地時代の刑務所跡で―韓国

 投稿者:東京新報  投稿日:2015年 8月13日(木)05時34分46秒
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  鳩山氏、ひざまずき合掌=植民地時代の刑務所跡で―韓国
時事通信 8月12日(水)19時38分配信

 【ソウル時事】国際会議出席のため韓国を訪問中の鳩山由紀夫元首相は12日、日本の植民地時代に独立運動家が投獄されたソウルの西大門刑務所の跡地にある歴史館を訪れた。
 聯合ニュースによると、鳩山氏は独立運動家らを追悼するモニュメントの前で靴を脱いで献花した後、ひざまずいて合掌し、頭を下げた。
 鳩山氏は記者会見で「日本が韓国を植民統治していた時代に、独立運動家ら多くが収容され、拷問を受け、命まで失った事実を思い、心から申し訳なく、おわびしたい」と述べた。
 一方、安倍晋三首相が14日発表する戦後70年談話については「韓国への植民統治、中国への侵略などが歴史的事実として入らねばならず、当然、反省と謝罪の気持ちも入らねばならない」と語った。
 歴史館には、当時の刑務所で行われた拷問の様子や独立運動家に関する資料が展示されている。

鳩山由紀夫のルーツ
http://www.tomocci.com/kika.html




 

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